第356話 兄妹の目標と俺の目標
リュート国の王族兄妹が眠りから目覚めた。
ドランからの念話で伝えられたのは、二人が物凄く落ち込んでしまっているらしいとの事だった。すぐさまアナミスとカトリーヌを連れて彼らがいる建屋に向かう。
「ドラン。どうなってる?」
「部屋から出てきません。返事は返しますがものすごく暗い顔で床に座り込んでいます。」
「どうしたものかな。」
「とにかく二人を診てみるしかないのでは?」
「そうだなカトリーヌ。とにかく部屋に。」
「はい。」
俺達が部屋に向かう。
コンコン
「はい。」
ものすごい力のない返事が返ってくる。
「入ります。」
俺達が部屋の中に入ると、ゼダとリズが床に座ったままうつむいていた。
「大丈夫ですか?」
俺が語り掛けてみる。
「はい。」
「見た感じ動けそうになさそうですが。」
「すみません。もうすこしお時間をください。」
「それはかまいませんが。」
《アナミス。二人の精神状態を確認しろ。》
《はい。》
アナミスから薄紫の煙のような物が出て来る。アナミスの煙には数色の色があって、それぞれに役割がありそうなのだが今回は薄紫の煙だった。
《ラウル様。ここ数日の強烈な出来事で、二人は本来受け止めきれないほどの衝撃を受けていたようでした。どうやら記憶がはっきりした事で、大量に民が死んだことを受け止めきれないでいるようですね。》
《いままでは平気そうだったが。》
《恐らくデモンの精神干渉で、軽い麻酔のような物がかかっていたのだと思います。》
《放っておいても大丈夫なものだろうか?》
《人間の精神を良く理解しておりません。不安定に思いますが?》
「ゼダ様。しばらくこのままここで過ごされますか?」
俺はゼダに聞いてみる。
「いえ、それではここに連れてきていただいた意味がないです。」
「じっくり時間を掛ければいいのですよ?」
「それはいけません。」
「私達は一向にかまいませんが。」
「それでは‥‥。」
ゼダの言葉に力はない。
「リズさんはいかがなさいます?」
「私もすぐに動けます。」
逆に俺が来てしまった事で二人が急き立てられてしまったようだ。
「いや、そう無理をしなくても良いのです。あれだけの事があったのですから、民の死を悼み受け入れる時間も必要です。」
俺の言葉にふたりが黙り込んでしまった。彼らには王子や王女としての自覚があり、こんな場所で立ち止まるわけにはいかないと思っていながらも、どうしても心と体が動かせないのだと思う。
《アナミス。二人が動けなくなるのは人間としては当たり前の話なんだがなあ。》
《確かに人間の心は魔人のそれとは違い弱きものです。ここまでの旅路で巡り会った人間の民たちの多くは、立ち上がれないほど心に傷を負っていました。しかしラウル様がその心に火を灯し突き動かしたように思います。ラウル様のお考えのままになさってはいかがでしょう?》
《そうなんかな?まあ二人に対して何が出来るか分からないけど、こうした方が良いかな?って思う事を素直に伝えてみようか?》
《はい。》
俺は二人に向き直り落ち着いた声で話しかける。
「ではこうしませんか?この基地の北側の山脈の見下ろせるところに、リュートの民の慰霊碑を立てましょう。そして西に行った民の消えた場所へも同じ慰霊碑を作ります。」
「慰霊碑ですか?」
「はい。亡くなった人たちから、お二人のこれからの活躍を見ていただけるように、そして発展していくであろうリュート王国のこれからを見守ってもらえるように。」
「そのような大層なものをでございますか?」
「ええ、その慰霊碑を立てて民の魂に祈りを捧げましょう。」
「ですがその慰霊碑を作る対価を払えるかどうか。」
「対価などいりません。ぜひゼダ様とリズ様が先導してもらって、魔人達と共に作っていただけますか?」
「我が国の民の為にそこまで?」
俺はゼダの言葉をスルーしてドランに振り向く。
「じゃあ決まりです。ドラン!魔人を50名ほど選出して、ゼダ様リズ様と一緒に慰霊碑の建造をしてくれ。」
「は!」
「ラウル様‥‥。」
「気にしないでください。一度失ってしまった命は帰りませんが、お二人の心とリュートの民の魂がいつも一緒にあられますように。そしてそれがお二人のお力となって、リュート王国の復興に繋がればと思います。」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
