第36話 身体強化のはじまりと魔人
俺は死にかけていたらしい。
後から聞いたら胸の肋骨は陥没、左腕はぐちゃぐちゃ、胸から首には深い裂傷を負っていたらしい。
よく・・生きてたな。
サナリア領の森でレッドベアーに襲われたとき・・メイドや冒険者の死体はぐちゃぐちゃだった。
間違いなく俺の身体は強くなっている。戦っているうちに強くなったらしい。
ゲームでいうところの・・レベルアップみたいなもんかもしれない。前世では経験を積んだところで体がこんなに飛躍的に強くなったりしない。熟練度や精度があがったり勘が鋭くなったりするだけだ。そもそも魔力なんてないし。
俺はレッドベアーのかぎ爪の直撃を受けて吹き飛ばされたはずだった。大木に激突したのにもかかわらず、体はぐちゃぐちゃになる事もなく何とか2本足で立っていられた。普通なら即死のはずだった。
「しっかし・・レッドベアー美味かったな・・」
俺はしみじみと言う。ファングラビットも美味かったし、魔獣ってそもそも上手いのかもしれない。
次の日は朝から出発して今は峠の下り坂に差し掛かっていた。下りはのぼりより早めに降りることができるので1日もあれば麓にたどり着くだろう。
「ラウル・・」
イオナが話しかけてきた。
「なんですか・母さん」
「あなた・・体、大きくなってない?」
「えっ?そうですか?」
イオナが不思議そうに俺を見た。
「気のせいかしら・・」
俺は特に変わったつもりはない。まあレッドベアーのパンチ直撃を受けて生きていられる人間になってしまったのは認めるが、そんな急激に何かが変わるわけがない気がするんだが…
今はマリアが手綱を握っている、石を踏んだようで馬車は揺れた。イオナが俺にもたれかかったが、8歳の俺がびくともしない。うん!なんか変だ。
「ん、でもやっぱりあなた・・体、大きくなったわよね??」
「そんな・・まさか」
「坊ちゃま・・たぶん奥様の言うとおりです。大きくなってます。というか体に厚みが出たような気がします。」
「へっ?そんなぁ」
「ラウル―、ちょっと私と並んでみて―。」
揺れる馬車の中でミゼッタが12.7㎜M2機関銃を押さえて体を支えながら立ち上がる。俺はその場ですっくと立ちあがった。心なしか・・体のバランスもいいな。ミゼッタの隣に歩いて行き並んでみる・・
あれ?
ミゼッタを見下ろしている。昨日はほとんど目線は同じだったはずだ・・10センチくらいは背が伸びてるぞ。
「というか・・胸の前のボタンが・・パンパンですよ。」
「へっ?」
俺は自分を見下ろした・・本当だ胸のあたりがパンパンになっている。何があった?ボインになった?
「ちょっと服を脱いでみなさい。」
イオナに言われるままに俺は服を脱いでみた。
「「「・・・・・」」」
3人とも無言だった。
えっ!えっ!なに・・怖い怖い、みんななんでそんな目で俺を見るの?どうなってるの?俺は自分の体を見下ろしてみた。
「えっ!!」
声を上げてしまった。引き締まってもりあがった胸筋と8つくらいに分かれた腹筋、上腕二頭筋は確実に太くなっていた。こんなの・・子供の体じゃない。
「ずいぶん・・たくましくなってしまったわね・・」
「あ・・あの・・母さん。ポーションには筋肉増強の効果があるんですか??」
「いいえ、そんなことは聞いたことがないわ。」
どういうことだ。レッドベアーを撃退してその後食っただけだ。何も特別な事はしていない・・おれは、ズボンも脱いでみた。
「足も・・」
イオナが絶句した。
俺は足をまじまじと見た。すごい筋肉だった・・競輪の選手かな?と思えるほどだ。浮き出る血管がさらに凄みを増して見える。
「で・・でかくなってますね。」
もう確実に体がデカくなっていた。子供ではあるが鍛え上げたような体になっている。
みんな・・言葉を失っていた。
「レッドベアーを食べたからでしょうか?」
「私たちも食べたわよ」
なに!俺の体どうした?なんでこんなに筋肉ついてんだ!?
「とりあえず、服をきますね。」
「え、ええ・・」
みんな若干引き気味だ。そんな中でマリアが手綱をひきながら言う。
「ラウル様はサナリアで狩りをなされるたびに体の感じが変わっておりましたよ。ファングラビットを狩るたびになんだか力強くなるというか・・そんな感じでした。」
「そうですか・・自分では気がつかなかったです。」
「私はよくラウル様とお風呂に入っていましたから、変化には敏感に気が付いてましたよ。」
あら・・そんなにまじまじと見ていたんですね。マリアのエッチ!
ゲームのレベルアップという意味であれば、レッドベアを倒したのはマリアとミーシャとイオナがメインだ。おれは誘い込んだだけなのと逃げ回っただけだ。俺の経験値にはなってないと思うが・・どういうことだ?死にかけたから?分からないが何か特別なことがあるはずだ。
どう考えてもレベルアップしているのは間違いない。普通に努力したって1日でこんなに変化があるわけがないからだ。
人間を殺した時にもあきらかに身体能力は向上したから、戦闘をしたことがプラスに働いているのは間違いないはずだ。しかも今回はあんなにバカでかいレッドベアを退治している。経験値という概念があるのかは分からないが、強い魔獣を倒したことで何らかの影響があるはずだ。
「えっと、グラム父さんが強くなったのは人を超える修練が必要だと話していました。」
「ええ、そうね。」
「もしかしたら昨日のレッドベアとの死闘が影響しているのではないでしょうか?」
「いや・・1日でなるものじゃないわ。」
「そうですか。」
ん〜あと・・やった事といえば・・俺が・・やった事といえば・・
武器を召喚したことかな?
