第420話 敵の謀略
ファートリア神聖国をパトロールし盗賊団を見つけては、泥棒髭ハイグールと河童ハイグールの養分にした。素体が盗賊の頭なのでそれほどいい物ではなかったが、人間相手ならとてつもない強さを発揮するだろう。
《まもなくだ。》
俺は森で待つカララに念話を繋げた。
《かしこまりました。みなお待ちしております。》
《ちょっと手間取った。すまない。》
《いえ。こちらは特に何も無く彼らと戦闘訓練を行うだけでした。》
《カララ直々に?》
《はい。それと龍神様とファントムとトライトンさんも交え、かなり充実したと思います。》
《セイラはどうしてる?》
《彼女は戦闘訓練には参加していません。》
《了解だ。》
もうすぐ森に到着する事をカララに伝える。2体のハイグールがかなりの速さで走る事が出来るようになり、疲労しないで走り続けるので俺の速度にもついて来れるようになった。それでも3日半かかってしまったため急いでいる。
それにしても…オージェとファントムとカララ、それにトライトンとの訓練となれば、カーライル、オンジ、マリア、カトリーヌにはいい経験になっただろう。
後3時間ほど走り続ければ到着する。シャーミリアと泥棒髭と河童は全く疲れた様子はないが、俺はさすがに疲労が蓄積してきた。3日間ほぼ休みなしで盗賊団を探したからかもしれない。まあ盗賊を養分にするために働いたのは、泥棒髭と河童だから特に苦労はしてないが、さすがに休みなしで動き回ったおかげなのか体がだるい。
《ラウル様》
合流地点に走っている最中に南の拠点にいるミノスから念話が入った。
《どうした?ミノス。》
《光の柱が上がりました。》
《なに?どういうことだ?》
《村の跡地に陣取っていた敵兵なのですが、誰かが死んだようです。》
《特に攻撃とかしていないよな?》
《はい。》
《なら何故だ?》
《それが…食料が無くなったらしいのですが、そのままそこにとどまり続け弱っていたものが死んだようです。》
《動かない?威圧したからかな?》
《そうでしょうか?アナミスが術を解き、我々も軍を引きましたから。》
《ゴーグは?》
《既に斥候と一緒に拠点へと戻っております。》
《じゃあゴーグでもないか。》
《はい。》
一体どういうことだ?なぜ食いもんが無くなったというのに、その場を動かない?あんな場所には水も無いし、グレートボアの死骸は食えないはずだ。
《ラウル様。》
アナミスが話してくる。
《アナミスは何か分かるか?》
《奴らはデモンの精神干渉を受けており、恐らくは死ぬことが目的なのではないでしょうか?》
《死ぬことが目的?》
《あの者達の意志ではないと思われますが。》
《自ら死を選んだというより、死ぬように精神を操られたと言う事か?》
《その可能性が高いかと。》
《光の柱を作る事が目的か…。》
《はい光の柱は、死体を苗床にして生えているかの如く天に伸びております。》
《死体を苗床に…》
《まだ1柱でございますが、数日もすれば30もの柱が立つ事でしょう。》
《しくじったな。俺がそっちに赴いてデモンの支配を解除するべきだったか。》
《もうしわけございません。私だけでは術を展開する事が出来ずに。》
《アナミスは悪くない。あれは俺の魔力が無ければ成り立たないんだから。》
《私の魔力がもっと多ければ。》
《それは恐らく無理だ。俺は系譜に連なる魔人の魔力を集めた状態だからな。》
《はい。それで…いかがなさいましょう?》
《精神干渉の解除は出来ない。あれはかなり力を使うし今からではその拠点にいる兵士は手遅れだろう。さらにギレザムがいる拠点もガザムがいる拠点にも既に兵士がいる。どちらか一方は間に合うかもしれないが、俺が疲弊している間に相手が大規模な進軍をしてくる可能性もある。ちょっと相手の策に嵌った感があるな。》
《それでは?》
《とにかく敵兵は放っておけ。》
《はい。》
とにかく仲間との合流を急いで意見を求めてみるか。
そのまえに俺は西部戦線にいる魔人に一斉に念話を繋げた。
《ギレザム、ガザム、ミノス、ゴーグ、アナミス、ルピア、ラーズ、ドラン、スラガ!》
《《《《《《《《《は!》》》》》》》》》
《敵が人間に罠を仕掛けて送ってきているのは周知のとおりだ。西部のラインにはすでに敵の小隊が来ており、光の柱の苗床となり果てようとしている。とにかく光の柱の効果が不明だ!敵兵を死なせないように何とか手を打たなければならない!上手く行くかどうか分からんが、彼らが死ぬのを遅らせるため食料と水を遠方から投げこめ。決して接触はしないようにな。》
