第354話 前線基地で軍事訓練
ゼダとリズを連れてファートリア前線基地に戻った俺は、早速二人をみんなに紹介した。
王族が生き残っていたことにカトリーヌとマリアが驚いたが、異世界組と魔人達は特に驚く事もなく静かに話を聞いていた。これからこの二人の面倒を見る事も魔人達にはそこはかとなく伝えてある。
「ドラン。この二人の護衛を頼めるか?」
早速指示を出す。
「仰せのままに。」
「じゃ、たのむ。」
「は!」
俺がドランを二人の前に立たせると…
二人は引きつっていた。スキンヘッドの強面のおっさんが眼光鋭く二人を見下ろしている。
「ドラン。一応王族な。」
「かしこまって御座います。」
「ならいい。」
するとゼダが一歩前に出た。
「リュート王国のゼドスウェン ヴィルヘルム フォン リューテウスと申します。これからお世話になります!ゼダとお呼び下さい!」
緊張気味のゼダがドランに一礼をする。
「ドランです。ラウル様の命によりあなた方の護衛の任につかせていただきます。」
「妹ともども何卒よろしくお願いします。」
「リザベル ヴィクトリア リューテウスと申します。至らぬ点があるかと思いますが何卒よろしくお願い申し上げます。リズとお呼び下さい。」
「よろしくお願いします。」
ドランがギッと睨んでいるように感じるが、これは間違いなく微笑んでいるのだ。
「う…。な、なんなりと言ってください!」
「わ、私もお役に立ちます!」
二人が委縮しまくって怯えているようにすら見える。
《おい!ドラン!笑え!》
俺が念話でドランに伝える。
《も、申し訳ございません。》
ドランの顔が歪み、悪鬼のごとく形相で微笑む。
「あ、あう。あ、あの!妹だけは!」
「いえ、お兄様は将来のある身ですので!」
二人が更に怯えて訳の分からない事を言い始めてしまった。ドランが困り果てたように俺の顔を見つめる。
「あの、お二人は何か勘違いをされているかもしれません。ドランはとても優しい奴なんですよ。」
「や、優しい…。」
「ええ、むしろこの中ではとても温厚な性格かもしれません。」
「すみません。どうやら我があなた方を怯えさせてしまったようですな。とって食べたりしませんから気楽に接してください!」
ギンッと更に極悪非道な笑顔で微笑みかける。
「あ、わ、わ。あの!すみません!私が勘違いをしただけで、変な事を言ってしまいました。」
「いえいえ、気にしてないですから。」
《うーむ。シャーミリア…俺の人選は間違ってなかったか?》
《ご主人様の選定に間違いなどあろうはずはございません。》
《そ、そうか。ならいい。》
とにかくきっと上手くいく。なんとなく俺の直感がそう言っている!ドランならきっとこの二人を護衛しながら戦う術も教えてくれるに違いない。
「さあ!それではラウル様が用意してくださった、お風呂にでもお入りになってはいかがですか?」
カトリーヌが二人の緊張を解くように言う。
俺は既に魔人達の為に自衛隊の野外入浴セット2型を召喚していた。その風呂がどうやらすぐ入れるように準備されているらしい。
「お風呂?このような場所で?」
リズが言う。
「ええ気持ちが安らぎますわ。」
「よろしいのですか?」
「ええ、ラウル様の許可を得ておりますわ。」
「それならお言葉に甘えてよろしいですか?」
「もちろんです。」
リズがカトリーヌのホンワカした雰囲気に少し力が抜けたようだった。
「マリアとカトリーヌが一緒に入って教えてやれ。」
「はい。」
「かしこまりました。」
お風呂のお湯の出し方や洗い場の使い方などをリズに教えてやるように言う。リズもおそらくはリュート王国を出てからまともに風呂に入っていなかったのだろう。少し黒ずんだ顔と汚れてカピカピになった髪の毛が痛々しい。
「じゃあゼダ様は俺達と入りましょう。」
「ありがとうございます。」
「裸の付き合いですね!」
グレースが言う。
「えっ!あなたは女性ではないのですか?」
ゼダが驚く。
「僕は中身が男で、どちらかと言うと性別はありません。」
「性別が無い?」
「まあそうですね。」
「は、はあ。それも魔人の特徴なのでしょうか?」
「彼は魔人じゃないです。」
「そうなのですか?ならいったい…。」
「虹蛇です。」
「虹蛇?」
「ゼダ様は聞いた事が無いですか?」
「はい。すみません存じ上げません。」
