第40話 俺が逃がされた訳
村を出て4日がたった。
初秋の草原はまだ草が生い茂り風がふいてなびいていた。
街道もそれほど道は悪くなくまっすぐに地平線に続いている。
いつまで走っても向こうの山が近づいてこなかった。
初秋といっても昼間は暑かったが、今はもう夕方だった。
ほんの少し冷たい風が混ざっていた。
なぜか幼女のミゼッタと魔人のゴーグの距離が近い。
どうやら気が合うらしい、ゴーグは子供が好きらしくいつもミゼッタを肩車をしている。
あの村で馬を2頭助けた。村の中に置いてあった大きめの2頭立て普通馬車をひかせている。これでだいぶ移動スピードは上がった。
パカパカと軽快に走っている。
オーガのギレザムとガザムは馬もひけるようで、2頭立ての普通馬車のほうはどちらかに手綱をひいてもらっている。ハーフライカンのゴーグが手綱を握っても馬は走らないそうだ・・
オーガの1人が手綱をひいている時は、他の2人が大統領車の脇にいるSPのように馬車の脇を走ってついてくる。かなりの体力があるのか、全く息をきらさずにマラソンランナーのようにずっと走っている。
「しかし彼らはすごいですね。」
俺からイオナに話しかける。
「ええ本当に。人間には無理ね。」
「おかげで進みが早くなりました。」
1台の幌馬車に荷物も武器も俺達全員が乗っていたので、馬のスピードも人が歩く程度だったり疲れて止まったりしていた。
食べ物などの荷物を全て2頭立ての普通馬車にうつしたら、1頭立ての幌馬車の馬が軽快に走り始めた。さらに馬のスピードは格段に違うはずなのに、オーガはそれをものともせずついてくる。
「マリアとミーシャには申し訳ないですが、引き続き幌馬車をひいてもらいます。
「彼女達に何もしてあげられないのが心苦しいわ。」
「はい…」
幌をかけた荷馬車はいまはミーシャが手綱を握り、マリアが荷台にて武器の見張りをしている。俺とイオナが普通馬車に乗って話をしていた。ミゼッタはゴーグの肩の上だ。
「母さんもだいぶ移動が楽になりましたよね。」
「本当に助かるわ。彼らのおかげでグラドラムにも早く着きそうね。」
普通馬車は密閉されているが、窓を開けることも出来るし、なによりもソファーの柔らかさと揺れが少ないのが妊婦には良いだろう。本来ならば家で安静にしていてほしいのだが・・
俺は窓の外をミゼッタを乗せて走るゴーグを見て言う。
「彼らはずっと走っているのに疲れないみたいですね・・」
「どうなっているのかしらね?」
それでもギレザムとガザムは交代で馬車に乗って手綱をひいているので交代で休めている。走り続ければ多少は疲労するらしい。多少・・・
「ゴーグなんかミゼッタを乗せたまま走り続けてますよ。」
「あんなにかわいい顔をしていてもやはり魔人なのですね・・」
ゴーグはライカン(狼男)の血が入っているからなのか、走り続けても全くといっていいほど疲労しないようだった。走っている彼に声をかけると走りながら話もできる。歩いているときと変わらない話し方なのだが、息切れする事はないのだろうか?
