第371話 ゴーレム模擬戦
いやー楽。
ファートリア西部の村々の作戦では魂は削られるわ、それなのに走って移動しなきゃいけないわで本当につらかった。でも今回はファートリア前線基地からユークリット王都への移動で車両を使っている。
異世界の草原を走るMRAPブッシュマスター装甲車。300馬力のエンジンを搭載し最大速度は時速100㎞、ルーフハッチには12.7mm機関銃を装備しており、魔獣がいきなり現れても撃退する事が出来る。ただ魔獣に関しては食べる事も想定して、ファントムが素手で仕留める事にしていた。
《だが!この車の特筆すべき点は冷房が付いているという事だ!さらに床下には270ℓの飲料水タンクが付いている。俺はこの快適さが気に入ってこれを召喚したのだよ!》
車両の両サイドをファントムとヴァルキリーが走ってついて来ていた。ドレス姿のシャーミリアはスカートをなびかせ屋根の上で12.7㎜機関銃の前に座っている。マリアがメイド姿で運転をし助手席にはカララが座っていた。
俺とモーリス先生が後部座席で話をしている。
「ファートリア西部の村々でも魔法陣が仕掛けられている可能性があるのじゃな。」
「はい。おそらくはその可能性が高いかと思います。そのための作戦だったのですが、敵の首脳陣は自国の国民の命をどう考えているのか。」
「そうじゃな。サイナスやケイシー神父から聞いた話と、これまでの事を合わせて考えればもはや人間の所業とは思えぬ。」
「そう思うのです。」
「国民を減らせば税収も減るがの、自ら自国の国民を減らしてまで罠を設置する意味はなんじゃろうな。」
「私にもさっぱりです。敵の目的が何なのか全くわかりません。」
「うむ。」
モーリス先生が白い顎鬚を撫でている。
「ご主人様。設置した仮設基地が見えてきました。」
「そうか。」
シャーミリアに言われてフロントガラス越しに見るとはるか前方に、俺達が設置した仮設基地が見えてきた。大勢のリュートの民がこの場所でデモンを召喚するための生贄になったのだった。自国の民もあのような生贄にするつもりだったのだろうか。
その基地の手前には大きな川が流れている。
「マリア!あの川の前で車を止めてくれるか。」
「はいラウル様。」
川の前に車を止めてみんなが車を降りた。
「なんじゃ立派な拠点があるのう。」
「そうなんです。あれは自動で作られた拠点です。」
「自動で?どういう意味じゃな?」
俺はモーリス先生に召喚した双眼鏡を渡す。
「ん?なんじゃ?一人で黙々と動き回っているやつがおるようじゃが、魔人の仲間でもおるのか?」
「いえ、あれはグレースが出したゴーレムなんです。」
「なんと!ゴーレムとな?」
「どうやらまだ動いていたようですね。」
「しかしだいぶ壊れているようじゃ。」
「そうですか?」
俺はモーリス先生から双眼鏡を受け取って覗く。ゴーレムはあちこちが欠けているようだった、片手が取れて頭も4分の1ぐらいが欠けていた。
「そういえば、ここにデモンが出現して西に向かったんです。」
「その時にやられたのかのう?それにしては完全に破壊されておらぬようじゃが。」
「無視されたのかもしれないですね。」
「放っておかれたということかの。」
俺も先生もデモンの脅威よりゴーレムの強靭さの方に興味を示した。グレースの指示は誰かが攻撃してきたらその拳で思いっきり殴れと言ったはず。それならデモンが攻撃してきた時に反撃したはずだった。デモン相手にあの程度の破損で済んでいるのならば、かなり強靭なボディをもっているか、自動修復機能でもあるのかもしれない。どちらと言うと後者か?
