第478話 聖都の安全確保
巨大ヘリコプターヘイローでエミルに連れて来てもらったのは、サイナス枢機卿と聖女リシェルとケイシー神父、ファートリア出身の冒険者たち、そしてダークエルフの隊長ウルドと調査にあたる魔人達だった。
最初ケイシー神父をユークリットに置いて来たのかと思っていたが、ヘリの中で爆睡していて起きなかったらしい。ゆっくり目覚めて後からやって来たようだが…
「お前は本当に図太いよな。」
「そんなーラウル様!褒めないでくださいよ。」
いやいや…
「とにかく疲れてはいないんだな?」
「ヘリの中でぐっすりと眠れましたから。」
「まったく…大物だよ。」
「ですね…。」
「まったくだ…。」
「またまたー皆さん褒めすぎですって。」
「まだ休んでていいぞ。」
「大丈夫です…でも聖都…変わっちゃいましたね…。」
俺達は分かっていた。ケイシー神父の心に流れる悲しみと寂しさを…自分の生まれ故郷が変わり果てた姿になって平気なわけが無かった。俺達に心配をかけないようにしているのが分かる。ましてや伯父である教皇の消息も分かっていないのだ平気なわけがない。
「ところでエミルよ、ファートリア国内の飛行は大丈夫だったか?」
オージェが話を切り替える。俺とオージェ、エミル、グレース、ケイシー神父とケイナの6人で話をしていた。他の人たちは一旦休みを取って眠ってもらっている。俺の直属を含む魔人達は拠点づくりや準備をさせていた。
「ああ、魔法陣が設置されているわけでも飛行タイプの敵もいなかったようだ。」
「転移魔法陣が国内には、ほぼ設置されていない事が分かっていたからな。」
「ラウル達が命がけで潜入して調査してくれたおかげさ。」
「時間を短縮したいという気持ちもあったしね。」
「ああ。」
「エミルは手がかかるからケイナが近くにいないとだめでしょう?」
「ブッ!ラウル!何言ってんだよ!」
「真実だ。」
「うふふ。本当にラウル様の言う通りよエミル、私がいないとダメじゃない。」
「ば、バカ言え。俺は一人でもまったく問題ない。」
「わはは。冷静沈着が売りのエミルが慌ててやがる。」
「オ、おい!オージェ!俺がいつ慌てたって言うんだ?」
「エミルさん…まあ落ち着いて。」
俺達が冗談を交えて話をしていると、ケイシー神父に少しだけ笑顔が戻った。薄い笑みを浮かべて側に立っている。
「コホン。それであの光の柱の正体は分かったのか?一応避けては飛んできたがあちこちにあったぞ。」
「あちこちにか…。」
「あれはどういう物だ?」
「それが、人間にある魔石を飲ませた結果らしいんだよ。」
「魔石を…人間に飲ませた!?」
「そうだ。」
「なぜそんな酷い事を。」
「わからん。」
「あの柱の効果は?」
「残念ながらそれもわからん。」
「そうなんだ。」
「サイナス枢機卿達が眠りから目覚めたら調査しようと思っていた。」
「なるほどね。枢機卿はここに来るフライトで、途中までははしゃいでいたんだけどね、聖都の惨状を見てかなり落ち込んだみたいだ。リシェルさんは高所恐怖症でずーっと死ぬ死ぬ言ってたし、更に惨劇を見て沈み込んでしまったようだよ。さらには二人ともげっそりな所に、まさかのデモンがいたから精魂尽き果てたみたいだね。」
「本当にそれは申し訳なかったよ、俺達は全く気が付かなかった。人間もそばにいたしな…だけど日本人はどうやら魔力が強い為か影響を受けないらしい。」
「まさか日本人がこの世界に来ていたとはね。」
「敵が何らかの方法で召喚したらしい。」
「良くこちらに従う事になったな。」
「まあ…それは…。」
エミルが俺とオージェをチラリと見た。
「ラウル、やったな?」
「いや、べつに何も。」
「まあいい、詳しくは聞かないよ。」
エミルがやれやれだぜ、みたいなポーズで言う。
俺達が話をしているところにウルドがやって来た。
「ラウル様。」
「休めたか?」
「私は十分に、魔人達もそろそろ準備ができると思います。」
「じゃあ向こうでサイナス枢機卿や聖女リシェルが寝てるから、離れたところに召集をかけてくれるか?」
「かしこまりました。」
ウルドは素早い行動で皆にその旨を伝えに行った。
「ラウルさん。」
ウルドがいなくなったのを見計らって、今度は冒険者の1人の男が近づいて来た。
「なんでしょう?」
「どうしてもこの都市は復興出来ないでしょうか?」
「すみません。地下や周辺に転移魔法陣やインフェルノ魔法陣が仕掛けていないか調査後、光の柱の原因究明をしなければ許可できません。光の柱は皆目見当がつかないのです。」
