第387話 魔道具の使い道
次の朝も俺は半壊した王城に来た。
ラーズが屋根より高い天守閣のような所で周辺の警戒をしていたようだが、俺を見つけて無造作に飛び降りた。見た目の渋いおっさんがM134ミニガンと弾丸のバックパックを背負って落下してくる。総重量100㎏はあると思うがまったく気にした様子もない。
ズドン!
地面を揺らしてラーズが着地する。
「おはようございます。ラウル様。」
「お、おう。ラーズ何かあったのか?」
「特に変わった事はございません。」
無いんかい!それを言うためだけに飛びおりて来たのか。
「引き続き先生の周辺警護を頼むぞ。」
「は!」
俺達はラーズをそこに残したまま中に入っていく。
「あいつめっちゃ頑丈だよな?」
「はいご主人様。誰にでも取り柄というものはあるものです。」
いやいや取り柄なんて簡単に片づけられるようなもんじゃないけどね。100㎏を背負って高い所から落下してきて笑いながら挨拶する人間はそういないよ。
今日も王城に一緒に来ているのはシャーミリアとカララとファントムだ。書庫の結界4層目を調査するために、モーリス先生がいる王城の礼拝堂へ迎えにいくのだった。
「失礼します。」
「どうぞ。」
礼拝堂の中から先生の声がする。中に入ると10人の魔人が礼拝堂の四方の壁に立ち、モーリス先生の邪魔をしないように静かに護衛をしていた。モーリス先生は既に目覚めており、何やらカリカリと羊皮紙に書き物をしている。
「おはようございます。先生。」
俺が入っていくとモーリス先生が振り向く。
「おはようラウル。ん?なんじゃ?やたらと肌の色艶が良いようじゃが?」
「ゆっくり休みましたので、かなり力が漲っております。」
昨日みんなと風呂に入ったところまでは覚えているのだが、後の記憶があいまいだった。なんとなくみんなで寝ようかと言うところまでは覚えているけど…
「そうかそうか!今日もよろしくお願いするのじゃ。」
「はい。ところでそれは何を書いているのですか?」
「おおこれか!これまで知りえた情報から推測して、おぬしの持っている魔導書の解析に取り掛かっておるのよ。」
え、なに。凄い。魔導書はファントムがもっているはずなのに中身覚えてるの?
「それならば魔導書をお貸ししておきますが?」
「いや、わしの勘じゃがの、あれは外に出していていい物ではない気がするのじゃ。」
「では書庫の奥にしまっておけば良いのではないでしょうか?」
「それもおすすめせん。やはりファントムの腹ん中がいいじゃろ。」
「そうなのですか。そもそも先生は、あの魔導書を記憶されているのですか?」
「そうじゃ。」
「凄い!」
「ん?特に凄い事は何もしとらんぞい。」
「先生にとってはそうなのですね。」
モーリス先生はあの本をそう何度も読んだわけではない。ヘリの中で目を通したり俺と一緒の時に読み込んだだけだった。それなのにあれを記憶しているらしい。飄々と凄い事を言うおじいさんを尊敬のまなざしで見つめる。モーリス先生はいつものように、慈愛に満ちた孫を見るような目で俺を見ていた。
「では行くかの。」
「はい。」
モーリス先生が羊皮紙を丸めてかかえ部屋を出ようとすると、魔人護衛たちがSPのように周りを取り囲む。全員が俺の召喚したM240中機関銃とバックパックを背負っていた。前の世界でSPはハンドガンをベルトに装着している事が多いが、この魔人達にはしっかり中機関銃を装備させている。
「過剰じゃないかの?」
「まあユークリット王都内では安全だとは思いますが、訓練を兼ねて先生の護衛は常にさせるようにしました。いざという時に守れませんから。」
「そのラウルの気持ちはうれしいがのう、わしのような老いぼれに斯様な護衛が必要かが疑問じゃ。大げさすぎるような気がするのじゃが。」
「いります!私にとっては先生は大切な人です!万が一はあってはなりませんから。これまでは環境を整えるので精一杯でしたが、この状況になりようやく十分な人員を確保できるようになったのですよ。私の我儘だと思って我慢なさってください。」
俺が力説する。
「ふぉふぉふぉ、おぬしは過保護じゃの。」
「何と言われてもこのままですよ。」
「ふふ、わしゃ逃げて遊びに行くかもしれんぞい?」
「ふふふ、魔人から逃げられるものなら逃げてみてください。」
「まったく、おぬしには敵わんのう。」
