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第355話 兄妹の精神を解放する

フラスリアからの兵站線を整備することで、前線基地には十分な食料や補給物資が供給されるようになった。この兵站線を強化するのに5日もかからなかったのは、魔人の類まれな土木作業の能力による。


更に特質すべきはラウルの存在だった。彼が前線にいる事で武器補給の必要が無い、それが軍隊にもたらす恩恵は計り知れなかった。前世の地球でもラウルが前線に居るだけでかなり有利に戦えるだろう、こと中世レベルの文明しかないこの異世界では無敵の存在と言えた。


それでも慎重にならざるを得ないのは、敵の転移魔法を警戒しなければならなかったからだ。転移魔法を使えば兵站線など気にせず遠方から物資を送る事も出来るし、またこちらが整備した兵站線を容易に分断する事が出来るからだ。それさえなければ既に相手を制圧していたころだ。


「まさかの最前線でステーキとはな。」


オージェがグレートボアの肉を頬張りながら言う。俺達は基地中心部に優先的に作られた、基地の司令塔の食堂で昼食を摂っているところだった。異世界組と付き人達が席に座って食べていた。メイドのマリアもカトリーヌも一緒だった。


「このグレートボアの肉はルタン町の奥で捕獲したものだ。そこから中継してここまで3日かからないそうだ。」


「魔人とは本当に凄いな。ところでなんで肉が傷まないでここまで届くんだ?」


「いやそれがさ、オージェがシュラーデンで鍛えた兵士の中に、ファートリア神聖国の魔法士が居たみたいなんだけど、水魔法で冷凍してくれてるみたいなんだよ。」


「そういえば居たな。彼らも協力的で良かったよ。」


《いやオージェ…ちがうよ。彼らは洗脳によって協力させられているんだよ。》


「ほんと助かるよ。」


オージェには詳細を伝えないでおこう。


俺達がこのファートリアの地に最前線基地を構築し始めてすでに10日が過ぎていた。そろそろガザムの諜報部隊も仕上がるころだ。


基地にはすでにテントではない建造物が数棟建っていた。まだ建造中の建築物があちこちにあり、あっというまに城壁も築き上げられている。直径8キロに及ぶ基地の敷地には、3000の魔人が住めるだけの場所が次々と出来上がっていた。


「しかしすごいですよね。あっという間にこんな構造物が出来上がっていくなんて、魔人国はこんな感じじゃなかったですよね?どっちかっていうと岩で出来た城みたいな感じでしたし。」


グレースが言う。


「グラドラムで俺の影響を受けた魔人達と、ドワーフのバルムスとミーシャが凄いんだよ。近代建築のような構造物の作り方を魔人達に教えているらしい。」


「元始魔人の系譜でしたっけ?それを辿って配下のドワーフ達に、ラウルさんの前世の記憶が伝播してるんじゃないですか?」


「恐らくそうだと思うよ。」


「ラウルさんがこっちに(異世界に)来た事で、世界が根本的に変わってしまいそうですよね。」


「よく気が付いたねグレース君。それがあるから各地域に魔人基地を作らせているんだよ。」


「本当に世界を変えるつもりなんですね。」


「まあこの世界も面白いとは思うけど、やっぱ物足りない気がしないか?」


「気が‥‥します!」


「ラウル。どんどん変えてくれ。」


「本当だな。せっかく俺達が神を継承したんだし、この世界を作り替えるのも面白いかもな。」


「やっぱみんなもそう思うんだ。」


グレースもエミルもオージェも、ふざけて言っているのではない。本気でこの世界を面白くしようと思っているのだ。先代の神たちが俺達に託すようにその力を授けたのであれば、俺達には俺達の責任においてその力を有益に行使する義務がある。