「…そうですか。」
「もちろん皆さんの気持ちも分かりますが、あまりにも危険すぎます。しかも国内にはまだ強大な敵が潜伏してますので、この都市を奪還しに来る可能性もあるのです。」
「魔人達のお力添えがあれば戦えるのでは?」
とにかく故郷をどうにかしたい気持ちはよくわかるが、そんな危険を冒すわけにはいかない。
「ここより北西の国境沿いあたりに私たちの軍が拠点を作っております。ひとまずそこを中心に周辺の調査も必要でしょう。聖都にもっと多くの魔人を連れてきたいところですが、安全かどうかの調査を徹底しないとそれはまだ無理なのです。」
「わかりました。とりあえず皆に伝えます。」
冒険者が立ち去った。
ウルドに指示したのは枢機卿一行と魔人の調査部隊の派遣だったが、どうやら冒険者たちは自ら志願してついてきたらしいのだ。ファートリア出身の冒険者は10名ほどで、魔法使い中心の攻守に優れたパーティーだった。もちろん弱いわけではないが、日本人の魔法使いの部隊やデモンの力は計り知れない。魔人軍の護衛の元から離れて行動されても守る事が出来なくなるし、聖都の状況が分からない以上はどうする事も出来ないのだ。
「ちょっと予定外だった。」
「だが自分の国に戻りたいという気持ちは分からんでもない。」
オージェが言う。
「まあ…そうだな。」
俺もその昔、何が何でもサナリアに、そしてユークリット王都に帰りたかったという気持ちが強かった。それだけに冒険者たちの気持ちが痛いほど分かる。しかしこれ以上の無駄な被害は極力抑えたかった。サイナス枢機卿にでも説得してもらうしかないかもしれない。
《ラウル様、魔人を集めました。》
《すぐ行く。》
ウルドに呼ばれてだいぶ離れた場所にいる魔人達の元へと向かう。
市壁をくるりと回り拠点から見えない場所に魔人達が集まっていた。昔とは違い理路整然と整列しているようだった。まるで軍隊のように見える…てか軍隊だけど。
シャーミリアなど俺の直属の部下達はその前に立ち並んでいた。
「やあ、みんなわざわざ来てくれてありがとう。」
俺は皆の前に立つやいなや話を始めた。
ザッ
休めの姿勢をしていた魔人達が直立不動になる。
「まあ楽にしてくれ。」
ザッ
魔人達は再び休めの姿勢をとり、後ろ手に手を組んだ。
「これからみんなにやってもらいたいことは、この聖都と周辺の安全確認、そしてもう一つはサイナス枢機卿と、これから連れて来るモーリス先生の調査の支援だ。そしてファートリア東部を調査する為の魔人部隊をつれてくるまで、この近くに拠点づくりをしてもらう。」
「「「「「「「は!」」」」」」
「すまんが、枢機卿と聖女が起きるといけないから、返事はしなくてもいい。とにかく静かに聞いてくれ。」
「「「「「「「‥‥‥」」」」」」」
よろしい。人間よりなんて扱いやすいんだ。
「だが今までと違い、かなり危険を伴う作業となるだろう。注意すべきは光の柱とインフェルノ魔法陣の処理だ。インフェルノを不用意に発動させて死人が出るのは避けたい。鏡面薬で魔法陣を見つけたら、俺でも直属の魔人にでもいいから教えてくれ。」
皆真剣に聞いている。
「そして光の柱の調査だが、これはサイナス枢機卿とモーリス先生の厳正な指示の下で行う。無理と判断したら調査は中断する事になる。無理はしないようにしてくれ。」
そして俺はシャーミリアに目配せをする。
魔人達の前にはシャーミリア、カララ、セイラ、ルフラ、マキーナ、アナミス、ウルドが立っている。
「魔人達よ。ご主人様の優先順位がなにかわかるか?」
シャーミリアが聞くと、一番前にいた若いオークが言う。
「結果を出す事です!」
「違う!枢機卿と恩師様の安全だ。そして次にあなた達の安全。」
「お、俺達のですか?」
「そうよ。」
「は、はい。」
「そのために十分に安全対策を行って作業に取り掛かる。ここに立つ7名に指示を仰ぎながら作業をするのよ。勝手な行動をすることの無いようにしなさい。」
「「「「「「はい!」」」」」
「ではウルド。兵をそれぞれに割り振ってくれるかしら?」
「わかった。」
ウルドには既に調査の内容は伝えていたため、バランスよく魔人達をそろえて連れてきてくれていた。それを7人の調査隊の部隊長に振り分けていく。
7カ所それぞれに部隊が分かれて再び整列した。
「ラウル様。準備が整いました。」