俺はもう絶対に愛しい人たちを失う気は無い。子供の頃にサナリアで経験した、たくさんの仲間達を失った時のような思いは絶対にしたくないからだ。だからイオナにはグラドラムの最も安全な場所にいてもらっているし、前線基地にいる魔人達の回復役のカトリーヌには、ルフラとトップクラスの魔人であるスプリガンのスラガを護衛につけて、オージェとトライトンもそばにいるように頼んでいる。
《もっと回復役がいれば…カトリーヌは俺のそばに置いておくのに。》
《はいご主人様。あのお方はご主人様の大切なお人です。ご主人様のお側におられないのは私奴も納得しておりません。》
《そうですラウル様。カトリーヌ様はぜひともラウル様のおそばにいるべきです。》
シャーミリアとカララが激推ししてくる。
《だが怪我人が出た場合の回復役は必要だ。》
《それはそうですが…》
《はい…》
今は唯一回復ができるカトリーヌに頑張ってもらうしかない。もし前線基地に何かあれば、俺はシャーミリアの高速飛翔で駆けつける手筈になっている。
王城の裏にある庭園の先の雑木林、鬱蒼した場所の地面に、枯れ葉に埋もれた秘密の書庫の入り口がある。その雑木林に10人の護衛の魔人達を散らばせて、何があってもすぐに対処できるようにしておく。俺とモーリス先生、シャーミリアとカララとファントムがまた地下に下りていくのだった。そして罠を発動させないように結界を解除しては閉じ、奥の結界も解除して閉じて4層目まで進んだ。
「それじゃあ今日はこの4層目の書庫を確認するとしようかのう。」
「はい。みんなも十分警戒してモーリス先生を守るように。」
「かしこまりました。」
「はい。」
「‥‥‥」
シャーミリアとカララが答え、ファントムが平常運転で無言だ。
そして今日も書物と保管武器の確認作業が始まる。作業が始まるとモーリス先生は無口になり、ただ黙々と書物を速読のようにパラパラとめくり出す。めくっては本棚に戻してめくっては戻す作業の繰り返しだった。
《あれで読めてるんだから不思議だよな。》
《はいご主人様。読むだけならまだしも記憶するなんて。》
《ですわね。普通は老人になると記憶は衰えると思うのですが。》
《いやーカララ。老人っていうけどモーリス先生は何歳か知ってるか?》
《存じ上げません。》
《俺もだ。》
俺達は先生の邪魔をしないように念話でこそこそ話をするのだった。そうでもしないと、この単調な作業をただ見ているのは辛い。先生は集中しているからいいが、俺は聞かれた事への返答、みんなは罠が発動したり異変が起きた時の保険の為にいるだけだからだ。まあ二人の魔人には何ら苦痛ではないようだが、俺にとっては結構な苦痛な時間だった。
それから1刻(3時間)が過ぎた。
「ラウルよ!」
「な、なんですか!?」
黙々とやっていたモーリス先生が急に大声を出す。
「このあたりでそろそろ謎が解けそうじゃ。書物の体系が似ておる物もあるしの、更に奥に行けばもっと詳しい事が分かるかもしれんが、あの魔導書の目的は分かるかもしれん。」
「そうですか!」
「じゃがこの4層目もまだまだ先が長い。おぬしらは退屈じゃないのか?」
ギクゥ
心を見抜かれた?
た、退屈ですぅ。
「いえ!先生が一生懸命にお仕事をされているのです、私たちが退屈だなどと言うわけにはまいりません。」
「なーにを言っとるんじゃ!おぬしの顔に退屈じゃと書いておるぞ。」
「えっ!えっ!」
「孫の表情も読めんでどうするか。」
「はは、バレましたか。」
俺はモーリス先生に孫と言われてちょっとうれしかった。
「そこでじゃラウルよ、ちょっとここに飾られているものに魔力を注いでみんか?」
「えっ?これですか?」
俺達の目の前の棚にあるものは、何やら石板のようなものだった。30センチ四方の正方形の石板だが、表面は鏡面仕上げになってピカピカで、縁や裏側には魔法陣のようなものが刻まれている。
「そうじゃ。」
「これは何ですか?」
「魔力を注いで見りゃわかるじゃろ。」
「いいんですか?」
「ここの説明書を読む限りでは危険なものではなさそうじゃ。」
「わかりました。」
そして俺は石板に魔力を注ぎこむ。すると石板に刻まれた魔法陣に光が射して輝く。
「ではラウルよそこに立っておれ。」
「は、はい。」
モーリス先生が少し離れた場所に立って杖をかざす。
「なにを?」
「大丈夫じゃ、動かずにそこにおれ。」
「はい。」
するとモーリス先生の目の前に氷の矢が浮かび上がる。
「そりゃ!」
モーリス先生が魔力を発すると俺の方に氷の矢が飛んできた。
あぶな!
