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第392話 研究所運営スキーム

俺達はこの研究所の奥にある会議室のような部屋にいた。


ここにいるのは、俺とモーリス先生、エルフのエミルとケイナ、研究者のデイジーとミーシャ、ドワーフのバルムス、スプリガンのニスラの8人。会議の内容はこの研究所の労働安全管理についてだった。


この想定外の会議でフォレスト邸に帰るのは夜になるだろう。いまごろはマリアがフォレスト邸で働いている魔人メイドたちに、料理と業務指導やメイドの心構えなどを教えているころだ。


《もとより遅くなるかもしれない事は伝えているので、待たずに先に夕食をすませてくれると助かるんだが。》


「それでラウルよ、どんな話をするのじゃ?」


デイジーが口火を切る。俺達の前のテーブルにはミーシャが入れてくれた香りのよいお茶が湯気を立てている。


「はいデイジーさん。この施設ですが私の想像をはるかに超えて発展しているようです。」


「そうじゃったか?まあ確かに、いつの間にやら研究するものが増えまくってのう、研究者がどんどん増えて大所帯になったかもしれんのう。」


デイジーは研究に没頭する天才タイプの職人だ。恐らく周りの事に気を使う事が無かったのだろう。しかしそれはデイジーだけじゃない、バルムスもミーシャも同じタイプだった。皆が集中して開発に没頭しているうちに大事故が起きてしまう可能性は高い。


「これまではたまたま事故が起きなかったと思うのですが、この設備の構造を考えると大事故につながる可能性があります。」


「それはどういう事じゃな?」


「まず入り口付近で火災が起きてしまえば、この洞窟内の者が全滅してしまいます。」


「‥‥。」


デイジーが思い当たるふしがあるような顔になる。


「わかりますよね?」


「空気じゃな。」


「はい。」


デイジーの指示で一応入り口付近では銃火器を使わせないようにしていたようだが、それはもちろん正解だ。しかし銃火器を使わなくとも火災が出る可能性はある。判断は良いと思うがその先が想定されていないようだ、もし洞窟内で火災が起きたら酸素が無くなって死滅してしまうだろう。


「デイジーさんが、銃火器をこの施設に入れないようにしたのは良い判断だと思います。」


「そのくらいの危機意識はあったつもりじゃがのう。」


「では悪意のあるものがここを攻めたとしたら?」


「うむ。入り口で火を出してしまえば全滅じゃろう。」


「はい。」


「と言う事はそのための安全対策ということかの?」


「まずは換気口を数か所に作る必要があります。」


「そういうことじゃな。」


そして俺はバルムスを見る。バルムスは何をすべきかが分かっているようだ。ニスラにも目配せをして聞くようにうながしていた。


「バルムス。この施設は防御には適しているが、内部の者の安全対策が全くなっていないんだ。」


「ラウル様に言われよく分かりました。やるべき事もおおよそは。」


流石バルムス、俺が1を言えば10理解してくれているようだ。


「この工事が急務であることも?」


「はい。」


「よし。まずは防御面で弱くならないように気をつけ、通気孔を10カ所ほど掘る事。さらに防御面を考えて避難路を作る事が大事だ。正面から敵が侵入した場合、中の者の逃げ場が無くなってしまう。」


「は!」


「それは一番最初に取り掛かってくれ。」


「わかりました。」


「次にデイジーさん。研究に関しての重要度合いを教えてほしいのですが。」


「うむ。」


俺はこの広い洞窟内で何が研究されているのかを知らない。前回は結果である成果物だけを見せてもらった。しかしその成果物が作り出されるまでには、一つや二つの工程ではないはずだった。


「まず入り口の守衛室のすぐ奥でやっている作業は何ですか?」


「うむ。あれは薬草、鉱石、魔石、魔獣の素材、そして水や油など魔人達が採取した物資が運び込まれる場所じゃな。」


「なるほど。それでどうするんです?」


「仕分けをして抽出や分解する場所へと移す。大まかに分けられた素材が先の部屋に集められるわけじゃ。」


「それが更に奥の部屋にあるわけですね。」


「そうじゃ、その素材から分解されたり抽出されたものが、分類されて保管される場所へと移されるのじゃ。」


「貯蔵庫と言うわけですね。」


「じゃな。」


「その貯蔵庫とはどこに?」


「また奥じゃな。」


「貯蔵庫はどのくらいあるんですか?」


「きちんと分類して物資ごとの部屋に分かれて収納しておる。」


「物資ごとの部屋と言いますと?」


「薬品、燃料、魔石、鉱石、金属、甲殻、骨、内臓、毒、脂、体液、植物などじゃな。大まかに言ったが、そのなかでも物によって細分化されて分けられておる。」


なるほど入り口からこの大広間迄の間は、素材が分けられ貯蔵庫に蓄えられるらしい。この研究所は製造工場のようになっているわけだ。


「そしてその素材はその後どうなるんです?」


「各研究場所へと必要な分量だけ運び込まれるんじゃ。」


「なるほど、研究にはどんなものが?」


「最終的にわしらが使うためのものを研究しておる。薬品の合成や調合、金属と魔獣の素材の融合、素材や植物繊維と毒や体液の化合、魔石、鉱石、金属そして魔獣の甲殻や骨の整合性などかのう。そのほかにも膨大な研究をやらせておるよ。」


