第394話 神話級の性能
俺は歩きながら、ずらりと棚に並んだ新兵器の安全面や留意点などを、バルムス達に確認していく。
目の前にならぶ膨張薬剤の入ったRPG砲弾もサキュバスの無毒弾丸も、市販されているかのように同じ大きさの木箱に入れられて封がされていた。氷手榴弾や炎手榴弾などはペンシルサイズとなり携帯するのに便利そうだった。
「ミーシャ、全部が箱に入ってるんだね。」
「はい。運搬を楽にするためにそうしました。」
「これなら現地にも運びやすいぞ。」
「はい!喜んで頂けてよかったです!」
ミーシャが嬉しそうにしていた。
エリクサー蘇生注射器も、スライムの素材で作られた薬品カプセルも、以前見たような試作品のような形ではなかった。既に市販できるレベルまで来ていると思う。
《まあ銀の竜化薬や黄色の狼化薬、透明な鏡面薬などは販売する事など出来ないだろう。どう考えても伝説級の薬品だから値段なんかつけようがないだろうし。》
「全て小型化や安全面を高める方向に改良したのじゃよ。スライム薬包などは乾燥して更に小さくしたから飲みやすいはずじゃ。」
デイジーさんが言う。薬包はカプセル並みに小さくなっており、サプリでも飲むみたいに飲めそうだ。
「デイジーさん。これだけ小さくしてしまって、効能はどうなのですか?」
「それは大丈夫じゃよ。ミーシャが研究を重ねて濃縮還元したものじゃ、効能を試してみたが問題はない。」
‥‥今の口ぶりだとデイジーさんが自ら試験したな?
「あの、今後は魔人にやらせて下さい。」
「う、うむ。わかったわかった、おぬしは心配性じゃな。」
「なんと言われても、お願いします。」
「うむ。」
「とにかくここまでの製品にしてくれた事は感謝します。相当苦労されたでしょう?」
「まあ簡単ではなかったのう。」
デイジーとミーシャが見つめ合って頷いた。
「それでラウル様。実戦で使えた物はございましたか?」
バルムスが重ねて聞いて来る。
いや…正直使ったのはエリクサーカプセルとハイポーションカプセル、そして鏡面薬くらいだ。サキュバス霧毒弾丸は人道的な観点から使えなかったし、膨張薬剤RPG弾頭は数が少なすぎて実戦で使うに至らず、氷手榴弾と炎手榴弾は近接戦闘が無かったため使用しなかった。竜化薬や狼化薬などは副作用の懸念もあり使用するのは緊急時のみと決めていた。
「回復用の薬品に関しては使わせてもらったよ、スライムを素材にしてるからなのか吸収が早かった。だけど竜化薬や狼化薬、あとは兵器に関しては使っていないんだ。数の問題と安全面に考慮してな。」
「左様でしたか。実は巨大倉庫を作っておりまして、そこに大量に在庫が御座います。作戦に応じて量を供給できるように蓄えておりました。安全面に関しては以前の時より格段に向上していますので問題ないかと。」
「今度は使わせてもらうよ。燃えずに爆風だけが広がる弾頭は使えそうだからね。」
「ぜひお役立てください。」
薬品に関して気になる事を、一つ質問する事にした。
「薬品に関してなんだけどいいかな?」
「なんでしょうか?」
薬品に関してはミーシャが答えるようだ。
「ポーションとか普通に瓶で飲むより、効き目が長い気がするんだけどなぜかな?」
「それはスライムの素材によるものです。口ですぐに吸収されて体内に長く残るようになっているようです。」
「そういうことか。そのスライム素材はどうなるのかな。」
「いずれ体内に吸収されてしまいます。」
「俺がもらったあの時は分かって無かったみたいだけど。」
「はい、何度も試して‥‥。」
「ミーシャ、それ今後は魔人にやらせるんだぞ。」
「は、はい!」
人間の体は魔人のそれよりも脆い、試験をするなら絶対に魔人でやるべきだ。とにかくここはガイドラインを制定して必ず守らせるようにしなくては。
「ささ!それではラウル様!更に奥へ!」
バルムスはそれ以上俺がミーシャやデイジーにツッコミを入れないように配慮したのだろう。先に進んで道具のチェックをするように促す。ずんぐりむっくりの体を機敏に動かして俺の前を歩くのだった。
「あとは魔導エンジンだったか?」
「はい。」
バルムスが楽しそうに言う。どうやら早く自信作を見てほしいというのもあったらしい。
ガチャ
ミーシャが速やかに隣の部屋に続くドアを開く。なんかこの3人俺の性格を読んで連携プレイをしているように感じるが…
「ラウルよ、まああまり細かく言うてやるな。」
「はい、先生。」
先生から促される。あまり重箱の隅をチクチクやらないようにしよう。
俺とモーリス先生、エミルとケイナが前を行く3人の後に続き、俺とモーリス先生が歩きながら話す。
「しかしラウルよ。」
「はい。」
「デイジーもミーシャも人間では思いつかんような物を作っているが、これも魔人の影響ということなのかの?」
「ルゼミア母さんとガルドジン父さんが言うには、そうなんじゃないかと。」
「魔人達の影響…そこにおぬしの召喚兵器の影響も色濃く出とると言うわけじゃな。」
「出来上がった物を見るとそのようです。」