「よし!それではセイラ、アナミス、ウルドの隊は都市周辺に魔法陣や隠れ家などが無いか確認してくれ。さらに食料確保に適した場所なども調査してほしい。この件に関しては特にセイラ隊が、淡水に食べられる魔獣や魚がいないかを探ってほしい。」
「「「は!」」」
「次にシャーミリア、カララ、ルフラ、マキーナの部隊は、聖都内部の調査を行う。危険が予測される地下の調査はシャーミリア隊とカララ隊とルフラ隊が行う。マキーナ隊は地上に魔法陣や危険個所が無いかを確認してくれ。」
「「「「は!」」」」
「くれぐれも危険な場合は中止をして俺に教えてくれ。安全が確認でき次第、枢機卿とモーリス先生に調査に入ってもらう事とする。彼らが安全に調査できるように最新の注意を払って探ってくれ。」
「「「「「「「は!」」」」」」」
俺が作戦を伝え終わりその場を離れると、魔人達は各部隊長の下に集まって説明を聞いているようだった。とにかく都市内の安全を確認するまでは無防備には入れない。
「まあ…各隊長に頼んでおけば大丈夫だろうけどな。」
俺は一人つぶやく。
俺が拠点に帰ると、既にサイナス枢機卿と聖女リシェルが起きて来たようだった。
「枢機卿。お疲れだと思いますがご協力をお願いします。」
「うむ。」
俺とサイナス枢機卿、リシェル、ケイシー、カーライルの5人が集まった。
「これからの話です。」
「そうじゃな。」
「この都市は…。」
「言わんでも分かる。恐らく復興は無理じゃろうて。」
「はい。」
サイナス枢機卿は自ら聖都の復興は無理だと言った。きちんと現実が見えている指導者としての判断だ。
「冒険者たちがなんとかしたいと言うとったじゃろ?」
「はい。」
「ラウルよ、許しておくれ。彼らもあきらめがつかんのじゃよ。」
「いえ、その気持ちはよくわかりますので。」
「すまんのう。わしからも良く言い聞かせておくでの。」
「ありがとうございます。」
一番苦しい立場のサイナス枢機卿は既に先を考えているようだった。俺ならこんなに早く気持ちを切り替える事は出来ないかもしれない。
「そしてわしがやる事は、あれじゃな?」
サイナス枢機卿が聖都内に立ち並んでいる光の柱を見上げる。皆がその目線を追うように光の柱を見上げた。
「はい。」
「モーリスはここにどのくらいで来れる?」
「これからエミルと共に迎えに行きますが、半日ほどで連れて戻って来れるでしょう。」
「ふむわかったのじゃ。そしてもう一つというのは?」
「はい、地下にある物を見ていただきたいのです。ただしそれは安全が確保できるまではダメです。」
「わかった。まずはあの光の柱かの?」
「はい。」
「じじいは何か言うとったか?」
じじいというのはもちろんモーリス先生の事だ。自分もジジイなのに。
「いえ、分からないようでした。」
「そうかの。」
「はい。」
「ではモーリスの知恵も借りねばならん。先に連れてきておくれ。」
「はい!」
そして俺はオージェとトライトンを見る。
「オージェ、トライトン。俺がいない間は二人で枢機卿の護衛を頼む。」
「ん?カーライルがおるではないか。」
枢機卿がカーライルを見て言うが、カーライルが口を開く。
「枢機卿。残念ながら有事の際は私の力など役にたちません。あのデモンをご覧になりましたか?」
「‥‥そうじゃな。」
「人間がどうこうできる範疇を越えております。」
「うむ。」
「というわけです、カーライルが弱いわけではありません。まだこの世の理を越えた存在がいる可能性があります。ですが龍神ならば押さえ込むことができるのです。」
俺が言う。
「わかったのじゃ。」
「では先生を連れてきたいと思います。」
俺はサイナス枢機卿に一礼をしてエミルの下に向かうのだった。
「エミル!飛んでくれるか?」
「もちろんだ。」
「ケイナもよろしくね。」
「ええ。」
そして俺は速度重視の為に、V-22オスプレイを召喚するのだった。
「ファントム!」
俺達の下にファントムが現れる。
「お前もついてこい!」
「‥‥‥。」
どこか遠くを見ながら返事もせずに突っ立っている。一緒にオスプレイに乗り込むのだった。
《アスモデウス。》
《は!君主様。》
《お前は飛べるよな?》
《はい。》
《俺達が飛ぶからお前は飛んでついてこい。そしてある程度距離をとってついて来てくれ。いざという時は敵を迎撃してくれると助かる。》
《承知いたしました。》
俺達の乗るオスプレイはギレザムたちがいる拠点へと出発するのだった。
次話:第479話 魔石粒
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