第359話 謎の兵団
俺達の目の前には雑木林があり、その手前で俺達は行軍を止めた。
もうすぐ夜が明ける。
土砂降りだった雨は上がり、葉から雫が落ちて地面に溜まった水たまりに波紋を広げていた。
「一旦この雑木林に入ります。」
「この林の先に村があるのか?」
「その通りです。」
ガザムは雑木林の方を見ながら答える。
「ご主人様。林の先に確かに人間の生命反応があるようです。」
シャーミリアにはすでに人間の反応が分かるらしい。雑木林の向こうにある村の人間の反応がわかるとか、いったいどういうセンサーになっているのかは不明だ。
「そうか?どのくらいいるかな?」
「131名ほどおります。」
「131人か。アナミスはどう思う?」
「ここからでは状況が分かりません。」
「ガザム。とにかく村を目視できるところまで連れて行ってくれ。」
「は!」
俺達はガザムについて雑木林の中に入っていく。この雑木林にはそれほど背の高い木は生えていないものの、雑草が生い茂っており草をかき分けながら進んでいた。
「あれが村です。」
雑木林の反対側について、そこに見える村はそれほど大きくは無さそうだったが、きちんと柵なども設けており小さな魔獣などの対策はされているようだった。
「今はまだ暗いがもうすぐ夜が明ける。そうすれば人が動き出すだろう。」
「どうするんだ?」
オージェが聞く。
「エミルの精霊を使って村人の声を盗み聞きしてくれないか?」
「わかった。」
するとエミルが手のひらをかざして顔の前に持ってくる。ふわりと手から浮かんだのは透明で淡い光を放つ毛玉のような物だった。
「水の下級精霊とはまた違うんだな。」
「風の下級精霊だ風に乗って飛んでいくよ。」
エミルの手の上から離れて薄っすら透明なそれは、村の方へとプカプカ飛んで行った。それは村に容易く侵入していく。
「入った。」
「魔法陣の有無とか分からないかな?」
「すまないがそれは分からない。」
「そうか。」
エミルは目を閉じているが村の中が見えているようだった。
《うん、エミルがこれを女風呂でやらないようにしっかり見張ってないとな。》
俺が心の中でそう思う。
「ん?ラウルなんか言ったか?」
「いや、なんもいってない。」
「そうか。」
エミルは鋭い。
静かに皆がエミルの言葉を待っている。
「まだ寝てるな。」
「まあ俺の時計ではまだ午前4時だからな。起きるにしてももう少しだろうけど。」
「お?」
「どうした?」
「大きな建物があるぞ。」
「人は居るか?」
「ちょっとまて。」
どうやらあの透明な毛玉を建物に侵入させているらしい。
「いる。だがそれほど多くはない。」
「正確な数は分かるか?」
「んーひいふうみい…。」
エミルがゆっくり内部を探っているようだった。
「10名と言ったところか。だが剣や皮の鎧はあるが、どうやら正規の兵士じゃないように見える。」
「偽装かね?」
「そこまでは分からないな。」
「他には?」
「変わったところはない。」
「そうか。」
どこの兵だろう?ファートリアかバルギウスか、それとも自警団の類かよくわからなかった。フルプレートアーマーなんかが置いてあれば分かりやすいのだが。
「村長の家とかはわかるか?」
透明な毛玉はその兵舎らしき建物を出てフワフワと村の中を漂っているらしい。
「わかんない。どこも一緒だ。」
「そうか。」
「ん?動きがある。」
「どうした?」
「おじいさんらしき人が目覚めたらしいな。」
「そうか、何をするんだろう?」
「まて。」
そしてエミルは集中して村人に気をめぐらせている。
「…トイレだな。」
「そうか…」
「用を足して…また…寝た。」
「そうか…」
エミルが村の中を探っていると空が紫色に色づいて来た。どうやら陽が昇って来たらしい。
「お、奥様方が起き出したようだぞ。水を汲んだり竈門に火をくべたりしているようだ。」
「朝ごはんの用意だろうな。」
「そのようだ。」
「エミル。村全体を俯瞰して見渡せるか?」
「わかった。」
エミルはまた集中する。
「ラウル…。」
「なんだ?」
「村を俯瞰して見たんだが、嫌な予感がするよ。」
「嫌な予感。」
「村の敷地が完全な円形なんだよ。」
「ああ…そうか。確かに魔法陣が設置してある可能性はあるな。」
「ああ。」
村を作るときに敷地をあえて円にすることも無いとは言えない、だが完全な円形になっているとなると少し気になる。もしかしたら魔法陣をかいてその上に村があるのかもしれないからだ。
「どんどん起きて家から出て来たぞ。」
「何をしている?」
