第388話 魔導書解析
結界4層目の確認を終えて俺達は地上に上がって来る。
今日もモーリス先生は1日中、集中して本をめくっていた。持ってきた羊皮紙の束に時折何やら書き込んでは、また読むことをくりかえした。それがようやく終わって俺はその作業の付き添いから解放されたのだった。
「今日は収穫があったのじゃ。いや今までも収穫はあったがのう、昨日までは全てわしが得するような内容ばかりじゃった。じゃが今日はようやくあの魔導書の用途がわかったぞ。」
「先生が得するならそれはそれで良かったです。それであの魔導書の用途とはなんでしょうか?」
「うむ。」
俺と先生は王城の礼拝堂に集まって話をしていた。俺とモーリス先生を囲むようにシャーミリアとカララも円形に座り込んでいる。さらに10人の護衛の魔人達と、ファントムが壁際に立って見張りをしていた。
陽が落ちて来たので礼拝堂の中が薄暗くなってくる。モーリス先生は壁に取り付けてある魔石に手のひらを向けた。
ポゥ
ポゥ
魔石に明かりが灯り部屋が明るくなる。
「私も出します。」
俺はモーリス先生との間に軍用のカンテラを出した。
「まったく便利じゃのう。見やすくて助かるわい。」
「ありがとうございます。」
「それじゃあ、あの魔導書を貸してくれるかの?」
「ファントム!魔導書を出せ!」
壁際に立っていたファントムが、腹からにゅうっと魔導書を出して俺達の元へ持ってくる。
「どうぞ。」
「うむ、すまんのう。」
そしてモーリス先生は俺との間にその魔導書を広げる。
「では解説していくのじゃ。」
「お願いします。」
魔導書の隣に先生が書き記していた羊皮紙を広げた。
「まずはこの魔導書に書かれているのは、魔法属性、水、火、土、風、光、闇、神聖、治療のうちの治療を抜いたすべての魔法じゃな。」
「ということは、水、火、土、風、光、闇、神聖と言う事ですか?」
「そうじゃな。実は治癒魔法と言うのは光と神聖を体得しておれば使える物じゃった。」
「ではカトリーヌは。」
「そうじゃな。光と神聖に特化しておるのじゃろう。」
「聖女リシェルもですか?」
「そういうことじゃ。じゃがのう、おそらくカトリーヌは光魔法に傾向があるようじゃ。」
「傾向がある?」
「光魔法が強いと言う事じゃな。」
「ということは聖女リシェルは神聖魔法が強いと言う事でしょうか?」
「そうじゃな。じゃがもともと持っている魔力量はカトリーヌが多いようじゃ。」
「はい。」
どうやら治癒魔法は二つの魔法の属性が合わさった物らしい。
「そして水、火、土、風、光、闇、神聖を極めたものなどはこの世界にはおらん。わしが調べて来た過去をさかのぼってもそのような記述を見たことはなかった。」
「先生でもですか?」
よくよく考えたら先生がどんな魔法属性を使えるのかは知らなかった。
「わしは水、火、土、風、光の5つが使えるがのう、わしより多くの魔法属性を身につけたものは見たことが無い。」
「先生!凄いです!」
「いいや器用貧乏と言うやつじゃよ。どれにも特化はしておらんし、それぞれの魔法に対しての知識が多いだけじゃよ。」
「それでも凄いと思います。」
「わしゃおぬしの魔法の方がよっぼど凄いと思うがの。」
「そうですかね?」
俺は武器召喚しかできない。いろんな魔法が使えるなんてとても便利だと思うんだけど。
「まあよい。それでこの魔導書なのじゃがの。」
「はい。」
「全てを完全に読み取った訳ではないのじゃが、水、火、土、風、光、闇、神聖の全属性の魔法陣が記されているようじゃ。しかし見たことのない魔法が書いてあるようじゃの。」
「全属性ですか?」
「そう言う事じゃ。」
「どういうことです?」
いまいち意味がよく分からなかった。
「全属性の魔法が全て連動しているというのがこの魔導書の特質よ。」
「先生はそのような魔法を見たことが?」
「無論ありゃせん。見たことも聞いた事もないわい。」
「そうなんですか?」
モーリス先生が頷く。
どういう魔法の効果があるのかだんだん興味が出て来た。全属性の魔法が絡まって一つの魔法になるなんてどういう事だろう。
「ラウルよ。」
「はい。」
「ここからはわしの仮説も入るが、わしゃほぼ間違いないと思っているのじゃ。」
「お聞かせください。」
「うむ。」
そしてモーリス先生は魔導書の周りに羊皮紙を並べていく。
「ラウルよ。魔法というものは想像が大事と言うたのを覚えておるか?」
「はい。とても小さい頃でしたが昨日のように覚えております。」
「お前は本当に賢いのう。」
出来の良い孫を褒めるように言う。
「水、火、土、風、光、闇、神聖の全属性を思い浮かべておぬしは何を思う?」
ん?いきなりトンチのような問いが出て来たぞ。
「えっと、全属性を思い浮かべてですか?」
「そうじゃ。」
全属性、水、火、土、風、光、闇、までを思い浮かべるとどうだろう。水は海や川や雨を思い浮かべるし生き物が生きるために飲むもの?火は食べ物を焼いたりもするが森を焼く事だってある、土は荒野や泥や砂や畑を思い浮かべる、風は植物の種を飛ばし渡り鳥が風に乗ってやってくる、光はやっぱり太陽と月、闇は夜や洞窟などを思い浮かべるかな。
俺は深く考え込んでしまう。
でも神聖魔法って何だろう。俺は神の事はよくわからない、実際オージェやエミルやグレースが神格化したと言われても、特に彼らが何か変わった様子も無いし、もしかしたら彼ら以外に神の存在があるとか?