「デイジーさんはそれらすべて掌握を?」


「もちろんじゃ。わしがさせている研究はどれ一つとっても大事な物じゃからな。」


「それは全てデイジーさんの頭の中に?」


「そうじゃ。」


デイジーさんが当たり前だろと言う顔をする。


どうやら業務が属人化されていた。デイジーさんに何かがあったら、この研究所は動かなくなってしまう可能性がある。それは非常に困る…


「あの…。」


ミーシャが口をはさむ。


「なんだ?ミーシャ。」


「はい、私がすべての事を書面にしたためております。」


「え!そうなの?」


「はい。」


そしてミーシャが部屋を出て行き冊子のような物を持って戻って来た。その冊子にはすべての物資の事や研究している内容、部屋の見取り図などが記されていた。


「おや?ミーシャ!いつの間に書いていたいだんだい?」


デイジーが聞く。


「最初のころからです。変更があれば赤で修正を入れたり、紐を解いて新しく書いた紙を差し替えたりしておりました。古くなったものは既に書庫にありますが、これが最新版と言うわけです。」


「えらい!」


モーリス先生が大きい声でミーシャを褒める。


「いえ…なるべくお役に立ちたくて。」


「ミーシャよ!わしはメイド時代におぬしのその能力を見抜けなんだ。」


「モーリス先生。私はそんなに大した者ではございません。」


ミーシャがめちゃくちゃ恐縮したような感じになる。


「いや!ミーシャ!凄いぞ!先生の言うとおりだ。正直この文献は国の重要機密だよ。」


「そうなのでしょうか?それでしたら!」


またミーシャが部屋を飛び出していく。しばらくして何冊もの冊子を持って戻って来た。


ドサドサ


「これは?」


「はい、各素材の特徴、出来上がった物の特性、そどのように作用するのか、成功した場合と失敗した場合の事例、相性の良かった素材や、使用した場合の有効性などをまとめて書いてます。」


目の前に10冊くらいの冊子が置かれた。


「先生…。」


俺はモーリス先生を見る。


「うむ。この地にも秘密の書庫を作らなければならんようじゃな。」


「はい。」


俺達が目を合わせて言うとデイジーが聞いて来る。


「秘密の書庫ってなんじゃ?」


「重要書類を簡単に閲覧できないようにする書庫が必要と言う事です。」


「えっとラウル様。私の冊子がその秘密の書庫に保管されるという事ですか?」


「そういう事だ。」


「そうなんですか?」


「情報とはそれだけ重要なんだよ。」


「はい。」


なるほど。この研究所は労働安全衛生だけが問題じゃない、情報安全管理の仕組みも必要なようだ。


「バルムス。」


「は!」


「モーリス先生と相談して結界で管理された保管庫を作る必要がある。」


「かしこまりました。」


バルムスが深く頭を下げた。


皆が俺を見ている。次の言葉を待っているようだった。


「この研究所にある物や情報は、この世界を根底から覆す可能性がある物ばかり。言ってみれば緊急時などには魔人国の最重要機密事項として、封印されなければいけないほどの水準にあると言う事です。」


皆がうんうんと頷いて聞いている。


「うむ。情報とはそれほどに重い物なのじゃよ。デイジーとてそれが分からんわけじゃなかろう。」


「それはそうじゃが、この地には魔人が護衛についておる。そこまで慎重にならねばならないものなのかのう?」


「デイジーさん。我々がいま戦っている敵はどんな強さを持っているかも分からないのです。いつ反撃してくるかさえ推測ができていません。敵がこの情報の重さを知っており、さらにこの場所の存在を知っていれば総力で襲ってこないとも限りません。」


「うむ、そういうことか。」


デイジーが納得したようだ。


「バルムス。いいか?」


「は!」


「この施設に通気口を作る次にやってもらうのは、玄関の守衛室と素材の一時保管庫の間に防護壁をつくれ。そして素材の保管庫とそれらを分解する部屋の間にも防護壁を、2次保管庫の前にも防護壁を、融合や化合する場所にも防護壁を、そして最終のこの研究所が密集した広場に入る直前に防護壁を作れ。」


