第361話 驚異のスパイ網
マキタカ達が引いてきた荷馬車の車輪をわざと外して立ち往生を装う事にした。マキタカと配下には朝に出立した村に戻って、道具屋か修理工を呼んでくるように伝えてある。
村からは5キロくらい離れているので徒歩で2時間以上かかるはずだった。村人側の準備もあるので3時間かかるかもしれない。
その間とりあえずやる事もなく、俺たちは荒野の草むらに隠れて彼らの到着を待つことにした。
「銃の解体組み立て競争しない?」
俺が唐突に言う。
「いいね。」
「なんの銃でやる?」
オージェとエミルが乗ってくる。
「じゃあまずはM4カービンでやろう。」
「オッケー。」
「了解。」
あまりにも手持無沙汰だったので、訓練がてら銃の組み立て競争をすることにした。
荒野にビニールシートを敷いてそこにM4カービンを3丁召喚した。俺達の周りには魔人の配下達とトライトン、カトリーヌがいて俺達がやる事を見ている。
「ラウル様!頑張ってください!」
カトリーヌが言う。
「おう!任せろ!」
「エミル、いい所見せてよね。」
「わかったよ。どちらかと言うと得意な方だからな。」
ケイナに応援されてエミルも自信たっぷりに言う。
「龍神様はいかがですかな?」
「ああトライトン。俺の本職はこれだからな。」
「本職?ですか?」
「まあ黙ってみてろ。」
「じゃあゴーグが合図をしてくれ。」
「はい。」
俺達が目の前のM4カービンを置いて手を腰に組む。
「3、2、1、はじめ!」
カシャカシャカシャ
俺達が急いで銃を解体し再度組み上げる。
「はい!」
オージェが終わった。
「早!」
「終わり!」
エミルも終わったようだ。
「ちっ!」
1位はオージェ、2位がエミル、3位が俺だった。
「M4カービンは簡単だよ。」
「だな。」
「くっそー。」
《前世の時からこの二人には勝てたことが無い。》
「うーむ。じゃあ今度はなにでやろうか?」
悔しいからもう一回挑戦する事にする。
「やっぱAK-47じゃね?」
「いいね。」
俺達は目の前に3丁のAK-47を召喚した。
「ラウル様!今度こそ勝ってください!」
カトリーヌが言う。
「よーし、今度は気合を入れるぞ。」
「次こそは1位になって!」
「もちろんだケイナ!任せてくれ!」
エミルもやる気満々だった。
「龍神様はこれも得意なのですか?」
「これは定番中の定番銃だ。本職の俺が勝つよ。」
オージェは気負う事もなく余裕の表情だ。
「じゃあゴーグ、また合図を頼む。」
俺達は後ろ手に組んでゴーグの合図を待つ。
「3、2、1、はい!」
カシャカシャカシャ
「よし!」
「くそっ!」
「またかよ。」
1位オージェ、2位エミル、3位俺だった。
「昔から変わらないな。やっぱ俺がビリか。」
「ラウル様が呼び出している武器なのに、なぜ二人の方が上手なのですか?」
カトリーヌが不思議そうに聞く。
《まったくだ。》
「なんでなんだろうな。この二人には勝てたことがないよ。」
「そうなのですね?」
「いやでもさラウル。オージェはずるいよな、職業でやってたんだもんな。」
「でもエミル。その得意分野で挑むから意義があるって言うか…。」
「まあそれもそうか。」
「実技に関してはオージェにかなう気がしねえ。」
「ああ。」
でも俺に言わせれば、武器などとは縁遠いドクターヘリの操縦をしていたエミルが、なぜ俺より武器の分解と組み立てが早いのか疑問だがな。
「とりあえずファントム!これを全部飲んでくれ。皆の見てないところでな。」
M4カービンとAK-47を3丁ずつをファントムが握りしめ、離れた場所に歩いて行く。俺達に見えないように次々と小銃を飲み込んでいるようだった。
「彼にはどれだけ武器を飲ませたんだ?」
エミルが言う。
「いやぁ時間あるときはとことん飲ませたからな、弾丸や砲弾は物凄い量になってると思う。」
「体が膨れたり爆発したりしないもんなのかね?」
「飲んだ武器は30日経っても消えないところを見ると時間が止まっているようだし、かなりの容量があるようなんだよね。ひょっとして無限なのかもしれないよ。」
「時間が止まっているから爆発もしないか。」
「そのあたりはよくわからん。」
「不思議だ。」
例えばグレースの場合は神格化した虹蛇本体に物資が収納されていると思うのだが、ファントムの場合は俺の魔力だまりとは別の所に収納スペースがありそうだった。シャーミリアにもよくわからないようで、とにかく詰められなくなるまで武器を詰めようと思っている。
3時間弱程待っていると村の方から街道をやってくる集団が見えた。
「どうやら修理工を連れてきたようだな。」
「そのようだ。」