《《《《《《は!》》》》》》
《我々前線基地ではどのような対応を?》
ドランが聞いて来る。
《前線基地にも敵兵が送られてくるかもしれない、部隊を内地に送って敵がそれ以上入らぬように監視だ。隊長はスラガで部隊編成は100名、人選は任せる。》
《かしこまりました。》
スラガが返事をする。
《極力敵兵に接触しないように気を付けるんだ。殺してしまえば恐らく光の柱を作るのが早まるだけだろう。敵を生かす事を考えるという難しい任務だが、何とかやり遂げてくれ。》
《は!》
《ドラン!》
《は!》
《フラスリアに補充の部隊が来る頃だ。さらに1000の魔人を前線基地に連れてくるように。》
《かしこまりました。あの二人はいかがなさいましょうか?》
あの二人とはリュート王国の王子様とお姫様の事だ。
《ゼダとリズか。本当はフラスリアのトラメルにあずかってもらいたいところだが…あの兄妹はそれを良しとはしないだろう。とりあえず専用の護衛を着けろ、決して目を離す事の無いように。》
《は!》
《ラーズ!》
《は!我はなにを?》
《重要な任務がある。》
《は!》
《精鋭部隊を100名引き連れてモーリス先生を引き連れ、西部の囚人施設に内部から何かが出ないように結界を張ってもらうように頼む。》
《かしこまりました。》
《ラーズは選りすぐりの10名と小隊を組み、精鋭部隊100名と共にモーリス先生を徹底的に守ること。あの人は俺達の未来のために大切な人だ。くれぐれも大事に至る事の無いようにしてくれ。万が一の時は直ぐに撤退を命ずる。最悪の場合は100名を切り捨ててでも10名でモーリス先生を逃がせ。》
《は!》
俺は100名の精鋭の命よりもモーリス先生の命を優先させるように言う。いままでそんな命令を出したことはなかったが、今回は緊急事態のため魔人に体を張ってもらうしかない。ラーズはユークリット王都でもモーリス先生を守ってくれていた。引き続き護衛の任を任せよう。
そしてモーリス先生に収容所と各拠点に結界を張ってもらう事にする。光の柱が何を意味するのかはわからないが、気休めでも進攻を遅らせる事が出来ればいい。
《西部ラインの拠点のみんなは危ないと感じたら、拠点を放棄しても構わない。魔人の人命を第一に考えて行動するように。》
《《《《《《は!》》》》》》
ラーズに出した命令とは逆の命令を出す。こちらは万が一の時に損害を最小限にとどめるようにするためだった。西部ラインには結構な戦力を投入しているので、決戦に備える意味でも被害は出したくなかった。
俺がファートリア地内にいる魔人達に指示を伝え終わると、ガクンと力が抜けた。かなりの疲労と念話の一斉使用で体が重くなってきたのだろう。今まではこれくらいでこのように力が抜ける事はなかったはずだが…
ちと無理しすぎたか。
「ご主人様!私奴におぶさりください。」
ふらついた俺を見てシャーミリアが言う。
「いや‥大丈夫だ。」
「いえ!私に遠慮などはいらぬのです!さあ!」
よろよろとシャーミリアに吸い寄せられるようにおぶさる。
「ミリアにはいつもこんな役回りだな。」
「何をおっしゃいます!私奴の命は全てご主人様のもの。いかようにも使ってくだされば良いのです!」
「すまん。こいつらみたいな盗賊の成れの果てにおぶさるより、ずっと幸せだよ。」
「私奴めの背中でそのように言っていただけるなど、光栄の極みにございます。」
「ホント…」
「ご主人様。お眠りください。」
「スマ…な…」
俺の意識が落ちる。
・・・・・・・・・
暗闇の中…牙を打ち鳴らす音が聞こえる。
ガチガチガチ
その獣はふたたび姿を現した。
「ハラガヘッタ。」
おそろしいほど飢えた獣。
獣の毛はハリネズミのように逆立ち、長い鬣たてがみが輪廻の先まで生えているようだ。ぼさぼさの鬣からのぞくいびつな背中。触れれば切れてしまいそうな、おびただしい数の角が生えていた。不自然に伸びる手さきにある、不ぞろいの指の一本一本に鋭い爪がずらりと伸びていた。顎は後頭部あたりまで裂けており、その顎には獰猛な牙が幾重にも重なって生えている。舌は蛇のように動き、その舌の先に牙の生えた顎がガチガチと音を鳴らして蠢いていた。