「うむ。ここにある物が世に出てしまえば、世界の常識が一気にひっくり返ってしまうじゃろうな。あのユークリット王城の隠し書庫など比較にならんほどの技術がここにはあるようじゃ。」
「やはりそうですよね。私の兵器には日数的な制限があり消えてしまいますが、それをグレースとファントムが保管する事で補っています。しかしそれは私と彼らがいないと成立しない。それがここまで再現して製造され制限なく増やしてしまえば…」
「この研究所を堅牢にして機密を守るという、おぬしの考えはまちごうてはおらぬじゃろ。」
「でもそれは先生がユークリット王城の隠し書庫を見つけてくださったおかげですよ。そうでなければ私がその考えにたどり着く事は出来ませんでした。」
「それが以前聞いた前の虹蛇の言葉、すべての物事は偶然ではなく必然であるという事なのじゃろうかのう?」
「そのように思います。」
話しているとバルムスの自信作が置いてある場所へとたどり着いた。しかし見た限りあの大きな魔導エンジンなどはどこにも見当たらない。
「バルムス?どこに?」
「はい、目の前に」
「えっと。」
「はい。」
「これ?」
「左様にございます。」
俺の目の前に30センチ四方のパイプとかが生えた機械がおいてあった。軽自動車のエンジンよりずっと小さいように見える。
「ずいぶん小さくなったな。」
「軽量化にも成功しました。」
「これで動くのか?」
「はい。魔力を注いで見てください。」
「わかった。」
俺はその魔導エンジンと呼ばれた機械に魔力を注ぐ。
シュォォォォォ
青い光を放って動き始めた。しかしピストンのような物がついていなかった。これで動力をどうやって伝えるんだろう?
「これ動いているのか?」
「この部分を。」
よく見るとシャフトの部分がぐるぐると回っていた。
「動いてる。」
「はい、ラウル様から下賜いただいた乗り物についているエンジンの構造とは違います。」
「どうなってんだ?」
するとバルムスは図面のような物を持ってきて俺の前に広げる。
「内部はこのようになっております。この方が力の伝達が良かったものですから。」
これは‥‥三角形の金属が4つほど動力内で回っているようだ。前世でもこんなエンジンでコンパクトに仕上がっている物を見たことがある。
「これはバルムスが?」
「はい、ミーシャが発案して実際に作ってみたらこれが効率がよくて。さらに追及をしてこの形までこぎつけました。」
「力はどれほど出るんだ?」
「ラウル様の召喚した大型トラックを動かせるほどには。」
「うっそ、こんな小さいのであれが動くの?」
「もちろん魔力次第です。魔人達が運転をして、そこから魔力を吸い上げ動かす事ができます。出来れば中型の魔人が二人乗車したほうが良いでしょうな。」
「なるほど、というと俺が乗れば?」
「相当な力が出るかと。」
マジか…これは凄い発明だ。
《しかしながら…こんなん前世でもあり得ない技術だし、戦闘車両に乗せて車両が破壊されたとしたら、魔導エンジンだけは回収するか破壊しないとダメだろう。この技術は絶対に魔人以外に出してはならない、俺専用機とかならありかもしれんが、量産させるのはまだ先になりそうだ。》
「バルムス。これは最重要機密の技術だぞ、絶対に漏洩させてはならない。さらに厳重な地下研究施設を作りそこで開発を続けてくれ。」
「は!」
バルムスは俺を喜ばせるためにこれを開発したようだが、こんな永久機関みたいなものを世の中に出すわけにはいかない。それこそ世界がひっくり返ってしまう。
「この技術を知っている者は?」
「我々3人と今日見た方、大神の3人とサイナス枢機卿一行です。」
「わかった。」
俺はモーリス先生にアイコンタクトをする。モーリス先生は軽くうなずいた。
「それでこれはいつ止まるんだ?」
バルムスに聞く。
「はい。」
バルムスがエンジンに手を伸ばし何かを操作する。
パチッ
シュォォォォォ
「あれ?」
パチッパチッ
「あれ?」
「どうした?」
「止まりません。」
「え?」
「以前は止まったのですが…。」
バルムスがちょっと焦ったように言う。
「ラウルよ。もしかしておぬしが魔力を注いでしまったからではないのか?」
「私が注いだから?」
「以前来た時に、魔導エンジンはわしが魔力を注いで動かしたはずじゃ。その時は直ぐに止まったはずじゃぞ。」
「確かに。」
シュォォォォォ
俺の目の前ではエンジンが勢いよく回り続けている。
「なんかさらに光り輝いていないか?」
エミルが言う。
「確かに…。」
「も、申し訳ございません!すぐに!」
カチッカチッカチッカチッ
エンジンは更に明るく青く光り輝いている。なんとなく…これ以上は危険な感じがしてきた。
「爆発とかしないよな?」
エミルが言うのでめっちゃ不安になって来た。
「ファントム!」
俺達の後ろに黙って佇んでいるファントムを呼ぶ。
「ら、ラウル様!何を?」
バルムスが言う。
「危険な状態になる前にこれを飲み込ませる。」
「か、かしこまりました!」