「男たちが薪を割ったり、水を汲んだりしている。」
「平和な村の普通の光景と言う事か。」
「だな。」
「あとは…鍬や鎌なんかを並べたり、農作業の準備をしているようだ。」
「畑か?」
「ああ、村の向こう側に畑がある。」
「なるほどな。」
「宿屋や食堂はありそうかな? 」
しばらくエミルが黙り込む。
「宿屋はありそうだ。食堂はまだ人々が動いていないから分からない。」
「宿舎に旅人風な人が宿泊していたりは?」
「いる。宿屋の部屋で身支度をしている者がいるぞ。」
「旅人かな? 」
「そうみえるが。」
「このご時世に旅か…エミル、そいつの後をつけてくれ。」
この戦時に旅をしているなんて怪しい。
「了解。」
「他国との交流を断っているのに旅人とかね。」
「どういう事だろうな?」
オージェが言う。
「分からない。もしかするとファートリアから送られた何かかもしれないな。」
「そうかもな。」
「もし使者だとしたら目的は何だろう?」
「ファートリアから仕向けられた偵察かあるいは村人の監視か、どういう理由があってここに来たのか。」
「聞いてみなければ分からんか。」
するとしばらくしてエミルが口を開いた。
「旅人が宿屋を後にして出かけるぞ。」
「つけてくれ。」
エミルの精霊が旅人の後を付いて行っているらしい。
「気取られるなよ。」
「相手には加護が無い、精霊に気が付く事は無いだろう。」
「わかった。」
「どうやら兵舎の方に向かっているようだぞ。」
「なるほど、彼らと旅人は味方同士なのかね?」
「話す内容でわかるだろ。」
またエミルが黙った。透明な毛玉精霊を尾行させているらしい。
「旅人が兵舎のドアをノックしている。」
「会話を傍受してくれ。」
「了解。」
やはり不自然な旅人はファートリアからの使者か何かか?嫌な胸騒ぎがするがとにかく情報が足りなすぎる。
「こちらにも同じ精霊を出すから、それで向こうの音が聞こえると思う。」
エミルが言うので俺達はうなずいた。エミルが手をかざすとさっきの透明な毛玉のような物がもう一個現れる。
(お前たち、よく休めたか。)
(は!)
(ならいい。今日は村を出て更に北に行くぞ。)
(は!)
(そして村人に感謝のしるしとして、これをいただいた。皆で食べるといい。)
(ありがたい!)
「エミル。向こうで何をしているのか分かるか?」
音声は聞こえるが、向こうで何をしているのか分からない為、エミルに解説してもらう。
「村人からいただいたものを食ってるらしい。なんか布を広げてパンのようなものをみんなに配っているみたいだな。」
「感謝のしるしってなんだ?」
「よくわからん。」
「なるほど。とにかく続けてくれ。」
「わかった。」
再び透明な毛玉から音がする。
(この国は思いの外、平和でしたな。)
(うむ…そうだな。この国に入ったとたんに消されるかとも思ったが、特に何も起こらなかった。前の村でも親切にしていただいたしありがたいことだ。)
(村長にもありがたがられましたね。)
(そうだな。)
(宿の方はいかがでした?)
(我が皆と一緒で良いと言ったのだが、もてなしがしたいと言われ自分だけ行ってすまなかった。)
(いえいえ。マキタカ様の地位であれば当然の事。)
!?
「ちょっ!ちょっ!ちょっと!エミル待ってくれ!」
「どうした?」
「俺はその人を良く知っているぞ。」
「知り合い?こんなところにいる?」
「ああ、おそらくは間違いなくそうだ。」
「わかった。」
集中してその会話に聞き耳を立てる。
(どこにいってしまったんでしょうね?)
(ああ、ラウル様が付いているのでおそらくは問題ないだろうが。)
(将軍様の許可なく国を空けましたからね。)
(大丈夫だ。他の老中たちにはすべて根回しをしてきた。)
(ならいいのですが。)
(カゲヨシ将軍とは音信不通になってしまった。恐らくはファートリアの首都に向かったのだと思うが、ラウル様から聞いた話では危険な状況だ。)
(そうですね。とにかく危険なら救出して連れ帰らねばなりません。)
(影衆もついているんだ。問題はないだろう。)
(はい。まあ将軍様の事ですから無事であるとは思いますが。)
(まあ心配するな。すぐに見つかるだろうよ。)
(でもどこの村も通過していなかったようです。)
(それはそうだろう。恐らく村を迂回して通ったのではないか?我らには魔獣のいる荒野や森林を抜ける事は不可能だが、ラウル様には恐らくそれが出来るはずだ。)
(そうなのですね。)
(あれは神の力よ。)
(それは凄まじい戦いだったようですね?)