「まあそう言う種類です。」
「えっ?ラウルさん!僕の紹介が雑じゃないですか?」
グレースからクレームが出た。
「だって俺達の事をすぐに理解できるとは思えないし。」
「まあ、それもそうですね。」
「とにかく自己紹介は後でいいでしょう。とにかく強制連行生活から投獄までされてお疲れでしょう!ドラン!ゼダ様を専用テントにお連れしてくれ。」
「はっ!ではこちらへ。」
ゼダは強面のおっさんから引きずられるように連れていかれてしまった。なんかギャンブルで身を崩したお兄ちゃんが、逃げ延びた先で借金取りに捕まったような光景だった。
「ではリズさんは私達とこちらへ。」
マリアとカトリーヌと共に歩いて行くリズは、ゼダとは対照的に明るい表情だった。雰囲気もなんだかほんわかとしており、カトリーヌの優しいオーラがそうさせているのだろう。
「まさか王族だったとはね。」
「ああ、オージェ俺も驚いたよ。」
「所作が上品だったよね。」
「エミルには分かるか。」
「なーんとなくね。」
俺達が対照的な二人の背中を見ながら言う。
「それでだ。本来はサイナス枢機卿一行を連れてきた方が、ファートリアに潜入するなら地の利が分かっていいとは思ったんだ…だけど…。」
「あの4人は面が割れてて身動きが取れないと。」
オージェが先回りして言う。
「そう言う事だ。」
「一般市民に紛れて出てこれた彼らなら身元がバレないし、ファートリア地内からリュートにかけての道筋が分かってるだろうと言う事だな?」
「ご名答。」
「でもラウルさん。王族を連れて彼らに何かあったらどうします?」
「だからだグレース。ドランを護衛につけてさらには俺達4人がいるじゃないか。」
「俺達?」
「もちろんだ協力してくれるんだろ?」
「王様の家族なんて、ちょっと前まで奴隷だった僕にはどう接していいか分からないですよ。」
グレースは両脇に手を広げて言う。
「とにかく気にかけてくれるだけでいい。」
「まあわかりましたけど。」
そして俺はエミルを見る。
「あのー、エミルに質問なんだけどさ。」
「なんだ?」
「あの二人に精霊の加護とか与えらんねえかな?」
「上級精霊や中級は無理かもしれないが、下級精霊の加護なら何とかなると思う。」
「上級精霊とかは無理なのか?」
「おそらく人間なら体が持たない。イフリートならいずれ身を燃やしてしまうだろうし、シルフなら身を切り裂いてしまうかもしれない。」
「おっかねえな。」
「でも下級精霊の加護をもらった人間ならいたから、ある程度の利益は得られるはず。」
「わかった。ちなみにゼダは土魔法を使うそうだ。リズは水魔法を使えるらしい。」
「ならそれぞれ魔法に合わせた精霊を宿してみるのが良いかもしれない。」
「じゃあやってくれ。」
「彼らが体を休めて体力が十分回復したらな。」
「ああわかった。」
二人をどうするかはこれから相談して決めるとして、とにかく風呂に入る前に魔人達に進捗を聞き指示を出す必要があった。
「ガザム。」
「は!」
「潜入部隊の状況は?」
「はい。20名の部隊員候補は既に訓練に入っております。」
《えっもう?仕事はえぇ…》
「分かった。かなり危険な任務になるから訓練は綿密にやってくれ。」
「はい。」
「10日で仕上げられるか?」
「問題ございません。十分です。」
「なら頼む。」
「は!」
人間なら10日で実戦に投入するなど到底無理だと思うが、魔人の成長はそれとは違う。もともとの身体能力の強さと特性がある為、得意とする局面ではかなりの力を発揮するのだった。ガザムはそれを計算に入れても十分だと言い放つ。
「ギル。魔人達の進化の状況はどんな感じだ?」
「はい。我々の一時進化時に比べればそれほどでもありませんが、かなりの能力向上が見られます。」
《そうか。それなら訓練ももう一段階アップしたものをやった方が良いだろうな。》
俺は直属の配下達に向かって言う。
「ではそれぞれ能力に合わせた軍事訓練を行ってくれ。ギレザムはオークやオーガへ重機関銃の取り扱いと近接戦闘になった時の切り替えを、マキーナとルピアは航空隊へ地上の敵に対する攻撃の効率と空中近接戦闘になった時の切り替えを、ゴーグはライカンの人形態の時の銃火器の戦い方と四足歩行時の他種族への支援方法を、セイラはゴブリンたちに機銃を使った戦闘と遠距離砲撃の精度の訓練をそれぞれ頼む!」
