第360話 市民脱出計画
街道の向こうからマキタカとその配下の集団がやって来た。
俺達は荒野で待ち伏せをするような形で待っていたが、あと50メートルほどの距離になったので彼らの前に姿を現す事にした。
ザザザザ
《ん?なんていうかシン国の人とは雰囲気が違う。髪はこげ茶色だし、ざんばらで適当に切った風の髪型だ。なんとなくシン国の人というより、北の大陸の冒険者風のいでたちだ。本当にマキタカなのか?人違いじゃないか?》
俺達が街道を塞ぐように立ちふさがると、兵士たちは素早く陣形を整えて一人を護衛するような布陣になる。物凄く洗練された動きにスキが無い。
そしてその先頭にいる兵士が叫んだ。
「なにやつ!賊か?」
兵士達が警戒して腰の剣や槍に手をかけた。
「いえ。マキタカ様に御用がありまして。」
「貴様!なぜ?…マキタカ様お下がりください!」
《うーんと困ったな。》
「まて!」
俺が困っているとマキタカが兵士を制する。
「ラウル殿ではないですか?」
「マキタカ様のそのお姿で一瞬分かりませんでしたよ。お元気そうですね。」
「訳あってこのようにしています。ラウル殿はこのようなところで何を!?」
「まあそれは私もお聞きしたい所です。」
「あ、ああ。それもそうですね。」
「とにかくこんな往来で話し込むのもなんですから、道を逸れた場所に天幕をはります。」
「わかりました。おい!皆で手伝おう。」
「は!」
そして俺達は街道を外れて荒野に、大型のテントを召喚してみんなで手分けして組み立てた。
「こ、これがうわさに聞くラウル様のお力。」
いろいろな物資を召喚する俺を見て、マキタカ配下の一人が言う。
「凄いだろう?」
「まことに神の如きお力。」
「言った通りだろ。」
マキタカがまるで自分の事のようにどや顔だった。
とにかく全員分の戦闘糧食のペットボトル水を召喚し渡す。
「ぜひ飲んでください。」
「こ、これは?」
「水です。喉が渇いている人はどうぞ。」
「水?」
兵士たちがペットボトルの上から下から眺めている。
「これはこうやって開けるんです。」
俺がペットボトルの蓋を開けて飲んで見せた。
「おお!」
「ほら!お前達、ラウル殿がおっしゃっているんだ飲め飲め!」
マキタカに言われみんなが蓋を開けて飲み始めた。
「プハ!水ですな。」
「本当だ澄んだ水だ。」
ペットボトルの水でめっちゃ驚いているようだった。
皆が落ち着いたところで俺が話し始めた。
「意外なところでお会いしましたね。」
「ええ、驚きましたよ。」
「マキタカ様自ら、このような危険な場所にどうして?」
「もちろん将軍の為です。危険を承知で来たのですが、実は特になにもなくここまで来れました。」
「してその格好は?」
「ええこれは変装です。」
「潜入するために?」
「そうです。我らの黒髪はこちらの地域ではいささか目立ってしまうでしょう?そのため髷を切り染料を用いて髪を染めたのですよ。」
「よろしいのですか?」
前世では武士が髷を切るのは、恥辱のような意味合いがあったようななかったような。
「そのようなものにこだわって命を危険にさらすわけにいきませんからね。」
「なるほど。潔いですね。」
「いえいえ。大したことではありません。」
「甲冑もやめて皮の鎧なんですね。」
「それもシン国の物では特徴的すぎますから。」
「なるほどです。」
どうやらファートリアに潜入するために髷を切って染め、皮の鎧を着てこちらの冒険者風を装っているらしかった。
「馬とかはひいていないのですか?」
「もちろん早馬をひいて来たのですが、あらかた馬は二カルス大森林の街道でやられてしまいました。あの荷馬車と馬は最初の村で、ラウル殿からいただいた岩塩と取り換えてもらったんですよ。」
「お役に立っているようで何よりです。」
「ラウル殿にいただいた貴重なものですから、大切に使わさせていただいております。」
「それはうれしい。」
「馬を失ったため最初の村までは物資を全員の手で運んできたのです。」
「それは大変だったでしょうね。」
「手分けすればそれほどでもありませんでしたよ。」
