第382話 魔導鎧訓練の提案
ギレザムからの念話連絡で、ファートリア西部の村人救出は無事に終了したと伝えられる。俺とアナミスが村人への魂核書き換え作業を終らせた段階で、ある程度成功するとは思っていたが、敵に途中で感づかれて魔法陣を作動させられる恐れはあった。
結果は全ての村人を助けた後で複合魔法陣の発動。
《上出来だギル。》
《すべてはラウル様の想定通りと言う結果でした。》
《だが村を全て消失させてしまう事になったよ。》
《魔法陣が設置されていた段階で既に逃げられなかった事です。》
《それもそうだな。》
すでに村を失った村人達の対応も決めていた。それを遂行するために俺は一度、西部ラインに飛ばなければならない。
《まだすべての村人が眠っておりますがいかがなさいますか?》
《俺が行くまで起こすな。》
《は!》
ギレザムとの念話を終え、俺はモーリス先生に西部ラインで起きた事の顛末を伝える。
「ふむ。あちらに戻るのか?」
「はい。ですがすぐにこちらに戻りますので、先生は一時お体を休める時間を作ってくださいませんか?」
「分かった。いずれにせよラウルがいなければわしは、あの書庫の奥には入っていけん。入り口付近の書物を読み返す時間としよう。」
「すみません。すぐに済ませて帰ります。」
「おぬしは落ち着いて自分の仕事をして来ればよい。」
「はい。」
そして俺は直ぐに魔人に伝える。
「カララ、ファントムと魔導鎧を置いて行く。モーリス先生の事も頼む。」
「お任せください。」
「ラーズも引き続き先生と書庫の護衛を頼む。」
「は!」
《我が主。我はここに残されるのですか?》
ヴァルキリーが言ってきた。
《ああ、お前を着れて行けば陸路を行く事になるからな。》
《そうですね。》
《暇ならカーライルの練習台になってやれば?》
《ああ、それはいいですね。》
《カーライルに頼んでみるよ。》
《ありがとうございます。》
一度ファートリアに戻る前に用事が出来た。
「先生、ちょっとカーライルの所へ寄ってからファートリアへいきます。」
「ふむ。あやつはわしの家にいると思う。」
「先生の家も壊れてなかったのですか?」
「そうじゃ。」
「ラウル様。それでは私が先生の家までお連れしますよ。」
マリアが言う。
「マリアはわしの所によく来てくれていたからのう。」
「ではマリア、連れて行ってくれ。」
「はい。」
「じゃあミリアも行くぞ。」
「かしこまりました。ご主人様。」
俺はマリアの後ろをシャーミリアとヴァルキリーと共に付いて行く。
「王城も直せるといいんだがな。」
「そうですね。」
俺とマリアは半壊した王城を見て言う。これを直すには人間の技術が必要だが、今はその当てがなかった。ラシュタルやシュラーデンに腕のいい大工がいるといいのだが…。
敷地を出てマリアは直ぐに城の裏手に回るように歩いていく。
「マリア。あの武器屋とかももうないんだな。」
「はい。あのあたりも全て魔人が建てた住居になっております。」
「ああ。」
武器屋が無くなったのは無性に悲しい。しかしそればかりはもうどうする事も出来なかった。冒険者に頼んで武器屋を営んでもらうしかないかもしれない。
巨大な王城を回り込むように裏手の方に歩いて行くと、無事な住居が多く建っている事が分かる。王城のそばは貴族の屋敷が多く、ほとんどが手つかずの様だった。どうやら恐れ多くて貴族の館に住むような冒険者はいないらしい。さらに都市を歩いて行くと、街は次第に平民の住んでいた住居になっていった。平民の住居と言ってもここはユークリットの王都なので、立派な屋敷が立ち並ぶ。
街にいる冒険者達が俺達に気が付き手を振ってくるので俺も振り返す。
「冒険者たちはこのあたりに住んでるんだな。」
「そのようですね。」
マリアが答える。
更に歩いて行くと少し風変わりな屋敷が目に入った。
《なんか…たぶん間違いない。》
「えっとマリア。あれじゃないの?」
「よくわかりましたね。」
「だって‥‥。」
その建物は質素と言うより、いかにも魔法使いが住んでいますと言うような、めっちゃ趣のある家だったからだ。その家の門をくぐり玄関に付いたので呼び鈴を鳴らす。
チリーン
「はーい!」
女性の声が聞こえた。もちろん聞き覚えのある声だった。
ガチャ
ドアを開けて出てきたのは聖女リシェルだ。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「失礼します。」