俺達はそう考えたのだった。


コンコン


食堂のドアを誰かがノックした。


「入れ!」


俺が言う。


「失礼いたします。」


そこに入って来たのは、二カルス大森林基地から西に迂回してやって来たアナミスだった。


「おお!来たかアナミス!」


「急ぎ向かったのですが、二カルス大森林が思いのほか広くて手こずりました。」


「それは仕方がない。」


「シャーミリアのように高速飛翔が出来ればいいのですが。」


「別にいいよ。アナミスに求める能力はそこじゃない。」


「ありがとうございます。」


「とにかく座って一緒に食おう。」


「はい。それでは失礼いたします。」


アナミスが俺達が座っているテーブルにつく。俺はメイド代わりに料理などをさせているゴブリンに声をかけた。


「すまんがアナミスの食いもんを持ってきてくれ。」


「はい。」


ゴブリンが出て行った。


アナミスが席に座ったので俺は早速本題に入る。


「来て早々すまないな。俺が頼みたかったのは、二人の人間に何か精神的な誘導や魅了がかけられてないか見てほしいんだ。」


「人間でございますか?」


「ああ。」


「それでしたら、サキュバスの一般兵にも出来ると思いますが。」


「そうじゃないんだ。もっと深層意識の部分に何か障害や罠が仕掛けられていないか、本心から話をしているのかを調べてほしい。」


「なるほどでございます。それでは調べさせていただきます。」


「ああ、まず食ってくれ。」


「ありがとうございます。」


ゴブリンの女の子がアナミスの食事を持ってきてくれた。



昼食が終わり俺はアナミスと二人である場所へ向かった。


「ここだ。」


ある建物の前で止まる。


「はい。」


アナミスと二人でその建物に入っていくとゼダとリズが昼食を終えたところだった。俺を見ると二人はスッと席を立って挨拶をした。


「ラウル様!今日も糧をありがとうございます。」

「大変美味しくいただいております。」


「それなら良かったですよ!座って楽にしてください。」


「ようやくここを出て訓練に参加させてもらえるのですか!?」

「私も既に体力は回復しました!」


ゼダとリズが俺に早く外に出たいという。


「まあそろそろですね。その前に私の直属の配下の一人が来ましたのでご紹介します。」


「はい。」

「はい。」


「こちらがアナミスです。私の軍で主に交渉を行なっています。」


「アナミスです。よろしくお願いいたします。」


「ゼドスウェン ヴィルヘルム フォン リューテウスと申します。ゼダとお呼び下さい。」

「リザベル ヴィクトリア リューテウスと申します。リズとお呼び下さい。」


そして二人はアナミスを見つめた。アナミスは何もして無くてもサキュバスの魅惑の香りがするため、ゼダもリズも呆けたような顔で頬を赤らめる。


《じゃあアナミスよろ。》


《かしこまりました。》


「お二人はリュート王国の王族でいらっしゃるそうですが、他に生き残りはいらっしゃるのですか?」


「すぐに父母によって、王城から逃がされてしまいましたのでその後は分かりません。」


ゼダが答える。


《ラウル様。この問いには嘘はございません。》


《そうか。》


「近衛なども一緒に逃げたのではないですか?」


「私達を逃がすための足止めとして残りましたので、その後の事は全く知りません。」


《これも嘘は無いようです。》


《そうか。それにしても良く無事に逃げてこれたものだな。》


「ファートリアの兵や要人などに接触はしなかったのですか?」


「はい。」


「リュートを出る時にも?誰にもでしょうか?」


「はい。」


《ラウル様。嘘は言っていませんが、すこし障害が出ているようです。》


《障害?》


《本人の記憶にはありませんが、どうやら誰かに会っているようです。》


《だれだ?》


アナミスが二人を穴が開くほど見つめだす。二人の表情が空虚なものになり、宙を眺めるように斜め上を向いて視線が定まらなくなる。


《ラウル様。恐らくは南国の騎士?いえバルギウス兵に会ってますね。》


《どんな奴だ?》


《浅黒い男で無骨な顔をしております。人間にしては筋肉のつき方が魔人のごとく、その眼光は殺気に満ちた鋭さをもっています。》


《誰かな?》


「リュートを出る時に会ったその男。その者はいったい誰なのでしょう。」


アナミスが強く暗示をかけるようにゼダに問いかける。


「‥‥はい‥‥ブラウン…という男です。バル…ギウスの1番隊大隊長…。」


「その者に何か言われましたか?」


「…いえ‥‥なにも…言われたのは…」


《ラウル様。バルギウス兵からは何も言われていませんね。その者の隣にぼんやり誰かがいるようです…それは。》


アナミスが深く覗き込むような表情で言う。


《わかりました。》


《なんだ?》


《デモンです。》


《やっぱりそうか。》


《この浅黒い男はこのデモンに使役されている?いや自ら従っているのかもしれませんが。》


「そこには誰かもう一人いましたね?その者に何か言われましたか?」


「はい、国境についたら敵と接触しろと」


「それで何を?」


「何もするなと。」


《!》


アナミスが驚いたような表情になる。


《どうしたアナミス!》


《いまも覗かれています。》


《なに?》


《大丈夫です。ラウル様との系譜の流れが強いので容易に遮断できます。》


《やってくれ。》


《阻害しました。すでに切れています。》


《精神を操られているとか言う事は無いか?》


《それは無いようですが、恐らくはその男に言われてからラウル様と接触するまでの記憶はないでしょう。》


《俺の存在が相手に伝わったと言う事か?》


「おまえ、この国に来て何を見た?」


アナミスの尋問の口調が厳しい物になる。


「空飛ぶ虫がお菓子を、牢屋、空飛ぶ乗り物、みるみる出来上がる建物・・・・・・・」


《ラウル様、以上のようですね。記憶を辿ってもそれしかありません。他にこの者が情報を得ているようすはないようです。》


《牢屋に閉じ込めておいて正解だったよ。だけど結構な情報を抜き取られたな。ドローンとヘリと建設部隊の情報か。》


《はい、すでに覗いた相手には伝わっていると思います。》


《デモンがどこまで理解するかだな。》


《はい。》


どうやら二人は無意識のうちに、こちらの情報をスパイしていたようだった。本人たちには全くその意識が無いだけに、そのまま放っておいたらかなり危険な状況になってた可能性がある。