バルムスには既にどうする事も出来ないようだ。
「ラウル…こんなんまるで原子炉じゃないか?」
「魔導原子炉?笑えない。」
「冗談言ってないし。」
「とにかく!ファントム!これを飲め!」
俺が指示を出すと、ファントムがおもむろにその30センチ四方の小型魔導エンジンを持ち上げて、ガパッと口を開いて収納していく。
シュォォォォォ‥‥
ファントムが飲み込むと小型魔導エンジンの音が小さくなり消える。
「え?」
ケイナが何かに気が付く。
「あ?」
俺も気が付いた。ファントムの目が…青く光っている。
「ファントムが爆発しないよな?」
エミルが言う。
「いやあ…どうだろう…。」
しかししばらくたってもファントムは爆発しなかった。しばらくすると少しずつファントムの目の光が収まってくる。
「収まった?」
「そのようだ。ファントム!エンジンを出していいぞ! 」
ファントムの腹から出てきたエンジンは…
シュォォォォォ
まだ光り輝いて回転している。収まったんじゃなくてファントムの奥底で時が止まっていたようだ。
「ファントム!もう一度飲み込め!」
再びファントムはガパッと口を開いて魔導エンジンを飲み込んだ。
また目が光っているが、しばらくすると目の光は収まった。
「すまんバルムス。このエンジンはもらっていくよ、また新たに開発を進めてくれるとありがたい。」
「いえ!すみませんでした!まさかこのような結果になるとは思っておりませんでした。更に予備の開発エンジンが御座いますのでお気になさらずに!」
「恐らく俺の系譜の力に反応して、魔人達の魔力が集まってきてるんだと思う。」
「それを考慮しておりませんでした。」
「これからは安全装置の事も念頭に入れて作ってくれるとありがたい。」
「は!」
バルムスは汗を拭きながら答えるが、想定外の事が起きてテンパっているようだ。さすがにこれでバルムスを責めるのは酷だろう。俺もまさかこういう結果になるとは思わなかったし。
「バルムス、気にするな。」
「ありがとうございます。」
「それで後は?」
「まだ検証を続けられますか?」
バルムスは今の件があったので気が引けているようだった。
「大丈夫だよ。魔力を注ぐ人が俺じゃなきゃなんとかなるだろ。」
「わかりました。」
そしてバルムスにみせられたものは、これまた30センチ四方の機械だった。間違いなく以前見せてもらったあれに違いない。
「バルムス。これは?」
「はい、以前も見ていただいた雷発生装置なのですが、電力だけを取り出せるように改良してあります。」
「なるほど。では先生!これに魔力を注いでいただけますか?」
「うむ。」
モーリス先生が手をかざして発電機に魔力を注ぐ。
ブーン
起動時に冷蔵庫のような音がしたが、すぐに静かになる。
「戦地で使う事も考えて静音にしました。」
「これで電気が発生してるのか?」
「左様にございます。」
20センチ四方の発電機は魔力を元に電気を作り出しているのだそうだ。
「どのくらい持つ?」
「先ほどのエンジンのように魔人二人の魔力を抽出した場合には、4,5日は発電し続けます。」
「なるほど。」
どうやらこれも魔力の質や量が関係してくるようだった。
「ラウル。安全性を考えなくてはいけないと思うが、これをお前の魔力でやったらかなりの電力量を供給できるんじゃないか?」
エミルが言う。
「そう言われてみればそうかもしれないな。バルムスとりあえず消してくれ。」
「は!」
カチ
ブーン
魔導発電機は静かになった。どうやら供給する魔力で動作が安定するかしないかが決まるらしい。
「これも、もらって行っていいか?」
「もちろんでございます!これも予備が御座いますので、どうぞお持ちください!」
バルムスが嬉しそうに言う。
「ありがとう。」
そしてファントムはまた、その魔導発電機を飲み込んだ。これまでの兵器や何やらを飲み込ませてきたが、さすがにエンジンや発電機はどうなるか分からない。
《今の所、ファントムも爆発しないみたいだし様子見だな。》
「それで成果物は以上かな?」
「左様でございます。」
「今回ユークリットから持ってきた魔導武具の技術で、制御系統が強化できるといいんだが。」
「理論的には応用できそうなのですが、とにかく精進いたします。」
「ここの研究所での研究は、魔人国が永続していく鍵を握っていると思ってくれ。その上で3人には安全を期して取り組んでいってもらいたい。」
「は!」
「わかったのじゃ。」
「かしこまりました。」
バルムスとデイジー、ミーシャが答える。
この3人は恐らく俺のためにこれをやっているのだろうが、魔人がこの世界で安寧に生きるための技術が詰まっているのは間違いない。世界の人間からすればすべてが神の力に等しいものだ。
俺とモーリス先生は目を合わせて静かにうなずくのだった。
次話:第395話 深夜の会食
お読みいただきありがとうございます。
期待できる!と思っていただけたらブックマークを!
★★★★★の評価もお願いします!
引き続きお楽しみ下さい。