第375話 枢機卿へ報告
俺達はユークリット王都の中央部にある暫定政府用の議事堂にいた。女の魔人達が朝早くからせっせと俺たちをもてなしてくれている。徹夜したモーリス先生とマリアには、疲労回復のために用意された部屋に行って休んでもらう事にした。さすがに彼らも疲れた様子だった。
俺はシャーミリアとカララと共に朝食後のお茶を飲んでいた。ファントムは窓の外をじっと眺めているように見えるが、何も見ていないようにも思える。ヴァルキリーは議事堂の玄関前に立たせていた。
「そろそろファートリア西部ラインの作戦が開始される頃だな。」
「はい。今日は天気も良くて市民も警戒を解くでしょうから、作戦は順調に進むかと思われます。」
「しかし俺だけがこんな安全なところで優雅にお茶してていいのかね?」
「もちろんでございます。魔王子であるご主人様が現場で働く事の方が違和感がございます。」
「いやいやミリアそんな事はないさ。やはり俺が現場を仕切った方が良い事もあるし、精霊神や龍神や虹蛇は俺の部下じゃない。対等な立場にあるんだから彼らだけに働かせるわけにはいかないよ。」
「素晴らしいです。ご主人様はいつも謙虚でいらっしゃる。」
うーん。謙虚ってわけじゃないんだけどな。
「ラウル様はただ朗報を待てばいいだけかと思います。」
カララも言う。
「まあ、そうする事にしよう。」
おそらく作戦開始前であっちはかなり緊迫している気がするんだが、俺が仲間に託したんだし、信じて朗報を待つことにしよう。
コンコン
「失礼します。」
ドアをノックしてダークエルフの女メイドが顔をのぞかせる。浅黒く整った顔立ちのメイド達だ。
「サイナスケルジュ枢機卿と聖女リシェルミナス、ケイシー神父をお連れしました。」
「通してくれ。」
俺が立ち上がると、シャーミリアとカララが後ろに立つ。
「失礼するのじゃ。」
「サイナス枢機卿。隣国の復興のために尽力いただきまして感謝いたします。」
俺が一礼をする。
「なーに固い挨拶はぬきじゃ。」
「聖女リシェルはお元気ですか?」
「私はいたって健康です。魔人さん達が食料を調達してくれるおかげで、かえって贅沢に感じます。」
「皆さんに不自由させるわけにはいきませんから。」
「僕もいいんですかね?こんな贅沢して。」
「ケイシー神父もここまで大変な思いをしたのだから当然だよ。」
「なんにもしていないのに悪いです。」
「気にしなくていい。」
ダークエルフのメイドが枢機卿達3人のために椅子を引く。三人はそのまま腰かけてメイドが椅子を差し入れた。こちらはシャーミリアが俺の椅子をひきそのまま腰かける。
「枢機卿。ここまで王都が復興しているとは思いませんでしたよ。」
「うむ。冒険者たちも良くやっておるようじゃがの、魔人達のあの力であっというまにここまで来たのじゃ。おぬしの国の兵隊を褒めるべきじゃろうな。」
「うちの魔人達はよくやっていますか?」
「よくやっているなんてもんじゃない。恐ろしく効率的にすすめておるわい。」
「それは良かったです。」
「それでそちらの首尾はどうじゃな?」
「はい、ファートリア奪還計画はおおよそ計画通りに進んでおります。枢機卿達のご帰還までは、もうしばらくここでお待ちいただくことになりますが、今なにか不自由な事はございますか?」
「ないぞ。わしゃだいぶ特別待遇されておるようじゃが、おぬしが魔人達に何かを言ったのではないか?」
「それは当然です。ファートリア神聖国の要人である枢機卿をないがしろには出来ません。」
「なんじゃずいぶん堅苦しく考えておるようじゃな。」
そういうわけでもないのだが、これから枢機卿に伝える事を考えると固くなってしまう。隣国のリュート王国の国民を生贄にされた事や、西部の村の怪しい点を見ても、ファートリア国内が何も被害がないわけがない。それを踏まえた上で不用意に悪い情報を伝えたくないというのはある。ただでさえファートリアに巣くっている悪の正体すらも分からない状態なので、どう伝えたら良いのか悩むところだった。
「枢機卿に国へ帰っていただくにもいろいろと…。」
「ラウル君よ気にすることはないぞ。どうせここまで来てしまったんだし成るようにしかならんわい。自分の国がどうなっているかなどはおおよそ想像がつく。ましてや自分の国の王都をこんな目に合わせられたおぬしに、気を使ってもらうなど忍びないわ。」
話を聞く覚悟はできているようだった。ならば俺は包み隠さずに話をすることにしよう。
「ではざっくばらんにお話させていただきます。ファートリアの村々を見てきました。今は私の仲間と部下たちが西部を奪還するために動いておるのですが、ちょっときな臭い感じでして。」
「ふむやはり何かあるか?」
「はい、魔法陣罠が設置されている可能性が否定できません。既に転移罠も3カ所見つけております。」
「そんなものがあるのじゃな。」
