第429話 決戦に備えた布石
二人のハイグールは雑木林を駆け抜けて敵の駐屯地から距離をあけていく。逃げるために送り出したゴーレムは破壊されてしまったようで、戦っている様子はないようだ。
《とりあえず止まろう。》
森の奥へと逃げていた俺達はそっと止まる。
残ったのは泥棒髭と河童そしてゴーレムが2体の計4体。ここまで既に8体のゴーレムがやられた。ひとまず辺りが静かになったので追手が来ることは無さそうだ。
《いかがなさいましょう?》
《下手に動いた方がやられるな。》
《左様でございますね。》
俺達は森の中に潜んでじっとあたりを伺う。
《あんな頑丈なゴーレムが壊されるんだな。敵は人間なんだろ?》
《はい。間違いなく人間の気配です。》
《ゴーレムは、あの透明なドラゴンの火球や氷槍にある程度耐えたんだけどな。》
《確かにそうですね。》
《とりあえず身を隠すところを探そう。》
《は!》
そして4体はそーっと森の中を徘徊し始める。しばらく探すと殊更大きな大木を見つけた。
《ミリア!この大木の枝の所まで登れないかな?》
上を見上げると太い枝が何本も生えていた。
《このハイグール2体だけなら行けるかと。ゴーレムは難しいと思われます。》
なるほど。
「お前達!丸くなって岩に見えるようになれるか?」
ゴーレムに指示を出す。
するとゴーレムは体育座りのような形になって頭を膝に埋める。なんとなく岩の塊風にはなっているが、さっきすでに敵にゴーレムを見られているからすぐにバレるだろう。
《これ、バレるよね?》
《それではご主人様。腐葉土や葉をかけましょう。》
《なるほど、そうだな。》
俺達がその辺から腐葉土や枯れ葉を集めてきてゴーレムにどんどんかけていく。かなりの量を積み上げるとほぼほぼ岩に見えるようになった。どこからどう見てもゴーレムには見えない。
《よし!》
《それでは登りましょう。》
タン!
河童ハイグールはグーンと高くジャンプして、少しの木の出っ張りに手をかけ、腕で押し上げてさらに高みに登っていく。出来損ないのハイグールなのに器用に使えるのが凄い。河童が太い木の枝にたどり着き下を見下ろしていた。
《ご主人様。いかがでしょう?》
《やってみる。》
タン!
一気に高みにジャンプして、シャーミリアの河童が掴んだ気の出っ張りを掴もうとしたところで…
スカッ
空ぶってしまった。
《うわ!》
ヒュー
ドサッ
落ちた。
《もっと木のギリギリでジャンプしないとダメか。》
タン!
一気にジャンプして、さっきの木の出っ張りを掴んだ!
《よし!》
グイっと腕の力でさらに上にあがるが、タイミングが悪かったらしくシャーミリアの河童がいるところまで届かない。
《うわわ!》
パシッ
シャーミリアの河童が泥棒髭の腕をつかんだ。
《ほっ》
グイ!
泥棒髭は無事に枝に上がる事が出来たのだった。
《あとは少しずつ枝を伝って上に上がって行けばよろしいかと。》
《おう。》
タン!
