第413話 うたかたの夢
ご飯食べられなくなったらごめんなさい。
俺が全軍に指示をだしてから3日後、俺達ファートリア潜入部隊は街道沿いの夜の森をさらに東へと進んでいた。やはり魔人だけで進軍するのとは違い、人間を含む隊では進み具合が遅くなる。しかしオージェがいると魔獣が近寄らないため、その分スムーズに進んでいると言えるかもしれなかった。
「まもなく次の村に着くころだと思います。」
イケメン聖騎士のカーライルが告げる。
「だとそろそろ森を抜けるのかな?」
「そうなりますね。」
人間はあまり森の深くには住居を構える事はない。それは大型の魔獣が村や町を襲う事が無いようにだった。大抵は草原地帯の街道沿いに集落があり、ファートリア神聖国もその法則から外れることはなかった。
《聖騎士様が暗視スコープをつけている様はなかなかにシュールだ。》
人間は漆黒の森を魔人ほどスムーズに歩く事は出来ない、だがカーライルだけは恐らくスコープ無しでも歩くことができるだろう。それでもあった方が良いと思い俺はカーライルにもスコープを着けさせていた。
「みんな!そろそろ夜が明ける!森を抜ける前に休憩にするので拠点を作れる場所を探そう。」
「かしこまりました。」
「仰せの通りに。」
「はい!」
「了解」
「分かりました。」
それぞれに返事が返ってくる。
少し開けた場所を見つけてみんなでテントを張り、魔人以外の皆が木の幹や開けたテントに腰を掛けた。
「で、各拠点の状況は?」
オージェが聞いて来る。
「ああ。そろそろ約束の時間だな。」
「いよいよ仕掛けるんですね。」
「だな。」
そして俺は再びファートリア南端の拠点にいるアナミスへと念話を繋いだ。
《アナミス。》
《はいラウル様。》
《05:00に作戦行動に移る。》
《準備は出来ております。》
《ゴーグ。》
《はい。》
《手筈通りに事を進めてくれ。》
《分かりました。》
アナミスとゴーグに作戦を開始するように伝えた。
―――――ファートリア南端の拠点付近―――――
〈アナミス視点〉
さあ…ラウル様のおっしゃるように囚人たちにみせてあげましょう。束の間の幸せな夢を。
アナミスの目の前にはゴーグと魔人達がいる。
「じゃあアナミス、ラウル様に言われたように動くよ。」
ゴーグがアナミスに言う。
「ええ、ゴーグ。それじゃあ言われたとおりに動いて頂戴。」
「わかってる。」
「みんなもいいかしら?」
「「「「「おう!」」」」」
拠点に配置されている魔人達答える。
ゴーグに扮するのはライカンの一人だ。そして魔人達が一斉にやられ役を演じる事になっている。強いデモンを演じる為にデモンの役割はゴーグだった。
まだ陽が昇らないうす暗い中を、ゴーグが収容所に向けて動く。
さて、あの子は上手く立ち回ってくれるかしら?
ゴーグが捕虜の前に姿をさらす時は、恐ろしいデモンの容姿にみせるように言われている。今まで見て来たデモンを掛け合わせたような醜い姿にすることにした。
「ルピア。念のため幻覚から覚めるものが居たら必ず仕留めてね。」
「もちろん。空中で待機しているから大丈夫だよ。」
「わかったわ。」
ルピアがラウル様から下賜された機関銃を持って空中に飛び立っていった。私もすぐにゴーグを追って空中に飛び立つ。先に収容所に到着して屋根の上に降り立つと、まもなくゴーグがやってきて私に親指を立てる。まるでラウル様のようなしぐさだ、ゴーグはラウル様が大好きですぐに真似をしたがる。
《ちょっと待ってね。》
《ああアナミスいつでもいいよ。》
《部隊は配置についたかしら?》
《いつでも。》
ゴーグに扮するライカンの一人が答えた。
《じゃあゴーグ。錠前を外して中に呼びかけて。》
《はーい。》
パキン!
