第439話 異世界人の召喚
黒髪の女から解放した5人の男たちはオーガやオークを見て驚いていた。獣人のいないファートリアの田舎の人達なので、オーガやオークを獣人の類だと思い込んでるらしい。どちらかと言うとまんま人間に見えるギレザムやゴーグ、アナミスやルピアなどに安心感を覚えているようだった。ただミノスも間違いなく人間に見えるし、ライカン達も変身していないので人間に見えているはずだが、物凄い強面なので敬遠しているようだった。
「みなさん。こいつらは気のいい奴らなので、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。」
泥棒髭の俺が男たちに言うが、盗賊の怖い見た目と恐ろしいほどのしゃがれ声でさらに引いていた。
「あ、あの人は大丈夫なのですか?」
男が聞いて来る。あの人とはシャーミリアがログインしている河童の事だ。
「彼は大丈夫。片腕と目をやられただけですから。」
「片腕と…」
「目を…」
「「「「やられた…」」」」
「「「「「だけ!?!?」」」」」
男たちが口をそろえて言う。
「え、ええ。」
そうか、そうだよな。人間だったら大変な損傷具合だ、平然と立ってたら変だよな。だがハイグールはエリクサーやポーションでは治らない。こいつらは人間を食わないと損傷部分は戻ってこない。
そんな具合に俺が人間達にいろいろと応対している間、アナミスが着々と事を進めていた。
「ぶつぶつぶつ。」
アナミスが黒髪の女の耳にスラスラと何かをささやいている。赤紫の霧が女を包みこみ、体の穴という穴から侵入していることだろう。
あれ見てるとなんかゾッとするんだよな。
「ラウル様。」
アナミスに呼ばれるので近づくと、彼女は俺を不思議そうな顔で見つめていた。
「どうした?」
「この者、デモンの干渉などは受けていないのですが、おかしな感じがいたします。」
「おかしな感じ?」
「何と言いますか…。」
アナミスが言いにくそうにしている。
「いいぞ、遠慮なく言ってくれ。」
「この者は、ラウル様やオージェ様達と似ているのです。」
「似ている?」
「恐らく、魂核が似ているのだと思うのですが。詳しくは分からないのです。」
「俺達に似ている…か…。」
「はい。」
「おおよその察しはつくんだが信じがたい事だ。とにかく話を聞いてみるとしよう。」
そう、俺の脳裏にはある事がよぎっていた。この女の話口調といいゴーレムを葬った3人の男達といい、凄く引っかかるものがある。
「起きよ。」
アナミスが命じ、すぅっと黒髪の女が目を覚ました。
ぼーっとした眼差しで俺とアナミスをみるが、驚いた様子もなく叫ぶ事もしなかった。完全にアナミスの術に落ちている事が分かる。
俺が話すのをアナミスが女に吹き込んで答えるようになっている。
《名前は?》
念話でアナミスに聞いて欲しい事を伝えていく。
「名前をいいなさい。」
「ホウジョウマコ。」
「どこから来た?」
「聖都。」
なるほど、やはり敵が送り出した人間らしいな。
「地方の村を回って何をしていた?」
「人間が逃げないようにくぎ付けにするように言われてた。」
「くぎ付けにしてどうする?」
「神様の生贄にするらしい。」
「神様の?」
「そう。」
「お前はどうやって人間をくぎ付けにするんだ?」
「私の力。」
「お前の力とは?」
「私のスキルは人心掌握と複合人体強化。」
今までの魔法使いからは聞いた事のない魔法だ。というか”スキル”とか言ったな。モーリス先生から聞いた水、火、土、風、光、闇、神聖、治療のどれかにあたるのだろうか?恐らくどれにも当たらないようだが。
「生まれつきの能力か?」
「違う。」
「いつ身に付けた?」
「ここに来た時には使えるようになってた。」
「ここに来た時に?」
「そう。」
なるほど。こいつの言っている”ここ”と言うのはファートリアのと言う意味ではなさそうだ。俺は核心を突く質問をする。
「お前は日本人か?」
「そうだ。」
やはり…この黒髪と見た目は、俺がこっちの世界に来る前に良く見た人種だ。思った通り日本人だった。ゴーレムを葬ったやつらも恐らく日本人だろう。
「どうやってこの世界に来た?」
「わからない。」
「分からないとはどういうことだ?」
「あっちの世界でパパ活してたら、急に暗くなって気がついたら聖堂にいた。」
「こちらに来た時周りにいたのは?」
「大勢の神官。そして大神官と呼ばれる偉い人。そして神様がいた。」
神様…それは何を意味しているのか?5大神の事を言っているのだろうか?