「はい。」
恐らくファートリアの内地はもっと深刻だろう。
少しの沈黙が流れた。
「それでおぬしはどう推測するかの?」
「楽観視は出来ないかと。」
「やはりそうか。」
「しかし西部には無事な国民も多数おりましたし、首都とその周辺は確認が取れていないだけと言う事もできます。」
「ふむ。」
「ただどこにどんな罠が仕掛けれらているか分からず、内地の国民が無事なのかどうかが皆目見当がつきません。」
どうしても回りくどい言い方になってしまう。
「罠が発動すればどうなるかの?」
逆にサイナス枢機卿のほうから単刀直入に聞いて来た。
「それは…。」
俺は目を泳がせてしまう。
「相変わらずおぬしは優しいのう。」
俺はチラリと聖女リシェルとケイシー神父を見る。
「あの、ラウル様!かまいません言ってください。」
「そうです僕も既に覚悟は出来ていますから。私は首都で惨劇を見ています。」
「というわけじゃ。既にケイシーからも話は聞き及んでおる、かまわず言っておくれ。」
どうやら聞く覚悟は出来ているようだ。
「罠は3種類あります。転移魔法陣とインフェルノ、そしてもう一つ複合魔法陣の召喚魔法です。」
「召喚魔法とな。」
「人を生贄にしてデモンを召喚する魔法陣です。」
「そのような魔法陣が…。」
「はい私達は見たのです。大勢のリュート王国の民を生贄にしてデモンが召喚される瞬間を。」
「何という…。」
「そんな…。」
「恐ろしい…。」
3人は言葉も無いようだった。自国の戦争で他国の善良な市民が生贄にされ、おそろしい魔物が呼び出されて戦争に使われたのだ。精神的なショックは計り知れないと思う。
「恐らくはこのユークリットでも、ラシュタル王国やルタン町でも同様な事が行われたと思います。」
「そう言うことじゃったか。」
「そしておそらくラシュタル王国やルタン町と、このユークリットとでは生贄の数が違ったと思われます。それによってそれぞれにデモンの強さが違ったと推測されるのです。」
「生贄の数じゃと。」
「はい。ラシュタルでは王族と貴族そして兵達が消え、ルタンでは獣人や町人などが消えています。しかしこのユークリット王都では都市内の全ての人間が消されました。我々がここユークリットで戦ったデモンは3体もおりましたし、かなり手ごわい相手でした。更にはカオスドラゴンと言う恐ろしい魔獣を呼び出しており、ラシュタルやルタンのデモンとは強さの桁が違ったのです。」
「生贄の民の数が違えば、寄り呼び出せるデモンの種類や量が違うと?」
「私はそう推測しておりますし、その意見はモーリス先生とも一致しています。」
「モーリスがか、ならおおよそはその通りなのであろうな。」
「と思います。」
今回、ファートリア前線基地と西の国境付近で戦ったデモンは、以前ここユークリット王都で戦った2匹のデモンやネビロスと比べてかなり弱かったのだ。
「するとファートリア国内にはそのようなデモン多数おると?」
「そう考えても良いかと思います。ましてやファートリア神聖国には魔力持ちの民が多いと聞き及んでおります。そうなれば他の国の王族や兵士たちを取り込んだ時より、更に強力なデモンがいるとみて間違いないかと思います。」
「大量の国民が消された可能性があるということかの?」
「推測の域をでませんが。濃厚ではないかと思います。」
すると聖女リシェルが顔を覆い、ケイシー神父は青ざめた表情で震えている。
「ふむ…恐らくその推察はかなり精度が高いじゃろうて。」
サイナス枢機卿は動揺を見せることなく淡々と話していた。しかし心中穏やかでない事は赤くなって怒りに満ちた表情からも見て取れる。
「そして魔力を使用した戦闘は、更に他の魔法陣罠を発動させる可能性があります。作戦は慎重に慎重を重ねて進めねばなりません。」
「つかぬことを聞くが、わしはいつファートリアに入れるかのう?」
サイナス枢機卿が強い眼差しで俺に言う。
「今はまだ堪えていただければありがたいです。危険な前線で枢機卿を失うわけにはいかないのです。」
「我が国の国民がそのような目にあっているというのに、わしらだけがこの安全な地で待ち続けるというのは、ちと辛いものがあるのう。」
「そこで提案があるのですが。」
「提案とな?」
「カーライルを貸してもらえますか?」
「ん?」
「えっ?」
サイナス枢機卿と聖女リシェルが驚いた顔をする。
「カールを?」
「ええ聖女リシェル。」
「魔人達の中であやつが役に立つとは思えんが。」
枢機卿が昨日のようなカーライルの模擬戦を見ていないのだとすれば、確かに枢機卿が言うのはもっともな事だ。
「いえ、それが昨日の夜に私は凄いものを見たのです。」
「凄いもの?」
「はい。ここより西の闘技場にて彼の夜間訓練を見ました。」
俺が言う。
「あ!私達には来るなと言っているんですよ。もしかするとラウル様は、そのことについて彼を説得してくださったのですか?」
