第390話 王家の血
俺とモーリス先生はエミルの操縦するオスプレイでグラドラムに到着した。
都市は何重もの市壁が重なっており壁と壁の間に町があった。その巨大な壁の上では魔人達が見張りをしている。更にグラドラムを挟み込むようにそびえる崖の上にも拠点が作られており、魔人達が常住しているようだった。カラフル過ぎる住居が所狭しと並んでおり、谷の間にかかった虹のようにも見える。
「そろそろここにも武器を供給しなきゃならん。」
「と言う事は魔力の都合もあるだろうから、数日滞在するんだよな?」
「ああエミル。ここでやるべき事もあるんでな。」
「わかった。」
オスプレイを着陸させて俺達は地上に降り立った。するとグラドラムで伝令役を任せているゴブリンのタピと、ルゼミア軍時代にスプリガンの隊長だったニスラが俺の元へとやって来た。
「ラウル様おかえりなさいませ。」
「いよいよですかな。」
「ああ、敵国内部に進出する準備は整った。あとは最後の仕上げの為に戻ったよ。」
「イオナ様もお喜びになるでしょう。」
タピが言う。タピ少年はだいぶ成長したようで、ずいぶん気の利いた事を言うようになったようだ。もはやタピが進化したゴブリンだとは誰も気が付く事は無いだろう。
「都市はほとんど完成したようだな。」
「はい。内地にかなりの数の魔人が出立しましたから、今の領地で十分足りている状況です。」
ニスラが言う。
「それとタピ。人口分布はどうなっている?」
「繁殖力の高い魔人の数が増えました。」
「というと?」
「オークとゴブリンが多いです。ゴブリンが一番多くてオークが次ですね、どんどん増えているようです。」
「食生活も関係しているのかね?」
「それが一番大きいかと思います。とにかくこの地は海と陸から魚や魔獣が大量に獲れますからね、ペンタの働きも大きいですよ。(ペンタと言うのは俺に懐いているシーサーペントの事だ。)あとはこの地が危険が少ない事も影響しているかと思います。ラウル様の兵器のおかげで、狩りで死ぬ魔人がいなくなりました。」
「逆に減ってしまった種族はいるか?」
「もともと少なかった種族は大陸に抜け出たことで減りました。」
「というと?」
「一番少ないのはミノタウロスとダークエルフでしょうか、ライカンとスプリガン及び竜人も減少傾向にあります。オーガが変わらず横ばいと言った感じです。」
ミノタウロスは確か魔人国の洞窟の奥から生まれ出る。ダークエルフは元より寿命の長い種族だから仕方ないだろう。それに続くライカンやスプリガンと竜人も寿命が長い。それだけに彼らは滅多に繁殖活動をしないようなのだ。人族の数倍程度に長生きなオーガやオークはそこそこ繁殖力があり、ゴブリンは直ぐに成長するから安全領域なら必然的に一番多くなるはずだった。
「サキュバスやハルピュイア、セイレーンやアラクネはどうだ?」
「サキュバスやハルピュイアそしてセイレーンは元より繁殖で増える種族ではないですから、現存している者達が全てでしょうか。魔人国洞窟の奥底から出て来る者は、すべてルゼミア様の元にいるでしょうし。」
彼らは洞窟から生まれるんだよな。しかも魔王がいるそばの洞窟からじゃないと生まれないらしい。
「アラクネは?」
「洞窟に蜘蛛たちはたくさんいますが、彼らの進化はそう簡単ではありませんのでカララのような個体は皆無です。」
「わかった。スライムは?」
「カララと同じようにルフラ一人しかいません。スライムはもともと魔獣ですので森にたくさんいますが、ルフラのように人の言葉を理解して話すスライムはあれだけです。」
「そうか。」
環境が魔人国より穏やかで食糧事情が豊かなグラドラム、かつ治安が良く危険が無いため今の状態になったのだ。これからは内地へとおくりだす魔人の構成を調整しなければならないようだ。
「それではモーリス先生、ひとまず母さんの所に行きましょう。」
「じゃな。」
