第436話 見えぬ敵影
シャーミリアが森の数か所に作ってくれた、大木の枝の上面を平らに削り木を渡した監視台。その上に俺とマリアとカーライル、シャーミリアとマキーナがいた。米軍の軍用単眼鏡を2対用意してマリアと俺が聖都を監視している。
ファートリア聖都はかなり大きかった。ユークリット王都とそれほど変わり無いように見える。全体的に街が白い建物で埋め尽くされており、とても美しい景観が広がっていた。あちこちでウロウロと動く人間の兵士が見え、魔獣にまたがった人間たあちこちを見回っているのも確認できた。厄介なのは翼竜に乗った人間が、聖都上空を飛び回って監視している事だった。
「かなり厳重だな。」
「そうですね。」
俺の問いにマリアが答える。
ファートリアの聖都はユークリット王都と違ってかなり整然としている。碁盤の目のように町が作られており建物が規則正しく建っていた。
「カーライル、聖都のお城ってどれだ?」
「城と言うか大聖堂ですね。ほぼ中心に位置するあの大きな建物です。以前と比べるとだいぶ外観が変わっているように思えます。」
聖都の真ん中に広場のような場所があり、その真ん中に白くて大きな神殿のような建物があった。それがこの都市の中枢である大聖堂らしい。
俺とマリアはその大聖堂に単眼望遠鏡を向けて見ていた。
「凄い立派だな。」
「そうですね。ユークリットの教会などとは比べ物にならないようですね。」
マリアが言う。
「だな。さすがはアトム神を信仰する総本山ってところか。」
「はい。」
俺が後ろに控えていたカーライルに単眼望遠鏡を差し出す。
「見てみてくれ。」
「はい。」
カーライルが単眼望遠鏡を覗く。
「ち、近い!」
天体望遠鏡並の倍率にカーライルが驚いている。
「ああ、それはそういう道具だからね。」
「なるほど…。」
カーライルがじっと望遠鏡を覗く。
「やはりだいぶ変わってしまったように思えます。」
「そうか…。」
カーライルがどこか悲しそうに言うのだった。俺は後ろに控えていたシャーミリアを見る。
「シャーミリアどうかな?あそこにデモンは居そうかね?」
「阻害の何かがかかっているようですが、おそらくはそれに近いものが居るかと思われます。しかし人間の方が圧倒的に多く、他の都市のように全滅しているようには思えません。」
「なるほどな。首都の人間は殺さなかったか…もしくは必要な人間を首都に集めたかのどちらかだろうな。」
しかし誰も答えなかった。もちろん俺が言っている事が分かってはいるが、誰もその答えを知っているわけはなかった。
「ここからでは知っている人間がいるかも分かりませんね。ファートリアとバルギウスの兵が混在しているようにも見えます。そして聖都には防御結界が張られております。」
カーライルが言う。
「防御結界か。モーリス先生に見てもらえれば分かるんだがな。」
「そうですね。」
「そして兵士以外に市民もいるよな。」
「そのようです。生存者でしょうか?」
「どうなんだろうな。」
不用意に潜入するわけにもいかず、そこにいる人間達が兵士なのか一般市民なのかの区別はつかなかった。ただ鎧を脱いだ兵士かもしれない。
「ケイシー神父が言っていたアブドゥルという者はここにいるのでしょうか?」
「どうだろうなカーライル。西の魔人軍を進軍させたから守りに入るならここに居るはずだが‥‥。」
もしかしたらこの都市から逃げている可能性もある?
