第451話 大賢者の戦い
モーリス先生から指示を受けたダークエルフ隊が雑木林の木の上に登っていく。そしておもむろにそれぞれが得意としている狙撃銃を構えはじめた。M110、H&K CSASS、L129A1など俺が召喚していた狙撃銃の中から、それぞれが得意なものを手にしているらしい。
だがモーリス先生は忘れているようだ。
「先生。敵には銃を防ぐ強力な結界があります。恐らくこの距離からでは防がれる可能性が高いかと。」
「そういう事じゃったのう。」
「それならばなぜ?」
「まずは見ておれ。ギレザムやダークエルフ達に手信号を頼んだのじゃ。」
「は!」
モーリス先生が何かをギレザムに言うと、ギレザムはダークエルフ狙撃隊に対してハンドサインで何かを伝えている。とにかく先生には何らかの打開策があるらしいので俺はただ黙って見ている事にした。
《ラウル様。敵部隊が草原の中央まで進んできました。》
《オッケー!ルピア、魔法の的になるといけないから後方に下がって良いよ。》
《はい。》
「先生!敵部隊が草原の中央辺りまで来たそうですが。」
「じゃあゴーグちゃん!わしとひと花さかせようかのう。」
「わふっ」
ゴーグは狼化すると人語が話せないので狼語で返事をした。狼語というのかどうかは分かんないけど。そしてひと花さかせようとかってるけど散っちゃだめだからね。
モーリス先生は杖を高く上げて何かをつぶやくと、ゴーグともども金色に輝いた。ゴーグの鬣が神々しく輝いて、またがった杖を掲げる先生の白い髭も金色に光り、まるで神かなにかの使者のように見える。
「いざゆかん!」
モーリス先生の変え声と共にゴーグが走り出した。初速がハンパないのでモーリス先生が振り落とされるんじゃないかと思ったが、何らかの魔法で固定されているようでそのまままたがっている。
「ラウル様これを。」
オークにおぶさった泥棒髭の俺に、ラーズが双眼鏡を渡してくる。
「サンキュ。」
ゴーグがあっというまに敵の右舷に接近すると、それに気が付いた敵の魔導士部隊が一斉に攻撃を始めた。氷魔法や炎魔法が飛ぶがゴーグが鮮やかにそれを避ける。
「あぶな!」
俺が見ているそばから、あの日本人魔法使いの石弾が先生に飛んだ。あれはヤバイ!
…と思っていたら、なんと石弾はゴーグとモーリス先生に当たる直前に弾けた。
「あれ?」
「はっはっはっ!どうやら魔法使いとしての力量は恩師様の方が上のようですなあ。」
ラーズが余裕な感じで言う。ラーズは王都からずっとモーリス先生を護衛して来たので、先生の力を間近で見て来た。もしかするとラーズからすれば、あれはモーリス先生の当たり前の力なのかもしれない。
「すごっ。」
「ははっ、ラウル様は恩師様の戦いを見るのは初めてですか?」
「そう言われてみればそうかもしれない。今までは俺達が守って来たからな。」
「恩師様はおっしゃってました、ラウル様の兵器は魔法ではないのだそうです。それを結界で防ぐのはその物についての理を知らねば防げぬと。しかし魔法ならば自分の範疇だとおっしゃっておりました。」
「なるほどな。よくわからんがそういうことなんだな。」
そしてあっというまに敵の戦列に飛び込んでいくゴーグと先生。右舷から突っこんだと思ったらそのまま左に突っ走り始めた。
その時だった。
バン!
バン!
バン!
バン!
俺達の後ろから、連続した銃声がきこえた。その銃声にあわせてゴーグが走り抜けた後の兵士たちがパタパタと倒れていく。
「あれ?銃が効いたぞ!」
「やはりラウル様の恩師様はすばらしいですな。」
どういうことだ?俺の銃はあの日本人の結界を破る事が出来なかった…それなのにこの遠距離からの攻撃が通る。ダークエルフの銃声と共に、ゴーグが走り抜けていく後ろの兵士たちがパタパタと倒れていくのだった。
「あ、出て来た。」
あっというまに敵部隊の左舷からゴーグが飛び出して来た。敵はいきなり倒れ始めた仲間の兵士たちに動揺しているのか、ゴーグを狙って魔法の乱れ撃ちをしているが一向に当たる気配はなかった。
「敵も動くようですな。」
その攻撃に備え大勢の兵士たちは固まって陣形を整え始めた。盾を体の前に構えてゴーグの接近に備えているようだ。
「どうやらゴーグと先生に攻撃されてると勘違いしてるようだぞ。」
「完全に攪乱されておりますね。」
ゴーグがすぐ回れ右して再び敵の構える盾の前を走り抜けて良く。
バン!
バン!
バン!
バン!