「ニスラ!魔人達に指示をしてこの機体の中にある武器と防具、そして書物をすべて洞窟の研究所へと運んでおいてくれ。」
「は!」
オスプレイの中には、秘密の書庫の中にあった魔剣や魔導防具を積んである。それらを魔人に頼んで、デイジーとミーシャの研究所に運んでおくように指示を出した。
「エミルとケイナは、とりあえず俺んち来るだろ?」
「そうだな、お母様にご挨拶をしなければならんしな! 」
あ、エミルはイオナがめっちゃストライクだったんだ。俺のかあちゃんなんだが…
「あら?ずいぶんうれしそうね?」
ケイナがエミルに嫌そうに言う。
「いや、そりゃ友達のお母さんに元気な顔を見せられるのは良い事だろ?」
「ふーん。」
…とりあえず犬も食わないぞ、そのやり取り。
俺とモーリス先生とマリア、エミルとケイナ、その後ろをファントムとタピがついて来る。ニスラは魔人達に運搬の指示をするため既にいなくなっていた。
そしてイオナの住む家に着く。現在の俺の実家だ。
「ラウル!モーリス先生!」
玄関を開けてイオナが出て来た。子供の頃にグラム父さんを迎え入れる時からこんな感じだったな…
「ただいま母さん。」
「イオナよ元気そうじゃな!」
「もちろんですわ。毎日の魔獣たちの世話にこの庭の手入れが楽しくて仕方ないですの。」
「それはいいことじゃのう!」
「マリアも良く帰って来たわね。」
「はい、イオナ様もお元気そうで何よりでございます。」
「エミル君もケイナさんもお元気そうね!」
「は、はい!お母様!もちろんです。ラウル君にはいつもお世話になっております。」
「あら、お世話してるんじゃなくて?」
「いえ。そのような。」
ケイナがジト目でエミルを見ている。
「でも本当にエミルには世話になってんだよね。助けてもらったおかげで、いろいろな事が早く進んだんだ。」
「あら、ラウルを助けてくださってありがとう。」
イオナがエミルの手を取って言う。
「いえ!これからもラウル君をしっかり助けていきます。」
「頼もしいわ。」
イオナが物凄く優しい笑みでエミルを見つめる。
ズッキューン!
エミルの内部はきっとこんな感じになっていると思う。
「は、はひ!」
浮つくエミルに対し、ケイナの目が更にじっとりとしてきた。
「とにかく中へ。」
「ファントム!お前は玄関で待て。」
「‥‥」
ファントムを玄関口に置いて家の中に入っていく。すると奥から魔人のメイドたちがやってきて、すみやかに俺達を奥の部屋へと案内するのだった。マリアは俺達と別れて台所の方に向かう。
「母さん、アウロラは?」
「ミゼッタと一緒にエキドナの託児所にいるわ。他の魔人の子達と遊んでいるはず。」
「ミゼッタは託児所でなにを?」
「エキドナさんの託児所の手伝いをしているわ。」
「なるほど、頑張ってんだな。」
「彼女たちは夕方には帰ってくるけど、呼びに行かせた方が良いかしら?」
「いや、いいよ。俺達は数日いる予定だし、夕方まで待つよ。」
「わかったわ。」
「ミーシャは?」
「相変わらずデイジーさんと研究所に入り浸っているわ。バルムスさんとデイジーさんが彼女の成長を驚いていたようだけど。」
「そうですか。」
俺とモーリス先生は目を合わせる。
「どうかしたのかしら?」
「いやなんでもないよ。」
魔道具の研究してもらおうと思っているので、ミーシャの成長はとてもありがたい。
「それでユークリットはどんな感じかしら?」
「実はその事で母さんに話があったんだ。」
偶然にもイオナの方から話を切り出してくれた。
《母さんは納得してくれるだろうか。》
「あらそう。その前にお茶と菓子を。」
イオナが言うと絶妙なタイミングで、魔人のメイドがお茶菓子セットを持って入って来た。
「まあラウルよ、まずは落ち着いてお茶でも飲むといいじゃろ。」
「はい先生。」