「5重に、という事でございますね?」


「そういう事だ。更にこの研究所の真上の崖の上の平地に警護施設を作るんだ。」


「は!」


今指示したようなものならば、バルムス達はあっというまに作るだろう。


「保管書庫にはモーリス先生が結界を作る。」


「ラウル様。それでは私は入れないのでは?」


ミーシャが言う。


「心配には及ばんよ、解除の為に魔石に印を刻んだものを渡すのじゃ。」


「はい。」


「それを使えば解除できるようにしておくわい。」


「わかりました。」


とにかくかなり厳重にした方が良いだろう。恐らく現状ここまで敵が侵入してくる事は考え難いが、いくら警戒してもし足りないほどの情報がここにはある。ミーシャが記した冊子を見るだけでそれが分かった。


「そしてニスラ!」


「は!」


スプリガンのニスラが俺に頭を下げる。


「各防壁に必ず護衛の魔人を立てろ。出来ればオーガ以上の力の持ち主が妥当だ。」


「かしこまりました。」


「この真上の施設に配備するのはダークエルフで良い。あまり厳重に見せるとそこに機密がある事がバレバレになるからな。森を管理しているくらいのていでいいだろう緊急時に警報を出せばいい。」


「は!」


そして俺は再びデイジーとバルムスに向き直る。研究をしてもらうにあたって彼らの安全を図らねばならない。


「あとは実験についてです。」


「お、おう。」


俺があまりに真剣に喋る物だからデイジーも圧倒されている。


「安全領域と実験に適した施設がいります。その実験の性質で場所を変えるようにしましょう。」


「というと?」


「先ほどの機体の強度実験などはもっと広いところでやりましょう。鎧は魔人を使って運ばせればいいと思います。」


「わ、わかった。」


「更に火薬や毒などを使った研究に関しては、防護壁に囲まれた機密性の高い部屋を用意します。そしてその部屋に入るには特殊な防護服を着ていただくことになります。」


「ふむ。」


「バルムスには俺の召喚する防護服を渡すから、それを研究して魔獣の素材などで強化したものができないかやってみてくれ。」


「かしこまりました。」


恐らく前世で作られたような防護服なんかより、優れた物を作ってくれるに違いない。


「あとは皆で施設内を見回って確認しながら話すとしましょう。」


みんなが頷いた。


「ニスラ!俺達が王都から持ってきたものはどこへ?」


「第二保管庫に。」


「わかった。」


「何を持ってきたのじゃ?」


デイジーが目を輝かせる。


「とにかく話の後で。」


「わかったのじゃ。」


そして俺達は並んで施設内を確認して歩く事にした。ぞろぞろ施設を歩いて行くが魔人の研究者たちは、俺達に気が付く事も無くブツブツ言いながら歩いていたり、急に閃いたように立ち止まったりしていた。


とりあえずスルーして各所に行ってチェックをし、どうすべきかを話ていく。


「デイジーさん。先ほどは急に研究を中断させてすみませんでした。」


俺は歩きながらデイジーに言う。


「いやラウルよ。わしらの事を思っての事じゃ、わしらはおぬしに従うだけじゃよ。」


「ありがとうございます。」


施設内を見てみると、あちこちで手を加えなければいけないところが見えて来る。魔人達の動きも注意せねばならない部分があるようだった。何かが爆発したように顔をススだらけにしている者、腕に包帯を巻いて切り傷を隠している者、目の下のクマがハンパなくふらついているもの。


「ラウル…。」


エミルがボソッと言う。


「ああ…ブラックだな。」


「労働環境も見直しだな。」


「そのようだ。」


人員的なフローにミスが起きないようにするため、テコ入れが必要なようだった。疲労が蓄積すれば凡ミスで重大な過失を起こしてしまうかもしれないからだ。研究所に山積みにされた問題個所を直す事は、結果として各地に作った基地のテコ入れにもつながる。俺はこの目の前に出てきた課題を、今後に役立てる為に集中して取り組むのだった。


今日ここに来て良かった。


世界中に基地を作るうえで重要な項目が見えてきたからだ。


そんなことを考えながら、フローの不備や施設の欠陥を見て行く。


俺は重箱の隅をつつくようにチェックしてバルムスに指示を出していくのだった。

次話:第393話 魔導兵器研究


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― 新着の感想 ―
[一言] バルムスさんは大忙しw ラウル君曰く 流石バルムス、俺が1を言えば10理解してくれているようだ。 この研究所の欠点が浮き彫りになり、ラウル君が具体的な事を言わずとも、やるべき事が分かるバル…
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