武器を召喚すると体が強くなる?
いや・・違うな、7歳になるまで俺は森に狩りに行かなかった。ほとんど家にいた・・その時は拳銃の弾丸を出していたが体が強くなるような事はなかった。
わからん!とにかく次に戦うような事があれば少しは判明するかもしれない。この件はまず保留という事でいこう。
馬車は順調に山を降りていく。西日があたって空がオレンジ色になってきたころ、ふもとの村が見えてきた。山に入る前の村と同じくらいの大きさの村だった。
「やっと山を越えることができましたね!」
「ええ、一時はどうなるかと思いましたが・・無事越えましたね。」
「坊ちゃまが無事でよかったです。」
俺とイオナとミーシャが安心して声を掛け合った。
「あの・・ミーシャ。」
「何でしょう坊ちゃま。」
「あの、その坊ちゃまというのやめてもらえたらうれしいんですが・・」
「えっ?どうしてです?坊ちゃま?」
なんか弱弱しいというか子ども扱いされているというか・・嫌だからです!!
「えっと、もしもの時・・上下関係があると相手に悟られてはいけない状況もあると思うんです。」
「そうね、ラウルの言うとおりだわ。ミーシャそれによって危険もあるかもしれませんね。」
「わっ、わかりました!それではラウル様と・・。」
「いえ・・マリアも聞いてください!僕の事はラウルと呼んでください。」
「ええ、わかりました。ラウル様。」
マリアも自然に答える。
「まあそのうちで良いですが、とにかく相手があるときは意識して呼び捨てをお願いいたします。」
「「わかりました。」」
本当に上下関係を知られない方がいい時があると思う。その時普段使っている言葉が出てしまうからだ。まあ優秀なメイド2人だし使い分けは出来るだろうと思う。
「あとどれくらいでつきますかね?」
「半刻もあればつくと思いますわ。」
半刻とはだいたい現世で1時間半くらいだ。
と話をしている時だった!
目の前の森の中からぞろぞろと3人の人間が出てきた。俺たちは銃を握りつつ馬車を近づけていく。
ヤベエ…
「おい!とまれ!とまれ!」
近づいてみるとその人間は・・人間じゃなかった。肌が・・赤っぽいしグレーっぽいのもいる、それよりも特質すべきなのはおでこからツノが生えているのだ。
「母さんまずいです!」
「ええ魔人ね。」
「どうしますか?」
イオナが魔人だと肯定し、イオナが対処を聞いてくる。
「様子をみましょう。」
魔人の前で馬車を停めた。
「いかがなさいましたか?」
イオナが何事もないように返事をする。
「主らは我々を見ても驚かぬのか?」
「ええ、魔人でいらっしゃいますわね。」
「我らはオーガ、人間からは魔族と呼ばれている。魔獣と呼ぶものもいるがな!」
なんと!オーガだ!ゲームでも出てくるあのオーガだ!鬼だ!すげえ・・本物を見た。
「それで・・そのオーガの皆様がなにようでございますの?」
銃を握る手に力がはいる。大丈夫なのか?こいつら敵なのか?味方なのか?
「うむ!我々はあるおかたから人を探されるように頼まれているのだ!」
「はい・・それでこんなところで声をかけているのですか?」
「そうだ。」
・・・ラウル様どうなされますか・・
マリアがこっそり俺に声をかけてきた。
・・・マリア・・・なんか様子がおかしいです。
「我らはグラドラムから来たものだ!」
「そうですの?」
「お前たちはどこから来た!?」
「ええ・・ラシュタル王国から・・」
「ラシュタルから?」
「はい。」
イオナはとりあえず違う情報を与えることにしたようだ。まだ探りを入れて行く作戦らしい。
「・・・もしかすると・・なにか言えない事情があるのか?」
「言えない事情?」
オーガはどうやら俺たちから何か感じ取っているらしい。
「どうやら、その馬車の中に我らの同族がいるのではないかな?」
えっ???それって俺の事じゃね???
「いえ・・魔人と旅をしている人間などいるものでしょうか?」
「我々は同族を感じ取る感覚があるのですが、それを感じて馬車を停め申した。」
「それは・・。あの…あなた方に人探しをお願いした人物のことを伺っても?」
「我らが主、ガルドジン・サラス様だ。」
ビンゴ!いきなり探しにたどり着く手がかりをつかんだ!しかも相手のほうから来てくれた。
「あ・ああ・・」
イオナは言葉を詰まらせ何と言っていいか分からなくなったようだ。するとオーガはこう付け加えた。
「グラム・フォレストという御仁を知っておいでか?」
「え、ええ。私の主人です。」
「おおお!よくぞおいでなさった!我はガルドジン様の配下ギレザム・ダールサムと申します!」
「ああ・・やっとやっとたどり着いたのですね・・」
イオナはほっとしたようすで崩れ落ちた。
「ガルドジン様の下にグラム殿より書簡が届いたのです。我々はガルドジン様の命により迎えにまいりました。」
それを聞いた俺は馬車の中から外に出て彼らを見下ろした・・
「おお!あなた様はもしや・・」
「はい。グラム・フォレストの息子です。」
「おお!あなたが・・アルガルド様・・」
アルガルド??誰それ?
でも・・なんだろ?オーガのみなみな様がとても感動していらっしゃる。
辛い旅路だった。ようやく俺たちは目的のガルドジンに会えるのだ。
俺の本当のパパに。
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