どうやら俺は少し焦っていたらしい。先生に促されて自分が焦っていた事に気が付いた。大抵の事では気持ちが揺らぐことは無くなったが、イオナに頼むのは躊躇してしまう。やはり自分の母親に重圧を与えてしまうかもしれないと思うと、少し気が重かった。
それからはお茶を飲みながら、俺達が前線で何をしていたか、これからどのようになっていくかなどの展望を話し、イオナからはグラドラムの近況やこの国の政治の事、アウロラの成長の事にいたるまでたくさんの話をした。
「そうかそうか。イオナもかなり多忙にやっておるようじゃのう。」
「先生こそ、その秘密の書庫ですか?ずいぶん熱心に研究されているのですね。」
「書庫を掌握した暁には、イオナにかなりの事を伝えようと思うとる。」
「あら先生、授業ですか?女学生時代に戻るようでワクワクしますわね。」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうじゃろ!」
「はい。」
モーリス先生のおかげでイオナは上機嫌に話をしてくれている。せっかく先生が話しやすくしてくれているのに、俺はなかなか本題に入れずにいた。
《やっぱどうしようかな?言うのやめようかな?》
俺がまごまごとしていると逆にイオナに聞かれる。
「ラウル。母さんに何か言いたい事があるんじゃないかしら?」
どきっ
あっちから言ってくれたんだ、意を決して言うとしよう。
「あの母さん。」
「なあに?」
イオナがニッコリと笑う。
「あのー、ユークリット王都がだいぶ復興してきました。」
「まあ!それはよかったわね。」
「いろいろと話し合って決まった事があるんだ。」
「なにかしら?」
「母さんもユークリット王家や貴族が全て滅んでしまった事は知ってますよね。」
「もちろんよ…。」
イオナの目線が下がり憂いを帯びる。
《あー、やっぱり言うのやめようかな。》
「ですが、それは既に起きてしまった事よ。仕方がないとは言いませんが、これからどうするかを考えるべきだわ。」
あれ?
「そうなんだよ母さん!実はここにいるエミルのお父さんにユークリットの貴族になってもらったんだ。」
「あら?確かお父様は他国の方じゃなかったかしら?」
「まあ…半ば俺が強制的に頼んだんだけど。」
「あらあら!エミルさん、お父様は迷惑じゃなかったかしら?」
「いえ!ラウル君の考えることはとても理に適っておりましたので、私も協力して父をその地位につかせるように計らいました。」
「平民に貴族の仕事は酷でしょうに。」
俺とエミルが微妙な顔になる。思い出してみるとハリスがめちゃブルーになっていたからだ。
「ふぉっふぉっふぉっ、しかしラウルは面白い事を考えたのじゃよ!農村から大量の市民を連れてきて全員を貴族に仕立て上げおったのじゃ!」
「農民を貴族に!?」
「そうじゃ!それはそれは心根の良い農民を貴族に。」
「ふふ。あははははは!」
イオナが腹から笑っている。
「面白いじゃろ?」
「ええ、先生!そんな事をやってしまったのですね?この子は。」
「天地がひっくり返るとはこのことじゃわい。」
「まったくだわ。」
イオナがめっちゃウケてる。生粋の貴族だからもしかしたら嫌がるかと思ったけど、すっごくキラキラとした笑顔で喜んでいる。
「それこそ、おぬしが理想としていた姿かもしれんぞい。」
「先生。まさか我が子がその基礎を作ってくれるなんて思ってもおりませんでした。」
えっえっ!どゆこと?
なんかモーリス先生とイオナが、昔から決まっていた事を話すように言う。
「あの?かあさん?」
「あ、ああ。ごめんなさいねラウル。」
「いや、何かそんな話があったの?」
「えっとラウルは覚えているかしら?子供の頃をお話を。」
イオナは俺をまっすぐに見て言う。
「えっとなんだったっけ?」
「私が父さんと出会った頃の話よ。」
「えっと、母さんから強引に貴族の力で父さんと結婚するように仕向けた話?」
「な‥‥。」
イオナが絶句した。
あれ?違うの?間違った?