「なんとお礼を申し上げたら良いのやら。」
「あーそうそう!祈りを捧げるなら、いい神父が知り合いにいるんですよー!」
「神父様ですか?」
「ええ、慰霊碑が出来たら連れてきますから。」
「なにからなにまで…。」
「良いんです。きっとその人は前線基地も見たがると思いますので都合がいいです。」
「そうなんですか…。」
「ええ。」
少しは二人の気持ちが上向きになってくれたようだった。恐らくここで沈み込んでいるより、目標を持って動いた方が精神的に追い詰まらなくていい。
「それならば動けそうですか?」
「はい、すぐにでも。」
「頑張れます。」
「そうですか。じゃあドランは早速二人を連れて、魔人の選出をしてくれ。」
「そうですね。それではお二人は私について来てくださいますか?」
優しいドランが超おっかない顔で二人に言う。
「はい!」
「よろしくお願いします!」
おっかないドランの顔を見ても既に怯えてはいない。
「ではそちらはお任せします。ゼダ様リズ様どうかよろしくお願いします。」
「はい!」
「ありがとうございます。」
建物を出たゼダとリズが周りの建物を見渡している。
「えっ…。」
「この前までは…。」
一気に都市化してしまった基地内を見て驚いてしまったようだ。ちょっと見ない間にあっというまに背の高い建造物が出来ているのだ。驚くのも無理はない。
「ではドラン!二人をよろしく頼むぞ。」
「は!」
ゼダとリズは、ドランの後ろをついて作業をしている魔人達の方に向かって歩いて行った。
「お二人は大丈夫でしょうか?」
カトリーヌが言う。
「どうかな。」
「私はすぐにラウル様と行動を共にさせていただいたおかげで、落ち込む暇などありませんでした。」
「そういえばそうだったな。」
「二人がまた素直に笑える日が来ることを祈りますわ。」
「ああ、きっと大丈夫だ。彼らの目は澄んでいたよ、すぐに自分のなすべきことを思い出すだろう。」
「はい。そのようにラウル様が導いてくださったのですから、きっと大丈夫です。」
「ああ。」
ふたりを送り出した俺達は司令塔へと向かって歩き出す。
すでにガザム諜報部隊は基地を出て、南方の二カルス基地に向けての土地の調査に入っていた。前線を押し上げる意味でも、二カルス基地とこの前線基地とのラインの確保が必要だった。ラインが確保できそうだと分かれば、かなりの数の兵を動員してファートリアの西側を制圧するつもりだ。
基地の城壁は既に周囲を囲み東西南北の4カ所に門を設けた。城壁の上の12カ所には俺が召喚したJM61-M人力操砲式バルカン砲が設置されている。
更に基地周辺にはフラスリアから持ってきた、陸自16式機動戦闘車 通称ひとろくしき 100台、87式偵察警戒車100台、87式自走高射機関砲100台 19式装輪自走155mmりゅう弾砲50台の他に、追加でブラッドレーADATS対空対戦車ミサイルシステムを50台、87式自走高射機関砲を50台配備した。
フラスリアからここに来るまでの山頂の拠点には、19式155㎜榴弾砲と93式近距離地対空誘導弾SAM-3を50台ずつ配備した。上空からの敵に対してはこの拠点から攻撃する手はずになっている。
既に西の荒野と山岳地帯には魔人の戦闘訓練場を設けており、皆が毎日訓練を続けていた。いつ戦闘が開始されてもすぐに動けるようになっている。
「ルフラ。おまたせ。」
司令塔の前にルフラがいた。
「お二人はいかがでしたか?」
「ああ、何とかなりそうだ。」
「それは良かったです。」
するとカトリーヌがルフラに言う。
「じゃあルフラそろそろ私たちも訓練を再開しましょう。」
「ええ、それじゃあ今日はギレザムたちの訓練に参加させてもらいましょうか。」
「わかったわ。」
もうこの二人は阿吽の呼吸で理解しているようだ。自分たちが訓練で何をするのかがよくわかっている。
「俺もこれからシャーミリアと訓練だ。アナミスは魔人軍の兵達を慰問してやってくれ。」
「慰問ですか?」
「アナミスは魔人達にめっちゃ人気あるんだよ。お前がいろいろと応援してくれれば彼らの作業効率が上がると思うからさ。飲み物でも持って回ってくれるとありがたい。」
「かしこまりました。それではラウル様のおっしゃる通りにやってみましょう。」
「よろー。」
「はい。」
そして俺はアナミスと別れてシャーミリアを呼ぶ。
《おーいシャーミリア。そろそろ訓練始めようぜー、ファントムも来い。》
シュン!