たしかに早馬を使わなければここまでたどり着いていなかっただろう。
「ここに来たのは将軍様が目的なんですね?」
「ええ!そうです。その…将軍がいないようですが。」
「このような危険な場所にカゲヨシ様をお連れするわけにいきません。」
「そうですか…。して将軍はいずこへ?」
「影衆の皆さんと私の仲間の人間と共にある安全な場所にいます。」
「そうですか。それを聞いて安心しました。」
マキタカは少し安心したようだった。
《アナミス。》
アナミスに念話を繋ぐ。
《はい。》
《この人たちが精神障害や魅了されて無いか調べてくれ。》
《はい。》
俺が伝えるとアナミスからふわりといい香りがする。それと同時に淡い紫の靄がテント内を覆っていく。マキタカと配下達がトロンとした目をする。アナミスに精神を探られているようだ。
《ラウル様。》
《どうだ?》
《全く干渉されたような気配はありません。精神干渉もないようですね。》
《わかった。気付けしてくれ。》
するとツンとする香りが一瞬漂って、マキタカ達の目に光が戻る。マキタカと配下達にはデモンなどに魅了や精神干渉されている者、諜者が居ない事が確認できた。
「現在カゲヨシ将軍はユークリット国内におります。安全のため場所は私が直接お連れするまで明かせませんが、お元気にしておられますよ。」
「それは安心しました。」
「わが軍でも、防御に適した魔人達がいますから。」
「虹蛇様やトラメル様、ケイシー神父はお元気にされてますか?」
「虹蛇は私達と共に作戦行動中で前線基地に、トラメル伯は自分の領地を統治してます。ケイシー神父はカゲヨシ将軍と同じ場所にいますよ。」
「そうですか!それは何より。実は国内で将軍を心配する声が上がりましてな、それで我々が捜索隊を編成してきたわけです。」
「我々の作戦が終わりましたら、必ず将軍様の所へお連れします。」
「それはありがたい。それで作戦とはどういう作戦ですか?」
「フラスリア領からファートリアを通って二カルス街道までの道を、我らが使えるように奪取する作戦です。」
「ファートリアの領地を奪うと?」
「有り体に言えばそうなります。」
「なるほど。」
「ファートリアへの進軍はすでに開始されておりまして、魔人軍が侵攻中なのです。」
「それでこちらに。」
「そう言う事です。」
「ラウル様ならば一気に攻め落とすかと思いました。」
「それが…。」
俺はファートリアとユークリットの国境で起きた、デモンの召喚で人々が生贄になった話や街道に転移罠が仕掛けてあることなどを話した。無理に攻めこめば一般市民が無駄に死んでしまう可能性がある為、慎重に事を運んでいると理解してくれた。
「転移罠と言うと、ラウル殿がかかって砂漠に飛ばされてしまったあれですか?」
「そうです。」
「それが街道沿いに仕掛けてあると?」
「ええ、マキタカ様たちがひっかからなくて良かったと思っています。魔法を使う事はありましたか?」
「この隊に魔法を使える者は一人もいません。」
「皆様はどういう方達なのですか?」
「我が国の武道の達人ですよ。剣や槍の道場を開いているような者達です。」
「なるほど!それでここまで全員が無傷で来れたというわけですね。」
「そういうわけです。」
「して、そのデモンとやらを召喚する罠が村に仕掛けてあるかもしれないと?」
「その可能性があります。あるいは既に確認できている転移罠からデモンが転移してくる可能性、村にインフェルノが設置してある可能性を考えたわけです。」
「全ての罠を発動させずに村人を救いたいと?」
「ええ。」
「ふふ。ラウル殿らしい考え方ですな。」
マキタカ達が理解してくれたようだった。
「それで、マキタカ様達はこの後どうなさるおつもりですか?」
「将軍の無事が確認できたことでとりあえずは安心しました。あとは将軍様と合流してお手伝い出来ればと思っております。」
「では可能であれば、私たちの作戦を手伝ってはいただけませんか?」
「村人救出作戦をですか。」