ザッ
シャーミリアの河童が少し高みの枝に飛び移る。それを見て俺も同じように枝に飛び移った。俺は泥棒髭を思うように動かす事が出来ずに何度か落ちそうになる。しかし河童の助けでかなり上の枝まで登る事が出来た。俺達が選んだその木は他の木々よりだいぶ高く、ある程度森を見渡す事が出来るようだった。
《ぜっけー!ぜっけー!》
《はい。》
ここからなら森を一望出来るようだ。俺達が逃げて来た敵の基地方向を見てみると、遠くに狼煙が上がっているのが見える。
《狼煙が上がってるな。》
《何かを知らせておりますね。》
《おそらくは、俺達が出没したことを知らせているのかもしれない。》
《あの透明なドラゴンに伝えているのでございましょうか?》
《そうかも。もしくは東の聖都に向けての合図か?…判断は難しいな。》
《はい。》
《まあとにかく、この二人のハイグールにはここいらが限界だろうな。》
《いかがなさいましょう。》
《いずれ味方がここまで来た時の先兵として使うか、場所を教えるためにも置いておきたいな。》
《ではこの木の枝にしがみつかせておきましょう。》
《だな。》
そして俺とシャーミリアは二人のハイグールを木の枝にしがみつかせる。もちろん疲労する事も無いので俺達が指示するまでこのままだろう。ファントムほどの強さは微塵もないが、こういうところは便利だ。
《じゃあシャーミリア。こいつらから意識を放そう。》
《かしこまりました。》
フッ
フッ
二人はハイグールから意識を放す。
「ううう、何回やっても慣れないな。」
ヴァルキリーの中で酔ったようになる。
《我が主。おかえりなさいませ。》
《ああ、ただいま。状況はどうだ?》
《まだ草原を脱していません。》
《わかった。シャーミリア!今この部隊の人間はかなり消耗している。とにかく警護をしなければならない。》
《かしこまりました。》
《先行して安全に潜伏できる場所を探してきてくれないか?》
《すぐに。》
バシュッ
シャーミリアが消えた。
「あっ。」
カトリーヌが急に消えたシャーミリアに気が付き声を上げた。
「カトリーヌ、ただいま。シャーミリアと一緒に戻ったよ。」
「あちらは、めどがついたのですか?」
「うーん…敵兵がたくさんいて魔獣やドラゴンがいた。恐らく敵兵を何人か倒す事が出来ても、後はただハイグールが破壊されてしまうだけだろう。だから適当なところに置いて来た。」
「左様でございましたか。」
「カティ疲れたろう?」
「私はそれほどでも。ルフラが私の体を動かしてくれておりますし。」
「そうか、ルフラありがとうな。」
するとカトリーヌの同じ口からルフラの返事が来る。
「いえ、カトリーヌを守るのが私の使命です。」
「助かるよ。」
そして俺はマリアやカーライルの方を見る。
どうやらだいぶ疲れているようだ。とにかくシャーミリアが戻るまで休ませた方が良さそうだった。
《マキーナ!カララ!オージェとトライトンに集まるように伝えてくれ。》
《《かしこまりました。》》
《ファントムはそのまま辺りを警戒しろ。》
俺が魔人に指示を出した。そして俺が立ち止まると、みんなが集まってくるのだった。
「じゃあみんな、休憩を取ろう。」
皆がその場に座る。マリアとカーライルとオンジはへたり込むように座った。
「本当にお疲れ様。」
「すみません。」
「マリア、疲れて当然だよ。魔人達の行軍について来れるだけでもすごい。」
「みなさんに細かく休ませてしまって。」
オンジも申し訳なさそうに言う。
「そんな、よくここまでついてこられましたよ。」
「我も年ですかな。」
「その年齢でここまでついて来れたのはすごいです。」
「とにかく足をひっぱらぬようにと、必死ですがな。」
オンジがとにかく恐縮して言う。
「カーライルも大丈夫かい?」
「これも修行のひとつ。自分を磨くのにちょうど良い試練です。」
「そ、そう?今はとにかく休んでくれ。」
「はい。」
この男の精神力だけは本当に見習わなければならないと思う。
「グレース!」
「なんでしょう。」
「人間のみんなにハイポーションを。」
「了解。」
グレースが収納しているハイポーションをみんなに配る。これはデイジーとミーシャの最新のポーションで、カプセル型になっているが濃縮還元でとても効くはずだ。さらに俺がペットボトルを人数分召喚して渡した。
「ありがとうございます。ラウル様。」
マリアが言う。
「この水はいつも冷たいのに驚かされます。」
オンジも喜んでいた。
「本当です。ラウル様の召喚される物は全て新しく、万全の形で出てまいりますよね。これを神の力と言わずして何というのでしょうね。」
カーライルが素直に言っていた。
