第403話 敵国潜入作戦
夜になり陽が落ちたため、俺達は前線基地を出発した。
潜入部隊は俺、ファントム、カトリーヌ、ルフラ、マリア、カララ、セイラ、マキーナ、オージェ、トライトン、グレース、シャーミリア、カーライル、オンジの14人一個小隊だ。ヴァルキリーはグレースに収納してもらった。
「いよいよだな。」
オージェが言う。
「ああ、鬼が出るか蛇が出るか、周到に準備された罠が仕掛けてあるかもしれんな。」
「斥候がトライトンで大丈夫か?」
「彼には魔力が無いんだよな?」
「そうだ。」
「ならうってつけだ、いきなり魔法陣の罠にかかる事はない。何より強いしな。そして何かあった場合は、すぐに戻ってくるように伝えてくれ。」
俺は先行させた魔力の無いトライトンに、背負型動力噴霧器を背負わせて、濃縮鏡面薬を薄めた物を振りまきながら進むように指示していた。
夜空には雲がかかっているらしく月も星も見えない。さらに街道に沿った森林地帯を歩いているためほとんど真っ暗闇だった。マリアとグレース、カーライルとオンジの4人は、さすがにこの暗闇を進むのは厳しいので、ENVG-B暗視ゴーグルを着けさせている。カトリーヌはルフラをまとっているため、カトリーヌには見えなくてもルフラが見えているため問題はない。
「やっぱオージェさんがいるといいですね。」
グレースが言う。
「ああ、魔獣が全然近づいてこないし、龍神って凄いよな。」
「いや、グレース、ラウル。それだと魔獣を狩る事が難しくなるんじゃないのか?」
「そう言われてみるとそうですね。」
「だな。」
食料は現地調達の為、先々で魔人達が魔獣を狩るのが俺達のスタイルだが、オージェがいると魔獣を探すのが大変になる。しばらくは俺の戦闘糧食を食う事になりそうだ。
森林地帯を進むが特に何も起きなかった。トライトンからも特に何も言ってこない。
「オージェ…トライトン。大丈夫だよな?」
「ああ、先行して歩いているよ。」
「感じ取っているならいいんだ。いつの間にか敵にやられていたなんてシャレにならんからな。」
「大丈夫だ。あいつはそんなにヤワじゃない。」
「そうか。」
今回の行軍はかなり慎重に行っている。
ファントム、シャーミリア、マキーナ、カララを周辺に散開させ警戒させている。俺を含む残りの人員がその中心をまとまって歩いていた。カーライルはファートリア内のおおよその地図が頭に入っているようなのだが、厳密には分からないと言っていた。目標は人が住んでいる可能性のある集落だった。まずは生きている人間がいるかどうかを探す。
ぺきっ
がさがさ
俺達が歩く音だけが森に聞こえていた。虫の鳴き声はするが、動物や魔獣の声が一切しない静かな森だ。黙々と歩く事4時間半ほどで、森林地帯を抜け草原に出た。
「ラウル様、この先2刻(6時間)ほど進めば恐らく村があるかと。」
カーライルが言う。
「俺達の前線基地からあまりにも近いからな、人が居るとしても兵士の可能性があるな。」
「そこまでは分かりませんが。」
「一旦このあたりで休憩する事にしよう。」
俺が言う。
「ふう。よかったです。」
グレースがホッとしたような顔で言った。
「グレースは虹蛇になって疲れないとかないの?」
「どうなんでしょう。なんか気持ち的に疲れるって感じかもしれません。」
「なるほど。」
魔人達だけのパーティーであれば、休みを取らずに進むことはできるが、マリアとカトリーヌ、カーライル、オンジが入るため休みを取る事にした。更にグレースも疲れたと言っているから丁度良かったかもしれない。またオージェが呼んだのかトライトンも戻ってきて俺達に合流した。
「魔法陣は見つかりませんでしたね。」
「そうか。」
「わいも不慣れなので見落としがあるかもしれませんが。」
「いや、鏡面薬を吹きかければ必ず反応するからそれは大丈夫だ。」
「わかりました。」
俺とトライトンが話している横でオージェが時計を見る。
「深夜0時か。」
「そうだな。みんな!とりあえず戦闘糧食で申し訳ないが、食っておいてくれ。」