そのゴーグの走りに合わせて左から右にまたパタパタと兵士たちが倒れていくのだった。
「か、かっこいい。」
俺は思わずつぶやいてしまった。黄金の狼に乗った魔法使いが敵陣を駆け抜けると、パタパタと敵兵が倒れていく。正直ゴーグらはただ走っているだけだ。敵はどんな攻撃を受けているのかすら分からずに死んでいるのだろう。
再び右から抜ける頃にはかなりの数の兵士が倒れていた。
「恐らく先生の仕業だよな。」
「そうだと思われますが、我にもわかりません。」
ラーズが言う。
とにかくモーリス先生は一気に戦局を変えてしまった。敵の至近距離を抜けていくため意識はゴーグに集中しているが、実は攻撃はダークエルフのスナイプによるものなので、敵としては防ぎようもないようだ。
再び右から回れ右をして走り抜けて行く。
わけもわからず盾を構えた騎士たちはドンドンと倒れていくのだった。
「それにしてもあの地面から出てくる土の槍が出てこないなあ。」
「そうですね。」
今度はギレザムが答える。
「敵味方なくあの攻撃をしてくるはずなんだが。」
「それも恩師様が何かをしているのでしょうか?」
「…としか考えられない。」
「ですね。」
俺達の視線の先ではただただ蹂躙されていく兵達の姿があった。パタパタと倒れていく敵の騎士たち、ダークエルフのヘッドショットも恐ろしいほど正確で、1キロほどの距離なら外す事はなさそうだ。
「あ、逃げ出した…。」
そうこうしているうちに、敵は隊列を乱し一気にもと来た道を逃げ始める。あの日本人剣士が必死にゴーグを斬ろうと迫るが、スピードレンジが違いすぎて触れる事すら敵わない。
そりゃそうだ。うちのゴーグ”ちゃん”を舐めてもらっちゃ困る。
「自分らの騎士が逃げ出したって言うのに、あの剣士根性あんなあ。」
「殿を務めるつもりでしょうかね?」
「ギル!あの剣士の足を狙わせろ!」
「は!」
ギレザムがダークエルフ達にハンドサインを送る。
パン!パン!パン!パン!
「あ、倒れた。」
俺達が見ている前で日本人剣士が倒れた。足に狙撃を食らったらしい。周りに残って戦っていた騎士たちがそれを見て一目散に逃げだした。
「魔法使いは騎士に紛れて逃げたようだな。」
「そのようです。」
「ミノス!ギル!あいつを捕獲してきてくれ!」
俺のそばからギレザムとミノスが消えた。双眼鏡で覗く先にほぼ一瞬で現れる。
日本人剣士は倒れながらも剣をふるおうとするが、剣を拳で折られてしまったようだ。その後すぐさまギレザムがビンタした。すると…日本人剣士はぐったりして倒れてしまったようだ。
《おいおい!殺してないよな?》
《死にかけてはおりますが、いまポーションをかけます。》
《手加減したか?》
《かなり…》
《まあいい、連れてこい!》
《は!》
《ゴーグ!先生を連れて戻ってきてくれ!》
《はい!》
ミノスが日本人剣士を引きづってきた。どうやらポーションをかけて意識を取り戻したらしく、俺を親の仇のように睨んでいる。
「ギル。」
パアン!
またギレザムにしては軽いビンタを入れると、ビグンっといってぐったりしてしまった。
パシャ
再びポーションをかけると目を覚ます。
「お前、なんで逃げなかった?」
「はん!お前みたいなゾンビになにか…」
パアン!
パシャ
「グゥ、な、お前達は!」
パアン!
パシャ
ビンタとポーションをくりかえしているとさすがにおとなしくなってきた。
「とにかく落ち着け。もう死にかけたくないだろう。」
「や、やめてくれ。」
「そりゃお前次第だ。」
「わ、わかった。」
「お前日本人だよな。」
「そ、それは…。」
パアン!
パシャ
「や、やめてく…ださい。」
「素直に答えろ、躊躇するな。0.2秒で返事しろ。」
「はい!」
食い気味に返事して来た。もちろん日本人にこれを耐える精神力なんてあるわけがない。
「日本人だな。」
「はい!」
「お前の能力は?」
「剣です!剣術のいろいろです!」
「他には?」
「ある程度の敵感知が出来ます。」
「敵の?」
「はい!」
「俺のゴーレムをいっぱいぶっ壊してくれたよな。」
「す、すみません!!!!」
一気に土下座をして俺に謝ってくる。
「あれ、弁償してもらうから。」
「べ、弁償?」
「そうだ。」
「どうすれば?俺は金とか持ってきてないし。」
「なら体で返してもらおうかね。」
「か、体で。」
男は股間と胸を押さえて女の子のような姿勢で怯える。そういう体で払ってもらう系の話じゃないけど。
「お前の名前は?」
「ナガセハルト。」
「捕らえた女たちの仲間か?」
「そうです。」
「なんで俺達を狙う。」
「悪魔を滅ぼせば、向こうの世界に返してくれるって。そして金もいっぱいくれるって。」
「なるほどなるほど。」
地球に帰れる方法があるって事?そして金をもらうって?と言う事はコイツはこっちで一攫千金を狙って向こうに戻れると思っているのか?
「それは誰が言ったんだ。」
「大神官だ。」
やっぱりか。大神官がそんなことを‥ということは大神官も向こうの世界がある事を知っているって事かね?
「お前は元の世界に戻る方法を知っているのか?」
「それは知らねえ。」
「本当か?」
「本当だ!」
なるほど嘘は言っていないようだ。
「俺達が悪魔だと思うか?」
「そりゃ思う。だってあそこにオーガやオークがいるだろ!あんただってゾンビじゃないか!狼がいきなり襲って来るし、どう考えても魔物の襲来だろうよ。」
ふむ。たしかに男の言っている事は正しい。鬼に猪男に、狼男、コウモリの羽で飛ぶ美女、ゴーレムの手先、そしてゾンビの大将。そりゃどう考えても人類の敵だわな。
パアン!
パシャ
《え!いやいやいやいや!ギレザムなんてことすんの?こいつ0.2秒でちゃんと答えたよ。》
《あの…申し訳ございません。ラウル様に対しての言葉遣いに物言いが…腹が立ちました。》
《とにかくもう気持ち折れてるみたいだからあといいよ。》
《かしこまりました!》
《アナミス!》
「は!」
すぐに俺のそばに現れた。
「コイツを眠らせろ。」
アナミスから赤紫のガスが出たと同時に男に何かをささやいた。
ナガセハルトは深い眠りについたのだった。
次話:第452話 大賢者の特殊能力
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブックマークと★★★★★の評価をお願いします。
引き続きこの作品をお楽しみ下さい。




