第419話 バージョンアップの養分
気がつけばあたりには40体以上の盗賊の死体が散乱していた。俺は泥棒髭ハイグールの視界がゲームみたいで、つい調子に乗ったらしい。
まあ一人も逃がすつもりはなかったけど。
その視界の前で土下座する2メートルはあろうかと言う大男。頭のてっぺんが河童みたいに円状に禿げ上がっており、頭の周りに毛がざんばらに生えていた。少し猫背気味だが筋肉隆々で、こいつも泥棒髭と同じように腕っぷしでのし上がったタイプなのだろう。強そうだし泥棒髭より一回り大きく、盗賊としての求心力はあったに違いない。
「が、ガス!おめえと俺の仲じゃねえか!頼む!」
いやいやいや、さっきこの泥棒髭を殺そうとしてたじゃないか。
「おまえとの仲だぁ〜!」
「ああ、いままでお前の一家のシマを荒らさずにいてやったろう?」
シマを荒らさない=友達?
えっと、それって仲良しのしるし?
「なるほど。そのかわりに俺の子分になりたいって?」
「もちろんだ。おめえが、いつの間にそんなに強くなったのかは知らねえが、俺は長いものに巻かれるのが心情だ。ぜひ子分にしてくれ!」
それを聞いて俺は泥棒髭をしゃがみこませ、河童のおかしらを覗き込む。
一瞬、河童のおかしらの口角が上がるのが見えた。
シュ
土下座で見えなかった腹のしたから、短剣がこっちの喉元に突き上がってくる。
パシュッッッ
短剣を手で防ぐと手のひらに軽く刺さって止まる。そのままぐいっと握りしめて短剣を奪い取った。
「ああっ。」
河童のおかしらが間抜けな声を出す。
「これは、どういうつもりだ?」
「あ、いっいや!これには深いわけがあるんだ!」
「言ってみろ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「……」
「ないんじゃねえか!」
「す、すまねえ!出来心だったんだ!」
「じゃ、殺すわ。」
「まって!待ってくれ!」
「なんだ?」
「もうしねえ!だから殺さねえでくれ。」
「さんざん村人を殺しておいてか?」
「な、お前だってそうしてたろうが!」
「話してる時間がもったいない。」
泥棒髭の手から短剣を引き抜いて、河童のやつに向けた。
「まて!お宝がある!全部やるから命だけは!」
うーん。待てよ…
「おいお前。」
「な、なんだ?いえなんでしょう?」
「他の盗賊達の縄張りを知ってるか?」
「なんだ?お前…いや!ガスさんだって知ってるだろう?縄張りくらい。」
泥棒髭は聞く前にハイグール化したから分からんかった。ちゃんと聞いてからにしないとダメだな。てへぺろ!
「ちょっと忘れてなあ。お前が案内しろ。」
「あ、案内?」
「ああ連れて行け。」
「わかった!それで子分にしてくれるんだな?」
「いいだろう。」
「恩にきるぜ!」
さてと後始末しなきゃな。
「えー村の皆さん!盗賊は壊滅しました!もう安全です。怪我をした人はいますか?」
泥棒髭がしゃがれ声で村人に聞く。
「人殺し!」
小さい子供が泥棒髭に石を投げてきた。助けてやったはずだが、こんな盗賊ぜんとしたなりでは無理もない。石を投げてきた子供を老婆が抱っこしてかばう。
「ま、まだ小さく道理がわからないのです。お許しを!」
やだなあ。悪党じゃないのに。
「その子供の言う通りだ!盗賊なんてろくでもないやつらだ!とにかく今は一刻を争う!とりあえずこの河童を縛り上げてくれ!急いだ方がいい!」
すると村人の男たちが数人で縄を持ってきた。
「おい河童!腹這いになって後ろ手に手を組め!」
「わ、わかった。」
河童は言われるままに寝そべり後ろ手に腕をまわすと、村人達が手と足を縛り上げた。
「皆んなは、こいつを見張っててくれ!」
泥棒髭の俺は盗賊達の武器を拾って男達の前に放り投げた。
ガシャン
村人が武器を拾って河童につきつける。
「殺さないでいてくれ!こいつは裁かれる為に生き延びなきゃならない。」
村人が頷いた。
「俺を怪我人の元に連れて行ってくれるか?」
すると村人数人が来て、泥棒髭の俺を連れて行く。連れて行かれた先には倒れた男に寄り添う女がいて泣いていた。
「な、そんな奴を連れてこないで!」
半狂乱になっている女を尻目に倒れた男を見ると、すでに虫の息となってわずか数分の命となっていた。泥棒髭の俺はもうひと瓶のエリクサーを開け、ひとふり瀕死の男に振りかける。
パァ
男が輝いて蘇生しむくっとおきる。
「お、俺は?」
男は何が起きたのか分からないようだった。
「あんたぁ!あんたぁ!」
女が泣きながら男に飛び込んで抱きつく。
《流石デイジーとミーシャが改良しただけあって凄い効き目だな。》
《左様でございますね。》
《一振りでこれだから、さっきみたいに即死でも直ぐなら生き返るってのも頷ける。シャーミリアは気をつけろよ。》
《はい。私奴にはかなりの毒となるでしょう。》
《取り扱い注意だ。》