マキタカ達の他に誰かいるようだったがおそらくは修理工だろう。俺達は離れた荒野から双眼鏡を覗いて見ていた。どうやら修理工は二人いるようだった。一人は厳つい筋肉のおっさんでもう一人は少年のようだ。
「アナミス。」
「心得ております。」
壊れた荷馬車付近にはマキタカの配下5人が待っていて、さも壊れた荷馬車をどうにかしようとしているようなふりをしていた。
ふわっ
アナミスが俺のそばから立ち上がって無造作に歩き出す。
《ただ歩いて行ったら見つかりそうだけど。》
《ご主人様。大丈夫です。アナミスは人間に見つかるような事はございません。》
《そうなんだ。》
確かに普通に歩いて近づいているが、村人はおろかマキタカ達も気が付いていないかの様だった。ギャルぽい美人が荒野を歩いていたら物凄く目立つと思うのだが、全く気付いていない。アナミスがその人間の集団に接触するやいなや、二人の村人はふっと意識を失って力が抜けたようだった。
マキタカの配下がそっと抱きかかえて座らせた。
《ラウル様。眠りました。》
《了解。》
「いくぞ。」
俺達は荷馬車の場所まで歩いて近づいて行く。
「マキタカ様、ご足労ありがとうございます。」
「なんの。村から上手く連れ出せてよかったです。」
「アナミス、どうかな?」
「少しお待ちを。」
アナミスからまた靄のようなものが出てきて村人二人を包み込む。
「精神干渉を受けたり魅了されたりはされておりません。」
「そうか。と言う事はデモンの影は?」
「ございません。」
「まあこの二人だけが無事なのかもしれないしな、村人が全て安心とは言えないが希望はあるぞ。」
「それでラウル殿、この後は?」
「ちょっと私とアナミスが相談を。村人を借ります。」
「わかりました。」
そして俺とアナミスが村人をずるずると引きずってみんなから離れる。
《マキタカたちから洗脳したなんて見られたくないからな。とにかく急いで処置をしてくれ。》
《ではラウル様、私に魔力を。》
俺はアナミスに手を触れて魔力を注ぎ込む。アナミスの手はふたりの村人に添えられていた。
《終わりです》
《わかった。》
俺がみんなの所に戻って説明をする。
「まずはこの荷馬車を直してもらいましょう。車輪はただ外しただけなので簡単に治るはずです。私たちはこのまま姿を消して村のそばの雑木林に潜みます。マキタカ様達はそのまま彼らを連れ荷馬車をひいて村に潜入してください。マキタカ様の部下のお二人はオージェとトライトンと入れ替わってください。」
「わかりました。」
「了解した。」
オージェとトライトンがマキタカの配下に紛れ込む。
「ではお二人は私達と来てください。」
「では同行させていただきます。」
俺達が荷馬車を離れて荒野に潜み、オージェとトライトンが村人二人を支えマキタカのそばに立たせる。
「アナミス。」
「はい。」
瞬間でふたりを目覚めさせた。元居た場所ですぐに目覚めた二人は、自分達が気を失っていた事が分からないようだった。そのまま話を始める。まるで時間を止めて二人だけを操作したかのようだった。
「これは大変ですね。車輪が外れたようだ。」
「直りますかね?」
マキタカが訪ねる。
「ええ応急処置は何とかなるでしょう。直したら一度村に戻って補強したほうがいいでしょうな。」
「わかりました。ではお願いします。」
「ではすみませんが、皆さんでちょっと車を持ち上げていただきますか。」
「はい。」
皆が荷台に手をかけるが、皆が手に力をこめる前にスッと荷馬車が持ち上がる。もちろんオージェが左腕一本でひょいと浮かしたのだった。
「さすがは冒険者お力がありますな!皆様重いでしょうが、そのままでお願いいたします。」
マキタカとその配下達は全く力を入れていないので不思議そうな顔をしていた。
カチャカチャ。
修理工があれこれ言い、少年が助手として工具を渡している。しばらくして車輪が取り付けられたようだった。
「これで大丈夫ですが応急処置です。一旦村に戻ってしっかり直しましょう。」
「ありがとうございます。お礼はさせてもらいますから。」
「いえいえ!村にあんな貴重な岩塩を大量にいただいたのです。このくらいさせてください。」
「そういうわけにはいかない。とにかく村に戻ったらぜひ受け取ってほしいものがある。」
「わかりました。」
マキタカと修理工の親父の話が終わった。
配下が馬をひき街道を村に向かって引き返していくのを確認する。
「いったな。」
「そうだな。」
「じゃ、行くぞ。」
俺はテントに置いてあった魔導鎧を着こむ。その鎧の異様な姿にマキタカの配下は驚いていた。
「二人はついて来てください。」
「はい。」
