第385話 進化魔人と支配領域
俺とモーリス先生は再び秘密の書庫に潜り込んで調査をしていた。この書庫には多数の罠が仕掛けてあるものの、結界を閉じながら進めば罠は作動しない。そのためそれほど警戒する必要はないのだが、未だ見ない危険があるかもしれないので、念のためシャーミリアとカララとファントムも連れて潜入している。今回はマリアとラーズは連れてきていなかった。
「この書庫には結界が何層目まであるんでしょうか?」
3層目を調査し終わったところでモーリス先生に聞いてみる。
「どうじゃろうな?ここから見えている限りの広さとは限らんじゃろうし、結界のせいでどのくらいの深さになっているのか見当がつかん。」
「先生が冒険していた頃に潜ったダンジョンとは、こういう感じだったのですか?」
「いやラウルよ、ダンジョンはこういうのとは違うのじゃよ。とにかく魔獣がどこから出て来るか分からんような場所での、まるで迷路のようになっておるのじゃ。ある時は扉があってそこに入ったが最後、中にいる魔獣をすべて倒さねば出られない部屋なんていうのもあったのう。」
「怖いですね。」
「普通の人間ならそれはそれは恐ろしいものじゃよ。深部に行くほど死んでしまったり帰って来れなくなる人間は多いのう。しかしラウルと魔人達なら帰って来れないところなどないじゃろうて。」
「そうでしょうか?」
「とにもかくにも魔力のある限り食料と水を出せるというのは、かなりの強みと言えるじゃろうな。普通はそれも含めて大量の物資を持ち込まねばならんのじゃよ。それが尽きて死ぬことの方が圧倒的に多い。または寒さでやられてしまう事もある。ラウルは天幕まで出し放題じゃし気兼ねなく深部まで潜れるじゃろうて。」
「なるほど。潜った後の帰り道も考えないといけない訳ですね。」
「そうじゃ。じゃから二カルス大森林の深部やザンド砂漠の迷宮神殿から生還したおぬしに、攻略できない土地などそうそうあるものでないわ。西のナブルト洞窟にはわしも一緒に潜らせてもらったし海底神殿からも戻ってきおった。この地上にそのような事を達成した者など、どこにもおらんじゃろうて。」
「先生、私は仲間に恵まれただけですよ。」
「それもおぬしの力じゃわい。」
「そうですかね。」
俺は振り向いてシャーミリアとカララを見る。二人は嬉しそうにニッコリと微笑み返した。魔人達のおかげで俺がここまでこれたのは事実だ。彼らの存在は俺の力を何倍にも引き延ばしてくれたのだ。俺一人ならとっくの昔に死んでいただろう。
《感謝。感謝。》
しかし結界3層目まで調べても、俺の魔導書の秘密を解くカギは見つからなかった。それよりもモーリス先生が時折「古代人類の英知じゃ!」とか「わしの魔法の概念が少々まちごうとったわ!」とか「このような魔法陣の組み合わせがあったとはのう!」とか、新しい発見が次々となされており、むしろ俺の持っている魔導書の秘密なんて解かなくていいんじゃね?って思ったりしていた。
「それでどうするかのう、ラウルよ。」
「当初の約束通り、3層目まで終わりましたので上がりましょう。」
「そうじゃな。わしもいろいろと試してみたいことが出て来た。」
「わかりました。それではここを出ましょう。」
「うむ。」
そして俺達は3層目にかかっている結界を解いて戻る。結界を解いて戻るたびに罠が作動しないかどうかを、シャーミリアとカララとファントムが警戒して見張ってくれた。
「先生、私はまず西部戦線の状況を確認します。」
「そうじゃな。わしは王城の礼拝堂へと戻るぞ。」
「はい。」
《ラーズ!先生の作業が終わったぞ!お前は復興作業を終わらせて城に戻れ!》
《御意。》
念話でラーズに伝える。俺達が地下から地上に戻ると、モーリス先生専用の護衛の魔人が10名待っていた。1日中ここで警戒をしながらずっと俺達の帰りを待っている。
「おかえりなさいませ!御師様!」
「ラウル様もお疲れ様でございます!」
ライカンとオーガが言う。ライカンとオーガとオークが3人ずつと、サキュバスのメイドがひとりいた。