直ぐに俺の前にシャーミリアとファントムが現れる。
「訓練はいつも通りだ。シャーミリアはある程度手を抜かないで攻撃してくれ、ファントムは俺に致命傷が当たらないように俺を守るように。」
「かしこまりました。」
「魔導鎧を着た時にファントムと連携がうまくとれるようになれば、俺はかなり無敵状態になると思うんだよ。」
「左様でございますね、すでにかなりお強いと思われますが。」
「いや、だってミリアは全く本気出してないだろ。まあ出されても困るけど。」
「それは…しかしかなり真剣に攻撃するようにしております。」
「難しい訓練だがそれをこなしてくれて感謝するよ。」
「いえ!ご主人様!感謝などと!いけません!そしてご主人様は銃を使っていないではありませんか?」
「ミリアだって爪を出してないじゃん。それに銃を使ったら訓練にならないだろ。」
「私としては銃を使っていただいても、死ぬわけでありませんのでかまいませんが。」
「いいんだよ。」
「…かしこまりました。」
そして俺とシャーミリアとファントムは、俺達専用に作った訓練場へと向かう。
山岳部分に造った立体的な訓練場は木も生えており岩場もある。そして沢などもあり、かなりバリエーションに飛んだ地形となっていた。そこで俺とシャーミリアが対峙して立つ。
沢の流れる音が聞こえるだけで辺りは静かだった。オージェのおかげでこのあたりには魔獣が湧かない為、俺達の訓練に巻き込まれて魔獣が死ぬことも無い。
そよ風がふいてきて、葉ずれの音がさざ波のように寄せては返す。
それを合図に訓練を開始した。
「来い。」
「かしこまりました。」
シュ
10メートルほど前にいたシャーミリアが消える。俺は咄嗟に身をかがめてかかとを跳ね上げて蹴りを繰り出す。俺の首があった辺りの場所をシャーミリアの手刀がすり抜け、俺の蹴りの足の裏に体を乗せてふわりと宙返りする。
1回目の組手の時はこれで一瞬で意識を刈り取られた。避けれるようになったのは10回も組手をやった時だったろうか、何回も意識を刈り取られるので頭がバカになるんじゃないかと不安になったものだ。
腕立ての姿勢からバン!と跳ね返るように飛びあがって体をきりもみ状態にさせて、裏拳を空中にいるシャーミリアに繰り出したつもりだったが、すでにそこに彼女は居なかった。そして俺は足側に立っているファントムを両足で蹴りその空間を離脱すると、俺がいた場所にシャーミリアがかかとから落下してきた。
ズドン!
地面にクレーターが出来る。
《よし!やっと手加減をしないようになってきたな。》
《ご主人様の為、手を抜いては失礼にあたります!》
《それでいい!》
俺は何度もバク転をするように転がり後ろに下がるが、地面に付いた手の間にシャーミリアの顔があった。
ぞくっ!
真下から俺の喉笛に向かって手刀がつきあがってくる。目に見えないほどの手刀のスピードに、俺は感覚だけでその肘のあたりを掴むことができた。そのままのスピードで俺は空中にうちだされて、10メートルくらいの高さまで飛ばされてしまった。
「やべ!」
空中ではどうやっても身動きが取れなかった。俺が地面の方に向くが既にシャーミリアの姿はそこにはなかった。すると俺の足首をシャーミリアが掴んで俺を振り回す。
ブン!
ものすごいスピードで俺は地面に向かって落下していく。
「うおっ!」
すると地面にぶつかるすこし前にファントムが俺の横に現れて、俺の体を横に押して軌道を変えた。
ズドッ!
浅い角度で地面にぶつかるが恐ろしい衝撃が俺の体を襲う。肺の中の空気を全部吐き出してしまい、次の行動までほんの数瞬遅れてしまった。
パン!
俺背中を強烈な平手が打った。平手打ちと言うがシャーミリアのビンタは車に轢かれるようなものだった。
「くはっ!」
更に呼吸が出来なくなる。
《ファントム!》
念話でファントムを呼ぶ。
次の俺へのシャーミリアの一撃に、ファントムが腕を差し込み直撃を避ける事が出来た。
無酸素のまま10メートルを一瞬でダッシュして逃げる。
「ぷはぁ!」
ようやく息を吸う事を許された肺が思いっきり膨らんだ。しかしシャーミリアは休ませてはくれなかった。振り向いた瞬間、心配そうなシャーミリアの顔が前に現れるが、シャーミリアからの横なぎの胴への蹴りに俺は意識を刈り取られた。
・・・・・・・
「…様…。」
「ご主人様…。」
「ご主人様!」
すぅー!
俺は思いっきり息を吸い込んだ。どうやらシャーミリアがエリクサーを使って俺を蘇生してくれたらしい。
「申し訳ございません。腕とあばらが折れて内臓に刺さってしまったようでした。」
シャーミリアが物凄く申し訳なさそうに謝っている。
「いや!いいんだ!シャーミリアのおかげで俺の戦闘力はだいぶ上がっているんだから。」
「あの、もうこの訓練を止めるわけにはいきませんでしょうか?」
「それは許さん。」
「でも本気の拳をご主人様の御体に叩き込むなど…もう…。」
どうやらシャーミリアは本気でめちゃめちゃ嫌がっているようだった。
「だめ。とにかく俺はお前と10分戦いを継続できるようになるまでやめないぞ。」
「はぁ‥‥。かしこまりました。」
そしてシャーミリアがファントムを見る。
パシィ
ファントムの頬を思いっきりひっぱたいた。
「だいたいお前の動きがのろいんだよ!このウスノロ!ご主人様の守護の仕事がまるでなっていない!いいかげんにおし!きちんと守る事が出来ないなんてまったく意味が無い!」
シャーミリアがめっちゃキレてファントムを怒鳴るが、こいつはこいつでどこか遠くを見たまま黙っていた。ファントムに八つ当たりをするところを見ると、俺との組手は相当シャーミリアの精神的負担になっているらしい。
ファントムだって自分を作ったシャーミリアが、自分の主を攻撃してそれを守らなければならないという無理難題を吹っ掛けられているんだし、そんな怒鳴ったって仕方ないと思うが。
うん。
だがそのおかげもあり、本当に微々たる進歩ではあるが俺は自分の成長を感じ取っていた。
次話:第357話 村人救出会議
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