「ただ・・俺もレッドベアーと戦った時には胸がつぶれても走ってましたから、やはり魔人の体に近いのでしょうね・・」
「ええ、彼らをみてるとあの時の鬼気迫るあなたを彷彿させるわね。」
「彼らオーガの戦闘の瞬発力も凄まじいものでしたね。」
「あんなに大量の屍人があっさり片付いたわね。」
「ええ・・」
「これなら無事にグラドラムにつけそうですね。」
「そうね。オーガである彼らの力は凄いものだわ。ただ・・追手が諦めたとも考えづらいわね。」
「ですね。ルタンの町でも追手が来てましたし、かなり広範囲にいるとみて間違いないかもしれません。」
そうだ・・敵は何らかの移動手段をつかっているようだった。グレートボアに乗っている騎士もいた事だし、おそらくは魔獣を使っているんじゃないかと思う。召喚魔法や転移魔法の類は聞いてないしな。空飛ぶ魔獣とかいるのかもしれない。
「私もそろそろ身動きするのが辛くなってきました。お腹がだいぶ重くて・・この普通馬車を手に入れられたのはありがたいわね。」
「村では屍人に襲われましたからね・・母さんもさぞ体に無理がかかったでしょう。」
「私は大丈夫よ。それよりハーフライカンのゴーグが言っていた、故意に作られた屍人だというのが気になるわ。」
「はい。屍人が故意に作れるのは初めて知りましたが、誰が何のためにそんなことをしたのでしょうか?」
《どうして村全体をゾンビにする必要があったのだろう?俺たちを狙う罠だったとすれば一行が全滅する危険性がある・・捕獲するために狙ってきてるんじゃないのか?それとも俺達とは関係なく村は襲われたのだろうか?やった者の意図がまったくわからない。》
「でもこれまでの道中でも3度も敵兵に遭遇しているわ。偶然とは言い難いわね。」
「はい・・」
「どういうことかしらね?」
「確かに広く網をかけるにしてはずいぶん的確に感じますね。」
「かなり動きが早いのはたしかよね。」
「ラシュタル王国やシュラーデン王国はどうなっているのでしょうか?」
「敵はサナリア領まで来ていましたから・・」
「もしかしたら進行は始まっていると言う事ですか?」
「私たちのサナリア兵はすべて戦に出てしまい全く兵力がなかったから、恐らく属国への侵攻は進んでいるとみて間違いないわ。」
なるほど、だとすればラシュタルやシュラーデンに俺たちがいないことはもう分かっているだろう。とすると…この方角に逃げた事が読まれてるかもしれない。
「包囲網は狭まっていると言うことですね…」
「そうなるわよね」
グラドラムまであとどのくらいで着くのか?そこまで持ち堪えられるのかわからないが、今は味方だと言ってくれているオーガ3人を頼るしかない。
《まてよ・・そもそもグラドラムには敵はいないのだろうか?》
手綱をひいているギレザムにグラドラムの事を聞いてみる。
「ギレザムさん。グラドラムには敵の侵攻はなかったんですか?」
「はい。まあ魔人の国と海を挟んで大陸側の玄関ですから、人間が攻め込んでくるなど考えがたいですね。」
「魔人の国ですか?」
「ええ、我々の主ガルドジン様が魔人の国の首領に負けてしまい、我々はグラドラムにいますがほとんどの魔人は魔人の国におります。」
「そうなんですか。でもギレザムさん達は僕のお父さんについてきてくれたと?」
「はい。我々の王はガルドジン様だけです。」
そうか・・ギレザムさん達は敗れたガルドジンについてきてくれたんだ。魔人の国にはもう戻れないんじゃないのかな?
「魔人の国の新しい王様というのは誰なんですか?」
「今の魔人の国はザウラス国というのですが、それは新王がルゼミア・ザウラスという名前だからです。」
「ルゼミア王が強かったという事でしょうか?」
「それが、ルゼミア王は女王なのですが・・」
え!魔人の国の王様って女王なんだ!俺はてっきり滅茶クソ怖え男の閻魔大王みたいなやつだと思った。まあきっと、魔人の女王だし口が裂けて目も吊り上がってておっかないに違いないが・・
「女王なんですか?女王に負けたのですか?」
「まあそうです。それが・・実は、ラウル様の本当のお母様であらせられるグレイス・サラス様がお亡くなりになりまして・・」
「そうなんですね・・それがなにか関係を?」
「はい・・ガルドジン様は長い間、悲しみに明け暮れておいででした。」
「父は奥さんをそれほど愛していたという事ですか。」
「それはもう・・二人の間にあなた様が生まれたばかりの時でしたので、幸せのさなかの出来事でしたし・・」
それが負ける原因だったのだろうか?俺と何か関係あるのかな?