「神様は見たか?」
「見てはいない、声を聴いた。」
「声を?」
「そう、声。」
「それは何を言っていた?」
「私が勇者だと。」
勇者…いきなり、RPGのような話が出て来たな。この女にそんなことを吹き込んで何をするつもりなんだ?
「勇者に何をしろと?」
「神を名乗る敵を倒すために協力してほしいと。」
「神を名乗る敵だと?」
「蛇、龍、妖精、人、そして悪魔。」
なるほど間違いない、俺達の事を知っているやつの仕業らしい。既にそこまで相手に情報を掴まれていたのは意外だった。
ただ‥‥
俺が悪魔だと!
俺は魔人だ!
「お前は人間をくぎ付けにしろと言われただけか?」
「あとは好きな男を見つけたら自分の物にしていいって、この世界はそういう法律のような物がないから、好きな男がいたら自分の物にして連れてこいって。」
「それを真に受けたのか?」
「悪くないと思った。向こうの世界でもパパ達にたくさんお金もらってたし、男は私の言う事を聞くのが普通。」
うわぁ…とんだ性悪女だった。
「結婚しているやつも連れてきたな?」
「私は自由にしていいから問題ない。」
なるほどなるほど。
こいつは向こうの世界でパパ活をしていた。そこを何らかの方法で引き込まれこっちの世界に来た。そしてこっちでは割とイケメンの男を捕まえて、自分の護衛を増やして来たってわけだ。きっと心の奥にあるイメージが強いのだろう。
「ここにいる5人で全員か?」
「いや全部じゃない。」
「他にもいるのか?」
「死んだ。」
「死んだ?」
「魔獣にやられて死んだ。死んだら補充すればいいだけ。」
「何人まで増やせる?」
「5人。」
「それ以上は?」
「やったことない。」
どうやらこの女にとっては、男たちは補充の利く兵士らしいな。そして同時に操る事が出来るのは5人までと言う事か。人間にとってははた迷惑な力だな。
「結婚している者や恋人がいた者を引き離したら可哀想だろう?」
「なんで?私の方が魅力的と言う事よ。」
いやいや、お前のスキルとやらによるものだろうが。勝手に連れて来られた奴らや死んだ奴らの家族は悲しんでいるというのに、そんなことはお構いなしって事だな。よくもそんなことが言えたもんだ。
「他に向こうの世界から連れて来られた奴はいるのか?」
「いる。」
「どんな奴らだ?」
「男が3人と女が2人。」
「そいつらも一緒に呼ばれたのか?」
「そう一緒に。」
「そいつらはどこにいる?」
「男はこれから帰るところにいる。女2人は今どこか知らない。」
やはりゴーレムを葬った3人組は日本人だったらしい。魔人顔負けの力の持ち主のようだったが、きっとこっちに連れて来られて力を身に付けたのだろう。
「むこうの世界の知り合いか?」
「そう知り合い。」
「どんなやつらだ?」
「クラブで知り合った。素性はよくわからない。」
そうか。どうやら俺やオージェ達と同じような仕組みで召喚されているな。知り合い同士でこっちの世界に連れて来られたらしい。
ただ俺達とこいつらの違いは。
異世界転生
と
異世界召喚
なんの違いか分からないが、こいつらもそうやって連れて来られたのは間違いないだろう。
《分かったアナミス。一度眠らせてくれ。》
《はい。》
そしてホウジョウマコは再び眠りに落ちた。
そして後ろで聞いていた男たちが怒りに満ちた表情で、ホウジョウマコを見ていた。それもそうだ、自分たちが愛する女の元から強制的に連れて来られて、死んだら補充するように使われていた事を知ったのだ。怒りなんていう生易しい物ではないだろう。
「その女をどうするんだ?」
案の定、男の1人が聞いて来た。
「こいつは俺達が使う。」
「引き渡してくれないか?」
「引き渡したらどうする?」
「殺してやる。」
だろうね。そりゃ殺してやる以外の言葉は出てこないよね。
「すまんが、俺達に任せてもらおう。あんたらを生かして返すも殺すも俺達の匙加減一つだと知っておいてくれ。」
泥棒髭の顔色の悪い盗賊に凄まれて、男たちがおとなしくなった。別に悪いようにしようとは思わないが、俺が行う作戦の邪魔をされるのは困る。
《みんな。俺とシャーミリアが一旦意識を放す。このハイグール達をよろしく頼む。》
《《《《《は!》》》》》
ふっ
俺とシャーミリアがハイグールから意識を放した。
ぐらぁ