(森の屍人をまるで雑草を刈るように倒して行ったからな。)
(凄まじいです。)
(それにラウル様からいただいたこの岩塩はどこの村でも、たいそう喜ばれるな。)
(どうやら塩不足のようですね。)
(思った通りだな。)
うん間違いない。マキタカ達がシン国からカゲヨシ将軍を追いかけてきたんだ。
「エミル分かったよ、そのまま監視を続けてくれ。村を出てしばらくしたところで彼らと接触してみる。」
「了解。」
カゲヨシ将軍の名前が出たところで、俺達全員が相手の正体を知る事となった。危険にもかかわらずマキタカと配下達がカゲヨシ将軍の安否を気遣って追ってきたようだ。
「村はどうする?」
オージェが言う。
「ひとまず保留だ。マキタカさん達と接触すればここまでの村の情報が獲れるかもしれない。もしくは協力を得られる可能性もある。」
「うむ。それも一理あるな。」
「とにかく、北の街道沿いへ先回りして待ち伏せする事にしよう。」
みんなが頷いてそのまま雑木林の中に引き返していく。
しかし危ない所だった。マキタカさんがファートリアに着いたとしても殺される可能性が高い。しかしながらそれがいくら危険だと分かっていても、将軍の捜索隊を出すのは当たり前の事だった。大群では来ずに10名に絞った辺りはさすがマキタカだ。恐らくは少数精鋭出来たのだろう、これなら何かあったとしても甚大な被害を出さずに済む。
俺達は雑木林を抜け出して、来た道を戻る事になった。
「しかし俺があげた岩塩を交渉に使うとはさすがだな。塩が不足しているだろう事を想定して村々に塩を送っているらしい。」
俺が言う。
「どこの村も喜んだろうな。マキタカさんという人は良く分かっているようだ。」
「ああ、オージェ。カゲヨシ将軍の側近でキレものさ。」
「まさか堂々とファートリアの街道を歩いて、更に村々に立ち寄ってくるとはな。」
「見かけによらず豪胆な人なんだなって再確認したよ。」
「さすがはあの将軍様の側近だな。」
「ああ。」
そして俺達は急ぎ、村から5キロほど離れた北の街道沿い脇の荒野に待機することにした。
それから1刻(3時間)ほどはエミルが送った精霊からの傍受で、見たものの共有をしてもらっていた。マキタカと配下達は普通に村人にお礼のあいさつをしてまわり、村長に別れを告げて村を出たらしい。村長には大変ありがたがられていたようだった。
「やっぱ岩塩の価値はそれほどなんだろうな。」
「そのようだ。」
「グレースに全部預けてあるけど、交渉のために少し持ってくるんだったよ。」
「ラウルはその辺の外交的な所をマキタカさんに学んだ方が良いんじゃないのか?」
「ああオージェ。こればかりはお前の言う通り過ぎてぐうの音もでないよ。」
流石に耳が痛い。複合魔法陣の攻略などにばかり意識がいってそんなことを考えても見なかった。
「ラウル。馬を2頭ひいてそれに荷馬車をひかせているらしい。」
「荷馬車か。」
「物資を積んで運んでいるようだ。」
「他の人は?」
「全員徒歩だ。」
「そうか。」
「最初から徒歩で来たのかね?」
「どうだろうな。」
そんな話をしているうちに街道の向こう側にマキタカ一行が見えてきた。
《カゲヨシ将軍を連れていない事で叱られるだろうか…いちおう安全なところに人間の冒険者たちと一緒に保護しているんだけどな。しかもカゲヨシ将軍本人の申し出でそうしているし…》
俺はマキタカに何を言ったらいいのか迷い始めた。
そうこうしているうちにマキタカ一行は100メートルほど先にやって来た。
森で別れた時と変わらぬマキタカの姿を双眼鏡で捉え、ホッと胸をなでおろすと同時にかるく緊張して来た。
なんて言おう。
次話:第360話 市民脱出作戦計画
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