…それか人間が考えうる神などというものではなくて…例えば…宇宙…
「先生…。」
「何かに気づいたかの?」
「恐らくですが。」
「ふむ。」
「‥‥世界。」
「やはりおぬしは賢いのう。わしは優秀な弟子を持って幸せじゃわい。」
「はは、ありがとうございます。」
よかった!どうやら当たったらしい。素直に考えて良かったんだな。
「ある意味この魔導書に記されているものは?」
「世界ですか。」
「そう言う事じゃな。」
えっと…えっ?世界を表す?魔法?ちょっと言っている意味が分からない。
「先生、世界が書いてあるという意味が良く…。」
「うむ、分からんじゃろうな。それにはもう一つの魔法の存在があるからじゃ。」
「もう一つの魔法の存在。」
「ここからがワシでははっきり分からんのじゃが、最近わしの周りでよく聞くようになった物じゃ。例えばデイジーがエリクサーを作るとき、そして敵がデモンを呼び出すとき、そしておぬしの武器を呼び出す魔法じゃな。」
「召喚魔法ですか。」
「うむ。恐らく召喚魔法と言うものも、何かと何かの掛け合わせじゃと思うのじゃがの。」
「私の魔法も二つの属性からなっていると言う事でしょうか?」
「その可能性が高いのう。」
「そうですか…。」
でもよくわからない。この魔導書には世界を思わせる全属性の魔法陣が載っている。そしてもう一つの魔法…召喚魔法が記されている可能性があると言う事だが。
「どうじゃ?」
俺はモーリス先生にじっと見つめられてハッとする。
「私とオージェ、エミル、グレース‥‥。」
「おぬしらは転生者じゃったな。」
「そうです。」
‥‥‥‥
「まさか。」
「恐らくはそのまさかじゃな。」
「異世界召喚魔法ですか?」
「その可能性が高い。」
「そのようなものをなぜかニカルスの主がもっていたと言う事ですか?」
「トレントに託したのは神か悪魔かわからんが、何者だったのじゃろうな?」
「もしかすると私達がこちらに呼ばれたのは、この魔導書に書かれた魔法陣を知っている者の可能性があると言う事ですか?」
「むろんわしの推測じゃがの。」
「それは…危険ではないですか?この本がある限り再び誰かが呼び出されてしまう可能性があるという事では?」
「そう思うて良いじゃろうが…そう簡単なものでもないのじゃ。」
「簡単じゃない?」
「この羊皮紙に記したのは、それぞれの魔法陣の特性を解析したものなのじゃが、どの魔法陣も同列の強さを持つものだと言う事がわかったのじゃ。」
「同列の強さ?」
「さっき言うとったのは、カトリーヌは光魔法に強きを置き、リシェルは神聖魔法に強きを置くというものじゃったな。しかしこの魔法陣の魔法はどれも同じ強さを持っておると言う事じゃ。」
「同列の強さを持っている?と言う事はどういうことですか?」
うーむ、俺がバカすぎて先生の言っている事が分からない。
「これらを発動させるには、水、火、土、風、光、闇、神聖そして召喚魔法を、かなり高い水準で使える者がそろわねばならぬと言う事じゃな。それも同列の力を持つものが8人集まらねばならないと言う事じゃ。」
「どのくらいの力を持つ者なんでしょうか?」
「それはハッキリとはわからん。恐らくは相当のっと言ったところじゃろうが…。」
「相当の…。」
とにかく!そんな世界の真理に迫るような魔法陣が記された魔導書だったのかこれ。先生がファントムの中に閉じ込めておいた方が良いと言った理由がよくわかった。こんな危険なものを放置しておくわけにはいかない。
《あのトレントのじじいめ…こんな厄介なものを俺に預けやがって。これが相当危ない物だと分かって俺に渡しやがったに決まっている。》
「先生。ニカルスの森が焼かれ森の住人が虐殺された理由が分かってきました。」
「うむ。」
「原因はこれですね。」
「そのようじゃな。」
「きっと敵はこの魔導書の存在を知っていますね。」
「恐らくは敵はこれを狙ろうて森を焼き払い蹂躙したのじゃろうな。 」