「わるいのう。」
「何をおっしゃいますか!ラウル様の御師様の護衛に選ばれた事は光栄の極みにございます。」
「じゃあお前達。とにかくモーリス先生には絶対に危険が及ばないようにしてくれ。」
「「「「「は!」」」」」
全員が頭を下げる。
ここの魔人達の見た目は全員が人間だ。ユークリット王城のデモン戦や、ルタン町のデモン戦に参加した歴戦の勇士とも言える進化した魔人達だった。先生の護衛の為に、精鋭の選抜をラーズに頼んだらこいつらを連れて来たのだ。魔人達はSPのようにモーリス先生の周りを囲んで歩く。
城の前まで行くとラーズが既に待っていた。
「ラーズ!先生を頼むぞ。」
「はい。」
「では先生!また明日に潜りますのでごゆっくりお休みください。食事は議事堂のハルピュイアに運ばせますので。」
「すまんのう。わしゃ世話ばかりかける老人じゃな。」
「何をおっしゃいますか!先生は人類の宝です。私たちが全力でお守りするのは当然のことですよ。」
「かいかぶりすぎじゃ。」
「いえ。そんなことはありません。」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。」
「では。」
俺は先生と別れ根城にしている議事堂へと向かう。シャーミリアとカララとファントムが黙ってついて来る。議事堂に付くとマリアとルピアとアナミスが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。」
マリアが言う。
「食事は出来ているかな?」
「パイが焼きあがっております。」
「おお!先生喜ぶぞ!」
「お疲れの様ですから、腕によりをかけてお造りしました。」
「じゃあハルピュイアのメイドに頼んで運ば…」
と俺が言い終わるか終わらないかのうちに、奥から小包を持ったハルピュイアのメイドが出て来る。
「では、いってまいります。」
ハルピュイアのメイドが言う。
「葡萄酒も?」
「はい。」
「じゃあ頼む。」
「かしこまりました。」
そしてハルピュイアのメイドが、料理を持ってモーリス先生の元へと向かって行った。
「マリア。エミルは?」
「お父上の所に行っていろいろと話し合っていると思います。」
「ハリスさんには思いっきり負担かけちゃったからな。」
「はい。」
エミルはその後、父親であるハリスのフォローに回ってもらっている。ケイナが良い感じでお父さんの身の回りの世話をしていた。ハリスとマーカスには大きめの貴族の屋敷を与え、どちらの家にも1次進化した、人間に近い見栄えのゴブリンがメイドとして仕えている。
「出来ればハリスさん家にも…」
俺が言い終わる前に、もう一人屋敷内からサキュバスのメイドが小包を持って出て来た。
「もしかしてこれも料理?」
「はい。ケイナさんも料理はされるようですが、ぜひユークリットの料理も知っていただきたいと思いまして用意しておりました。」
マリアが言う。
「あ、ありがとう。」
「いえ。」
マリアはやっぱり凄い。あのナスタリア家に仕えたメイドだけあって、心づかいがとても繊細でそつがなかった。
俺達が議事堂に入ると既にテーブルの上に料理を運んでいる魔人達がいた。
「おーうまそうな匂いがする。」
「すぐにご夕食にいたしましょう。その前にお風呂になさいますか?」
「いや、地下は涼しくて汗もかいてない。先に飯にしようかと思う。」
「かしこまりました。それでは食堂へ。」
「ありがとう。」
そして俺はファントムを連れて食堂へと歩いて行く。4人の魔人はマリアと共に台所へと向かって行ってしまった。
「さてと…。」
俺は食堂の席について目の前に運ばれてくる料理を眺めていた。俺の後ろには相変わらずどこを見てるか分からない、鉄の形相でファントムが立っている。
「うまそうだ。」
「失礼します。」
マリアが入ってきて手に飲み物の入った酒瓶を持ってきた。
「ん?酒は飲まないよ。」
「ラウル様。これは違います。」
