第389話 国家を再興する礎
議事堂の講堂には俺達魔人とモーリス先生、カゲヨシ将軍とマキタカ及びその配下たち、サイナス枢機卿と聖女リシェルにケイシー神父とカーライル、エミルとケイナのエルフ二人、ユークリット公国の重鎮になったばかりのハリスとマーカスがいた。
今後の為に会議をすることになったのだった。
マリアが率いる魔人メイドたちがせっせとお客さんの接待をしていた。マリアが指示をすることで、魔人達も更にてきぱきとメイド業務をこなしているようだった。料理を運んだり飲み物を注いだりとせわしなく働いてくれていた。
「皆様お集まりいただきありがとうございます。皆様には常日頃、不自由をおかけしておりまして申し訳ございません。」
俺が言う。
「いいやラウル殿!わしらは居候の身じゃし、こちらが申し訳ない。そしてわしらの国の民の捜索までお願いしている身じゃからのう、我儘なぞ言えた身分ではないわ。」
「カゲヨシ将軍様がそう言うなら、わしらの方がもっとじゃよ!自分の国を救うための戦いをしている時に、こんな安全な場所にいるなど心苦しいわい。」
カゲヨシ将軍とサイナス枢機卿が慌てて言う。
「そんなことはありません。カゲヨシ将軍様やサイナス枢機卿様とは、戦後を見据えたお付き合いをと考えておりますし、ここはひとまず我らにおまかせください。もし敵が人間だったなら我々もご同行願うところでしたが、相手は得体のしれない恐ろしい魔物です。皆様がここで手をこまねいているのも不本意であるとは思いますが、とにかくめどがつくまでここにいてください。」
「うむ。残念ながらラウル殿のあの力でも危険な相手なれば、我々はむしろ足手まといとなるであろうからの。しかし、何かわしらに出来る事があればよいのだがのう。」
カゲヨシが腕組みをして言う。
「それであれば、将軍様とマキタカ様達にはお願いがございます。」
「なんじゃろ?」
「魔人へ戦略をご教示願えないかと。シン国の戦い方を魔人へ指導してもらえないでしょうか?もし戦略上おしえられないというのであれば無理には申しませんが。」
「なんじゃ、そんなことなら容易いわ。我らの兵法で利用できるものがあればいくらでも教えるが。」
「本当ですか!?」
「かまわんよ。」
「その旨、すぐに魔人に申し伝えますがよろしいですか?」
「この話が終わってからすぐにでもはじめられるがの。」
「ありがとうございます。」
現在、魔人達にも一応戦術のようなものがあるが、どちらかと言うと能力に頼る戦い方が主流だ。シン国の兵法とやらをかじれば、もっと洗練された戦いができるかもしれなかった。
「とにかく皆様にはこれからいろいろと教えてもらわねばなりません。ここにいるハリス・ディアノ―ゼ伯爵とマーカス・バート伯爵はこの国の重鎮なのですがー」
「まってください。我々は、」
ハリスがなにかを言いかけるのでそれを制して言う。
「このお二方はユークリット公国の再建をするため、民を指導してもらう事になりました。今回救出して来た300余名の貴族を率いて、この都市の商業や農業や流通を復活させる司令塔になります。ユークリット王の帰還までの間は繁栄の礎となる事でしょう。」
「おおそうですか!これはディアノ―ゼ卿!バート卿!今後ともシン国との取引を良しなにおねがいします。」
カゲヨシ将軍が二人に手を差し伸べると、二人は軽く引き攣りながら握手をした。
「なるほどのう。ディアノーゼ伯爵にバート伯爵ですか、何卒ファートリア神聖国が復活した折には、当方ともお付き合いをしていただけると嬉しいですな。」
サイナス枢機卿がお辞儀をすると、二人も軽く引き攣りながらお辞儀をした。緊張するのも無理はない、どちらも二人から見たら雲の上の人だからだ。
《しかしハリスよ。あなたは精霊神の親です。下手すると彼らより立場は上かもしれません。》
俺は心の中で励ます。
「あの、我々は未熟者ですのでー」
ハリスが何か言おうとするので言葉を遮る。
「サイナス枢機卿にもお願いがあるのですが。」
「なんじゃろ。」
「完全に崩壊してしまったユークリットを再建するにあたって、政治の基本を二人に教えてもらえないでしょうか?」
「それはかまわんが、ユークリットとファートリアの政治は全く違うものじゃぞ?」
「かまいません。」
貴族としてファートリアの村人を連れてきてるんだし、恐らくその方が浸透が早いかもしれない。あとは体系的なものが出来上がりさえすれば、俺が連れて来た王が自分の良いように変えるだろうから。
あの人そう言う人だから。
「モーリスはたずさわらんのか?」