錠前が外れる音が屋根の上まで聞こえて来る。
「おう!俺はデモンだ!お前たちを助けに来たぞ!」
聞こえる声はかわいい少年の棒読みだが、私の術で恐ろしいデモンの声に変換してある。
「な、デモン…。」
中にいる者達は自分達がもっていた僅かな食料と、あらかじめこちらが建物内に仕込んでいた雨水でしのいでいたようだ。
「とにかくここを出ろ!これから俺が敵を滅ぼしに行くぞ。」
うん。ゴーグはもう少し演技ができるようになった方がいいわね。
デモンだというのに棒読みの少年の声を聴いて私が思う。兵士たちの精神は恐怖を抱いているので、私の術で恐ろしい声に変換されているのが分かる。
「た、助けに来たのか?」
「そのとおりだ!敵が来るといけない!はやくここを出ろ!」
力なくよたよたと捕虜たちが外に出て来た。目の下にクマを作りやつれた表情だが、デモンが助けに来た事により希望の光が射し始めていた。
「た、助かったのか?」
「お前達!とにかく逃げるぞ!」
「お、おう!」
「みんな急げ!」
建物の中から一斉に兵士たちが出てきて、デモンに見えているゴーグに付いて行く。
「こっちだ!ついてこい。」
ゴーグが捕虜に言うと、思考力を半分ほど私に制御された捕虜たちが急いで走っていく。
しばらく走ると待ち構えていた魔人部隊が見えて来た。時刻は05:40となり、辺りは薄紫色に染まり、人間でも少し先まで見渡せるようになっているはずだった。
「敵が逃げたぞ!」
収容所付近から1人の魔人が叫ぶ。数人いるように聞かせているので、敵の捕虜たちは焦り出したようだ。
「お、おい!大丈夫なのか?」
捕虜の一人が言う。
「うはははははは。デモンの俺に任せておけばよい!」
うん。下手。
ゴーグの下手な演技をうまく見せるのも私の手腕。
そして前方に見えていた魔人達が一気に押し寄せて来る。
「おまえたちはここでまっておれ!」
ゴーグが叫ぶ。
「いいのか?」
「おまえたちなど足でまといにしかならないのだ!」
「わ、分かった…。」
ゴーグが一気に魔人達の元に駆けていく。そして初めに戦闘に立つライカンとの一騎打ちの形になり、ライカンがやられたふりをして倒れた。
「やったぞお!敵の小僧をたおしたぞ!」
ゴーグが大声で言う。もちろん私がデモン声に変換している。
「や、やったのか?」
「だがまだあんなにいるぞ!」
「本当に大丈夫なのか?」
捕虜たちがざわついているので次の仕掛けに移る。
「隊長が殺されたぞ!あのデモンを討ち取れ!」
魔人達が一斉にゴーグに飛びかかっていく。しかし一人また一人と倒れていくふりをする魔人達。あっというまにすべての魔人が死んだふりをしている。
「おおおお!やはりデモンとはこれほどの力を持つ者なのか!」
「大神官バンザイ!」
「お、俺達は助かったんだ!」
捕虜たちが喜びを口にする。
ゴーグは捕虜たちの元へとやってきて言う。
「お前達!あの倒した者達の亡骸は俺の物だ!文句はあるか?」
「ない、ないです!」
「どうぞ!ご自由に!」
「すべてあなた様の物です。」
「ガハハハハハ!そうだろそうだろ!」
そんな陽気なデモンいる?