俺がフランス軍のレーションを呼び出して、みんなに配っていく。もちろんファントムやシャーミリア、マキーナ、カララ、ルフラには俺の戦闘糧食は必要ないので、必要な人数分だけ召喚した。
それぞれがその場でレーションの封をあけて食べ始める。
「なんか魔獣や果実の味を覚えるとさ…。」
俺がポツリと言う。
「ああ。」
「レーションって味気ないよな。」
「そりゃ仕方ないだろう。」
「僕はこれでも十分ですけどね。」
俺とオージェとグレースの3人が、固まって食べている周りで他の人たちも食べているが、俺達以外は話をせず黙々と食べていた。もしかしたら疲れているのかもしれない。
「カティ。」
「はい。」
「大丈夫か?」
「もちろんです。」
若干疲れているように見えるが、それでも健気に疲れていないと言う。いくらルフラに包まれているとはいえ、あんな真っ暗な森の中を歩くのは普通の人間にはこたえるはずだ。
「マリアは?」
「問題ございません。あのサナリアからの逃避行を考えれば、ここにいる仲間たちの強さは桁が違います。全く警戒をしなくても良い分、楽であると言えます。」
「そうかそれもそうだな。」
「マリア嬢は強いですね。」
カーライルが言う。
「俺とマリアは昔、魔人の守りも無くカーライルやオンジさんのような剣術も持たずに、サナリアを脱出してグラドラムまで命からがら逃げたことがあるんだ。バルギウスとファートリアの兵から身を守りながらね。だからこんなに強い魔人達が周りにいる今は、まさに楽と言う表現があっているんじゃないかな?」
「ラウル様もマリアさんもよくぞ生きていてくださいました。おかげで虹蛇様もグレース様と会えましたし、何よりラウル様はこの世界を救うために無くてはならない存在ですから。」
オンジさんが言う。
「運が味方しただけですよ。」
「神のお導きでしょう。」
《このオンジと言う男、見どころが御座いますね。ご主人様を無くてはならない存在であると言いました。》
シャーミリアが念話でオンジを褒めている。
《見どころとか…まあいいや。そうだな俺をかってくれてはいるようだ。》
シャーミリアは俺達が食事している所から、50メートルは離れているのに話が聞こえたらしい。
「ここから村に到着する頃には夜が明ける。陽が昇る前までにたどりつくぞ。」
俺がみんなに言うと皆がそれぞれに返事をした。安全に移動する為には夜間に動くのが一番だと思うので、陽が昇ってしまう前に身を隠す場所を探さなくてはならない。真っ暗なので人間達にはまた暗視ゴーグルを着けてもらう。そしてトライトンの背負型動力噴霧器に鏡面薬を補充して再び渡す。
「やっぱ夜間行軍はしんどいですよね。」
グレースが言う。
「日中動くのは目立つからな。とりあえず次の森林地帯まで急いで移動しよう。」
「はーい。」
グレースは虹蛇という神様になったと思うのだが、以前とあまり変わらないような気がする。オージェはものすごくレベルアップしたみたいなんだけど。俺は若干ジト目でグレースを見るが、グレースは暗視スコープをつけているため気が付かない。
「じゃあトライトンはまた先行してこの薬をまいてくれる?」
「わかりました。」
シュッ
トライトンが背負型動力噴霧器を背負うと、先に走って行った。
それから5時間ほど進むと空が薄っすらと明るくなってきたようだ。スコープを覗かなくても見えるようになってきたので、全員のスコープを外してグレースに収納してもらった。
「あそこから森があるようです。」
カララが言うので俺達が目を凝らすと、暗い中に森林地帯のような場所が見えた。
「よし、もうすぐ陽が昇るからな。あの森林地帯でやり過ごす事にしよう。オージェはトライトンに伝えてくれ。」
「了解。」
そして俺達はその森林地帯に歩いて行く。森に入るころには空が明るくなってきていた。
「森の奥に進む。」
「「「「「「はい!」」」」」
俺達は森に侵入し更に奥へと進んでいくのだった。
森の中心あたりに来て俺達は拠点を作る事にした。
「みんなそれぞれ場所を確保!」
