第406話 疑念の眼差し
気の強そうな女とジョーイと呼ばれる少年の後ろを追って、遺体が安置されている建物にやって来た。盗賊は歯向かう男たちを殺して女たちにこの建物へと遺体を運ばせたらしい。建物の戸を開けた瞬間に強烈な死臭が漂って来る。
「どうしてこんな…。」
気の強そうだった女がよろめいて壁にもたれ掛かる。さっき盗賊の前で虚勢をはっていた姿はどこにもなく、そのままずるずるとしゃがみ込んでしまった。
「くそっ!」
ジョーイ少年が歯を食いしばり拳を握りしめる。遺体は死後数時間は立っているので、既にエリクサーで回復させることも出来なかった。
「むごいな。」
俺がポツリと言う。
二人が嗚咽を漏らして泣き始めた。
過去に…俺も助けられなかった命がたくさんある、彼らの無力感は痛いほどよくわかった。しばらく身動きが取れずに二人はその場でへたり込んでいたが、俺は黙って側に立って彼らが口を開くのを待っていた。
「あ、あの、他の人の所へ…。」
女がようやく口を開いた。
「ええ。立てますか?」
「はい…。」
女は力なく立ち上がりその建物から離れて歩き出した。少年も後を追い俺がまた後ろをついていった。すると村の建物からぞろぞろと人々が出て来る。どうやら先ほど出て行った人たちがみんなに知らせていたらしい。
「みんな!」
「アデルフィア!ジョーイ!」
村人たちが名前を呼んで二人に駆け寄ってくる。村人は皆で抱き合って涙を流していたが、俺はそれを距離を置いて見ていた。
「あの…こちら…。」
アデルフィアと呼ばれた女が俺に振り向いて紹介しようとするが、俺は何も名乗っていないため言葉を詰まらせる。
「あ、すみません。私は通りすがりの商人の従僕です。」
「商人?どちらから?」
老婆が俺に聞いて来る。
「南から来ました。途中で魔獣に襲われ、助かったお嬢様と私とメイドでここに。」
俺はあらかじめ設定していた内容を伝える。
「彼らは私達を助けてくださいました。」
「それは…強力な冒険者の護衛を連れているのですか!?」
老婆が希望を抱いたような顔で聞いてくる。
「いえ、私とお嬢様ともうひとりの3人です。」
「3人であの盗賊どもを?」
「多少の心得がありましてね。」
「あとのお二人は?」
「まもなくやってくるでしょう。」
老婆の周りに老若男女の村人が集まって来た。若い男もいるところを見ると抵抗しなかった者もいたようだ。だが比較的老人と女子供が多いようだった。
「この方が私達を助けてくれたんです。」
他の女も老婆に伝える。
「そうですか、助けていただきありがとうございました。」
「いえ。」
「申し遅れましたが、私は村長の妻のペルデレです。」
俺に対して老婆や村人たちが頭を下げる。
さて、何から話したものか…
と思っていたら村長の奥さんから話しかけられる。
「あなた、悪い事は言いません。すぐに国に帰られた方が良いかと思います。」
奥さんは俺達に立ち去れと言った。
「ペルデレさん!」
俺に助けられたアデルフィアが婆さんに言う。
「あの、どうしてでしょうか?」
「この村で起きたこの惨劇は、国のいたるところで起きている噂を聞きます。これより内地にいけば更に酷い事に巻き込まれるかもしれません。ここはまだファートリア入り口の村、まだ引き返せます。」
「ですが、このありさまを放っておいて、ここを立ち去るなどとてもできません。」
「死んだ人間の事は諦めます。でも助けていただいた方達だからこそ、この国に入るのはおやめになった方がいいと思います。」
ペルデレが強い眼差しを向けて来る。
「3人で戻れと?」
「申し訳ございません。この村の現状を見ていただいて分かる通り、何もお返しする事が出来ないのです。」
「それは期待しておりませんよ。」
すると村人の中から若い男が出てきて言う。
「婆さん。こんな状況だ、本当の事を言わねえと仕方ねえぜ。」
「‥‥‥。」
どうやら他に何らかの理由があるらしい。しかしペルデレは黙ったまま手でその男を制した。
「ペルデレさん。良かったら聞かせてもらえませんか?」
「いいや!聞かんほうがええ、そのままお戻りください。」
どうやら埒が明かないようだ。何かを隠しているようだが話す気は無さそうだった。だとすればこの村で情報は聞けないかもしれない。
「あの!あんたら、南から来たって言ってたよな!」
男がかまわず話す。
「これ!」
ペルデレが制すのも聞かずに男が続ける。
「二カルス大森林を通って道なりに?」
「そうですが、なにか?」
「ここから西を通って来たか?」
「はい。それしか道が無かったように思えます。」
「そうか…。」
ざわざわざわざわ
村人たちがざわつき始めた。
「どうしました?」
「いやね…実は数か月前の事になるんだが、数万のリュート人が西へと向かったんだ。その後そのリュート人たちは一人も帰って来なかったんだよ。」
ああ‥それは…そう。敵がデモン召喚魔法陣の生贄として消しちゃったからな。
「はい。」
「どうやら西の山の麓に、おっかねえバケモノが住み着いたとか言う噂で、そのバケモノに皆食われちまったんだと。そんな噂が流れてきてんのさ。」
なんですと!?リュート人の大量消滅事件が俺達のせいになっている?