《はい。》
シャーミリアと2人で感想を述べていると、村人から声をかけられる。
「あの!こちらにもあと二人!」
「連れて行ってください。」
村人に連れて行かれた先には2人の男が倒れていた。
パシャ
パシャ
2人は蘇生して起き上がった。
《間に合った》
《はい。》
《シャーミリアあと死人は?》
《盗賊だけにございます。》
《よし。》
シャーミリアが村の人間の気配を読んで教えてくれた。
「どうしたんだ?」
「俺は一体…。」
蘇生した男たちがきょとんとした顔で言う。
また2人の肉親らしき人達が抱きついた。するとさきほど石を投げた子供が走ってきて男にしがみつく。
「父さん!」
男と子供が抱きついて泣いていた。
「神だ…神のみわざだ。」
ひとりの村人が言うと歓声が上がった。
「ありがとう!」
「あんたは村の恩人だ!」
「神様がつかわして下すったんだ!」
「この世に現れた救世主だ!」
なんか絶賛された。
だがのんびりしているわけにもいかない。泥棒髭の俺は再び囚われた河童のおかしらの元へと行く。村人もぞろぞろとついてくるのだった。
そして河童のもとに行くと。
サク
トッス
クサ
「ぎゃああああ!やめろ!ぐあああ、痛てぇぇ!」
死んではいないものの、簀巻きにされた河童のおかしらに、村人達が軽く剣を突き立てていた。
「ちょっ!ちょっと待ったあああ!」
俺が操る泥棒髭がわって入る。河童はだいぶ弱っているようだ、出血がひどい。俺は慌てて残ったエリクサーをかけた。
パァっと光って傷が治っていく。
「た、たのむ!縄を解いてくれ!」
「ダメだ。」
「そ、そんなあ。」
とりあえず河童は無視して村人に告げる。
「我は神につかわされた!村の者は皆助けたぞ!こんな乱暴はしてはならぬ!」
泥棒髭の俺が言うとそこにいた村人が、訝しげな顔をする。
「本当だ!俺はこの人に助けられたんだ!」
「俺もだ!」
「俺も!」
すると俺が助けた人達が名乗りをあげた。
「本当じゃ!このお方は村を助けて下さったのじゃ!」
「長老!」
「その御業により人をお救い下さった!」
「なんと…。」
村の人達が驚いている。
「お使い様!我々に出来ることは無いでしょうか?」
たぶんそのおじいさんは、村の偉いおじいさんだと思う。
出来る事か。どうしようかな…出来ればこれから行う事を見ないでくれと言いたいが…そういう訳にもいくまいな。
じゃあ、
「村の者よ。この者達は死してすべての罪を償った!すでに責は終わったのだ!この者達を死者の国へと連れてゆくので、荷馬車を2台いただこう!」
「わかりました!皆の衆!ここへ荷馬車を!」
もちろん俺が大仰に言ったのには深い意味がある。神の使いになりきって荷馬車を"ただ"でもらうためだ。あとサイナス枢機卿からこの国に、死者の国の概念があることを聞いといてよかった。
しばらくすると空の荷馬車が2台、どちらもロバに引かれてやってきた。
《うーん。流石に貧しい人達からロバまでもらう訳にはいかない。》
「村の者よ!ロバは死者の国にはつれては行けぬ!外してよい!」
「は、はい。」
「そしてすまぬが賊どもの亡骸を荷馬車に積んでくれ!」
村人の男達は盗賊の死体を荷馬車に積み上げて行くのだった。山盛りになったので縄をかけてもらい縛ってもらった。20人位ずつ積み上がっている。
「では、荷馬車を前後に結んでくれぬか?」
村人達は言われる通りに荷馬車を繋いだ。
俺は泥棒髭をあやつり、河童のおかしらをひょいっと担ぐ。
「わ、わわ。な、何を?」
河童が慌てる。
ポンっ
俺は河童を死体の上に放り投げる。
「う、うわ!やめてくれぇ!こんなところに、げええ!」
死体と一緒に積み上げられたのが嫌だったのか、河童が騒ぎ始めた。
「騒ぐんじゃ無い!」
「そ、そんなこと言われたって。」
「死体に乗せられたぐらいでなんだ!」
俺なら絶対嫌だけど。
「わかった…。」
観念したようだ。
「では、村の皆さんこれ(死体)はもら、丁重に葬ってあげます。さようなら。」
村人達がぽかーんとする。俺が操る泥棒髭は、40人の死体と一人を乗せた荷馬車をロバの代わりに引き始める。
ガロガロガロ
荷馬車の車輪が回って前に進んでいくのだった。
2トン半くらいある荷馬車を引いて出発すると、村人から感嘆の声が上がった。
「流石は神のお使い様じゃ。」
「いいかい、子供達よああいう悪い事をするとお迎えがくるからねぇ。」
「神よ、哀れな盗賊達に慈悲を。」
まあ養分にするけどね。
そして村を離れ街道を進ませてシャーミリアと合流する。あたりは黄昏時となり、見渡しも悪くなってきた。街道には霧が出始め、盗賊の死体を乗せた馬車は消えるように見えなくなる。もちろん霧はシャーミリアの仕業だけど。
シャーミリアが二台の荷馬車を掴んで飛び上がり、そのまま泥棒髭と河童も一緒に乗せて森の中に消える。
バサバサ!
