第370話 頼れる仲間達
モーリス先生に秘密の書庫の話を聞き、俺達はその重要性が高いのではないかという結論に至った。しかし優先順位を考えればファートリア西部の村人救出作戦のほうが緊急性が高い。もしかすると敵が西部地域の異常に気が付いて、事を早急に進めてくるかもしれないからだ。
異世界組とモーリス先生でその事を議論していたのだった。
「やはり西部地域の救出が先じゃろうて。」
モーリス先生が言う。
「やはりそうでしょうか?二カルスの主から入手した魔導書に何らかの暗示が隠されている可能性もあるかと思うのですが。それを解き明かせばあるいは…」
「じゃが即効性や直接的効果はないかもしれん。大勢の命がかかっておるのじゃ、それは論拠に動くわけにはいかんじゃろう。まずは現場の作戦の方が重要と思うがのう。」
「ラウルよ、先生の言う通りじゃないかな?」
「だな。やはり不確かなその情報で動くのはいささか危険な気がする。」
オージェとエミルが言う。
確かにそう思うのだが、以前にグレースに変わる前の虹蛇に言われた事が胸にひっかかっているのだった。目の前に起きたことは全てにおいて偶然ではなく必然であると。その流れに任せて動くのが最良の物事を引き寄せるのだと。
「仲間達もそう言っておるのじゃ、ラウルにはまず目の前の救える命を救ってほしいのう。」
「ですが…。」
俺は次の言葉が出てこない。皆が言っている事が正しいからだ。
「なら迷うことないだろう。すぐに部隊を出すべきだ。」
オージェが言う。
そうかもしれない。
きっと俺が考えすぎているのだろう。ただ俺がどちらも正しいと思って迷っているだけなのかもしれない。すぐに部隊を派遣して村人を救出してから秘密の書庫を見ても遅くはないはずだ。
「でもなんでこのタイミングなんですかね?」
グレースが言う。
「それはたまたまユークリットにマキタカさん達を送ったタイミングが重なったんだろう。」
エミルが返した。
モーリス先生とオージェ、エミルは直ぐに作戦を実行すべきと言う。俺は迷い、グレースは何かにひっかかっているようだった。
「もしですよ…もしその書庫に多重魔法陣を解除できる情報があったとしたら、もっと安全に事を運ぶことが出来たりしませんか。」
グレースの言葉に皆がハッとする。
「ふむ。虹蛇様の言う事も一理あるのう、じゃが書庫の結界を解き膨大な情報の中からそれを見つけ、長い時間をかけて解析している余裕があるとは思えんのじゃ。」
まったくの正論だ。先生が言う通りそんなことをしている時間は無い。
「俺もそう思う。」
「俺もだ。」
オージェとエミルも先生の言う事に納得する。
「確かにそうですね。時間的余裕を考えたら、そんなことをしているうちに敵が攻めて来るかもしれない。西部の村人が抹殺されてからでは取り返しがつきませんからね。」
グレースも納得したようだ。
《我が主。迷われているようですね。》
ヴァルキリーが念話で話しかけてきた。
《ああヴァルキリー。前に虹蛇の言う通り動いたら事態が好転したように思うんだ。》
《シン国の将軍を助けた事ですね?》
《その通りだ。虹蛇の言うとおりに動かねば将軍は死んでいた。》
《今回はその虹蛇の啓示と似ていると?》
《そう言う事だな。タイミングが良すぎる気がするんだよ。》
《確かに絶妙すぎますね。》
《どう思う?》
《我にその判断はありません。我が主の心の赴くままに動かれてはいかがでしょうか?》
《なるほどね、やっぱり俺の判断によるって事か。》
《この場合そうではないでしょうか?》
《わかったありがとう。》
《差し出がましい真似をすみません。》
ヴァルキリーと話してみて俺は作戦の微調整が必要であると考える。
「えっと部隊を分けます。」
みんなに言う。
「部隊を分けるじゃと?」
「はい。西部地域を奪取する部隊と、秘密の書庫で情報を収集する部隊です。」
「そうは言っても、書庫の結界を開けるにはラウルの魔力がいるのじゃが。」
「私がユークリットの書庫に行きます。」
「ん?西部地域の解放は誰がするんだ?」
エミルが言う。
「俺じゃない人。」
「最高指揮官が現場を離れるというのか?」
「ああオージェ。俺じゃなくても出来るからな。」
「誰が…いやまさか…。」
オージェがピンときたようだ。