「はい!」
「かしこまりました。」
「わかりました!」
「仰せの通りに。」
「ラウル様。それでは私は何をいたしましょう?」
アラクネのカララが聞いて来る。
「カララには別途お願いがあるんだ。」
「お願いでございますか?」
「ああ、グレースが武器を自由に出し入れできるだろ?」
「はい。」
「彼との連携を取って大量の武器を瞬時に出して、大勢の敵に対応できる訓練をしてほしい。」
「ユークリット奪還時のデモン戦のようにでございますね?」
「そうだ。あの時は俺と連携であの攻撃が出来たが、それをグレースと一緒にやってみてほしいんだ。」
「かしこまりました。」
「カララさん!よろしくお願いします。」
「グレース様。ぜひよろしくお願いします。」
この二人があの時のような戦い方が出来るようになれば、物凄く戦闘の幅が広がる。魔人達を危険にさらすリスクをだいぶ減らす事が出来るだろう。
「ラウル様?私は?」
スライムのルフラが聞いて来る。
「カトリーヌが格段に回復の魔力が向上したらしい。戦死者を無くすためにも広範囲に回復がかけられるようになる事と、戦場を想定した瞬間蘇生の訓練を頼む。」
「わかりました。」
そして俺はエミルに言う。
「あとエミルはケイナにヘリの銃火器の訓練を行ってくれ。まだヘリでの実戦は経験していないだろうから、飛行する敵と地上掃討の訓練を徹底してほしい。」
「了解。いよいよ実戦で試せるのかな?」
「ああ、ただ空中にあの魔法陣が設置されている可能性もあるからな。それの対策を考えてみてほしいんだ。」
「それなら、精霊術が役に立ちそうだよ。」
「精霊術か。ならばそれを含めて二人で試行錯誤してほしい。」
「了解だ。」
「わかりました。」
「次は、マリアは風呂だったな。彼女にはダークエルフの超遠距離スナイプショットの訓練をお願いしないとな。」
「私はいかがなさいますかな?」
オンジが聞いて来る。そう、俺はオンジにもやってもらいたいことがある。
「オンジさんは魔力の流れを見て、魔人の攻撃が避けられると言っていましたよね?」
「はい、ある程度でございますが。」
「それは魔法使いの攻撃も、と言う事であってますか?」
「もちろんです。魔力の流れを読みますので魔法も同じことが言えます。」
「それ、オージェとトライトンに教えられますかね?」
「問題ないでしょう。彼らは気を練る事に長けているようだ。」
「ならばその訓練をお願いしたいです。」
俺はオージェとトライトンを見る。
「二人もそれをお願いできる?」
「面白そうだ。オンジさんぜひ教えてください。」
「ワイもやれるものですかな?」
「ええ、魔人と訓練すればより分かりやすいはずです。」
「じゃあよろしくお願いします。」
前線基地で敵を想定した軍事訓練を行う事で、敵に動きが出るかもしれない。常に臨戦態勢にしておくことでどんな状況にも対応できるようにしておくつもりだった。
「で、ラウルはなにすんだ?」
オージェが聞く。
「ああ、オンジさんに魔力の流れを見る事を教わったら、オージェとトライトンさんが魔導鎧を着た俺を鍛えてくれないか?」
「なるほどな。お前の魔力を読んだ俺達と訓練する事で強化を図るのか。」
「せいかーい。」
「なら覚悟しておけ。魔導鎧を壊してしまっても知らんぞ。」
「お手柔らかに頼む。」
みんながそれぞれにやる事が決まってやる気に満ちていた。これから敵の本陣を攻めるにあたり士気の向上と、連携の訓練をすることは非常に重要だ。
「じゃあ、ミリア!オージェとトライトンさんが仕上がるまで俺の組手の相手を頼む。」
「かしこまりました。」
「一応言っておくが、俺が死なないように頼む。」
「当然でございます。」
まあ彼女が俺を殺すわけないけどね。
更に敵の本部を叩くときには俺の直属を全て呼ぶ必要があるだろう。とにかく今できる事を全力で取り組むしかない。
話をしているうちに既に日が落ちかけていた。夕日と反対の空には星が出てきており美しい光景が広がった。
《そう言えばもう5月か…》
爽やかな初夏の風が、空を見上げる俺達の頬を撫でて吹いて行くのだった。
次話:第355話 兄妹の精神を解放する
お読みいただきありがとうございます。
期待できる!と思っていただけたらブックマークを!
★★★★★の評価もお願いします!