《すでにグラドラムで俺の兵器は見られているからな。それくらいなら問題はなさそうだが。》


《彼らに盗まれた情報としては、他には無さそうですがいかがなさいますか?》


《深層心理からその呪縛を消せるか?》


《はい容易だと思います。操られている事は無いようですし、とにかく彼らを通して情報を覗き見るための呪縛だけかと。》


《呪縛を解いてくれるか?》


《かしこまりました。ラウル様、それでは私に魔力をそそいでいただけますか?》


《呪縛がそんなに強いのか?》


《深いですね。》


アナミスならば容易に解放できるかと思ったが、そう簡単にはいかなそうだった。俺はアナミスに大量に魔力をそそぐ。


「あ、ああ…。」


どんどん魔力をそそいでいく。


するとアナミスがめっちゃ色っぽいうっとりしたような表情になる。俺の魔力でいっぱいに満たされて気持ちよくなっちゃったようだ。


我に返ったアナミスが言う。


《それでは開始します。》


アナミスがゼダとリズの頭に手を置いた。そのまま二人の頭の間に自分の頭を近づけていく。


アナミスの首のあたりから桃色のガスのような物が出てきて、二人を包み込んでいった。すると二人は目を瞑りくたっと頭を下げる。


アナミスが彼らの頭から手を離し、何かを抜き取るようなしぐさをする。すると黒い霧のような物が頭から出て来る。その黒い霧はアナミスの手のひらの上で燃えるように炎を上げて消えていく。しばらくその作業が続いた。


アナミスが二人から手を離すと、ゴトン!と頭を机に突っ伏して寝てしまった。


「二人はどうなった?」


「完全に本来の自分に戻って寝ています。本当の疲労に気が付いたのでございましょう。」


「起きるのか?」


「かなり深く刻まれておりましたので、治るまでは2日ほど安静にした方が良いでしょう。」


「二人の精神に防壁をはって、敵の精神支配や障害から守るように出来るか?」


「ラウル様、すでに施しております。私以外の精神支配を受ける事はございません。」


アナミスおっかねえな。


「何をおっしゃいますかラウル様。」


「あ、聞こえた?」


「いま連結が深いのをお忘れでしたか?」


「あっ!」


「そして私がラウル様の精神になど入り込めば、生きていられる自信が御座いません。」


「俺の意識って何があるの?」


「申し訳ございません。覗く気にもなりません、私はこれからも生きてラウル様の為に働きたいのです。」


「悪い悪い!そう言うつもりじゃないんだ。自分でもよくわからないから聞いてみただけだ。」


「この二人の精神に障害を設けたデモンなど、ラウル様の精神に比べれば赤子のような物かと。」


「そうなのか…。」


「はい。」


「とりあえず二人を休ませるか。」


俺はゼダとリズを両肩に背負って、そのままその建物の奥にある寝室に運んだ。二人をそっとベッドに横たえさせる。


「アナミス。二人が幸せな夢で眠れるようにしてくれ。」


「かしこまりました。」


アナミスから不思議なガスが出て二人を包み込む。


すると二人の表情から険しさがまったくなくなり、どこか微笑んでいるような表情になる。


「どんな夢を?」


「親兄妹が健在で、皆が笑いながらリズの誕生パーティーをしている夢を。」


「素敵な夢だな。」


「二人が一番幸せだったころの夢です。」


「ありがとうアナミス。」


そして俺は念話でドランを呼ぶ。


《ドラン来い!》


しばらくそこで待つとドランがやって来た。


「はいラウル様。」


「ああ、ドラン。二人に予定していた意識の調査は終わったよ。」


「わかりました。」


「そのまま護衛の任を継続してくれ。そして目覚めたら二人を外に出して、戦闘訓練にまぜてやってくれるか?」


「は!」


そのままドランを部屋に置いて、俺とアナミスはその建物を出た。


ゼダとリズが大切な民を置いて山岳地帯の道を二人きりで上ってきた事。なにか不穏な感じがしたためフラスリアの牢獄に投獄し、この基地に来てからも自由に歩かせず、ここに軟禁して正解だった。恐らく被害は最小限の情報ですんだようだ。


ふたりの行動に違和感を覚えていた俺は、ようやくそれの正体を知る事が出来た。


完全に二人を解放してやることができる。俺はそのためにアナミスをこの地に呼び寄せたのだった。


やっと二人が自由になれる時が来た。そう思うのだった。

次話:第356話 兄妹の目標と俺の目標


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[一言] 納得の解説w 更に特質すべきはラウルの存在だった。彼が前線にいる事で武器補給の必要が無い、それが軍隊にもたらす恩恵は計り知れなかった。前世の地球でもラウルが前線に居るだけでかなり有利に戦える…
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