「はーはっはっはっはっ!イオナよ一本取られたな!」
「は、恥ずかしいですわ!ラウル!私そんなこと言ったかしら?」
「えっと言ってなかったっけ?」
「そんな事…まあ…あながち間違ってはいないけど…違う違う!私の話はそれじゃない!」
「ごめんなさい。で、どんな?」
取り乱したイオナが気を取り直して話しだす。
「私がグラムと会うまでは本当に貴族が大嫌いだったのよ。貴族と言えば陰口に策略に陰険なやり口の意地悪、そんなのばかりだし、家柄が目当ての男ばかりがまとわりついて来たという話よ。」
「あーーーー!言ってたその話!たしか貴族のそういうのに嫌気がさしてたとか言う。」
「そうそう。だから私は貴族の社会から逃げたかった。貴族との結婚なんてまっぴらごめんだったけど、それは社会や家柄的に許されなかった。そんなところにさっそうと現れたのがグラム。」
「一目ぼれしたんだよね?」
「そうね。素敵な人だった。」
「うん…。」
二人が死んだグラムを思い出してしんみりとなる。
「ラウルよ。それでイオナはよく、わしに話ておったのじゃ。そんなしがらみがない国になればいいのにとな。」
モーリス先生が話を続けるよう促す。
「そうなんですね。」
「じゃからおぬしの計画を聞いてわしは止めなんだ。」
「なるほどです。」
そういうことだったのか。
確かに草花と動物が好きな優しいイオナには貴族の社会は嫌だったろう。だけど農民たちを貴族に仕立て上げた事は許されないかと思った。
「まさか農民を貴族にしちゃうなんてね。私の育て方は間違っていなかったと言う事ね。」
「はは、育て方?」
「だってそんな素敵な話ある?人に上も下も無い獣人だって幸せに生きる権利があるの。農民が貴族になってなにか問題あるかしら?」
「えっと、でも貴族にとって血筋とか家系とか大事では?」
「そんなもの全く大事じゃないわ。畑の肥やしにもなりやしない。」
「はあ。」
驚いた。ナスタリア家の娘で策士でもあるイオナの隠れた一面を改めて知る事になる。
「それで?」
「えっと、エミルのお父さんやお百姓さん達を貴族にしたところで、いきなり政治ができるわけではなくて。国内で何とか出来ても対外的な交渉などは出来ないと思うんだ。」
「それはそうね。」
「実は今、シン国の偉い人とサイナス枢機卿に頼んで政治の何たるかを教えてもらってる。」
「あら、素晴らしいわね。良く引き受けてくれたこと。」
イオナが驚いている。
「そりゃ、ラウルのおかげじゃよ!どちらも魔人国にたてつこうなどと思っ取らんしのう。」
モーリス先生が言う。
「そうなのですね。それは何よりですわ。」
「はい。そこで母さんにお願いと言うのは…。」
「彼らを導けと。」
流石に察しが良い。イオナはだいぶ前から俺が何を言うか気づいていたようだった。
「そうです。」
・・・・・・・
イオナが考え込んで黙る。
しばらく沈黙が続いてイオナが口を開いた。
「私は本来王家の血は流れていないわ。しかし王家の血筋は切れてないのよ。」
斜め上の答えが返って来た。
「それはどういう?」
「なんじゃ?ラウルは気づいていなんだか?わしゃてっきりそこまで見据えたものと思うとったぞ。」
「えっと。俺は母さんにユークリットの女王の座についてもらいたいと思ってるんだけど。」
「それを言うならカティでしょうに。」
イオナが言う。
「カティ?」
「彼女の父親は公爵よ。きっちりと王家の血筋をついでいるの。」
えっ!そういうこと!なんで俺はそれに気が付かなかったんだろう!
「とはいえ、彼女にいきなりは重荷になるわね。」
「はあ…。」
「他国に対しての認知度も低いでしょうし。でもティファラ女王はそのことを知っているわよ。」
「そう…か。」
そう、カトリーヌとティファラは幼馴染。知らない訳がなかった。
「ラウル。それならこうしない?」
「どう?」
「私が暫定政府の王を務め、平安の世になったら彼女に継承するというのはどうかしら?」
「母さん!引き受けてくれるのかい!」
「可愛い我が子がここまで苦労してお膳立てをして、それを断る母親がいると思いますか?」
「あ、ありがとう!ありがとうございます!」
「よかったのう。」
「はい!」
よかった。これでユークリットの将来が見えて来た。俺と共に激動を生き抜いた彼女は、サナリアにいたころとは違って強く優しくしたたかになっていた。イオナなら彼らをしっかりと導いてくれるに違いない。引き受けてくれた事にホッと胸をなでおろす。
きっと彼女には俺の考えていた事などお見通しだったのだろう。
やはりイオナはイオナだった。
尊敬する母親は優しく俺を見つめるのだった。
次話:第391話 労働安全衛生
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