「あれずっと自動で動いてるんです。」
「なんとも可哀想じゃのう。」
「グレースが止めて回収するしかないんです。」
「それまで決められた動きをし続けると言う事かのう。」
「はい、何も考えずに永遠に。」
「不思議な物じゃ。」
「とにかくグレースは攻撃しなければ反撃しないように指示しています。元はここに送られて来たリュートの民を牽制するつもりで置いたので、防衛以上の攻撃の指示はしていないんです。」
「こちらが攻撃をするまでは何もしないのじゃな。」
「はい。」
川の対岸にある仮設の拠点で今もせっせとゴーレムは動き回っていた。このまま放っておいたらどうなるのかよくわからないが、万が一あれに冒険者とかが攻撃したら大変だ。作戦がひと段落したらグレースに回収してもらわなければならない。
《我が主。》
《どうしたヴァルキリー。》
《あれには恐らく虹蛇様が仮の命を吹き込んでおります。》
《分かるの?》
《我のような分体とは違いますが、あくまで仮の命ですから虹蛇様に収納されればその命は消えます。》
《不思議なものだ。》
《かつあれには自動修復機能がついております。》
《やっぱりそうか。》
《もうしばらく放っておけば完全に戻ると思われます。》
《凄いな。そんな機能がついてるなんてな。》
《似たようなものは我にもございますが?》
《うっそ!そうなんだ!》
《自動とはまいりませんが、破損個所に我が主が魔力を注げば直ります。》
《お前凄いな!》
《これがそう造られているだけです。》
《なるほどね。ゴーレムも似たような物か?》
《虹蛇様の力が及ばなくなれば動きを止めるかと。》
《グレースに何かがあったら止まる?》
《そうです。》
ゴーレムもヴァルキリーも根本的な部分では何かが被っているのかもしれない。
《待てよ…グレースには性別が無い。虹蛇はグレース自体が分体だと言っていたけど、もしかしてグレースはヴァルキリーやゴーレムと似た存在ってことか?》
《似て非なる者と言ったところでしょう。》
《違うの?》
《その通りです。あの虹色の髪を持つ虹蛇様は我と似ていますが、違うのはグレース様という魂核を宿されていると言う事です。》
《お前には魂核が無いのか?》
《ございません。》
《えっと、龍神はレヴィアサンという龍を分体として持っているんだ。それも似たような構造になっていると言う事かね?》
《龍神様はあの人型が本体です。恐らくはレヴィアサンは分体として直接操れるものだと推察します。》
《なるほどね。精霊神には分体はないようだけど。》
《確かにございませんが、世に満ちている精霊は全て精霊神様のお子のようなもの。》
《上級中級下級どれも?》
《はい。》
《エミルはウンディーネやシルフやイフリートって言う上級精霊を使役しているようだけど。》
《使役とは違います。ただ慕っているのです。》
《慕っている?》
《お子ですから。》
《そうなんだ?》
《上級精霊には意思のようなものが宿っております。》
《ヴァルキリーみたいに?》
《そうです。》
《なるほどね。かなり違う形態ではあるが関係性は多少似ていると言う事か。》
《そうなります。》
俺とヴァルキリーが話している時間は実際の時間にしてみれば短い。魔人達との念話と違い、俺の心の中だけで話しているようなものだ。おかげで俺はヴァルキリーから瞬時にいろいろな情報を得ることが出来た。
「してラウルよ。」
モーリス先生が話しかけて来る。
「はい。」
「この川はどうやって車を渡すつもりかな?」
「それは大丈夫です。カララ!」
「かしこまりました。」
カララが川に向かって手を差し出すとシュルシュルと糸が出てきた。あっという間に対岸に渡る、銀の糸で作られたつり橋が出来た。
「この上を渡します。先生も乗ってください。」
「この橋は大丈夫なのかの?」
「カララの糸は1本でもこの車を支える事ができますから。」
「なんとも…凄いものじゃのう。」
「私はヴァルキリーを渡さねばなりません。」
「わかった。」
俺が言うとマリアとモーリス先生がブッシュマスターに乗り込んでいく。
「じゃあマリアよろしく!シャーミリアとカララは念のため両サイドを確認してくれ。」
「仰せの通りに。」
「わかりました。」
車は銀の橋に向かってゆっくりと進んでいく。シャーミリアとカララが左右を歩いて車をまっすぐに進ませる。マリアの運転技術もだいぶ上達したようだ。
《ヴァルキリー鎧を着るぞ。》
《はい我が主!》
心なしか応答のテンションが上がったように感じる。ヴァルキリーは俺に乗ってもらうのが嬉しいようだった。もしかしたらコイツ魂核あんじゃねーの?
ガシャン!