「もしかしたら持っていたトレントも、これが狙われているのを知ってましたね…。でも守り抜いたというところでしょうか?」
「じゃろうな。そしてそのトレントが自分よりおぬしの方が安全と踏んだのじゃろ。」
「と言う事になりますね。しかし…いい迷惑です。」
「ふふ。おぬしがこれを譲り受けた時、虹蛇のグレースと精霊神のエミルと居たのじゃなかったか?」
先生が納得したように言う。
「神が二人そろっていたからこれを私に渡したと言う事ですか?」
「恐らくはニカルスの主が、これを持っているのが自分よりラウルの方が相応しいと思ったのだろう。」
「そう言う事ですか。」
「そう言う経緯を思えば、これがわしの想像通りの物である確信が得られたわい。」
「なるほどですね。」
「とにかくおっかない物と言う事は間違いのない事じゃ。わしのそばにあれば危険極まりない代物と言う事よな。」
「そうですね。これを持っている事で先生に危険が及ぶ事を容易に想像できます。」
「うむ。」
「ファントム!」
俺はファントムにその魔導書を渡す。するとファントムは先生に背を向けて魔導書を飲み込むのだった。
「まずはこやつの腹の中が安全じゃろうが、グレースに説明をしてあやつに頼んでも良いかもしれぬな。」
「あいつ…嫌がりますよきっと。」
「ふぉっふぉっふぉっ。目に浮かぶわ。」
「ですよね。」
ひとまずファントムに保管をしてもらっておくとしよう。
「ラウルよ。このわしが書き記した物も一緒に持っておった方が良いぞ。」
「わかりました。」
ファントムにその羊皮紙の束も渡して飲み込んでもらった。
まさかこの魔導書が異世界召喚にかかわる物だったとは、俺は全く想像もしていなかった。もしかしたら俺達は、この魔導書の中身を知っている者から、こちらの世界に呼びこまれたのかもしれない。
いったい誰なんだ。
「先生。」
「うむ。」
「ありがとうございました。この魔導書は恐らく封印したほうが良さそうです。」
「そうじゃな。しかし燃やしたりしてはいかんぞ。」
「なぜです?」
「どんな作用があるかも分からん。なにせそれに記してあるものは世界じゃと言う事を忘れるな。わしらが分からん所で一つの世界が滅んだなんて事になったら嫌じゃろう?」
「嫌です。」
「ならおぬし達、神を継ぐ者達で何とかせい。」
「わかりました。私達でどうにかしたいと思います。」
「うむ。」
「先生のおかげで心置きなく前線に戻れそうです。」
「そうじゃな。じゃが前線に戻る前に、ほんの少しだけお願いがあるのじゃが。」
「なんでしょう?」
「結界の4層まで調査して見ての、いろいろと実践したいことがあるのじゃ。」
「はい。」
「一旦わしをグラドラムへと連れて行ってはくれまいか。バルムスやデイジーなどと情報を共有してやりたい事が山ほどあるのじゃが。」
「ええ、それはお安い御用です。」
「それと、本来はあまりよくない事なのじゃが…。」
「なんでしょう?」
「秘密の書庫にあった、4層目までの数個の武器と説明書を持ち出したいのじゃが。」
先生がいたずらを怒られないか、心配する子供のような目で俺を見る。
実際は王家が封印していた宝の数々なので、確かにモーリス先生がやろうとしている事は泥棒だった。でも今は既に王族は一人も居ない。さらにはグラドラムには俺がユークリットの王にすげようと思っている人物もいる。
「いいですね。彼らにいろいろと実験させましょう。」
「おぬしはやっぱり賢い弟子じゃのう。」
「ありがとうございます。」
俺とモーリス先生は悪ーい笑みを浮かべて想像するのだった。
きっとあのマッドサイエンティストなら何とかしてくれるだろう。
人形のようにちょっと大きすぎる目をした彼女ならば。
次話:第389話 国家を再興する礎
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