第415話 死体の光柱
敵が不自然に差し向けてきた調査隊に違和感を覚えた俺たちは、カトリーヌの指摘により罠のもうひとつの可能性に気がついた。
まだ罠と確定したわけではないが…
いずれにせよ、急ぎ各拠点に念話を飛ばす。
《アナミス、ギル、ガザム、ミノス》
《はい。》
《《《は!》》》
《送られた敵調査隊自体に罠が仕掛けられてらいる可能性が高い。アナミスは敵に警戒させながらも術を解き拠点まで下がってくれ。ミノスは監視に適したオーク3名を選抜、アナミスとルピアの代わりに敵兵士の周りに配置、大隊と共にお前も拠点に下がれ。ギルとガザムも隊を連れて収容所から離れて拠点へと下がるんだ。収容所にはゴブリンの見張りを2人ずつつけろ。》
《かしこまりました。》
《御意!》
《は!》
《仰せのとおりに。》
俺はいったん魔人達を罠の可能性から遠ざけさせる。送り込まれた人間達を一気に始末しようとも考えたが、それすらも罠の可能性があった。
とにかく距離を置くしかない。
見張りの魔人達には申し訳ないが、アナミスやミノス、ギレザムやガザムの方が優先順位が高い。万が一にあいつらを失えばかなりの戦力ダウンとなる。よって下級の魔人に見張りをさせることにした。魔人を失う可能性はあるが、火急を要するため今はそうも言っていられなかった。
《ラウル様!》
《どうしたゴーグ。》
俺が頭を整理しようと思考を始めたころ、ゴーグが慌てたように念話してきた。
《この前、兵士達とやりあったとこに変な光の柱が3本立ってます!翼竜やグレートボアは持って帰ったし、多分人間の死体からだと思う!》
なんじゃそりゃあ!人間の死体から柱が生えてる?
答えは直ぐに来た。
ゴーグが興奮して伝えて来るが、とにかくゴーグの安全を図らねばならない。
《ゴーグ落ち着け!それには近づくな!》
《は、はい!》
ひとまずゴーグが言う光の柱が、なんだかわからない以上は近寄るのは得策じゃない。
《それはどんな感じのものだ?》
《青白くて地面から空に向かってのびてます。》
《高さは?》
《どこまでもつづいてます。》
《死体から上がってるのか?》
《ちょっと…もう一度よく見てきます!》
《だっダメだ!行くな。それは放っておいていい!》
《わかりました。》
《遠目で見て動いてたりするか?》
《地面から上に何かが昇って行くようにもみえます。横には動いてません。》
《そこにあるのは3本だけか?》
《はい。》
《わかった。とにかく近づくんじゃない。》
《わかりました。》
《斥候部隊はどうした?》
《まだ臭いが残ってるから、先行してると思います。》
《急いで合流しろ。合流したら、そのまま南下してニカルス大森林沿いの森の中を西に向かえ。》
《帰りの行き先は拠点でいいですか?》
《現状は南の拠点だが、状況次第では変更になるかもしれない。》
《わかりました。》
ひとまず重要な魔人達の身柄を安全圏に置くしかない。戦闘時に彼らがいなくては話にならないからだ。ゴーグが言う光の柱とやらの正体もわからないが、今はその調査に進化した配下達を使う事はしない。
だがいったいなんなんだ?
《全魔人に告ぐ。》
俺は目の前にいるシャーミリア達を含む、ファートリア国内にいる全ての魔人に念話で告げる。
《とにかく敵には近づくな。あと敵兵に変化を見つけたら直ぐに報告をくれ、そして敵を殺すことだけは無いように注意してくれ!》
全員が了承した。
《ミノス。申し訳ないがゴーグが発見した光の柱付近に、数人のゴブリン隊を派遣して見張らせろ。》
《は!》
《くれぐれも距離を置いて確認させるだけでいい。》
《言い聞かせておきます。》
《念を入れてな。》
《は!》
いったいなんなんだ!敵の得体がしれなさすぎるぞ!ネチネチネチネチと仕掛けてきやがって!もしゴーグに何かあったらどうしてくれるんだよ!ミゼッタに何て言ったらいいかわかんねえだろ!