「ご名答!オージェ君ぜひ西部ラインの指揮官をお願いするよ。」
「俺がか?…しかし魔人達に念話での指示など出来んぞ。」
「大丈夫、ただオージェだけに指揮官の座を渡すわけじゃないよ。なあギルもやってくれるだろう?」
「ラウル様がやれと言われれば拒否などいたしません。」
「オージェと常に一緒にいて、お前が全体に指示を出すんだ。」
「かしこまりました。」
「なら決まりだな!既に西部の村への根回しは終わっているし、ギレザムの育てた部隊でデモンが出現した時の対処はできる。アナミスが村人を誘導し救出と武器輸送はエミルが行い、武器の供給はグレースがやる。俺の連結LV2で常に繋いでおけば魔人間の通信網も維持できるから、総指揮でオージェが指示を出してくれれば作戦は恐らく俺よりスムーズに運ぶだろう。」
皆が俺の説明を聞いて黙り込む。
「大丈夫だ。責任は全て俺にある、ここまで段取りをつけているんだから恐らく問題ないはずだ。」
「まあ、そうだな。ラウルの言うとおりだ。では俺は総指揮を甘んじて受けよう。」
オージェが力強く言う。
「オージェならそう言ってくれると思ってたよ。既に計画は頭に入ってるだろうから、俺がとやかく言うよりオージェの判断で進めてもらった方が、恐らく作戦は早く進む気がするんだ。」
「まあやってみるさ。」
「龍神様!我々魔人を指揮していただけるとは光栄にございます。」
ギレザムがオージェに一礼をする。武人としての最高峰にある龍神にギレザムは畏敬の念を持っている。その指揮下に入るのを少し楽しみにしているようにも思えた。
「ギレザムさん。ぜひよろしくお願いします。そして俺の指示に疑問や間違いなどがあった場合遠慮なく言ってください。」
「もちろん助言はさせていただくつもりです。」
「ありがとう。」
「アナミスもそれでいいか?」
「‥‥ラウル様と離れるのですか?」
「すまんがそうなる、アナミスなくしてこの計画は成り立たんからな。それとカトリーヌとルフラもだ。」
「はい…やはり私もですよね。」
「分かりました…。」
カトリーヌとルフラの歯切れが悪い。あの回復術以降なにかと俺にくっつきたがっていたが、彼女らの魂に何か影響を与えてしまったのかもしれない。
「戦闘になった場合、怪我人が出る可能性があるからな。カトリーヌには現場にいてもらわなければ困る。俺の代わりに戦場のみんなを助けてくれ。」
「ラウル様の代わりに…はい、誠心誠意努めさせていただきます。」
「頼む。」
俺はカトリーヌの手を取って目を見つめて言うのだった。
「2番目の村にはギレザムが当たってくれ、南の村にはゴーグが隊長として、北の村にはガザムが隊長としてついて欲しい。」
「は!」
「わかりました!」
「御意!」
そう、この3人なら必ず任務を遂行してくれる。彼らのコンビネーションは本当に神がかりなのだ。
「そしてスラガ。」
「はい。」
「急に呼び出してすまなかった。」
「いえ、ラウル様に呼んでいただき嬉しく思います。」
黒髪と黒い瞳の日本人風の少年に見えるスラガが頭を下げる。スラガはスプリガンなのでいざという時は巨人に変身して戦うのだが、その巨人の力をこの小柄の体でも発揮できるのだった。
「今回の作戦でギレザム、ガザム、ゴーグ、アナミス、ルピア、ルフラが戦地に赴く事になる。ドラグはリュート王国の王子と姫の専属護衛についているんだ。そこでスラガにはマキーナ、セイラと共にこの基地での指揮を任せたい。」
「かしこまりました。」
「将来的に東方に侵攻する際には、俺の直属配下であるミノスとドランとラーズも呼ぶつもりだ。そこでお前には重要なお願いがあるんだよ。」
「なんでしょう?」
「二カルスのミノスとドラン、ユークリットのラーズを抜いた後で各拠点は防衛力が落ちるだろう、そこで彼らの代わりに50名の魔人を送る予定でいるんだ。3000の兵の中から150人を選んで鍛え上げてくれ。」
「そういう事でしたか。それでは遠慮なく鍛えさせていただきます。」
「ああ、存分にやってくれ。」
「わかりました。」
俺はファートリア西部のラインを奪取した後、そのまま東に進軍する予定だった。そのため進化した魔人達をファートリア方面軍に引き上げようと思っている。西側都市の戦力低下を補うために精鋭部隊を作り上げようと思ったのだった。
