第376話 建築と土木工事の人材派遣
都市はとても活気に満ち溢れていた。歩く人のほとんどが魔人だが人間の冒険者も混ざっている。大陸から魔人がいなくなってから、どれほどの時間が経ったかは定かではないが、ユークリット王都の人間達がこの光景を見たら驚くに違いない。
街を歩けば俺に気が付いた魔人達が立ち止まって頭を下げる。それに気が付いた冒険者も手を振って俺に挨拶をしてくれた。俺はそれに手を振り返す。ここにいる人間達からは魔人に対する嫌悪感など感じる事も無かった。
「さすがは冒険者って感じかな。」
「まるでグラドラムの様ですね。」
シャーミリアの言うとおりだった。
ラシュタル王国やシュラーデン王国、そしてバルギウス帝国やフラスリア領では、人間の社会に魔人を同居させてはいない。離れた場所に軍基地を設置し、魔人達が都市に入り込まないようにしている。大きな進化を遂げた魔人だけが、ときおり人間社会に溶け込むように入り込んでいるが、彼らは見た目が俺寄りになり人間に見えるからだ。見た目が魔人のままの者は人間の社会には入れていない。
俺は人間の事をよくわかっているつもりだ。見た目の違うものを嫌がる人間は多い、不用意に軋轢を生まないためにも、少しずつ魔人の良さをわかってもらえるようにしているのだった。
しかしグラドラムとサナリア領そしてルタン町は違った。
どちらかと言うとグラドラムは、ほぼ強制的に魔人と共存せざるを得ないほどの壊滅状態だった。そのためグラドラム自体を要塞化して、魔人と人が一緒に暮らす環境が自然に出来上がった。これには元よりガルドジン率いる魔人達がグラドラムの用心棒をしていた事と、イオナたちも多大な影響を与えている。
サナリアは大きな農村なので城壁があるような場所と違い、都市としての防衛力が弱い為、魔人をそのまま都市に入れて護衛させている。そのため見た目の優しいダークエルフのウルドを筆頭に、中型以下の魔人を多く住まわせているのだった。
ルタン町は元より周辺に獣人が多く住んでいたため、魔人達に対しても嫌忌感が無かった。基地を隣接させてはいるが、都市内を獣人たちが歩くように魔人達が普通に歩いている。
まさかこのユークリット王都がその状態になるとは思わなかった。
「不用意に人間と魔人の軋轢を生むことはしたくないから、こういう光景を見るとホッとするよ。」
「さすがはご主人様。思慮深いその御心のおかげで皆が平和に暮らせるのですわ。」
「そんな深くは考えてないよ。」
「ご主人様がそう思っても、皆がより良く暮らせるようになっているのです。」
「このまま目論見通りいってくれるのならいいんだがな。」
「ご主人様のような強大な力を持つお方が、とても繊細なお心を持っていた事は、この世界にとってとても幸運な事のように思います。」
「恐ろしい力を持っているだけに、振り回されないようにしたいものだよ。」
「はい。」
シャーミリアは本当に変わった。昔、俺と接する前は村ひとつの人間の事など歯牙にもかけなかった。俺と関わる事で、このような感性を身に着けてくれた事は本当にうれしい。
俺達は魔人達が復興のため、土木工事をしている東方向へ向かって歩いていた。俺の前を案内役のサキュバスのメイドが歩き、シャーミリアとカララが俺の左右を歩いている。ファントムとヴァルキリーが後ろをついて来ていた。
「平和でいい。今現場で頑張っているオージェとエミルやグレースには悪いが、こんな平和な日常も悪くないな。」
「ラウル様もそのような事をおっしゃるのですね。」
「ああカララ。のんびりした空気も悪くない。」
「ファートリア西部の作戦がよほど堪えたのですね。」
カララはあの俺を見ていないがゴーグが仲間たちに喋ったらしく、みんな俺の事を心配してくれた。オージェが言うには俺はゾンビのようになっていたようだ。それだけ精神がガリガリに削られたのだった。おかげでこんな平和を喜んでしまう自分がいることに気が付く。
「ラウル様、あそこにシン国のお客様達がいらっしゃいます。」
「本当だ。」
カゲヨシ将軍と影衆、マキタカと達人のおっさんたちが魔人達の土木工事を真剣に見ていた。
「将軍様!」
俺が声をかける。
「おお!ラウル殿!昨夜到着されたのですな。ファートリア西部では家臣が世話になったようでお礼申し上げる!」