「あれだけ守りを固めておれば、いる確率の方が高いと思います。」
マリアが言った。
「そうだよな。他の都市には兵隊がいなかったようだし、あそこにいる確率の方が高いか。」
聖都の監視を始めたばかりで、都市内の動きもまだよくわかっていなかった。上空からの狙撃を試みようと思ったのだが翼竜に乗った兵士がいる。鏡面薬で人間の兵士に見つからなくても翼竜には感づかれる可能性もある。
「ラウル様。この位置ですと、ちょうど大聖堂前の広場がみえますので、もしかするとあの演説用のメインバルコニーから出て来る可能性もあります。」
カーライルの言う通り、兵士や市民に演説をする機会があればそこを狙うべきだが、果たしてこの状況でそんなことをするかどうか。
「いずれにせよ、数日はここから監視して動向を確認するしかないだろうな。」
「はい。」
「そうですね。」
マリアとカーライルが言う。
すると誰かが森を上がってくる気配がしたので木を降りることにする。
「よしとりあえず集まろう。」
俺は木を飛びおりる。
かなりの高さがあったがまったく問題なかった、マリアはシャーミリアが連れて降りてきてくれた。カーライルは木の枝から枝へと飛び移って自力で降りて来た。気で中堅の魔人並みの身体強化が出来る、彼のような人がいわゆるバケモノといわれるんだろう。
都市の監視はマキーナに任せた。
「おかえり。」
俺が森を上がって来た人間に対して言う。
「おう。」
「戻りましたー。」
「はい。」
「ふう。」
森を上がって来たのはオージェとグレース、トライトンとオンジだ。森の下まで行ってもらいゴーレムを配置してもらったのだった。
「しかし相手は、南東に敵がいると思いますかね?」
グレースが言う。
「念のためだ。万が一の時に、ゴーレムには俺達が速やかに逃げるためのバリケードになってもらう。恐らくは西から来るものと思っているはずだ。」
「敵に龍神様並の者がいたらひとたまりもないですが。」
「まあトライトン、その時はかなり覚悟して戦わないといけないだろう、だがこっちには本物の龍神がいるんだ、ゴーレムがやられたところで負けることはないよ。」
「わいもそうは思いますが守らねばならぬ方たちが居る以上、逃げの一手でしょうな。」
「もちろんだ。」
「もちろん、その時は俺が殿を務めるさ。ラウル達は俺がくい止めている間に全力で逃げろ。」
「悪いなオージェ。お前も無理しないでくれよ。」
「下手はうたん。」
すると今度は森の中からルフラを纏ったカトリーヌ、カララ、セイラが戻って来た。
「糸の警報網の設置を終わらせました。こちらに侵入するものあれば即座に知らせます。撃退する事も可能です。」
カララにはUZIサブマシンガンを大量召喚して渡している。森のあちこちにUZIサブマシンガンが浮いており、敵が来たらカララの警戒網に反応し攻撃を仕掛けるようになっている。
「スピーカーも仕掛けてきました。」
さらにセイラの歌を通すためのLRADスピーカーも設置しており、街ごと敵を眠らせる事も出来るようにしてあった。
「カトリーヌとルフラも手伝いご苦労様。」
「「ありがとうございます。」」
カトリーヌとルフラの声が二重に聞こえる。
「全員が集まったな。」
俺は皆を見渡す。
「俺達の第一目標は敵の大神官アヴドゥルだ。暗殺を試みる事になっているが、上空の翼竜たちが居るため容易に近づくことができない。よって大聖堂のメインバルコニーを数日見張る事にする。万が一マリアの狙撃が失敗したら、カーライルとオンジさんはマリアとグレースを連れて南東の更に奥へと逃げろ。シャーミリアとマキーナで翼竜を全て迎撃し、全員が鏡面薬をかぶり同時攻撃を開始する。俺とシャーミリアで都市への絨毯爆撃をし、マキーナは上空に現れた敵をM240中機関銃で排除、セイラはLRADでの敵の催眠を試みて、カララは全部の武器で敵を攻撃する。カトリーヌとルフラは負傷者を回復するため待機し、敵の本隊がでてきたら全員で逃亡開始だ。オージェとトライトンが殿を務め敵を食い止める。以上!」
「「了解」」
「「「「かしこまりました!」」」」
「「「「はい!」」」」
全員が返事をした。
そのまま全員が待機状態に入り、俺はマリアとシャーミリアと共に再び木の上の監視台へと登った。
「マキーナどうだ?」
「変わりはございません。」