それを武人として最強レベルのミノスやドラグと対等の力を持つスラガに依頼する。
今は北の各都市にルゼミア王軍の隊長格だった者達が散らばっている、彼らにはその土地ごとの基地の司令官として少将という階級を与えるつもりだった。言って見れば各地域の裏の支配者のような存在だ。将来的な展望としてその者達の直属の部隊として、優秀な魔人で構成された特殊部隊を派遣するつもりでいる。今回はそのための試験的な取り組みとなる。
「それじゃあラウルよ。わしとファートリア王都に向かうとするかの?」
「ええ先生。ぜひお供させてください。」
「陸路でいくのじゃな?」
「そうなります。」
「冒険者としての血が騒ぐわい!」
「はい、でも無理はなさらずに。」
「年より扱いするでないわ!」
「すみません。そういう意味合いでは…。」
「冗談じゃ。」
てか‥‥モーリス先生って一体何歳なんだっけ?60歳と言われれば60歳、100歳といわれれば100歳にも見える。
「それではラウル様。早速部隊を出動させても?」
「いいぞギル。それじゃあオージェ総司令としてのお力をぜひ私にお見せください。」
「俺の自由にしていいんだな?」
「ええ龍神様。」
「なんだ畏まって。」
「人にものを頼むときは当たり前だろ!」
「ふふっ了解だ。」
「エミルもグレースもよろしく頼むよ!」
「了解。」
「了解です。」
二人そろって俺に敬礼して見せる。つられて俺も敬礼してしまった。
「おまえら本職の前でそれやるか?」
オージェが笑って言う。
「今度、正しい敬礼の姿勢をご教授もらえますか?」
俺が言う。
「ああビシバシと鍛えてやるさ。」
「お手柔らかに。」
俺の友たちは間違いなく凄い奴らだ。前世だけに限らず今世でもコイツらに囲まれて暮らせるなんて俺はツイてる。彼らにならすべてを任せる事が出来た。
「じゃあカティ。すまないが怪我人の世話を頼めるかな?」
「わかりました!」
カトリーヌが見よう見まねで敬礼して俺に言う。
か‥‥かわいい!
嘘のようにかわいい!
オージェとエミル、グレースがその可愛さに見とれていた。
いいだろう!俺の嫁になるかもしれない人だ。
「でも私がいない時のラウル様の身の回りの世話は?」
「今回王都にはシャーミリアとファントム以外に、カララとマリアを連れて行く予定だ。」
「うらやま…いえ、彼女達ならきっとラウル様のお役にたつでしょう。」
カトリーヌの目の奥に若干の嫉妬の炎が灯るのを俺は気が付かなかった。
「他にカティほどの回復魔法の使い手がいれば、俺と一緒に来てもらってもいいんだけどね。」
「いえ、大丈夫です。私の立場とやるべきことは存じ上げているつもりですわ。」
「頼む。じゃあルフラ、くれぐれもカトリーヌに怪我が無いようによろしく頼む。」
「お任せください。」
「じゃあ作戦開始だ!」
「「「「「はい!」」」」」
皆がそれぞれの持ち場に付くために部屋を出ていくのだった。
「ラウルよ。」
「はい先生。」
俺とシャーミリアとファントムだけになった部屋でポツリとモーリス先生が言う。
「良い仲間をたくさん持ってよかったのう。」
モーリス先生が目を細めて本当に愛おしい者を見る目で言う。少し涙を溜めているようにすら見える。グラム父さんとサナリア2000人の仲間を失った俺の事を気遣っているようだった。
「先生の教えのおかげで私は良い仲間に恵まれました。」
「わしは何もしとらんぞ。」
「いえ先生のおかげです。」
「それじゃあこれから世界を救って恩返ししてもらおうかのう。」
「必ず達成してごらんにいれます。では先生、我々も準備を。」
「わかった。」
俺とモーリス先生が部屋を出る。シャーミリアとファントムが後ろについて来るのだった。
ユークリット王城の書庫にある情報。
その情報が今後どのように俺達の行動に影響を及ぼすかは分からない。だがとても重要な事が隠されているように思うのだった。俺が先生の横顔を見ると、それに気づいたモーリス先生は穏やかな笑みを浮かべるのだった。
グラムやイオナがこの人を師と仰ぐのがよくわかる。深い慈愛に満ちた目を俺は生涯忘れないだろう。
次話:第371話 ゴーレムとの戦い
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