第374話 鬼神の如き
ユークリットの都市を抜け西に5キロほど進んだ場所に演習場があり、そこで夜間戦闘訓練をしているらしいのでそれを見に来た。なんとその演習場には観戦席があるらしく、場内の雰囲気からすると円形の闘技場のようになっているようだった。
ラーズが俺達を連れて屋根のある通路を歩いている。この奥に観戦席があるようだ。光などは灯っておらず暗闇の中を進んでいるが、モーリス先生とマリアは暗視ゴーグルをつけているので進むことが出来ていた。俺はゴーグルを外しても何とか歩くことくらいは出来るが楽なので着けている。
「ここ凄い作りだね。ラーズ。」
「ありがとうございます。ラウル様。」
「わしはずっと秘密の書庫の、結界解析につきっきりじゃったからのう、ここに来たのは初めてなのじゃよ。」
「そうなのですね先生。でも夜なのでよく見えませんね。」
「ラウルが出してくれたこの暗視ゴーグルとやらのおかげでよく見えるがの。」
「ラーズ。この演習場は誰の指示で?」
「発案はドワーフです。どうやらラウル様がお作りになった、魔人国での木偶や障害物を設けた軍事演習場からヒントを得たようです。」
ああ…あれね。
俺が魔王城のそばに作らせたサバゲ―の会場の事を言っているようだ。ファントムと部下たちの模擬戦をさせたり、マリアが射撃訓練をした場所の事だ。
「なぜ観戦席があるんだ?」
「戦闘しているのを皆で見て戦術の研究をしているのです。」
「うっそ、そんなことしてんの?」
「ここに移された魔人達は、最前線に出た魔人達を羨ましがっているのですよ。」
「どうして?」
「この間のデモン戦で軽い進化を遂げた魔人達が、自分たちの変化をとてもうれしがっておりまして、最前線ならその機会がたくさんあるだろうと思っているようです。」
「なるほど、それが出来ないのなら自分たちで工夫をして戦術を極めようと言う事か。」
「そう言う事です。」
凄い向上心の塊だな。魔人達はどうしても強くなりたいらしい。
「ラウル様、おそらく彼らは憧れているのだと思いますよ。」
マリアが言う。
「憧れている?」
「ラウル様の直属の魔人達の強さに。」
「あーなるほどね。それは分かる気がする。」
俺はふと後ろを歩いているシャーミリアとカララを見つめる。二人は俺に見つめられたことでニッコリと微笑み返した。系譜をたどって感じる感覚は、彼女らはただ俺に見つめられているのが嬉しいだけらしい。
「ここから観戦席に出れます。」
ラーズが俺達を誘導する。
トンネルのような通路を抜けて外に出ると観客席が眼前に広がった。暗視ゴーグルで周りを見渡すと、俺が想像した通りの円形のコロシアムになっているようだ。まあまあの広さがあり周りをぐるりと観戦席が囲んでいる。
ただその建築物自体は凄いのだが、俺達はそれよりも違うものに気を取られていた。
ガキッ
シュッ
シュパッ
カンッ
闘技場の中心あたりから戦闘音が聞こえて来る。俺達がその方角を見るとどうやら10人くらいで組手をしているようだ。
…いや…組手じゃない。
その異様な様子をみて俺達の目はくぎ付けになってしまった。俺は1対1で組手をしているのだとばかり思っていた。ところが10人の魔人がひとりに対して断続的に攻撃を仕掛けていたのだった。
「えっ!」
「ラウル様。面白いでしょう。」
ラーズが言う。
俺は…鳥肌が立った。
戦っているのは、ライカン、オーガ、竜人、スプリガンもいるようだ。魔人族の中でも強い部類に入る魔人達がたったひとりに対して攻撃を仕掛けている。
しかも…真剣をつかって。
「うっわ、あぶな!」
「なんと!あれは何をしておるのじゃ?」
俺とモーリス先生が驚く。マリアはあまりにもの光景に息を呑んでいた。シャーミリアとカララは特に面白くもなさそうにそれを見ている、ファントムは相変わらずどこか遠くを見つめているだけだった。ヴァルキリーも俺の後ろにただ立っているだけだ。
「えっ!ラーズ!あれ人間?」
「カーライルにございます。」
「うっそ。」
「わしには全く動きが見えんぞい。」
「私にもほとんど。」
モーリス先生とマリアが言う。二人とも戦慄しているようにすら感じる。
なんと10人の魔人達の猛攻を、たった一人かわし続けている”人間”がいるのだ。俺とシャーミリアとカララにはその動きは読めているが、モーリス先生とマリアには見えてすらいないようだった。
「更に動きを早めたようでございますね。」
シャーミリアが言う。
その様だった。魔人達の攻撃のスピードがかなり上がっている。あんな攻撃を避けられる人間がいるとは思えなかった。
しかし…いた。
目の前でそれが繰り広げられている。
カーライルは以前、西の森で初めて俺達に会った時、死を覚悟したという。そんな男がいま俺達の目の前で、10の魔人の猛攻を全てかわしつづけているのだ。
「あ、あんな動きが出来る人間がいるのか。」
俺も軽く動揺している。それだけにカーライルの動きは熾烈を極める。第一進化を遂げた重量級の魔人達の攻撃をかわしているのだ。
「マジか。」
「はは、マジでございます。」
ラーズは俺の前世の言葉を借りて言う。
「全然当たらないぞ。」
「その通りです。魔人はカーライルを捉えることができません。軽くでも当たればただでは済まない攻撃を避け続けているのです。恐らく当たり所が悪ければ即死でしょう。」
「最初っからあんなこと出来たの?」
「いえ。そうではございません。我々からエリクサーを大量に買い込みました。」
「エリクサーを?」
「はい。最初の訓練では大けがをしておりました。それをエリクサーで治してはまた挑んでをくりかえしております。」