「そうか。西から大軍が攻めてきているから、翼竜や魔獣を出してまで警戒しているんだろう。だけどここから軍隊やデモンが出撃していくと思っていたから誤算だったな。」
「手薄にはならないようですね。」
「だな。」
聖都は恐らく戒厳令が出ているのかもしれない、かなり警戒しているのが分かる。陽動作戦もあまり意味が無かったか…だとすれば次の動きだな。
《ギル!》
《は!》
《ドラゴンの襲撃は無いか?》
《今のところは動きは無いようです。》
《なら南からのゴーグ部隊から100をそこに駐留させてくれ。》
《は!》
《ある程度戦闘車両を残し拠点防衛を強化し兵站線を確保。ギルとゴーグの部隊400でその東の山を越えろ。》
《かしこまりました。》
《戦闘車両は370の兵で守りながら街道を迂回させ、30人の部隊でその東の山の中腹に見つけた洞窟を抜けて進軍するんだ。透明なドラゴンが車両部隊を攻撃するかもしれん。その前に一気に人間の拠点を叩け。自動小銃は濡らさないようにテントを切ってくるんでいけ。》
《は!》
《ちなみに洞窟の入り口にはドラゴンが詰まってるかもしれん。》
《ラウル様がハイグールを操り屠ったドラゴンですね?》
《そうだそれをどかして侵入するんだ。洞窟の反対側の出口から敵の基地が見えるはずだ。》
《は!》
《駐留部隊は?》
《既にメンツは決めています。すぐに動けますが?》
流石にギレザムは俺の先々を考えて動いてくれている。おかげで迅速に作戦を進める事が出来る。
《すぐに頼む!ラーズ!》
《は!》
《先生は?》
《お元気でいらっしゃいます。》
《お前は先生と共に、戦闘車両部隊と行動をしてくれ。もしカオスドラゴンのような強敵が現れたら、モーリス先生だけを連れてお前だけ単体で逃げろ。》
《かしこまりました。》
《頼んだぞ。》
《命に代えて。》
どうやら俺達のハイグールを襲った透明なドラゴンはどこかに消えてしまったようだ。ギルたちの部隊を駐留させて確認させていたが、どこにも気配はなかったらしい。もしかしたら東の敵の拠点で狼煙を上げていたので、ドラゴンを呼び寄せたのかもしれなかった。
《ガザム。》
《は!》
《メルカートの様子は?》
《いまだ沈黙しています。》
メルカートからデモンが出現し迎撃したあと、メルカートを監視させていたガザムに確認をする。いまだメルカートから何の動きも無いらしい。
《こちらの残存兵力は?》
《無傷です。》
《なるほどな、どうするかガザム?メルカートに侵入したとたんにユークリットの時のように、進化グールの大軍が出て来る可能性もあるし、カオスドラゴンを呼び出される危険性もある。ならば…手を出さないのがいいだろうか?せっかく確保した北の兵站線が、南のメルカートから出現した敵から分断される事も考えられるしな。》
《それであれば、あえてメルカートに侵入して敵を誘導したほうがいいのでは?》
《魔人達に被害が出る可能性があるぞ。》
《ラウル様、これは戦でございます。皆が覚悟の上で作戦に参加している者ばかりです。ラウル様の悲願成就の為に命を惜しむ者はおりません。そして陽動し敵が出てくるのなら全力で迎撃するのみかと。》
《…わかった。強力なデモンやカオスドラゴンがでたら、連結LV3を使う。すみやかに連絡してくれ。それでもし攻撃が通用しないようならすぐに退却だ。とにかく死ぬことはダメだ、危険だと感じたら部隊を率いて西に逃げろ。既に前線基地から大隊が出ているから合流し、再度攻撃するんだ。》
《は!》
きっとガザムの所にいる魔人達のような考えは皆が持っているのだろう。だが俺は魔人の仲間には死んでほしくなかった。作戦のやり直しはいくらでも効くはずだ、無理をして死ぬ必要はどこにもなかった。
ガザムとの念話を切りドランに繋ぐ。
《ドラン!》
《は!》
《状況は?》
《斥候からの伝令では、いまだ敵の進軍は確認できず。》
《そうか…恐らくあと12時間ほど経過すれば敵影を確認できるはずだ。そうなればこちらの想定通りだが。》
《は!》
《エミルは居るか?》
《はい。》
《よし。》
そして俺はひとつの作戦をドランに伝えるのだった。
次話:第437話 驚愕の3人
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