俺の前に置いてあるコップに注がれる液体はとろりとした濁った物だった。
「これは?」
「ケイナさんが持ってきてくださいました。」
もしかして。
俺がコップを持って一口飲んでみる。
「ネクター!」
「はい。」
「うっま。」
「サナリア経由でハリスさん達がもってきてくれた果実で作ったらしいです。」
「えー。そうか…ケイナさん。そうだった。」
俺はエルフの里でネクターがふるまわれた事を思い出した。
「ラウル様がお好きだと言ってましたが?」
「ああ、これうっまいんだよ。マリアも飲めよ。」
「いえ、このような貴重なものはいただけません。」
「いいから。」
俺はテーブルに置いてあったコップをマリアに差し出し、焼き物の瓶を取って注いでやる。
「ほれ。」
「初めて飲みます。ではいただきます。」
コクコク
顔がパァっと輝く。
「美味しいです!これは何と言う味わいでしょう。」
若干酒のような感じなのでマリアの頬がポッと赤く染まる。しかしアルコール度数にしたら0.5%とかそんなもんだろう。相当美味しかったに違いない。
「これエルフじゃないと作れないらしいんだよね。」
「精霊術?でしたか?」
「そうなんだよね。」
「それでは私が学ぶ事は出来ませんね。」
「エルフの専売特許と言ったとこだろうな。」
「せんばい?」
「ああそうかこの国にはそんな概念無いもんな。まあその人達にしか作れない物って感じだよ。」
「素晴らしいです。」
二人でネクターを飲みながらわいわいやっていると、シャーミリアとカララ、アナミスとルピアの4人が料理を運んできてくれた。どうやら魔人メイドの代わりに俺の世話をしたがっているのだろう。5人で俺にあれやこれやと甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。ここにきて彼女らはやたらと俺の世話をしたがる。
「いやー美味かった。」
「おかわりはよろしいですか?」
「もう入らないよ。」
「それは良かったです。」
久しぶりに身内同士、水入らずで夕食を楽しんだような気がする。
「じゃあそろそろ西部戦線の確認をするよ。俺は書斎に行かせてもらう。」
「かしこまりました。」
マリアが言う。
「私奴が護衛にたちましょう。」
俺が書斎にこもるときは、シャーミリアかカララが護衛としてドアの外に立ってくれることになっている。今日はシャーミリアの番の様だった。
「いや、今日は5人とも休め。護衛はファントムがやる。」
「いえ、そういうわけには。」
「命令だ。」
「かしこまりました。」
「5人でお話でもするといいよ。」
「はい。」
「かしこまりました。」
「わかりました。」
「そのように。」
「うふふ。こういうのは久しぶりね。」
5人がどことなく嬉しそうだった。
俺は5人を置いてそのまま書斎へと向かった。
村人を全て連れ出したファートリア西部のラインには、ギレザムとガザムとゴーグの超進化オーガを隊長として置いてある。さらに各拠点には前線基地から魔人を呼び寄せている最中だ。前線基地の手前のフラスリア基地には、既に2000の兵をグラドラムから補充させていた。
「ファントムお前はここで待て。」
ファントムはドアの前に立ってどこか遠くを見つめている。俺は書斎に入りデスクに置いてある椅子に腰かけた。
《ギル》
ギレザムに念話を繋ぐ。
《は!》
《現状はどうなっている?》
《ラウル様からご命令にあったように、村があった場所から外し3つの拠点を設営中です。》
《そうか。村から見えない距離で街道沿いから少し外れた場所を選んだな?》
《そのように。》
《その3つの基地から離した村の近くに小屋は建てたか?》
《はい、50名ほど収容できる建物を建造中です。》
《オッケー。3つの村が無くなったことで必ず敵は現場を偵察に来るはずだ。どの村に来るかは分からないから、ギルとガザムとゴーグがそれぞれの魔人部隊と一緒に拠点で待ち伏せろ。》
《既にその体制は整っております。》