ゴーグの声は変換できるけど、その性格までは覆い隠せない。だけど捕虜たちは極度の疲労でそんなことに気づける者などいないようだ。
「俺についてこい!」
そしてゴーグが捕虜たちを連れて村があった場所まで進んでいく。
《ルピア。逃げた者は?》
《いないわ。》
《わかったわ。》
どうやら一匹も逃げた者はいなかったようだ。
さて…
村の跡地に着いた捕虜たちに適当な夢をあたえましょう。
《ゴーグ。》
《わかった。》
「お前達!腹が減っているだろう!」
「は、はい!」
「もう、死にそうです。」
「これ以上動けません。」
「そうだろうそうだろう!お前たちの為に得物を用意しておいた!」
ゴーグが走って草むらにあらかじめ置いてあった、敵兵達が来た時に乗ってきたグレートボアの死骸を持ってくる。既に数日が過ぎて腐敗が始まっているが、その匂いは分からないようにしてある。
「好きにしろ!」
「おお!グレートボアだ!」
「すぐに火をおこせ!」
「うまそうだ。」
捕虜たちにありもしない薪を拾わせる。そして腰袋から火おこしの道具を取り出したものに、薪に火をつけたと思い込ませ、捕虜たちは何も無い場所に火にあたりにやってくる。
「ふう、おちつくな。」
「ああ、あったけえ。」
「生きた心地がする。」
捕虜たちはそれぞれに何も無い場所に手をかざし安心したようだ。
「肉を切ったぞ。」
腐敗したグレートボアの肉を持って捕虜の一人がやってくる。
「おお!すぐに焼こうぜ!」
「うまそうだ!」
「はらへった。」
そうこうしているうちに陽が昇って来た。私とルピアが上空から見ていたが、発見されるのを防ぐため、地に下りて草むらから捕虜たちの様子をうかがう。
《気持ち悪い。》
ゴーグが言う。
《もうちょっと我慢なさい。》
《はーい。》
ゴーグが言うのも無理はない。捕虜たちが手に持ったグレートボアの肉には既に蟲がたかり、捕虜の腕の上を蛆虫が這い腐臭が漂って来る。
そして捕虜たちの宴が始まった。
「焼けたぞ!」
「いい匂いだ!」
「は、はやくその肉をくれ!」
「こっちにもだ!」
「まずは隊長からだろう。」
「はやく、はやく。」
我先に腐った肉に群がる捕虜たち。
「さながら屍人の様だわ。」
ルピアが言う。
実際に捕虜は腐って虫のたかった肉を食べていたのだが、私はそれを美味しく食べさせてあげていた。虫が頬の上をつたい捕虜たちの口の中に入っていく。
《アナミスー。もう無理―!》
《わかったわ。一旦離れていいわ。》
《わかった。》
「お前達はゆっくり楽しむがよい!俺は肉を食わんからな!お前たちが食い終わったらまた来る!」
ゴーグが言い放つ。
「ありがとうございます!」
「救われました!」
「本当に…。」
捕虜たちがゴーグに深々と頭を下げる。
《離れていいわ。》
ゴーグが脱兎のごとくその場から離れて行く。相当堪えたらしく少し青い顔をしていたようだ。
「ゴーグには可哀想な事をしたわね。」
「ほんと、でも魔人軍たるものあれぐらいで青くなるなんて。」
そうルピアが隣で言うが、ルピアも以前とはだいぶ変わってしまった。魔人国に居た時にはもっと優しくて、いま眼前に広がっている光景などは耐えられなかったはず。だけど姉妹がバルギウスの兵隊に殺されてから変わり、更にラウル様の兵器で人間を殲滅するうちに殺戮に対して抵抗を無くしてしまった。
「まだあの子は小さいわ。仕方のないことよ。」
「まあそうね。」
さて。
たらふく死肉を食った捕虜たちは皆満足そうにしていた。おそらく肉汁で口の周りをてからせていると思っているだろうが、顔中についているのはグレートボアの腐った生血だった。
「幸せな夢を。」
私が術を掛けると、一人また一人と眠りについて行く。幸せだったころの夢を見ている事だろう。すべての捕虜を眠らせ私は直ぐにラウル様に念話を繋げる。既に空には太陽が輝き生暖かい風が吹き出した。あたりにはボアの死臭が漂っているが、ここは花の香りに変えてあげましょう。
《ラウル様。》
《終わったか?》
《滞りなく。》
《仕事が早いな。》
《いえ。》
《敵兵は満足させたかい?》
《はい、勝ち誇ったような顔で幸せに眠っております。》
《了解だ。やっぱりアナミスは凄いよな。》
《あ、ありがとうございます!ラウル様にお褒めのお言葉をもらえただけで私は幸せです。》
《もう一段階先の夢を見せたら、前線基地に戻るように。》
《わかりました。》
ラウル様との念話が切れた。
「さて、しばらくは夢を見させてあげましょう。」
「みて、幸せそうな顔をして寝ているわ。」
「ええ。」
平和に小鳥がさえずり風がそよぐ草原の街道に、グレートボアの死骸を真ん中に置いて幸せな顔で寝みりこける兵士たちが居た。
魔人の軍勢が囲むように、その場所に集結しつつあるのだった。
次話:第414話 送られた調査隊の謎
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