「いえいえ。マキタカ様と配下の方達には、かなり協力していただいたのでこちらがお礼を言いたいくらいです。ありがとうございます。」
俺がカゲヨシ将軍に頭を下げる。
「いえいえ、我らなど何のお役にも立てておりませんでしたよ。」
「マキタカ様達がいなければ計画は大きく変更せねばなりませんでした。本当に助かったのです。」
「マキタカの話では、ファートリア西部では相当大変だったようですな。」
カゲヨシ将軍が言う。
「お恥ずかしい。私の力量不足で皆にはかなり心配をかけてしまいました。」
「それだけ大変な術だったのでしょう?」
「どうやら自分の苦手分野だったらしく、精神をやられそうになりました。」
「皆の大切な御方なのだから無理は控えた方が良い。」
「お気遣いありがとうございます。」
どうやら本気で心配してくれているようだ。
そして将軍は魔人達が作業をしている方向を見て言う。
「やはり魔人の力は凄いですな。」
眼前で繰り広げられているのは大型の魔人達の工事だった。土を掘り起こし土台を作り、太い材木を裁断し積み上げて、ポイポイと加工した材木がはめ込まれ建物になっていく。そこにデイジーとミーシャが製法を編み出した、コンクリートもどきの土が塗り込まれていくのだった。
大型の魔人ならではの力技でどんどん建造物が出来上がっていく。
「どうです?参考になりましたか?」
俺が聞く。
「ぷっわーはっはっはっはっ!」
カゲヨシ将軍が笑うとマキタカや達人のおっさんたちも笑った。
「ここにきて長い事、我々の国で役に立つことは無いか技術を盗もうとして、穴が開くほど見させてもらったよ。」
「それで?」
「参考になど出来るわけがありません。」
マキタカがカゲヨシの代わりに言う。
「まあ確かにシン国の建造物は美しいですもんね。参考にはならないでしょうね。」
「いやラウル殿。そういうわけではござらんよ。我々の国でもこの技術を生かしたいと思って見てはいたものの、我が国の大工がやったら数ヵ月もかかるような事を、彼らは数時間で終わらせてしまうのですよ。それのどこが参考になると思います?」
「なるほど作業効率の事を言っておられるのですか?」
「いやいや、あのドワーフと呼ばれる者の設計自体が物凄い精度と精密さです。しかし…」
「しかし…。」
「設計図が無いのです。」
「ああ、そう言えばドワーフっていきなり作り出しますもんね。」
確かバルムスもそうだった。俺の兵器ですらいきなりバラし出すし。
「そのような真似ができる者はわが国にはおりませんよ。」
「なるほど。」
「マキタカの言う通りじゃ。設計図も無いのにいきなり作り出して、このような精密なものが出来るとはいったいどういう事なのか。」
「将軍様。それが彼らの能力なのでございます。」
「グラドラムでは、ほぼ街も完成しその工程を見る事は出来なかった。ここではまだこれからの為、ぜひとも盗んでやろうと思っておったのじゃ。それが…盗むもなにも、このような真似ができるわけがない。」
「確かに彼らは不思議なんですよ。私たちが想像もしないものを創造して新たなものを生み出すのです。」
「いったいどういう頭の中になっているのやら。」
「確かにその通りですね。」
言われてみればその通りだ。設計図も無くいきなり設計するドワーフに、器具などを使わずにナイフで大木を切るオーガやライカン、その大木で加工した木材を放り投げて組み立てていくオークとスプリガン。
うん、マネできるわけがない。
「わしらも何とか手伝いながら、その技術を盗もうとした。彼らは隠そうともせんからな。」
「でも盗めなかったと。」
「そうじゃな…いや分かった事もある。」
「それは?」
「何一つ真似など出来んと言う事だ。」
「そうですか…。」
そう言う話をしながら、働く魔人達を見ていると将軍たちの言っている事がよくわかる。俺達が話はじめてから既に2棟の家が建ってしまった。
「わしらの国でも、かような強い建造物が作れたならと、さらには我々の国にも要塞などがあればと考えたのじゃがなあ。」
カゲヨシ将軍は魔人達の作る建造物を見ながら言う。
確かにこの工事は驚異的だろう。自分たちの国の技術力との差を痛感しているようだった。
「将軍様。」
「なんですかな。」
「戦争が終わったら、私の魔人を人夫として派遣するというのはいかがでしょう?もちろん無償でと言うわけにはいきませんが、将軍様にはこれまでのご恩もありますし、勉強させていただこうと思いますが。」