鎧に入る。
《さてと、主導権をもらうぞ。》
《どうぞ!》
俺は魔導鎧に魔力を流す。すると自在に動けるようになった。
《みなぎりますね!》
ヴァルキリーが言う。
《じゃいくぞ!》
俺は川に向かって全力ダッシュしてジャンプする。
ビュン!
物凄い加速と共に俺の体は宙に高く舞い上がった。
あれ?あれれれれれ?
そう言えばこの前の超回復術を受けた時からかなりパワーアップしてたんだった。
ズオオオオオ
ものっすごい跳躍をして川を飛び越え地面も飛び越えて、仮設で作った拠点に落下していく。
「やっべ!」
3,2,1
ズッゴーン!!
俺は仮設の拠点の岩で出来た建物を破壊しながら、拠点の真ん中に着地してしまった。
ビュッ
ドゴン!
後ろからいきなり巨大な塊が襲ってきた。それはさっきまでウロウロしていたゴーレムのグーのパンチだった。そのパンチを右手で受け止める。
ぴたっと受け止める事が出来た。
「ち、ちがうんだ!これは攻撃じゃないんだ!間違ったんだよ!」
ズォ
ゴゴーン
次は強烈なゴーレムの膝蹴りが入って来た。それを俺は鎧のすねで受け止める。
ピタ
やはり飛ばされることはない。
《シャーミリア!カララ!すまん川を渡りきったらそのまま拠点を通り過ぎて先に行っててくれ!》
《ご主人様!ゴーレムに攻撃されているではありませんか!》
《すぐに拘束いたしますので!》
シャーミリアとカララが念話で言って来る。
《いや!良いんだ!丁度いいんだ。》
《丁度いい?》
《とにかくそのまま進め!》
《かしこまりました。》
《ファントム!お前もだ!》
《‥‥‥》
ちょっと不運な事故だったが俺はこれを利用させてもらう事にする。魔導鎧を着てオージェや魔人達と戦闘訓練をする前に、どの程度の力が発揮できるのか見ておきたかった。更にヴァルキリーに俺の戦闘パターンを読ませるいい機会だ。
そんなことを考えている間もゴーレムは俺に苛烈な攻撃を加えて来る。このパワーもスピードもあんなにゆっくり動いていたやつだとは思えなかった。
《龍神はこれを何体も相手して訓練してるんだもんな。俺が鎧を脱いだら瞬殺されそうだけど。》
ドゴーン
ガガーン
物凄い威力のパンチやキックで攻撃をされているが、俺の魔導鎧はそんな攻撃にはびくともしないようだった。ゴーレムは魔導鎧を着た俺の2倍以上の大きさで、攻撃はかなり重いが全て受け止める事が出来ていた。
「グレースごめんよ。」
俺はゴーレムのパンチを受けざまにカウンターで右のパンチを繰り出す。
バゴッ
ゴーレムの頭が吹き飛んだ。
「止まるか?」
シュ
バゴーン
ゴーレムは止まらなかった。頭を無くしてもゴーレムは余裕で動くようだった。スピードははるかに俺の方が上だが、ゴーレムは俺の攻撃を予測して反撃してきているようにも感じた。
《ヴァルキリー!なんか俺の動き読まれてる?》
《はい。読まれていると思います。》
《どうしてかな?》
《我が主の動きは時に変則的ではありますが、どうやら数度見た攻撃は覚えるようです。》
《凄い!そんなこと出来るんだ?》
《我も今ご主人様の動きを覚えております。》
《そう言えばそうだったな。》
《このまま続けてくだされば良いかと思います。》
《分かった!》
それからもゴーレムの攻撃を躱し受け流し止め弾き返した。
ズッズゥゥゥン
俺の横なぎの蹴りでゴーレムの両足を破壊してしまったため、左腕一本になったゴーレムは横たわり腕をぶんぶんと振り回していた。
《こんなになってもまだ動くんだ。》
《痛みなどもありませんので。》
自動再生の瞬間を見届けたい気持ちもあるが、先を急がなければならない。
「かわいそうだけど直るまでがんばってな。」
俺はそのまま仮設の拠点を後にする。あのゴーレムはあの拠点から離れる事はない、また体を直して動き出すと拠点づくりに精を出すに違いない。
俺は神たちの本体と分体の関係性に思いをはせながら、先行したブッシュマスターを追いかけるのだった。
次話:第372話 復活する王都への流通
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