俺は少しイライラしてきた。
「なんかさ!敵の死体から青白い光の柱が上がってんだと!」
「光の柱?なんですか?それ?」
「ラウルまずは落ち着けよ。」
「あ、ああ。」
「どういうことだ?」
グレースがなんの気無しに聞いてくるが、オージェは俺のイライラに気がついたのか落ち着くように促してくる。
「わからないんだけど光の柱があるって、主要メンバーと軍は捕らえた人間から遠ざけといた。いまは数名の魔人を張り付かせるよう指示した。」
俺は詳細を省いて慌てて話す。
「落ち着け。深呼吸だ。」
すぅーはぁーすぅーはぁー
「それで?」
「えっと、ゴーグが制圧した時に敵兵が3人ばかり死んだんだ。その死体を放置していたらしいんだが、その遺体のあたりから光の柱が生えて天高くまで突き抜けているらしい。もしかすると各拠点に送られた調査隊はその為に送られたんじゃないかと思って、魔人と軍を拠点まで引き上げさせた。かわりに一般兵の見張りを置いているんだ。」
「なるほど。おそらくは敵がなにかを仕掛けてきているんでしょうが…」
「相手の狙いが読めないのが厄介だな。」
オージェの言う通りだ。敵が何をしようとしているのか皆目検討がつかない。危なくゴーグが罠にかかるかもしれなかった…ゴーグを単体で斥候を迎えに行かせた自分にもイライラする。
「くっそ!一体何なんだよ。」
「ラウル、まずは冷静に考えようぜ。」
オージェか俺をクールダウンさせる。前世の時からオージェはそうだった。滅多に怒らない俺がキレると、必ずオージェが俺の気持ちを察して頭を冷やしてくれた。
「すまん。」
「とにかく配下は遠ざけさせたんだろ?」
「そうだ。」
「ならいきなり被害を被る事は無いだろう。」
「ああ。」
「はい深呼吸。」
すーはーすーはー
「悪かった、大丈夫だ。」
「配下がかわいいのは分かる。だが指揮官がイライラしてどうするんだ?」
「もう大丈夫だよ。」
とりあえず落ち着いた。
オージェが俺を怒るのも当然だ。俺が冷静さを欠いたら、さらに部下が危険にさらされるだけだ。
「というわけでラウルさん。その光の柱ってなんだと思います?」
「青白くて天まで突き抜けているらしい。兵士の死体からあがっているようで何かが上に向かって動いているように見えるとか。」
俺はもう一度丁寧に説明する。
「まるで光の墓標だな。」
オージェが言う墓標と言う表現が近いのかどうか、俺は直接見ていないから分からない。そこにいたのがシャーミリアなら視界共有で確認できたのだが…もしくはドローンを突入させてみてもいいが、ここからじゃドローンを飛ばすには遠すぎる。
「カーライルやオンジさんは何か心当たりはありませんか?」
俺は黙っていた二人に聞いてみる。
「いえ。私はそのような光の柱を見たことはございません。」
「すみませんが我もですな。」
二人も見たことが無いという。
「シャーミリアはどうだ?過去にそう言う物を見たことが無いか?」
「お役に立てず申し訳ございません。私奴の記憶にもそのようなものは…。」
数千年を生きるシャーミリアに聞いてみるが記憶にないそうだ。俺はそれ以外の魔人達にも目配せをするが全員が首を横に振るだけだった。もちろんマリアもカトリーヌも首をふりトライトンも両手を上にあげて肩をすくめる。
「そうか…。」
「ラウル様。サイナス枢機卿かモーリス司令ならどうでしょう?」
カーライルが言う。
「そうだな。魔人越しに念話で聞いてみる事にするか。」
皆が頷く。
《ラーズ!》
《は!》
《今どこだ?》
《前線基地に到着してございます。》
《一連の流れは?》
《既に承知。》
《ちょっとモーリス先生に聞きたいことがあるんだよ。先生の所に行ってくれる?》
《御意。》
そして続けざまにユークリットに念話を繋げる。
《ウルド!》
《はい!》
《どこだ?》
《ユークリット王城付近におります。》
《ちょっとサイナス枢機卿に聞きたいことがあるんだ。枢機卿の所へ行ってくれるか?》
《かしこまりました。》
そして俺は念話を切った。
「とりあえず二人に聞くから待っててくれ。」
皆が頷く。
《ラウル様!枢機卿の側へと来て既に情報は伝えております。何を聞きますか?》
ウルドから先に念話が繋がった。
《光の柱について聞いてくれ。》
・・・・・・・
《見たことが無いそうです。》
《それに該当しそうなものはどうか?》
・・・・・・・
《やはり見たことが無いと。》
《分かったありがとう。西部ラインを越えてユークリットに敵が行く事は無いと思うが、警戒を怠らぬようよろしく頼む。》
《かしこまりました。》
デモンだけでなく普通の人間でも何が起きるか分からない。警戒態勢を取っておいた方が良いのはあきらかだ。
「サイナス枢機卿は知らないそうだ。」
皆が頷く。
《ラウル様。》
ラーズから念話が繋がる。
《ラーズ!先生は?》
《隣においでです。》
《光の柱の事を聞いてくれ。》
・・・・・・・・
《遠い昔、文献で似たようなものを見たことがあると申しております。》
《それはいったい何かわかるかな?》
・・・・・・・・