「どうしてそれが負けることにつながったのですか?」
「失墜の底にいたガルドジン様は何も飲まず食べずに、暗くて深い洞窟に籠ってしまわれたのです。」
そうか・・あまりのショックに引きこもりになってしまったというわけね。
「辛かったんですね。」
「ええ」
「それからどうしたんですか?」
「ガルドジン様の力が弱まってきたのです。すると困ったことがおきました。」
「困った事?」
「ガルドジン様とグレイス様が、人間として生まれてしまったラウル様を守っていたのですが、グレイス様の死により力が削がれラウル様に危険が迫ってきたのです。」
なるほど・・そういうことか。それで俺は力を失ったガルドジンに連れられてグラムに引き取られたということだったんだな。
「で、危なくなった僕をグラムに渡して、人間の大陸に逃がしたと言う事ですか?」
「お察しの通りです。我々がいたのですが勢力の大きさが違いすぎてどうする事もできませんでした。」
うーん。でもどうしてガルドジン本人がまだ生きているのに、俺を狙う必要があったんだろう。
「でも僕の父さんはまだ生きていると?」
「ええガルドジン様は、グレイス様とアルガル・・ラウル様を失われて、かなりの力を失ってしまいましたが・・生きています。そして・・あの方は誰も殺さないのです。力を蓄えようとしない・・」
「そうなんですね。もともと父さんの勢力は小さかったということですか?」
「いえそんなことはありません、魔人というものは強いものに付き従うのです。それが世の自然の流れですから。配下の数だけ王の魔力は増大し強くなるのです。」
「力が弱くなって配下が少なくなり、みなルゼミア王についてしまったという事ですか。」
「はい。」
まてよ・・そんなに弱っているならば、ガルドジンを殺せるだろう。それとも殺しても殺さなくてもいいって考えなのかな?
「でも父さんは生きていると。」
「あの・・ルゼミア様はガルドジン様に思いを寄せていたのです。」
えーっと、ややこしく・・なってきたぞ。なになにガルドジンにはグレイスという妻がいたのに、ルゼミアさんはガルドジンに思いを寄せていたと?
「思いを寄せていたから殺さなかったと?」
「まあそうです。」
「それだけですか?」
「ルゼミア様はグレイス様が亡くなったのならば、自分を妻として娶れと言っておられました。」
ああ、奥さんがいなくなったから好きな人に娶ってもらいたかったという事か。その気持ちはわからんでもないな。
「父さんはルゼミアを妻に迎えなかったんでしょうか?」
「はい、自分の伴侶はグレイス様ただ一人と言っておられましたから。」
父さんてば一途だったんだ。なんだか力強いイメージだったんだけど逆に好感が持てる。
「父に断られてルゼミアさんは敵になってしまったと言う事でしょうか?」
「はい、しかしルゼミア王はどうしてもガルドジン様を諦めきれなくて、自分を断る理由はグレイス様の忘れ形見であるラウル様であると言い出しまして・・そして部下にあなたを捕らえるように指示を出したのです。」
「そして慌ててグラム父さんに俺をひきわたした。」
「そう言う事です。」
謎は全て解けた!
父さんの名にかけて!
俺が捨てられたんじゃなく守るためにグラムに引き渡されたのは聞いていたが、いきさつを聞いたらすっきりした。それならば手放すのもうなずける・・
わからんか。愛だ、愛!
イオナも初めて聞いた話に感心していたようだった。おそらくガルドジンに対する好感度が爆上げされているところだと思う。
「わかりました。ますます父さんに会うのが楽しみになりましたよ。」
「ええ、ラウル様!ガルドジン様はあなた様のお父上は本当に素晴らしい方ですよ。」
話をしているうちにあたりは暗くなり始めていた。
「ギレザムさん。そろそろ休みましょうか?」
「このまま進むこともできますが?」
「馬が・・そろそろくたびれてきていると思います。」
「ああ、そうですね。ではいい場所がありましたら馬車を停めます。」
馬車のスピードを落とし停泊するための場所を探す。
そのとき外から声が聞こえた。
「ギル!ギル!」
ゴーグの声だった。
「道の向こうに何かいるよ!」
「うむ。」
馬車を停め、何がいるのかを見定めることにしたようだった。
嫌な予感がする・・
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