サイナス枢機卿が聞く。
「おぬしも分かってるだろう。わしゃ政治には向かん。」
「まあ…そうじゃがな。じゃが、わしもただの宗教家じゃからのう、政治はあまり分かっておらぬぞ。そんなもんが分かっておれば、ラシュタルに派遣などされておらぬじゃろうからの。」
「そうじゃったな、不良神父には政治は向かんか。」
「不良爺に言われとうないわ!」
「なんじゃと!」
なんか二人の雰囲気がいつもの通りになって来たので遮る。
「まあまあ、とにかく政府を樹立させなければ1歩も進めませんので、何とぞよろしくお願いします。」
「うむ。じゃがラウルよ、そう言う事なら将軍様が適任ではないのかのう?」
「わっはっはっはっ!」
サイナス枢機卿が言うとカゲヨシ将軍が大きな声で笑う。
「くすくす。」
マキタカも笑っている。すると配下の武術の達人たちも笑い出す。
「わはははは!」
「将軍様が政治ですかな?」
「それはそうですな。将軍様ですからな!」
どやどやと笑う配下達にカゲヨシ将軍も苦笑気味だ。
「どうしたのですかな?」
サイナス枢機卿がキョトンとした顔で言う。
「いやいや。わしは将軍などと言う職におさまってはおるが、政治はあまり向かん。むしろここにいるマキタカや老中に任せっきりなのでな。」
「そのとおりです。面倒くさい事は全て我々家臣がやってますので。」
マキタカがあっけらかんという。
「カゲヨシ様には裏も表も無い、だから将軍なのです。このお方は政治や駆け引きができるわけではありません。」
達人の一人が言う。
「馬鹿を言え、わしだってやるときはやっとるわい。多少はな…。」
「えっ?そんな姿を見た時がありましたか?マキタカ様?」
「はて?記憶にはないな。」
「マキタカまで。」
「将軍よ、事実は事実であります。」
マキタカがきっぱり言う。
「…と言うわけじゃラウル殿よ、政治ならばわしよりもこのマキタカを推そう。」
どうやらこの人たちの人間関係は、俺が思っているのとはちょっと違うようだ。カゲヨシはどうやら駆け引きが苦手な人物で面倒な事は家臣がやっているらしかった。今のやり取りで、なぜこの人が人望が厚いのか分かった気がする。
「ではマキタカさん!サイナス枢機卿と共にこの都市の政が上手く回るように指導願えませんか?」
「シン国流ではありますがよろこんで。」
「おねがいします。」
「うむ。マキタカよ、ハリス殿とマーカス殿が困らぬように全力で取り組むのじゃ。」
「はい!将軍様。将軍様の顔に泥を塗らぬよう誠心誠意取り組まさせていただきます。」
「というわけじゃ、ラウル殿。」
「とても助かります!それじゃあディアノーゼ伯爵、バート伯爵!協力しながら貴族を引っ張って行ってください。必ず王を連れ帰りますので、それまでは何卒よろしくお願いいたします。」
「わ、わかりました。」
「全力を尽くします。」
ハリスとマーカスが俺に頭を下げる。
「そしてハリスさん。宰相としてユークリットにいる1000の魔人兵の全権をあなたにゆだねます。ユークリット軍が設立されるまで何なりとお申し付けください。」
俺が言う。
「ま、魔人軍をですかな!?」
「そうです。」
「お、恐れ多い!」
ハリスが引いている。
「いえ。私はそれなりの事をハリスさんにお願いしました。それにはそれ相応の権利があるのです。私の配下は全力であなたを支援しますのでどうぞなんなりと。」
「わ、わかりました。」
ハリスがエミルを見る。するとエミルが何も言わずに父親に対して頷くのだった。
「敵の本拠地侵攻までに新たな魔人の将を派遣する予定です。今は何なりとラーズに申しつけ下さい。」
ラーズが黙ってハリスに頭を下げる。
「ありがとうございます。ラーズさんよろしくお願いします。」
「あとは救出した貴族たちの補佐として、アナミスと言う魔人も残していきます。彼女も私の本拠地侵攻時には前線にいきますが、貴族の取りまとめなどで困ったことがありましたら彼女を頼ってください。」
「わかりました。」
アナミスを置いて行けば変な神に信仰を捧げる事も無い、むしろ彼らの心の神はルピアになっている可能性が高い。そのためサイナス枢機卿に政治の事を教えてもらうにしても、ファートリア神聖国の宗教の影響は受けない。サイナス枢機卿に政治を託したのはそのためだった。
「ではハリスさん。マーカスさん。彼らと一緒にユークリットの再興をお願いします。」
「はい。」
「はい。」
二人はただ頷くだけだった。
「じゃあ、ラーズとアナミスはこの地を頼む。」
「御意。」
「かしこまりました。」