俺は一応きちんと礼をする。
「どうぞおあがりください。」
「はい。」
《ヴァルキリーお前はここで待て。》
《はい。》
そして俺とマリアとシャーミリアは、聖女リシェルの後について家の中に入っていく。
「うわあ。」
俺はまんまファンタジーの世界に来たようなうれしさで声を上げてしまう。家の中もいかにも魔法使いが住んでいます的な雰囲気でいっぱいだった。俺達は応接室に通されてソファーに座らせられる。
「今お茶をお入れします。」
「いえ!聖女リシェルおかまいなく!今日はカーライルさんにお願いがあって来たのです。」
「カールに?カールはいま治療が終わって寝ておりますが。」
「そうですか…。」
どうしよう。
カーライルの訓練の相手にヴァルキリーを託そうと思ったのだが、注意事項などを伝えるのにリシェルでは伝わらないかもしれない。そして俺は西部ラインにすぐに飛び立たなければならないので、今回はヴァルキリーの訓練を諦めようかと思った時だった。
コンコン
ガチャ
「凄い魔力ですねラウル様。わざわざ来ていただいたのに寝ていてすみません。」
カーライルがゆらりとそこに立っていた。正直俺は気配を感ずることが出来なかった。俺の魔力を感じてわざわざ起きてくれたみたいだ。
「ご主人様が来ているのです。当然すぐに挨拶に来るべきです!」
「シャーミリア!カーライルさんは満身創痍なんだから労わってあげないと!すみませんカーライルさん!」
俺は慌ててシャーミリアに言う。
「いえシャーミリア様のおっしゃる通りです。あれしきの訓練で寝ているなど騎士の風上にも置けません。」
「いやいや!カーライルさん!あれしきの訓練ではありません。あれほどの訓練です!あれはボロボロになりますよ!とにかく座ってください。」
カーライルが俺の前のソファに座る。
「なにか私に御用でしたか?」
「はい。カーライルさんに折り入ってお願いがあるのです。」
「私がお役に立てることがあれば何でもおっしゃってください。」
「私の軍を更に強化するために、いずれあなたに戦闘訓練を行ってほしいと思っているんです。」
「私が?魔人さん達に戦闘訓練を?」
「そうです。」
「しかし私では役者不足では?」
「そんなことはありません。むしろ魔人にない物をたくさん持っておられる。」
「そうでしょうか?」
「そうです。」
カーライルが納得できないと言った感じの顔をする。
「カーライルさんは身体能力は人間のまま、あのような動きをしているからボロボロになるのです。」
「しかしそうしなければ、魔人には付いて行けないのですよ。」
「ちょっと訓練の方法を変えてくださいませんか?」
「それはどういう?」
「ちょっと話がそれますがよろしいですか?」
「はい。」
俺が本題に入る。
「実は私の魔導鎧があるのですが、あれは私の分体というものなのです。」
「ぶんたい?でございますか?」
「はい。」
「それがなにか?」
「あれに稽古をつけてやってくれませんか?」
「鎧に稽古?」
「いま家の外に連れてきましたので見てもらえますか?」
「はい。」
いまいち俺の話が飲み込めないカーライルにとにかく見てもらう事にする。見てもらえれば必ずわかるはず。
「シャーミリア!肩を貸してやれ!」
「え、ご主人様。しかし。」
「いいから。」
「かしこまりました。」
シャーミリアがカーライルのそばに寄ってグイっと腕を引っ張り上げ肩に回す。
「ああ、シャーミリア様。私などの腕をお回しになってくださるなんて。」
カーライルがうっとりしている。
《うっわ、きっも!》
《ご主人様、私奴はこやつに肩を貸さねばなりませんか?》
《シャーミリア我慢だ。》
《かしこまりました。》
うっとりした表情のカーライルに肩を貸して、嫌そうに歩き出すシャーミリア。そのまま家の外に出て魔導鎧のヴァルキリーを見せた。
「これなんです。」
「あの…鎧ですね。」
「はい。」
「動くのですか?」
《ヴァルキリー動いて見せろ。》
《はい、我が主。》
ヴァルキリーがカーライルと聖女リシェルの前でラジオ体操をしだす。
「動いた。」
カーライルが唖然とする。
「面白いでしょ。」
「は、はい。それなのに気も魔力も感じないなんて。」
「そうですそれです!」
「これは戦えるのですか?」