《ひえーっ!なにやってんのアイツ。バッカじゃねえの!》
「ふふっ。」
シャーミリアが笑う。
「なんだいミリア。」
「まるでご主人様の様です。」
「あ…。」
そういえば俺もシャーミリアとの組手では、殺すつもりで打ってこいって言ってるわ。エリクサーも使っているし、やっている事はそう遠くは無いか。
「しかしあやつは人間。よくぞあそこまで鍛え上げたものです。」
「きっと、バカなんだろうな。」
「そのようです。」
カーライルを嫌っているであろうシャーミリアが笑って言う。どうやらカーライルの努力だけは買っているらしい。
「見上げたものですわ。」
カララも感心していた。
「ラウル様。どのようにすればあのような事が出来るようになるのでしょう。」
マリアが悔しいような羨ましいような声で言う。
「死を覚悟したような修練を、積み上げ続けると言う事なんだろうね。それこそ人の領域を踏み越えていける人間だけが成し遂げられる偉業だよ。俺たちの目の前で繰り広げられているのは。」
「もはや…人ではないようです。」
「ああ、あいつは人間だけど人じゃない。」
そんな話をしている間にもカーライルの夜間戦闘訓練は続けられていた。俺達はその人外の領域まで高められた武技をただただ見つめていた。
「あやつは凄い男じゃのう。」
モーリス先生も言葉が無いようだった。
「ラーズ。あれをいつからやってんだ?」
「日没からですから、二刻(6時間)は続けております。」
6時間も!あいつ何やってんの!?やっぱバカじゃねえの?
「あのような事を…二刻も!」
マリアが叫び声をあげるように言う。
「それをどのくらいの頻度でやってるんだ?」
「ほぼ毎日にございます。」
ラーズの言葉に俺達は絶句した。あんなことを毎日何時間も続けられる精神力がある事に驚愕を覚える。
「どのくらい続くんだ?」
「日の出とともに終わります。」
「えっと…あと1刻ほどか。」
「そうなりますね。」
「しかしカーライルは凄いな…、時折反撃もしているようだけど。」
「うーむ。やはり攻撃が通るほどには甘くはございません。ただ致命傷とはいかないまでも、怪我をさせられるものもおります。まあ擦り傷程度ではございますが。」
「すげえ。ダークエルフやゴブリンじゃ危ないな。」
「軽く殲滅させられる可能性が御座います。」
第一進化を遂げた重量級魔人の強さは良く知っている。その重量級魔人に擦り傷を負わせられると言う事は、進化していない中量以下の魔人なら確実に殺せると言う事だ。
「ご主人様。あんな者それほど凄くはございませんわ。」
「いやいやいや。俺なんか太刀打ちできないって。」
「これは面白い事を申されます。私奴との組手でご主人様の強さのほどは分かっております。あのようにかわし続ける事をしなくても、ご主人様なら圧倒する事が可能です。」
「そんなことあるかなあ。」
「それではラウル様も、お時間があるときにでも同じような事をされてみてはいかがでしょう?」
ラーズが言う。
「やだよ。そんなおっかない事、あんなこと毎日やってるやつに叶うわけないじゃん。」
「ラウル様はシャーミリアの強さをお分かりでしょう?」
「そりゃ分かるけど、それだって加減をしてもらっての事。」
「ご主人様。あの男にはそれすら叶いませんよ。」
「えっ!あんな凄い事できてるのに?」
「見ればわかります。」
「ラウル様、シャーミリアの言うとおりですよ。私にも分かります。」
カララが言う。
「と言われても、とにかく遠慮しとくよ。」
カララもシャーミリアも俺を見て微笑んでいる。どうやら本心らしいがあんな物騒な事したくはない。
「ただ付け加えて言うなれば、あそこで戦っているあの男はただの人間です。人間の最高峰に立つ者であるといっても間違いございませんでしょう。」
ラーズが言う。
「だな。あんなこと出来る人間がそうそういてたまるか。カーライルの精神構造がどうなっているのか見てみたいよ。俺達よりよっぽど怖い鬼を住まわせているんじゃないかと思う。」
「ご主人様。それは否定しません。」
「私も同感です。」
「我もそう思いますな。」
3魔人が納得している。
「それにしてもあの体力はどこからくるんじゃろうな。」
「御師様。あやつは時おりポーションを飲んでいるのですよ。」
ラーズが言う。
「ポーションを飲みながらやっておるのか!?」
「はい。体力をポーションで回復させつつ戦い続けておるのです。」
「そのような真似を!?」
モーリス先生が唖然とする。
「先生。私は彼を尊敬いたします。彼のような人間をこのような場所でくすぶらせているのはもったいないかもしれませんね。」
「その通りじゃな。最近わしがあやつに合わなかったのは、このような事をやっていたからじゃったのか。」
「カーライルは凄いです。」
「同感じゃ。」
俺達はカーライルの修練をただ見つめていた。とにかく飽きないのだ。魔人達から振り下ろされる刃、突き上げられる槍、横なぎにくるかぎ爪、両方から薙いで来る剣。それを華麗にかわし時おり剣で角度を変えさせ、剣の上や魔人の腕の上を走り、振り払う反動で飛んで向かいの魔人に切り込む。
そこで俺はある事に気が付いた。
「ラーズ!カーライルは空中で方向を変えてない?」
「それが最近グラドラムから入手したものがあるらしいのです。」
ラーズが言う。
「入手したもの?」
「このくらいの容器に入ったものです。」
ラーズが両手で30センチくらいの幅を作る。
「なんだそれ。」
「切り替えがあり、突起を軽く押すと中から物凄い勢いの噴射が出るのです。」
あー!もしかしてあれか!