「バケモノって?」
「ああ、にわかには信じられねえだろうが、あんたらそこを通って来たんじゃねえのか?」
ギクッ!
「あ、ああ、いえ。すこし迂回したかもしれません。」
やべえちょっと歯切れ悪く言っちゃった。
「…森の中を通って来たとでも?」
「魔獣に襲われ森に入ってそのまま来たものでね。」
いや…それは無理があるか。人間3人が森の中を通って来れるわけがない。ちょっといきなりの質問でうまくごまかせない。
「なるほどね…。森を3人で逃げてきて、この村の盗賊をたったの3人で蹴散らしたというわけかい?」
「それはー、たまたまと言いますか。」
「俺達はそのあたりがおかしいんじゃねえかって話してたんだ。」
どうやら俺は相手の誘導尋問にひっかかった感がある。なんだが村人たちがピリついて来たぞ。もしかしたら俺達がリュート人を食った化物だと思われてるんじゃないのか?
「ちょっとまって!」
アデルフィアが俺達の話に割り込んでくる。
「アデルはだまってろ!」
「いいえ黙らないわ!だってこの人は私達の命の恩人よ、なぜそんなことを言うのか分からないわ。」
「おまえ…」
「黙りなさい。」
村長の奥さんが二人を止める。ペルデレが俺に向き直って静かに話す。
「旅のお人。今、彼が言っていた事も私たちの意見としてあるの。でも命を助けていただいたというのも事実だわね。それについては何と言っていいのか…感謝してもしきれないわ。とにかくあなた方をどうこうしようっていう話ではないの。ただこれ以上、村に災いが起きるのはどうしてもくい止めたくて。」
うん。婆さんの言っている事は正論だ。あんな狂暴な盗賊を3人の少年と女がやっつけたとなれば、物の怪の可能性を疑うのも当然と言えば当然。俺は言葉に詰まってしまう。
すると俺の後ろから二人の女性が歩いて来た。
「あら。みなさまごきげんよう。」
…シャーミリアがなんとなく空気を読まない挨拶をする。ドレス姿のシャーミリアとメイド姿のマキーナを見て村人たちがシンとする。それもその筈で彼女らは華奢でとても美しい、そんな二人があの狂暴な盗賊を制圧したなどと信じられないだろう。
《シャーミリア!ちょっととりこみ中なんだ。少し黙っててくれ。》
《は!ご主人様!お許しください!》
《いや、怒ってるわけじゃない。》
《はい…》
念話でシャーミリアが話し出すのを止めた。
「お嬢様!どうやら我々はこの村を立ち去った方が良いようです。」
「そう…。」
「ええ。迷惑が掛かるかもしれないとのご配慮です。」
「あら…。」
「我々はどうにかして国に戻った方が良いかと。」
「そうね…。」
俺が適当に話をまとめて、穏便に村を立ち去る方向で話を進める。
「まってください!」
俺達をアデルフィアが引き留める。しかし正直、俺達もこれ以上の揉め事はごめんだった。ここはひとつペルデレの提案に従って引き上げたいところだ。
「アデルフィアさんも皆さんも助かって良かった。男手を失ってこれから村は大変だと思いますが、どうか皆さんお気を落とさずに、そして村が一日も早く普通の暮らしに戻れるように祈っております。私たちは黙ってきた道を戻るとしましょう。」
「いえ!もうこの村が平和な暮らしに戻る事なんてないんです!」
「アデルフィア!」
ペルデレがアデルフィアを制止する。
「いえ。奥様どうせまた盗賊は現れます!この国はもう終わりだと思います!」
「そんなことを言うもんじゃない。」
「いえ!既に貴族や騎士が村を守る事も無くなりました。この国は無法地帯となってしまったのです。さらに村の神父も盗賊に殺され、私たちはもうどこにも行けないのですよ!」
「アデル!」
うーん。どうしよう村の人たちで揉め始めたぞ。俺達3人はその場でただ黙ってそれをみていた。
「姉さんの言うとおりだ。父さんも母さんも殺された!村の自警団の連中もみんな!次に盗賊が来たら全員終わるぞ!」
「そんな事言ったって!旅のお方にそれを話したところで何になるってんだい!」
ペルデレがキレた。
「なにか、少しの希望があれば!何か!」
アデルフィアもキレてる。