どうやら作戦は順調に進んでいるようだった。各基地は村から離れたところに設置し、村のそばには小屋を建て来た兵士達を捕らえてそこに収容する予定だ。
《オージェの指示で前線基地から、更に部隊が100名ずつ送られてくる手筈になっている。》
《はい。》
《今フラスリア基地に到着した魔人から、更に1000が前線基地へとやってくるだろう。》
《はい。》
《その1000の部隊からまた300の部隊を引き抜いて各拠点に散らばせる予定だ。》
《デモンや敵兵が来たら戦闘させて成長させるためでしたね。》
《そうだ。グラドラムから来た魔人達は進化していないし、実戦体験もつんでいないからな。ファートリア内陸に攻めこむまでに戦力を増強させておきたい。》
《分かっております。実戦を積ませ拠点防衛ができるまで育てます。》
《侵攻した後、前線基地や拠点をやられれば兵站線が途切れるからな。敵地侵攻には兵站線が最重要だと思ってくれ。俺が前線にいる時だけ物資は供給できるが、魔人達だけが取り残されると食料弾薬が途切れる事になる。》
《はい。ここにいる精鋭部隊には既にそれも教育済みです。精鋭部隊は全員が魔人を指導できる立場にあると言ってもよろしいかと。》
いやあ…ほんっとギレザムって頼もしいわ。イケメンだしさガザムと二人で優秀すぎて俺が情けなく感じるくらいだ。
《補給及び訓練が終わったと同時に西部戦線を上げるぞ。それまでにこちらもめどをつけ、他の拠点も準備をすべて終わらせる。以上だ。》
《は!》
俺はギレザムとの念話を切った。
《ミノス!》
《は!》
俺は二カルス大森林基地を指揮している、超進化ミノタウロスのミノスに念話を繋げる。
《ファートリア西部のラインが繋がった。これからニカルス基地にも大量に魔人を送る予定だ。》
《かしこまりました!いよいよですなあ。》
《ああ。お前は侵攻作戦に参加してもらわねばならないからな。ニカルス基地の防衛をする人員を急いで育ててもらう必要がある。》
《もちろんです。ビシバシしごかせていただきましょう。》
《はは。お手柔らかにな。》
魔人軍の最高戦力でちょっと脳筋ぎみのミノスにしごかれたら、魔人がぼろぼろになってしまわないかが不安だ。
《そう言えば最近はニカルスのトレント達が、戦闘訓練に付き合ってくれるようになりました。》
《え!そうなの?トレントが?》
《はい。さすがにニカルスの主はやって来ませんが、トレント数百本が入れ替わり立ち代わり、道場破りのように二カルス基地にやってきては手合わせをしています。》
《あいつら、でっかいだろう?》
《老いぼればかりではありますが、あの大きい体での攻撃は脅威であります。》
《それで魔人達はどう?》
《おかげさまでニカルスにいる魔人達は皆屈強に育ちました。》
うへぇ…いつの間にそんなことになっていたんだ。そもそもなんでトレントが道場破りみたいな事をするんだ?…いやニカルスの主が俺に復讐も兼ねてやらせている可能性もあるかも。
セルマ熊が思いっきりブッ叩いたのがいけなかったかなあ。
《ティラは元気に?》
《あやつの成長速度は相当なものですよ。我がゴブリンに手を焼くことになるとは夢にも思いませんでした。》
《ははは…ティラもか。とにかく心強いな。兵が到着するまで引き続きよろしく頼む。》
《は!》
超過酷なニカルス大森林の環境に加え、あの巨大なトレント達が毎日のように道場破りに来る事を考えると、ちょっとしんどいと思ってしまった。
ー俺なら嫌だー
しかし俺が何も指示をしなくても、各隊が着々と命令以上の事を進めてくれている。超進化した魔人達の可能性は、俺の想像のはるか上を行っているのかもしれない。
コンコン!
その時だった。俺の書斎の部屋のドアがノックされたのだった。
「失礼します。」
「入れ。」
ドアを開けるとマリアがそこに立っていた。
次話:第386話 魔王子の肩すかし
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