「それが一度ゴーレムと戦って覚えさせたつもりですが、まだまだ発展途上です。」
「なるほど、私が稽古をつけて動けるようにしろと?」
流石話が早い。
「はい、新しい特訓になりそうでしょ?」
「これは面白い!これを私に預けてくださるのですか?」
「ええ、私は一旦ユークリットをあけます。そのあいだにモノになるかどうかを見極めてほしい。」
「これは生きているのですか?」
「いえ生物じゃないので。」
「とにかく素晴らしい。気も魔力も殺気も何も発しない者との訓練。ぜひやらせてください!」
「やはりそう来ると思っていました。魔人の攻撃をよけきっていましたもんね。」
「完全によけきれては居ないのですが、致命傷を負う事はなくなりましたね。」
「そこで新たな訓練をしてほしいと思って持ってきたんです。」
「ありがたい。」
カーライルは快諾してくれた。絶対いまのままでは伸び悩んでいると思った。このヴァルキリーとの訓練はカーライルも絶対伸びるはずだった。彼に軍の軍曹をやってもらうにあたり、いろんな経験を積んでもらう予定なのだが、これはまず第一弾だった。
《じゃあヴァルキリー。カーライルにいろいろ教えてもらえ。》
《はい我が主。》
「では聖女リシェル。カーライルさんを休ませてください。」
「わかりました。」
「この鎧はいつもカララ達がいるところに戻るようにしておきますので、いつでも声をかけてください。」
「はい。」
「では俺達は野暮用でファートリアに発ちます。」
「え?もう?」
カーライルと聖女リシェルが驚く。
「いや、すぐに戻りますよ。」
「モーリス指令が悲しみますのでぜひ。」
「ええ聖女リシェルすぐに戻ります。サイナス枢機卿とケイシー神父にもよろしくお伝えください。」
「はい。彼らはいま冒険者たちと復興作業をしていると思いますわ。」
「そうですか。では。」
俺はカーライルと聖女リシェルに別れを告げて再度ユークリット城に戻る。ヴァルキリーも黙って俺達の後ろをついて来ていた。
《じゃヴァルキリー頑張ってな。》
《はい我が主。》
城の前に付き俺はそのままファートリア西部に飛ぶ事をマリアに告げる。
「マリア。俺はこのままファートリアに行くよ。」
「はい。お気をつけて。」
「マリアには苦労かけるね。」
「私は十分に幸せです。」
「ていうかすぐ戻るし待っててくれ。」
「はい。」
そして俺はファートリア神聖国に飛ぶために酸素マスクと酸素ボンベを召喚し、マスクをボンベに取り付けて背負う。そして目を保護するためにパイロットゴーグルを召喚した。ゴーグルを着けてスタンバイオッケーだ。
コーホーコーホー
《じゃあシャーミリア行こうか。》
《かしこまりました。》
俺はシャーミリアに後ろから抱かれる。
マリアに対してサムズアップをして合図をする。
ふう。この飛行だけは本当になれない。俺は全身に魔力を通わせて身体強化を図る。
《シャーミリア。5から数を数えて飛んでくれ。》
《はい。5,4,3,2,1》
バシュゥッ
初速度何キロだか分からないスピードで俺は空中高くに飛び立った。
「ぐう。」
《ご主人様!大丈夫ですか?》
《いいんだ!それよりも急いでくれ。》
ゼロからジェット戦闘機並みのスピードで飛翔するシャーミリアに、俺の意識は一瞬飛びそうになった。しかし既に慣れたものでどうにか気を失う事は避けられた。更に魔力が増えた俺はもう1ランクアップ身体強化を施してシャーミリアに伝える。
《シャーミリア。もっと速度を上げていいぞ。》
《大丈夫でございますか?》
《強化はした。》
《かしこまりました。》
バグシュッー
どうやら音速の壁を越えた気がする。空気の傘が俺達を覆っているようだった。
コフーコフー
ぐ、ちょっと苦しい…
《大丈夫ですか?》
《何とかイケてる。このまま飛び続けろ。》
《かしこまりました。》
俺達がギレザムがいる西部ライン中間地点にたどり着いたのは、それから30分後だった。
《シャーミリアの音速飛行は本当に必要な時しか使えないが、俺の体もだいぶ耐えられるようになったみたいだな。》
《いつでもお使いください。》
俺を抱きしめて飛んだままシャーミリアは頬を赤く染めてうっとりしていた。
どうやら俺を抱いて飛ぶのがうれしいようだった。
次話:第383話 ルピア神子の啓示
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