思いっきり目を回したようになる。
「シャーミリア。なんかさ物凄く調子が悪いんだけど。」
「申し訳ございません。かなり劣化しておりましたので人間を摂らせねば回復は難しいかと。これからさらに使い勝手は悪くなっていくものと思われます。」
「そういうものなんだな。」
ヴァルキリーを装着していてよかったと思った。恐らくこっちに意識を戻した段階で、ひっくり返っていたと思う。
《ヴァルキリー出してくれ。》
《はい、我が主。》
ガシャン
俺はヴァルキリーから出て来た。
「ラウル。向こうはどうだ?」
すぐさま側にいたオージェが聞いて来る。
「オージェ、グレース。大ニュースがある。」
「なんだ?」
「なんです?」
そして俺は二人にホウジョウマコの事、6人の日本人が召喚されている事、6人には”スキル”と呼ばれる何らかの能力がある事、敵がある程度俺達の正体に気が付いている可能性がある事、5大神を討伐するために呼ばれている事を話した。
「勇者って…。」
「日本人だと…?」
「ああ。」
「それって召喚魔法か何かで、向こうから人間を連れて来れるって事ですかね?」
「そうじゃないかな?ただ条件とか呼ばれた者達の関係性とかもっと知らないと分からないけど。」
「6人で全員ってことだろうか?」
「それも分からない。ただ今回見つけた6人は元の世界では顔見知りだったと言う事だ。」
「僕たちと同じ。」
「俺たちと同じ。」
グレースとオージェが被った。
「そうだ。どうやら何らかの因果があるらしい。」
「‥‥。」
「‥‥。」
俺達が考え込んでしまった。とにかく情報が少なすぎて何も判断する事が出来ない。
「泳がせてみたらどうだ?」
オージェが言う。
「ホウジョウマコをか?」
「ああ。」
「って事はまた俺があれをやると‥‥。」
「という事だな。幸いまだ聖都は動く者がいない。これまでここに侵攻して来た経緯からすれば、シャーミリアさんなら敵に捉えられる事はなさそうだ。ギレザムさん達の所に飛べるんじゃないか?」
「なるほどね‥‥。」
「いやオージェさん。あれはラウルさんが究極に消耗します。この作戦実行中にやるのは危険ですよ。」
グレースがオージェに異を唱えた。
「まあ…そうか。」
確かにグレースの言うとおりだった。俺があれほどの魔力を消耗してしまうと連結を維持できない。”あれ”とは、俺がアナミスに魔力を注ぎ、ホウジョウマコの魂核の改変をして操る事を言っているのだ。しかしこの作戦行動中は容易にそれをすることができない。魔力が枯渇してしまえば連結が切れ、銃火器でデモンを始末する事が出来なくなってしまうからだ。
「アナミスさんの催眠だけではなんとかなりませんかね?」
「ある程度は何とかなると思うが、強力なデモンが来たら奪い返されるだろうな。」
「その時は…。」
「その時は?」
「殺してしまえばいいのでは?」
グレースが無表情で言う。まるで魔王のようだが、俺が魔王の子供なんだけどな。
「いや…それはどうだろうな。」
やはり人道主義的なオージェが反対にまわるようだ。
「あとはラウルさんの判断です。」
「だな。」
俺は少し考えて他の選択肢が無いのかあれこれと思い浮かべてみる。
「オージェ、グレース。」
「なんだ?」
「なんです?」
「敵の目的はこれじゃないか?」
「これ?」
「それは?」
「俺達が敵を攻撃しづらくさせるか、もしくは俺達に仲たがいをさせる。恐らく敵は俺達の正体にある程度気が付いているのかもしれない。」
「日本人って事をか?」
「ああ、同じ日本人を殺せるか?」
「僕としては、それが敵ならば殺さなければならないと思っています。」
「俺は‥‥。」
そう、オージェは元自衛官のレンジャー、そしてエミルはドクターヘリのパイロット。どちらかと言うと日本人を救うために仕事をしてきた人たちだ。グレースはそれとは違い冷静に物事を考え、最高幹部視点で判断を下す事が出来る。
敵がどこまでこちらの事を知っているかは分からないが、もしかしたらそのあたりを攻めてきているのかもしれない。
‥‥いや…考えすぎか…
俺達はさらに思考の迷路に迷い込むのだった。
次話:第440話 異世界のルート
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