《その文献には、その形状に似たものを見たことがあるとだけ記されていて、細かな内容までは書いていなかったそうです。》
《ユークリットの秘密の書庫に行けば分かるかどうかを聞いてくれ。》
・・・・・・・
《さらに結界の奥の層まで入り込めばあるいは、との事です。》
《その情報がある確率は?》
・・・・・・・
《五分五分だそうです。》
《わかった。引き続き変化があれば直接ラーズに伝えるようにする、すぐにモーリス先生に伝えて分析を頼むようにしよう。本来は先生が直接見た方がいいのだろうが、モーリス先生をそんな危険な場所に送るわけにはいかない。モーリス先生が前線基地を出る事の無いように守護を頼むぞ。》
《御意!》
念話を終える。
「どうだった?」
「ああ、オージェ。どうやらモーリス先生は過去にそんな文献を読んだことがあるそうだ。」
「先生はさすがです。」
カトリーヌが情報を持っていたモーリス先生に感動している。マリアも腕組みをしてうんうんと頷いている。二人ともモーリス先生の愛弟子なので先生が知っていたことが嬉しいようだ。
「それで?」
「しかしその文献にはその形状だけが記されていたらしく、内容までは分からないそうだ。」
「そうか。」
「大賢者まで知らないとなると、やはり未知のものだな。」
「ですけどラウルさん。それを相手が仕掛けてきているという事実があります。古代の何かを知って動いているという事になりませんか?」
「ああグレース。そういう事になるな。」
今はユークリットの秘密の書庫をさらに深部まで探っている時間はない。既に敵は今にも何か仕掛けてきそうな状態だ。調べているうちに深刻な事態になってしまうかもしれない。
「ラウル。これでまた不用意に動けなくなってしまったな。」
「ああ、西部ラインも上げる事が出来ない。」
「まんまと敵の術中にはまってる、なんてことはないですよね?」
グレースの言葉に俺は不安を覚えた。俺が十分な準備をしてファートリア神聖国に潜入したつもりが、敵もその間に準備をしてきたのかもしれない。二重三重に仕掛けを作り何らかの罠に誘い込まれていると言う事は無いだろうか?
俺は思考の迷路に陥りそうになる。
「おそらく捕らえた調査隊は、調査隊などではなく捨て駒の罠だな。」
オージェが言う。
「だろうな。」
「ええ。」
「おそらくは前線基地と西の国境のデモン召喚の失敗、そして西部ライン村々でのデモン召喚の失敗を、何らかの形で取り返そうとしているように思える。」
「ああラウル。俺達が考えるより、敵は状況を正確に掌握しているかもしれないぞ。」
「読み違えれば危険ですね。」
「だな。」
敵は俺達の侵入を待ち構えていたのだろうか?こちらの動きに合わせて何らかの攻撃を始めたのかもしれない。相手の動きが不気味で大胆な作戦を行う事は困難だった。
「ラウルさん。ちょっとアイデアを思いついたんですが。」
グレースの頭に電球がついた。
「アイデア?」
「僕のゴーレムを使えないですかね?」
「ゴーレムか。」
「ゴーレムに陽動させるんです。」
「ゴーレムがやられるかもしれないぞ。」
「僕のゴーレムは生きてないですよ。」
「命を与えるんじゃないのか?」
「あれはかりそめの命です。エミルさんの精霊とは違いますよ。」
「そうなのか?」
「はい。ダメになったらドンドン作ればいいだけだと思います。ドワーフに作ってもらえばいくらでも量産可能な物じゃないかと。」
ゴーレムなら破壊されてもいくらでも補充が利くって事か。
「だがグレースのゴーレムには欠点があるぞ。」
オージェが言う。
「そうなんですよね。」
グレースも納得している。
それは俺にも分かっていた。ゴーレムの欠点、それは知能が無いという事だった。グレースの指示の下である程度の機械的な判断をして動くが、指示をしたっきり同じ動きを繰り返すだけだった。あとは敵が来れば条件反射的に反撃をするくらいか。
「遠隔操作が出来ればいいんだがな。」
「そればっかりは僕にも、どーにもこーにもできません。もしかしたら出来るのかもしれないですけど、今の僕の能力では無理ですね。」
「誰かが指揮をするか?」
「オージェ。それは危険だ。指揮をする者が犠牲になる可能性がある。」
「確かにな。だが俺ならデモンから逃げてくることくらいはできると思うんだが。」
「ダメだオージェ。以前ファントムはユークリット奪還戦でカオスドラゴンと殴り合いをしたが、とどめを刺すに至っていない。もしあんなのが何体もいたり、それ以上のやつが現れたらさすがに危険だ。」
「うむ…。」
《ご主人様!ちょっとよろしいでしょうか?》
話の途中でシャーミリアが念話で割り込んでくる。
《なんだミリア?念話で。》
《はい私奴に妙案が…。》
《言ってみてくれ。》
《かしこまりました。》
そして俺は皆に聞かれないように(魔人達は聞いているけど)シャーミリアからの提案を聞くことになった。
シャーミリアからの提案は俺の想像を超えていた。
俺は脳内で検討し始めるのだった。
次話:第416話 優秀な指揮官の知人
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