デイジーとミーシャとバルムスが作った指向性のある液体を入れたやつ。デイジーが吹き飛ばされて転がり、俺の魔導鎧を天高く舞い上げたあれ。それをどうやら腰にぶら下げてレバーを引きながら操っているらしい。
「あれデイジーさんが作ったやつです。」
「あの婆さんはまた変わった物を…。」
「あれで私の重い魔導鎧を天高くまであげたんですよ。」
「魔導鎧を飛ばしたのか?」
「ええ。」
「カーライルはそれを使って動いておるのかの?」
「恐らくはその装置を使っているのでしょう。」
俺はカーライルが人外の動きをしているからくりを見た。しかしあんなものを人間が操れることのほうが不思議だった。あんな装置が出来たからと言って、おいそれと人間が使える代物ではない。
そんな話をしているうちに空が明るくなってきた。
日の出と同時にカーライル達の戦闘訓練が終わったようだ。カーライルががっくりと膝をついて四つん這いになったと思ったら、どさっと倒れ込んでしまった。次第に場内が紫色に染められ陽が昇っていく。
「先生。とりあえず行って見ましょう。」
「そ、そうじゃな。」
俺達は観戦席を降りて中央のカーライルと魔人達に近づいて行く。
「ラウル様!」
ザッ
10人の魔人が俺に跪いた。
「いいよ。みんな訓練で疲れているだろう。休んでくれ。」
「「「「「は!」」」」」
魔人達は後ろへと下がる。
「はは、ラウル様。私の無様な姿をすみません…もう立てないのです。」
カーライルが言う。
そしてカーライルを見て更に驚いた事があった…カーライルは目を包帯のようなものでぐるぐる巻きにして目隠ししていたのだ。
そんなことあるぅ!?もしかしてこの状態であれやってたの!?
「カーライルさん!目をどうかしたのですか?」
「あ、いえいえ。魔人と戦うのに目で見ては逆に邪魔になります。魔力を気配で察して反応せねばすぐに死んでしまいますからね。彼らの魔力を読むのにはこれが一番です。客席に巨大な魔力があると思ったらラウル様だったんですね。そしてその隣にあるひときわ美しい魔力はシャーミリア様。」
「いますぐ殺してやろうか?」
シャッ
シャーミリアが爪を伸ばした。
「いやいや、ミリア。彼はもう疲れていて動けないよ。優しくしてやってくれ。」
「シャーミリア様にこのような醜態をさらしてしまうとは。」
こんな状態になってもシャーミリアからの印象が第一らしい。
「とにかくお疲れでしょう。起きれますか?」
「ははは、しばらくは無理でしょう。」
「ファントム!カーライルさんを運んで差し上げろ。」
ファントムが優しくカーライルをお姫様抱っこする。
「すみませんね。せっかく久しぶりにお会いできたのにこのような体たらく。」
「いえ、私はカーライルさんの志に感銘を受けました。もしよかったら今後の事も含めてお話いたしましょう。」
「わかりました。」
スッ
シャーミリアが爪でカーライルの目に巻かれた包帯を切って取ってやった。以外に優しいところもあるらしい。
「おお、シャーミリア様のご尊顔!何と見目麗しい。」
カーライルがシャーミリの顔を見たとたんに叫ぶ。
スッ
カーライルの喉にシャーミリアの爪が立つ。
「ミリア!」
「は!失礼いたしました。つい…。」
つい殺そうとするのヤメロ!
「とにかく街に戻るとするかの!」
モーリス先生が言い俺達が頷く。
俺達はカーライルを連れて、ブッシュマスター装甲車に乗るため戻っていくのだった。
次話:第375話 枢機卿への報告
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