「はい。」
俺達は再び荒野を村の方角に向かって進むのだった。
「エミル、風の精霊は?」
「まだいるよ。」
「音声は取れるか?」
「もちろんだ。」
俺達が雑木林に付く。すでにマキタカと修理工は村についているようだった。
「アナミス。」
「はい。」
「あの実験をやってみるぞ。」
「いつでも大丈夫です。」
「意識を繋ぐ。」
「かしこまりました。」
アナミスが修理工に施した支配術により、俺はアナミスに連結をしたうえで、アナミスの目を通して更に修理工の視界に繋いでもらう。
「おお!」
「どうしたのです?」
カトリーヌが聞いて来る。
「村人の視界を盗んだ。」
「そのような事が!?」
「初めて試してみたけどうまくいったみたいだ。ちょっと驚いた」
「なんということでしょう。」
「カトリーヌちょっと待ってね。皆も俺に同調するんだ。」
魔人達に指示をする。
「ご主人様、失礼いたします。」
「かしこまりました。」
「はい!」
シャーミリアとルフラ、ガザム、ゴーグが元始魔人の系譜をたどり俺と意識を繋ぐ。
「え!?」
しかし驚いたのはカトリーヌだった。ルフラがカトリーヌの神経にまで同調しているため、ルフラに俺の系譜の力で見せている映像がカトリーヌにも見えているらしかった。そしてそれはシャーミリアやゴーグにも同じ現象となって現れる。
「これは…。」
「修理工の視界だ。」
「すごい…。」
成功だった。アナミスといろいろ話して編み出した視界共有術で、魔人全員が支配した村人の視界を盗んだ状態になる。
「話している声も聞こえますね。」
「ああ。ただ村人を通してしか聞けないからな、エミルの精霊で全体の音も取ってもらう事にした。」
「すばらしい。」
「ご主人様の創造性に感銘いたしました。このような事が出来るようになるとは。」
そう、俺は自分をハブにして魔人達に、支配した人間の視界の共有を図ったのだった。リアルタイムでアナミスが盗んだ視界と聴覚を皆に共有する事が出来た。
「カトリーヌ様。私のこの力は魔力を作動させずに使えるのです。」
「そういうわけでしたか。」
カトリーヌがようやく納得したようだ。
マキタカの配下二人は俺達に起きた出来事が分からない。しかしエミルの下級精霊から流れる音声で一気に意識がそっちに向かう。
「おお、旅の人!この旅は難儀でしたな。」
村の老人が声をかけて来るのが聞こえる。
「ええ、まさか荷馬車の車輪が壊れてしまうとは思っても見ませんでした。」
マキタカが答える
すると俺達の側にいたマキタカの配下二人が言う。
「マキタカ様の声が聞こえる。」
「本当だ。」
「これは精霊神の力なんですよ。ここにいるエミルは精霊神なんです。」
「えっ!」
「こちらも神様でいらっしゃったんですか?」
「まあそうです。」
ふたりの配下がエミルに頭を下げた。
「とにかく村の様子を見ましょう。」
「わ、わかりました。」
「すみません。」
こんな常軌を逸した事は初めてのようで目を白黒させていたが、さすがは武術の達人、すぐに集中力を研ぎ澄ませていた。
俺達は村の様子をうかがう。
「とりあえず車輪をしっかり補強するには1日かかりそうです。」
「そうですか…。」
すると老人が言う。
「旅の人よ。これも何かの縁ですじゃもう一晩、泊まっていってはいかがかな。」
「かたじけない。それではお言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、あのような貴重な岩塩を大量にいただいて、村の者もたいそう喜んでおります。早くウルシュカ(ファートリア神聖国の首都)に岩塩をお運びになりたいとは思いますが、1日2日のずれは問題にならぬでしょう。」
「そうですね。」
俺達の視界の中で老人とマキタカが話している。修理工は支配されているにも関わらず、自分の意識でそれを見ていると思っているらしい…
恐ろしいアナミスの能力に俺ですら震えがくる。
「では、皆様で荷馬車の荷物をお持ちください。私は荷馬車を借り受けます。」
「みんな荷物を持て!」
「はーい。」
「はいよ。」
「おう!」
流石…達人たちはマキタカに横柄に答えていた。どうやら冒険者を演じているらしい。あまりにも自然で違和感がなかった。ピリピリしながら俺達と事を構えようとしていた時とは大違いだ。
マキタカと老人を後に、修理工と弟子は馬をひいて自分の工場へと向かうのだった。
村でのスパイ網が確立した。
これは使える。
俺はニヤリと笑うのだった。
次話:第362話 地雷の設置調査
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