二人の魔人が頭を下げる。
「では次に、サイナス枢機卿。」
「なんじゃろ?」
「カーライルさんをお借りして行ってもいいですね?」
「わしが決めるわけじゃない。」
サイナス枢機卿はそう言ってカーライルを見る。
「じゃあカーライルさん。我々について来てもらえますか?」
「もちろんです。この地はおそらく安全ですし、魔人達がこの人たちの護衛についてくださるなら、私は私の出来る事で恩返しをいたしましょう。」
カーライルが言うこの人たちと言うのは、サイナス枢機卿と聖女リシェルとケイシー神父の事だ。
「もちろんです。既に彼らの護衛の魔人も選出しています。」
「わかりました。」
そう。
カーライルを借りる代わりに、モーリス先生を護衛させていた10人の魔人を、そのままサイナス枢機卿一行の護衛へとつけることになっている。
「すみません。僕までこんな平和なところでのほほんとさせてもらって。」
「ああ、ケイシー神父。あなたにもやっていただく事はありますけど?」
逆にこいつには宿題を出さなければならない。
「はあ、私ができる事であれば出来るなりに。」
「シャーミリア!」
俺はシャーミリアに指示をする。
すると箱いっぱいの何かを持ってシャーミリアがやって来た。
ドサ。
箱を置くとその中に入っていた物は、大量の書籍だった。モーリス先生が結界1階層で見つけた、見たことのない歴史ものや、史実かどうかも分からない文献の数々だ。
「この文献には読める言葉と読めない言葉の物があってね。これらを頑張って解析して読んでもらいたいんだ。それを簡潔にまとめて文章にして俺に読ませてくれ。」
「え!こんなに!」
「これだけじゃない、あと数箱ある。」
「あと数箱!」
「ああ、ケイシー神父なら出来る!」
「べ、勉強…勉強…。」
「ふぉふぉふぉ、ケイシーよ!おぬしも少しは勉強してみるがよい。」
サイナス枢機卿が笑いながらいう。
「そうですわ。ただ寝て起きてご飯を食べて寝て、聖職者たるものそれではいけません!」
聖女リシェルが怒る。
「わ、わかりました!やります!やりますよ!」
ケイシーが観念したように言う。
ここに持ってきたものには魔導書の類などは無いのだが、この文献が真実なのかフィクションなのかも確かめてもらわねばならない。この世界ではないどこかの世界の歴史や、古代文明の歴史などが記されているかもしれないからだ。
「結構重要な仕事なのでよろしく。」
「はい…。」
ケイシー神父は俺をジト目で見ている。
俺はそれをニッコリと笑って押し返す。
「そしてカーライルさんは、シャーミリアとカララとルピアの魔人と共に、あの魔導鎧を連れてファートリア前線基地に陸路で向かっていただきます。」
ヴァルキリーがヘリに乗せられればいいのだが、残念ながらヴァルキリーをヘリに乗せると飛ばないんだ。
「シャーミリア様と?」
「ええ、しばらくの間そうなります。」
「喜んで。」
そんなカーライルをシャーミリアは心底嫌そうな顔で見つめている。
「私とモーリス先生とマリアは、エミルのヘリでグラドラムへと飛びます。モーリス先生をお送りしたら、用を足して前線基地へとまいりますので、恐らく到着は同じころになると思います。」
「わかりました、同行される魔人様の足を引っ張らないようにいたしましょう。」
「カーライルさん。疲れたら魔導鎧におぶってもらえばいいです。」
「いえ、シャーミリア様の前でそのような無様な姿はお見せ出来ません。」
「とにかく無理はしないで。」
「分かりました。」
なんかカーライルはシャーミリアの前だとめっちゃ無理してぶっ倒れそう。まあそれも修行だと思ってやってもらうしかないか。あとは魔人達にフォローしてもらおう。
《シャーミリア!カーライルを見捨てるなよ。》
《わ、分かっておりますご主人様!命に背く事などございません!》
《頼むぞ。》
《はい。》
いちおう念話でくぎを刺しておく。
「ではモーリス先生。準備が出来次第我々はグラドラムへと飛びましょう。」
「うむ。」
話がまとまり、俺は再びグラドラムへと戻る事になったのだった。
前線基地からは未だ何の連絡もない、更にファートリア西部ラインの配下達からも敵は出現していないと連絡が来ていた。それでもあまり時間が無い事も分かっている。
俺がなぜエミルにモーリス先生送迎を任せず、自分グラドラムへと行く事を考えたのか?
それは俺自身の強化をするためだったのだ。
次話:第390話 王家の血
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