「そうです。我々には魔力を有する者が多いため、不用意に村に侵入する事も出来ません。数名が魔力を使わずに動けるので、その者達だけでやろうとしたのですが…。」
「そういうことでしたら、ぜひ我々に手伝わせていただきたい。」
「いいのですか?」
「助けない訳にはいきませんよ。以前我々の将軍をラウル殿に救っていただきました。当然お手伝いさせていただきたく思います。」
「ありがとうございます。では。」
俺はマキタカ達に作戦の概要を伝え、これからやるべきことを説明した。
「ふむ。わかりました。」
「ただしマキタカ様達の安全を確保する必要がありますので、このオージェとトライトンが同行します。」
オージェとトライトンが軽く会釈する。
するとマキタカの配下の達人たちが鋭い眼光でオージェを見る。どうやら達人たちはオージェを気にしているようだった。
「ラウル殿、この者たちはかなりの手練れです。誰かに護衛を頼むほどひ弱ではござらんですよ。」
「それは分かっています。ただ…この人は人じゃないんです。」
「人じゃない?」
「以前私の知り合いに虹蛇様が居ましたよね?」
「ええ、おられました。誠に神々しいお方でした。」
「なら話が早いのですが、この大男は龍神です。」
「あーそうなんで…えっ!龍神!?龍神様ですと!!」
「そうです。」
「こ、これは!」
マキタカと配下達がスッと頭を下げた。
「いえいえ。私に頭など下げないでください。」
オージェが言う。
その言葉を聞いても、配下達は顔の前に手のひらを合わせて目を瞑り拝んでいる。
「あまりにも自然なたたずまい、殺気も何も無くまるでそこに何もなかったような、それでいて気向けると大きな存在感がおありになられる。」
達人の一人が言う。
「まさに、これは…境地とも思える佇まい。」
「このような武人がいるとは思えない。龍神様とお聞きして納得しました。」
「未熟な我々が先ほどのような無礼な視線を送ってしまい申し訳ござらん。」
配下達の視線に尊敬の光が灯っていた。マキタカが配下の達人たちを振り向いてあっけに取られている。どうやらマキタカにはオージェの気配を感じ取られないようだ。
「おぬしたちは何かに気づいておったのか?」
すると配下全員が頷いた。
「さらにはマキタカ様。」
配下が言う。
「なんだ?」
「こちらのお嬢様もこちらの大きな御仁も、そちらの娘様もそちらの少年も我々には何もつかめません。その存在がどのような方なのかも想像もつきません。」
シャーミリア、ファントム、アナミス、ゴーグの事を言っているようだった。
「ラウル殿。こちらの皆様は?」
「ああすみませんマキタカ様!ご紹介が遅れましたね。こちらはすべて私の配下です。こちらは俺の秘書で”これ”が魔人国の執事、こちらが交渉担当でこっちがうちの機動部隊です。」
シャーミリア、ファントム、アナミス、ゴーグの順番で紹介する。
「と申されますと、すべてが魔人と?」
「その通りです。」
すると一番前にいた配下が言う。
「マキタカ様はもしかするとお気づきになられていないのかもしれませんが、ここにいるたった一人でも我らが何かを出来る事はありません。手も足も出ないと言うのが正直なところです。」
「そうだったか…。」
マキタカがようやく気付いたようだった。
「でも。我々はマキタカ様達に危害などを加える事はありませんからご安心ください。」
「まったく…さすがはラウル殿のお仲間と言ったところでしょうか。私には気が付くことすらできませんでした。」
「気負わずに普通に接してやってください。」
「わ、分かりました。」
「では早速ですが作戦をお伝えします。」
マキタカ以下、配下の10人が俺の話に耳を傾ける。
俺の作戦に物凄く丁度いい戦力が合流したのだった。村人にも面識があり潜入するにも自然にできるだろう。彼らの参加はとても心強かった。ここまでの道中で村人に受け入れられてきた実績は大きい。
彼らによく理解してもらうよう救出作戦の会議は2時間ほど続くのだった。
次話:第361話 驚異のスパイ網
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