森の中の沢が流れている場所に陣取る。俺はテントを召喚しみんなに配った。
「テントを設置してくれ。」
それぞれがテントを張り始めた。
「俺とシャーミリアとマキーナでちょっと偵察に出る。ファントムはここに残って全員の警護をしろ。」
皆がテントを張る作業をしているところで俺が言う。
「‥‥‥。」
もちろんファントムが答える事はない。
「ラウルは休まなくてもいいのか?」
「俺は全く疲れていない。」
「俺もだが。」
「いやオージェは護衛の為にここに残ってくれ。そしてこの二人との方が偵察はしやすいんだ。」
「なるほど。了解だ。」
「ラウル様!お気を付けて!」
「帰りをお待ちしております。」
カトリーヌとマリアが声をかけてくれる。
「すぐに戻るさ。」
「カトリーヌ様。私奴がついております、ご安心ください。」
「シャーミリア!お願いね!」
「御意。」
「すみません。シャーミリア様にお仕事をさせて私が休むなど…。」
「お前は黙れ。」
カーライルがシャーミリアに黙らされたところで、俺とシャーミリアとマキーナが拠点を出る。
森を出る頃には太陽が昇り、辺りはすっかり明るくなっていた。
「ミリア。村の方角は分かるか?」
「むこうです。」
シャーミリアが指をさす。
「村までの間に生き物の気配はあるか?」
「いいえ、人間も動物も感知していません。」
「よし、それじゃあ行くぞ。」
俺の服装はいつもとは違っていて執事のような恰好をしていた。マキーナはメイド服を着ていて、シャーミリアはいつも通りのドレス姿だ。
「自分たちの役回りは分かっているな。」
「はい‥‥しかし、ご主人様…。」
「シャーミリア。異論は許さない。」
「も、申し訳ございません。」
「私はいつもとあまり変わりが無いようです。もっとマリアに心得などを聞いて来た方が良かったかもしれませんが…。」
「マキーナはいつも通りでたぶん大丈夫だ。」
「はい。」
「とりあえずおさらいだけど、シャーミリアは何の役だ?」
「は、はいご主人様。私奴は我儘な悪役令嬢と言う事でございます。」
「よろしい。そしてマキーナは。」
「その我儘令嬢に仕えている、可哀想なメイドです。」
「よろしい。」
「し、しかしご主人様の役どころが…。」
「ん?その我儘悪役令嬢に仕える従僕だが?」
「そのような!ご主人様が私の従僕などと!恐れ多い!私奴が従僕でご主人様が主であるべきです!」
「だめだ。それじゃあ王子だってバレるかもしれないだろ?」
「は、はい。」
「あと、貴族が生きていたらおかしいからな、南の国から来た商人の娘と使用人という事にするぞ。」
俺が考えた設定はこうだ。
南の国から商いに来たものの、途中で魔獣に襲われて命からがら逃げて来た令嬢とその下僕たち。父親と使用人や御者が殺されて困っているという設定だ。
「よしここから演技開始!」
「かしこまりましたご主人様!」
「ん?なんだってシャーミリア?」
「し、失礼いたしました。」
「何?」
「あの…、私にこんな思いをさせてどういうつもりだい!早く泊まれる場所をさがすんだよ!」
シャーミリアが言うが‥‥泣いていた。物凄く悲痛な顔をしている。マキーナがどうか許してやってくれ!と言った表情で俺を見ていた。
「あの、シャーミリア。なんかごめん。悪役令嬢設定はやめるよ、おしとやかで優しい令嬢でさ、敬語もありにしよう。」
「ありがたき幸せ!ご主人様のご迷惑にならないよう一生懸命演じさせていただきますので!」
「ごめんな。」
「いえ。それではみなさん!まいりましょうか?このような感じでいかがでございましょう?」
「いいね。じゃあそんな感じで行こう。」
「はい。」
俺のイメージはトラメルだったんだが、シャーミリアが俺にそんな態度で接する事ができないようだった。
《いや…そもそもトラメルもそんな性格じゃないな…。あんまり無理させるとストレスで村人を殺すかもしれないからな、ここはシャーミリアの意向も取り入れて行くとしよう。》
俺達は村の方角に向けて歩き出すのだった。