人間なら一瞬で正気を失い死ぬだろう。
間違ってその獣を一瞬でも目に入れてしまったら。
真の死が訪れる。
間違いなくそれは現実のものとなるだろう。
「やっと寝やがったっか。」
ズズズズズズ
またあいつだ。
またあいつが声をかけて来た。気持ちの悪いその声で話しかけやがってきた。
「はやく俺を目覚めさせろ。もっと楽にいくぞ。」
いつも勝手に話しかけて来るあいつだった。
「キエロ!」
「つれないな。お前はわかっちゃいない。」
「キエロ!キエロ!」
「なぜ食わねえ。なぜ好き勝手しねえ。理性か?見栄か?」
ぼたぼたぼたぼた
いつもだ。そいつに声を掛けられると、涎がとめどなくあふれて来る。
「オマエガクワレレバイイ」
「きっとお前は馬鹿なのだろう。覚醒させれば楽なのだ…」
ガチガチガチガチガチ
「醜いな。」
ガチガチガチガチガチ
「コロス!」
「せっかく分体まで与えてやったと言うに、お前は何をやっているんだ?」
殺意だけが獣を支配している。とにかくその声の主を殺したいのだった。だがどこにいるのかすら分からない、それに爪をかけ牙を突き立てたいのだが何も出来ない。
獣の殺意は爆発的に膨れ上がり周りに飛び散った。
「うお!とんでもねえなお前の欲は。」
ギャアツガギャゥグシュ
吠えた。
吠えまくったが声にならない。
「コッチヘコイ」
「行きたくても行けねえのよ。お前が門を開けねば俺はここから出る事は叶わねえ。」
「クソガ」
「まったく、お前を強制的に眠らせるだけでも一苦労だっつーのによ。」
「コロス」
「とにかく俺ぁどこにも行かねえよ。お前の中にずーっと昔からいるだけだ。」
ガッ
獣が飛びかかるがそこには何もいなかった。
「力だけ膨れるなあ…自滅する前に俺を目覚めさせろよ。」
ガッガッガッ
声の主はどこにも見当たらなかった。
獣はそこに一匹ポツリと佇むだけだった。
「わかったか。甘っちょろい事言ってお前が消滅する前に、俺を起こせ!」
その叫びを最後に声の主が居なくなることが分かる。
すると獣に睡魔が襲ってきた。
「グガァギャ」
抵抗する意識が暗黒の中に吸い込まれていった。
・・・・・・・・・・・・・・
「…様…ラウル様!」
スッと目を開けると目の前にカトリーヌとマリアが飛び込んで来た。
「うお!いっけねえ…俺寝てたか?」
「はい。」
「どれくらい?」
カトリーヌに聞く。
「丸1日です。」
「そんなに寝てしまったのか!」
「急に寝てしまわれたのだとか?」
「そうなんだ。カララに念話を繋いで…魔人達に念話を繋いで指示を出したところまでは覚えてるんだが…。」
「ご主人様は気を失うように眠ってしまわれました。」
「そうだったのか。」
どうやら俺は相当疲労していたらしい。このくらいでは疲労しないのだが、何か急激に力が抜けた感覚がよみがえる。しかししっかり眠ったおかげで力が湧き出てくるようだった。
「おっと!えっと仲間を連れて来たんだっけ!」
「ああ、ラウルさんえーっと”あれ”ですよね?」
グレースが指さす先に泥棒髭と河童がいる。
「そ、そうなんだ!あれがシャーミリアの古い友人なんだよ。」
「何というか…あれがシャーミリアさんの友人?」
オージェが言う。
「そうだ!オージェ!頼もしいだろう?」
「頼もしいというか…あれが?」
「いやいやオージェ失礼だろう。彼らは見た目はアレだがいい奴らだぞ。」
「あ、すまん。」
そんな話をしていると、みんなが俺の元へと近づいて来る。
「ラウル様大丈夫ですか?」
「ああカーライル。俺は大丈夫だ!」
「あの…あそこにおられる二人がシャーミリア様のご友人ですか?」
「そ、そうだよ。なにか?」
「シャーミリア様はああいう御仁がお好みなのでしょうか?」
カーライルがシャーミリアに言う。
「はぁ?その口を引き裂いてやろうか?」
「シャーミリア!」
「し、失礼しました。その…あれは好みではない。」
シャーミリアがカーライルに言う。
「そうですか、安心しました。」
カーライルはまた余計な事を。シャーミリアのこめかみを見ろ!
とにかく俺達は二人の”助っ人”をつれて、みんなの元へとたどり着いたので作戦続行する事を確認する。
俺は泥棒髭と河童をみて思う。
髭と胸毛の処理くらいすればよかったなと。
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