「なんですと?よろしいのですかな?」
「ええ、シン国へ貢献が出来るのなら喜んで。」
「ぜひよろしくお願いいたす!」」
「わかりました。それでは戦争が終わって、ユークリット統治のめどがついたら早速商談にはいりましょう。」
「おお!ラウル殿よ!お忘れなきよう!」
「もちろんです。」
《よし!この話が成功すれば他の国でも人材派遣業をすることができる。シン国で実績を積んでどのくらいの相場になるかテストだな。》
《ラウル様》
《なんだいカララ。》
《それでしたら、派遣する前にきちんとドワーフや魔人にくぎを刺した方がよろしいかと。》
《どういう事?》
《惜しみない技術提供はいいと思うのですが、彼らにも最新技術と旧式の技術があるはずです。最初は旧式の技術提供をして、最新技術には付加価値をつけた方が良いかと。》
《なるほど。そのあたりはドワーフ達とよく話さないといけないね。》
《グラドラムに帰った折にバルムスと相談されるのがよろしいかと。》
《わかったそうする。》
カララの言うとおりだな。最新技術をポンポンとよその国に提供するものではない。そこはお金と相談と言う事になるかな。
「それとラウル殿。」
カゲヨシ将軍が続ける。
「はい。」
「我も影衆も魔人達のおかげでかなり剣技が上達した。というわけでマキタカが連れて来た配下達にも修練をつませたいのだが、引き続き彼らをここに置いてもらう事は出来ないものかの?」
「ええ、好きなだけ居ていただいて構いませんよ。魔人達もいい経験になりますので、私の方からも魔人に声をかけておきます。」
「かたじけない。」
と言うことはカゲヨシ将軍も影衆もカーライルみたいなことしてるのかな?
「将軍様はカーライルのやっている事と同じことを?」
「とんでもない!あんな事出来るわけがござらん。あれはいささか常軌を逸しておる。あの聖騎士は心に何かとてつもない物を住まわせているようじゃ。一種のバケモノじゃ。」
やはり将軍たちでもそう思うのか。そりゃそうだよな。
「影衆の皆様も見たので?」
影衆はしゃべらずに頷くだけだった。
「あの聖騎士殿は何を目指しておるのじゃろうな?まさか人間の身でありながら、魔人に追いつこうとでもしておるのじゃろうか?」
「わかりませんが、昨夜見た限りでは一部の魔人の能力を超えておりました。デモン討伐で進化したオーガやライカン、竜人10人を相手に目隠しで戦うなど、正気の沙汰とは思えませんでした。」
「ラウル殿も見ましたか!」
「はい。」
「しかも!10人を相手に?ここに来た頃にはオーガ1人でも戦いになりませんでした。わしが見た最後の訓練では3人を相手にしてましたが、目隠し??」
「はい。」
「背筋が凍りますな。」
「ですよね。」
カゲヨシ将軍と俺の意見が一致した。彼の精神構造を理解しようとすると背筋が凍る。とにかく覗いてはいけないものを潜ませているのは間違いない。
「話は変わりますが、既にファートリア西部は作戦行動を開始しております。」
「ああ!そうですか!いよいよラウル殿の苦労の成果が報われるときですね。」
「はい、私の仲間達が上手くやってくれると思います。」
「素晴らしい仲間を持ったのですね。」
「はい。」
自分自身より仲間を褒められるのはうれしかった。
あと数日で作戦が終了する。俺はその間に俺のやるべきことをやる。
「それではシン国の皆様。ご主人様は次のご予定が御座いますので、何かございましたらこのサキュバスにお声がけください。」
シャーミリアが言うと案内役のサキュバスが一礼する。
「お時間を取らせましたな。」
「いえ将軍様、それではもうしばらくご滞在下さい。何か用があれば何なりとお申し付けくださって結構です。修練をするならば闘技場をお使いください。」
「感謝する。」
俺達はシン国の皆さんに礼をしてその場を離れる。俺はまだ一睡もしていないが疲れてはいなかった。ただ、まもなくモーリス先生との作業が始まる。そのために魔力を温存する必要があった。
「シャーミリア。俺は少し眠る事にするよ。」
「はい、それではすぐにお部屋を手配します。」
「よろしく頼む。」
俺達は再び街の中心に向かって歩き出すのだった。
次話:第377話 隠された秘密の書庫
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