神の力か‥‥グレースとエミルとオージェは既に、神を受体していて覚醒した。さらにその能力を少しずつ目覚めさせていると言った感じだが、俺は未だに覚醒をしていない。なんとなく自覚があるのだが、体内の能力を全て使い切れていない感覚がある。
「神の力とは大袈裟ですが、もっと力をつけて皆の役に立ちたいです。」
「ふふ。」
「ははは。」
「そうですか…。」
マリアとオンジとカーライルは呆れたように笑ってそう答えた。
《ご主人様。》
《見つかったか?》
《このまま東進すれば、敵に遭遇します。》
《なに?何かいたか?》
《先ほどグール達と見た敵の駐屯地のような物があり、100名以上の兵と魔獣がおります。》
《ここにもか…》
《壊滅させますか?》
《いや、伝令が飛ばなくてもデモンの干渉を受けていればバレる。とにかく迂回して進むから安全なルートを探してくれ。》
《かしこまりました。》
いよいよあちこちに敵が出現し始めた。シャーミリアなら一瞬で壊滅できるほどの敵かもしれないが、相手に察知されてしまう可能性が高い。とにかく相手に悟られることなく進む必要があった。
シャーミリアにルート検索をさせている間に、全員に戦闘レーションを配る。既に話をする余裕もないのか皆が黙々と戦闘レーションを食べていた。
《ラウル様。》
しばらく前に前線基地を出発したスラガから念話が入る。
《どうしたスラガ。》
《ラウル様達が立ち寄った村へと到着しました。今は草原の方から監視中です。》
《そうか。様子はどうだ?》
《普通に村人が農作業をしております。村の一角では魔獣を解体している者達もおります。》
《ああ、それはルタンから連れて来た兵だな。》
《あれがそうですか。》
《おそらくそうだ。それでスラガの隊にサキュバスは連れてきているな?》
《はい。軽い1次進化を遂げた者です。》
《サキュバスを含め5人くらいの小隊を編成して冒険者を装い村に潜入しろ。村人がデモンに干渉されてない事を確認させるんだ。》
《わかりました。》
《人間に見えるやつだけにしてくれ。サキュバスは羽が隠れていないだろうからローブを着せて隠すように。》
《了解です。》
俺達が潜入した時は、シャーミリアが村人を確認したがデモンの気配はなかったという。それで俺はサキュバスを連れてくるようにスラガに指示をし、それが間違いない事を確認させようとしているのだった。
一人もデモンの干渉を受けていない場合は、魔人軍を全て村に向けて占領し拠点を作るつもりだった。しかし一人でもデモンの干渉を受けているのを確認した場合、どのような被害を被るか分からないため村は通過するように言ってある。
「どうした?」
オージェが意識を集中していた俺に声をかけて来る。
「ああ、最初の村にスラガの部隊が到着した。」
「それでどうするんだ?」
「いまからサキュバスに命じて、デモンの干渉を受けていないかを確認する。あそこの村には光の柱が立たなかったから、俺の推測が正しければデモンの干渉や罠の類は及んでいないと思うんだ。」
「なるほどな。あの村がデモンの干渉を受けていなければ拠点を築くという事か?」
「そう言う事になるな。」
「なるほどです。」
横からグレースが納得した返事をする。
「ああ。」
「あの村に拠点を作り、そのラインまで戦線を押し上げようという事ですね。」
「ご名答。」
「なるほどな。同列のラインまで押し上げて縦に繋ぐか…。」
「そうだ。一度そこで兵站線を確保したら、フラスリアから更に西部ラインに兵士をおくり、前線基地や各拠点にいる魔人から第二陣をおくる。」
「正攻法だな。」
「まあそうだ。」
「あの光の柱…あれは大丈夫ですかね?」
「ああグレース、あれだけが気になる。あれの正体が分かればもっと動きようもあるのだが、とにかく不用意に動けないのはあれのせいだ。」
兵站線を切らしてむやみに自軍の戦力を分散したりしないようにしなければならない。しかしその間にはあの死体から生える光の柱があった。よって侵攻を細かく行わなければならなくなった。
「あの光に何の意味も無いわけはないだろうからな。必ず何かあるとみていいだろう。しかしあれに気を取られて足止めをしていても敵に有利に働くだけで、俺達に何のメリットも無いからな。」
オージェが納得したように言う。
「博打はうちたくないが、全くリスクを負わない訳にはいかないってことだ。」
「敵の狙いが読めなくて気持ち悪いです。」
「ああ。」
《ご主人様。》
シャーミリアから念話が届く。
《そこから南東に抜け道があります。》
《わかった。一度戻って俺達を誘導してくれ。》
《かしこまりました。》
どうやらシャーミリアが安全なルートを見つけたらしかった。
俺たちが進む道が決まるのだった。
次話:第430話 デモン干渉を調査 ースラガ視点ー
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