とにかく場を納めないとどうしようもねえな。
「あのすみません。」
皆が俺の方を向く。
「今はそんな言い争いをしている場合ではないのでは?建物の中には遺体がたくさんあるのでしょう?それを弔ってやる事が先決ではないでしょうか?」
「は…。」
「そう、そうね。」
「‥‥。」
皆が現状の問題を思い出して口をつぐむ。
「とにかくここで知り合ったのも何かのご縁でしょう。そしてこの村に神父が居なくなってしまったと聞きます。下手をすれば遺体が屍人になりかねませんよ。」
「そ、そうだな。お前さんの言うとおりだ。」
村の男が言う。
「それでしたら、お祈りを捧げる神父を隣村に呼びに行った方が良いのでは?」
「いや…そう言うわけにはいかねえんだ。」
「なぜ?」
「俺達はこの村から出ちゃいけねえことになってるんだよ。」
村から出ちゃいけない?なんで?
「旅の人。彼の言う通りなのです。私たちはこの村を出ないように国から言われているのです。」
「そんな…。」
「本当です。」
ジョーイが言う。
「それじゃあ食料とかはどうしてるんです?」
「自給自足です。畑で獲れたものや森の動物を狩って何とか食いつないでいるのです。」
ペルデレ婆さんが言う。
「だと他の村がどうなっているかは知らないという事ですか?」
「ええ、数年前までは貴族がやってきて村を視察したり、衛兵が巡回してきて村の治安を見回ったりしていました。商人も行き来しており、この村もこれほど貧困にあえいではいなかったのです。」
《なるほどー、そう言う事ね。西からは物資が届かないし東からの人の流れもなく、孤立してしまっていたというわけか。更に国が機能していないから治安が悪くなったってとこだな。》
《ご主人様。いかがなさいましょう。》
《とにかく、あの死体の山が屍人になったりしたら村は全滅する。お前が使役すればいいのだけど、俺達の事をバケモノと疑っているからそんな真似は出来ない。》
《では燃やして砕くしか方法はございませんね。》
《なるほどね。》
俺はペルデレに向かって話す。
「ペルデレさん。とにかく神父がおらずに他の村にも呼びに行けないのでは、遺体を放置するわけにはいきませんよ。」
「そ、それはそうじゃが。」
この世界は土葬が基本だ。そのためきちんと埋葬して祈りを捧げなければゾンビになる可能性がある。シャーミリアの言う通りに燃やして骨を砕くしかない。
「私達の国では、遺体を燃やして砕くことで屍人になるのを防ぐ方法があるんです。」
「遺体を燃やす?」
「はい。そうしなければいずれこの村は全滅するかもしれません。」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥」
村人たちが沈黙してしまった。
「ペルデレさん!この商人さんのいうとおりだぜ。神父はあの死体の中にいるし、どうにもならねえんじゃねえのか?」
「そう…わかった。あの…あなた方の国での埋葬方法を教えてくださる?」
「分かりました。」
「すみません…旅人にこんなお願いをしてしまって。」
アデルフィアが申し訳なさそうに言う。
「良いんです。旅は道連れ世は情けっていいますから。」
「そういう言葉があるんですね。」
「ええ、私の国の言葉です。」
そして村人たちは総出で遺体を燃やすために動き出した。
「あの俺達も。」
俺達が遺体搬送を手伝おうとすると、村人たちから止められた。旅人にそこまでさせるわけにはいかないそうだ。
《ファントム!俺達のいる村の北側に森がある。そちらに移動して倒木を大量にばら撒いておけ!あくまでも静かにな。カララちょっとファントムを借りる。》
《かしこまりました。こちらの守りは十分足りております。ラウル様の方は大丈夫ですか?》
《ああ、この村が盗賊に襲われていたんだ。その処理のために動いている。皆は待機でいいぞ!》
《はい。》
カララに念話で伝えて少しでも時間を短縮できるよう、ファントムに火葬用の倒木を森に集めておいてもらう事にする。
この国も深刻な状況になっているのだけは確かなようだった。