ドン!
ベキョ
落ちた衝撃で荷馬車は粉々になった。
「ぐえっ。」
死体がクッションになり大事には至らないが、河童が身悶える。
「ご、ゴホゴホ。」
河童が咳き込みながらも、俺たちの前に起き上がり呆然と見上げる。
「な、なんだお前達は!」
「これはどう?」
俺は河童を無視してシャーミリアに聞く。
「無難かと。」
「おい!お前ら!俺を無視してんじゃねえ!」
俺とシャーミリアが盗賊を見つめる。
「なんだあ?こっちはずいぶん綺麗な女だなあ。」
やっぱそっちに食らいつくんだ。
「おい!なんとか言え!ガスはどこいった?」
ぬう。
ガスと呼ばれた泥棒髭が霧の中から顔を出した。
「が、ガス!なんたこの薄気味悪い白髪のガキは!」
パァン!!
ぐるぐる
ドサ
《おいおい!ミリア!まだ聞かなきゃならないことがあるんだって!》
《手加減はしたのですが、毛虫風情がご主人様にご無礼を。》
河童はシャーミリアにビンタされ首が3回転して倒れた。ねじ切れそうになって絶命している。俺はバックからエリクサー注射器を取り出し、河童の首元に打ち込んでやる。
パァ
河童が輝いて蘇生した。
「ぷはあ。」
むくっと起きる。
「出張中に薬の無駄遣いは出来ないんだ。ちょっと気持ちを抑えろ。」
「かしこまりました。」
てか、罰ゲームでシャーミリアからビンタされると今みたいになるのね。
「なんなんだ…。」
河童は何かを悟ったのか大人しくなる。
「よし。俺たちはガスの新しい親分だ。お前に聞きたい事がある。」
「はあ、なんでお前なんかに…。」
スパッ
河童がらシャーミリアから鼻を切り落とされる。
「うっぎゃああああ。」
顔から血を流すも後ろ手に縛られているので、押さえる事ができない。
パシャ
今度は河童にハイポーションをかけてやる。
シュウシュウ
鼻が戻った。
「お前の知ってる限りの盗賊の縄張りを教えろ。」
「なんなんだガスよぅ!」
プス
シャーミリアの爪が深々と太ももに刺さる。この後に及んで泥棒髭に救いなんか求めるからだ。
「ぐっぎゃあぁぁぁ。」
パシャ
足にハイポーションをかける。
シュウシュウ
「聞かれた事だけに答えればいい。」
「わかった…わかった…」
河童が項垂れる。
「知ってる限りの盗賊のシマを教えろ。」
ようやく観念した河童が吐露しだすのだった。出来ればこの作戦に3日以上はかけたく無い、既に2日が経過しそうだ。
河童が言うにはここから更に南に行った山にアジトがひとつ、そして少し北に戻って西に向かった渓谷にアジトがひとつ、そして北ほうにアジトがあるらしいが北の盗賊はこの前潰してしまった。聖都の方に向かうとさらに大きな賊が2ついるらしいが、危険なので近づかない事にする。
「あとは知らねえ。そもそも隣り合わせのやつらぐらいしか覚えてねえからな。」
「もっといるのか?」
「そりゃそうだろうよ。こんなにおいしい時代に盗賊やらねえ方がおかしい。国もギルドも機能してねえなら、やりたい放題ってもんだ。」
「そうか。」
山の森は霧が更に深くなり、夜の帳が下りてくる。
しばらくそのままの状態でそこにいたが、霧の中からシャーミリアが現れると一気に霧が晴れた。シャーミリアの後ろには泥棒髭が付き従っている。俺はランタンと取り出して明かりを灯した。
「あれ?」
河童が声を出す。
「死体がねえ。」
「ああ死体ね。お前もファートリアの人間ならわかるだろう。死人の国に行っちまったのさ。」
「そんな…。」
しかし河童はそれ以上を口にしなかった。
河童は気がつかないだろう。泥棒髭がバージョンアップしている事に。
「大丈夫。お前の分は縄張りを巡ったあとで、ちゃんと用意してやるから。」
シャーミリアが河童の耳元で静かに告げるのだった。
河童のズボンからジワリと小便が滲み出した。
それから河童が口を開く事はなかった。
次話:第420話 敵の策略
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