至近距離から撃たれた氷の矢にビビっていると、氷の矢の軌道が変わりすべてが石板へと吸い込まれてしまった。
「き、消えた?」
「説明書通りじゃな。もしラウルに当たりそうなら消そうと思うたが、魔法が全てその石板に吸い込まれよった。」
「え、魔法を吸う石板ですか?」
「そのようじゃな。」
「えっと、その魔力はどこに行ってしまったんですかね?」
「ラウルは膨大な魔力を持っているから気が付かなんだな。おぬしには裏の魔法陣を通じてわしの魔力が還元されたようじゃぞ。」
そう言われてみると、そよ風のような微弱すぎる魔力の上昇が起きた気がするが。どうやらこの石板は、相手の魔力を自分のものとして取り込んでしまう石板らしい。
「凄い!魔法使い相手なら無敵じゃないですか!」
「いや、相手の魔力量に対してどのくらいもつのか分からん。もちろんおぬしの銃で撃たれれば死ぬじゃろうし。」
えー、せっかくの大発見だと思ったのに使えなーい。
「使いどころが難しいようですね。」
「それは人間用じゃ。おぬしじゃから使いどころがないのじゃよ。」
「私だからですか?」
「ラウルにはわしの魔力程度では微妙じゃったろう?わしの魔力を吸収すればそのあたりの冒険者なら十分補充できるはずじゃが。」
「なるほど。人間同士の魔法の戦いや魔力の受け渡しなら十分使えるというところですか。」
「まあそんなところかの?」
「やはり素晴らしい物ですね。」
「実戦で使えるかは、わしも知らんがな。」
「えっ?」
「ふぉっふぉっふぉっ。」
確かに先生の言うとおりだ。相手の魔力量も分からずに、これを敵の攻撃に使ったらいきなり死ぬ可能性がある。また実戦で悠長に魔力の受け渡しなんかしている暇はないかもしれない。使えるとすれば違う魔法属性の人に、魔力を渡して必要な魔法を使うと言ったところか。火魔法の得意な魔法使いが、回復魔法を使う者に魔法を受け渡しするとかが有効かもしれない。
「しかしこんな魔道具があったんですね。」
「そうじゃな。これは安全じゃし持って行っても良いじゃろう。もしかしたらラウルの配下のドワーフとやらが解析できるかもしれんぞ。」
「確かに。」
バルムスに見せれば間違いなく分解とかしそうだが、更に強力な魔力を受け渡しできるものを作ってくれるかもしれないな。
「ファントム!」
俺のそばにファントムが来る。
「これを飲め!」
ファントムは石板を受け取り後ろを向いて飲み込む。
「ラウルよ、これも持っていった方がよかろう。」
モーリス先生は、石板の取扱説明書も渡してくる。
「ファントム、これも飲め。」
ファントムは俺からトリセツを受け取ると、また後ろを向いて飲み込んだ。
この後ろを向いて飲み込むというのは、バケモノであることを隠すために教えたことだ。モーリス先生は知っているので特に隠す事はないが、やっぱり実際に見ると夢に出てきそうなのでそのままにしている。
「他の武器はちと危なそうなのでな、よく調べた方がいいじゃろ。それは使えそうと思ったのじゃよ。」
「ありがとうございます。では先生ちょっとお昼にしませんか。」
「うむ。そうじゃのう。気づけばそんな時間か。」
「シャーミリア!持ってきてくれ。」
「かしこまりました。」
シャーミリアが小包を持ってくる。これはマリアが作ってくれたお弁当だった。
「用意周到じゃな。」
「さすがに私の戦闘糧食は飽きました。美味い物が食いたくてマリアに頼んだんです。」
「気が利くのう!」
「ささ、食べましょう!食べましょう!」
俺とモーリス先生は早速、弁当開きを始めるのだった。
「これは!美味そうじゃ。」
「はい。」
弁当にあったパンやフライをぱくつく。
「美味い!」
「よかったです。」
「おぬしと一緒にご飯を食べれるようになったのは幸せじゃわい。」
「先生!僕もうれしいですよ。」
「わしの大事な孫じゃ。無理をして死んだりするで無いぞ。」
「肝に銘じます。」
先生は俺を本当に可愛がってくれている。ここまでの旅路で痛いほどそれが伝わった。
「ところで先ほどおっしゃっていた、私の魔導書の目的が分かりそうというのは?」
「うむ。お昼を食べ終わったら早速調べようと思うとる。4層を全部読むころには大まかな見当がつくじゃろうて。」
「わかりました。」
先生は魔導書の秘密に一歩近づいたようだった。結界の第四層目にしてようやく見えてきたらしい。この書庫がどれだけの深さかは分からないが、ここで手掛かりだけでも掴めれば動きようがある。
そう思いながらふと書庫を見渡す。
‥‥いやあ‥‥まだまだ膨大な量の書籍があるんですけど。
持て余した時間をどうしようか悩むのだった。
次話:第388話 魔導書解析
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