逆に話に割り込んで聖女リシェルが言う。だが俺は彼女が言っている事がよくわからない。
「説得?特に彼には何も言ってませんよ。」
「止めさせてくださるのかと思いました。」
「止めさせる?」
「はい。カールは日入り前に出て行って、朝にはボロボロになってここに担ぎ込まれるのです。骨は折れ靭帯はちぎれ内臓の負担も相当な状態で帰ってくるのです。」
うわぁ…あれ、そんな深刻な状態になってるんだ。どおりで全く身動きできなくなっているわけだ。
「それで彼はどうしてるんです?」
「私がある程度カールを回復させると、動かせるようになった腕でエリクサーを飲んで寝るんです。」
「それで?」
「午後まで一回も起きる事なく寝て、起きたと思ったら物凄い量の食べ物を食べてまた寝ます。そして夕刻に起きてまた出かけていくのです。」
「過酷すぎますね。」
「ええ。」
カーライルは生身の体でRPGやゲームで言うところのレベル上げをしている事が分かった。死ぬかもしれない生身の体で、まさか前世のゲームのような鍛え方をする人がいるとは思わなかった。過酷なレベリングの末にあの技を身に着けたらしい。
「それも含めてちょっと相談もあります。」
「相談ですか。」
「ええ、彼には魔人軍に新しい指導をお願いしようと思ってます。」
「魔人軍の指導?」
「あの体術は既に人の領域を超えています。今は彼の限界を超えた速度に、人間としての体がもたないだけで、それを克服する事が出来ればかなりの能力を発揮できるでしょう。」
「そうなのですか?」
「はい、その前に私もこの地でやる事があるので数日後に出る事になりますが。」
「やる事ですか?」
「まず私はこのユークリットの地でモーリス先生とやらねばならない事があるんです。」
「それはわしもおおよその事を聞いておる。あの書庫を開けるのじゃろう?」
サイナス枢機卿は既にモーリス先生から聞いていたようだった。
「その通りです。そのために先生は私の魔力が必要なのだと言っています。」
「そうじゃろうな。かなりの多重結界を解析して解かねばならん。おぬしの魔力が無ければ相当時間がかかるじゃろう。一人では魔力をため込んでいるうちに何年もたって、くたばってしまうとか言っておった。」
「はい。ですのでそれまでにカーライルを説得してはいただけないでしょうか?恐らく枢機卿のそばを離れる決断をしないと思いますので。」
「いや、わしの指示であればいくであろう。その件は任せておくれ。」
「ありがとうございます。」
《ラウル様。》
唐突に念話が入った。
「枢機卿。現地で動きがあったようです。」
「そうか!」
《どうだギル。》
《はい、位置に付きました。これから作戦を開始いたします。》
《分かった。それじゃあ健闘を祈る。》
《は!》
「枢機卿。どうやらファートリア西部の村人救出計画が始まりました。」
「おお!とうとう我が国の奪還が始まるのか!」
「はい。」
「おぬしには感謝してもしきれぬわ。」
「それは国を取り返してから言ってください。」
「ふふ。わかった。」
「ラウル様!何卒ファートリアをお願いします!」
「僕からもお願いします!」
「私の仲間を信じてください。必ず成功させますから。」
3人は俺の目を見て頷いた。
窓の外を見るとどうやらかなり日差しが強いようだった。俺の目線を追ってサイナス枢機卿と聖女リシェル、ケイシー神父が窓の外を見てまぶしさに目を細める。
するとシャーミリアが3人に向かって言う。
「すみません。作戦の途中経過及び終了報告は後ほど入れさせていただきます。この後ご主人様はカゲヨシ将軍の元へ行く予定となっておりますので、一度会合を終わらせたいと思います。」
シャーミリアが次の予定の為に一度この場をまとめる。
「わかったのじゃ。それではまた。」
「ラウル様!本当にありがとうございます!」
「僕もお役に立つことがあれば言ってください!」
3人が部屋を出ていくのだった。そのまま俺は念話で魔人をよんだ。
「さてとカゲヨシ将軍の所に向かうかね。」
「はい。」
コンコン!
「失礼します!」
今度はサキュバスの美人メイドが入って来た。軽い進化しかしていないので羽が隠せないようだった。メイド服の背中の部分はどうなっているんだろう。
「シン国の人たちの所に連れて行ってくれ。」
「はいお連れ致します。」
羽の生えたサキュバスのメイドが俺達に礼をする。
「よろしく頼む。」
サキュバスは俺を直接見る事が出来ないようだった。頬を赤らめて恥ずかしそうに俺を先導していく。
《ラウル様は殿上人ですからね。》
カララが念話で言う。
俺達はカゲヨシ将軍とマキタカが待つ場所へと移動するのだった。
次話:第376話 建設土木工事の需要
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