第353話 次期リュート王の交渉
ゼダとリズ兄妹も俺やトラメルと同じ境遇だった。家族やたくさんの仲間をファートリアの大神官に殺されていたのである。
だが。
生き残っている。
さらに生き残ったのはここにいる4人だけではない。イオナ母さんやカトリーヌもラシュタル王国のティファラ女王も生き残っている。完全に根絶やしになど出来てはいない。俺を含めたったの7人ではあるが貴族や王族がまだ生きている。しらみつぶしに大陸を探せば、一般人に身をやつして逃げ隠れしている王族や貴族がいる可能性もあるだろう。
虹蛇風に考えれば生き残った貴族たちには何らかの意味がある。その意味は今は分からないがきっと何かに繋がっているのだろう。
とにかく俺はゼダとリズにどうしたいのか聞いてみる事にした。
「お二人はこれからどうしたいですか?」
「国に戻りたいのですが、戻ったところですぐに殺されてしまうでしょう。」
ゼダが言う。
「そうでしょうね。」
「ラウル様は何のために戦っておられるのですか?」
逆に聞かれた。
そしてゼダが俺を呼ぶのに敬称が”さん”から”様”に変わっている。俺が国をも亡ぼす力を持つと言うデモンを討ち果たした事と、魔王国の王子だと言う事を聞き少し緊張した面持ちになった。
《まあたしかに緊張するのは仕方のないか、俺が国をも亡ぼす軍事力を保持している事を理解すれば、一国の王子であるならそれがどれほどの事か分かるだろうしな。》
「俺は魔人や人間や獣人が、平等に暮らす世界を作るために戦っています。」
「人間と獣人が平等にでございますか?」
ゼダが不思議そうな顔をして聞き返して来た。やはりファートリア神聖国に近い国だけあって、獣人と一緒に暮らすのは抵抗があるのかもしれなかった。
「リュート王国では抵抗があるかもしれないですが、獣人も高等生物である以上は、人間と同じ土俵でものを語り同じような待遇で仕事をして生きる権利があると思ってます。」
「それは上手くいくものでしょうか?」
「上手くいくかは分かりませんが、うまくいかせようとは思ってます。」
「素晴らしい!私は賛成です!」
リズが言う。
「それはうれしいですね。」
「はは、リズは子供のころから生き物全般が好きで、動物に話しかけたりしてるんですよ。」
「そうなんですか?」
「はい、なんとなく動物の気持ちが分かるんです。」
《どこかの母親にそっくりだ。》
「あの、つかぬことをお伺いしますが、お二人は魔法が使えたりしますか?」
「たしなみ程度になら私は土魔法が使えます。妹のリズは水魔法が得意です。」
ゼダが言う。
「そうですか。」
《いよいよリズはどこかの母親にそっくりだ。そして二人が魔力持ちであるというのなら、我々と行動しているうちに強くなる可能性があるか…。》
「ファートリアを通る以外にリュート王国へ入る方法はありますか?」
「本来ならばありません。」
「本来ならば?」
「あのラウル様が乗っていた空を飛ぶ乗り物ならば、東の山脈から入れるのではないでしょうか?」
「東の山脈には飛ぶ魔獣がいるかもしれません。」
「確かにその可能性はありますね。」
魔獣はいるが侵入経路はあると言う事だろう。空を飛ぶ魔獣がいたとしてもシャーミリアとマキーナを連れて行けば対応できるだろう。
「ならばリュート王国へ帰る方法はありますね。しかしリュートの状況が分からねばかなり危険です。」
「リュートを逃亡する前は、かなりの数のファートリア兵とバルギウス兵が駐留しておりました。」
「ファートリアからリュート国へ兵が?兵力が分散しているということですか?」
「そうなると思います。」
《バルギウスの50万の兵の内どれほどがリュートに行っているのか、そしてファートリア神聖国の兵力が如何程かが分からないが…》
「わかりました。ファートリアを制圧しなければ、リュートに戻るのは難しいとは思いますが、前線基地にいる魔人達と合流して相談してみます。」
「ありがとうございます。」
「祖国に帰れるようになるまで、ゼダさんとリズさんはここでお待ちください。」
すると二人が慌てた様子で言う。
「いえ!是非私たちも連れて行っては下さいませんでしょうか!死んだ民の恨みを晴らせるのならば、私はなんでもします!」
「私も連れて行ってください!」
ゼダとリズが俺に迫って来た。
「少しお待ちを。ゼダ様とリズ様は数少ない王族の生き残りです。危険な場所に行って命を落としてしまってはいけません。現在、我が領はラウル殿率いる魔人軍によって、安全を保障されております。ここに残られるのが最善かと思われますが。」
トラメルが言う。
「いえ!いまこの時も民は殺されているかもしれません!何卒!何卒私を私だけでも連れて行っては下さいませんか?」
「ゼダ様のお気持ちは分かりますがこれは戦争です。ほとんどの王族が亡くなってしまった今、あなた方は王候補ではありませんか?そのような高貴なお方が、最前線に行くなどおすすめは出来ません。」
「いえ!ラウル様も王子の身でありながら最前線にて戦っておられるではないですか!」
ゼダの矛先が俺に来た。
《いやあ‥‥俺魔人だし、魔力ハンパないし、少し壊れても体治るし、魔導鎧もあるし、爆弾とか出せるし、魔人に武器弾薬を供給しなきゃならないし。》
と脳内で思ったがここは言うのを止める。
「ゼダさん。私には魔人達を率いて戦わねばならない理由があるのです。」
「ならば!私も民の為に戦う理由があります!」
《まあ確かに…》
「ですがお二人をお守りきれるかどうか分かりませんよ。どうかここはトラメルさんに甘えてここに滞在なさってはいかがでしょうか?」
「いやです。」
《えー!いやですとか駄々をこねられても、危ない物は危ないんだよ!》
「ゼダ王子どうか…。」
俺が断ろうとするとゼダがさらに言う。
「では暫定的なものではございますが、リュート王国と同盟を結びませんか?私、ゼドスウェン ヴィルヘルム フォン リューテウスの名において確約いたします!国を取り返した暁には魔人国の属国になると。」
「えっ!」
「お兄様?」
「いいんだリズ、私には懸ける物がそれしかない!私の命などでは安いのだ!私が死んでもお前が証人となり魔人国の属国になる事を確約するのだ。」
「えっと、ゼドスウェン王子。そのような重要な事をここでお決めになってよろしいのですか?」
「はい、ひきかえに私は国を懸けてあなた達と一緒に戦います!」
ゼダの剣幕は物凄かった。
《おお!凄い気迫だ!俺殺されたりしないよね?》
「しかし…。」
「ラウル殿。」
「なんです?」
トラメルが俺に声をかけて来た。
「恐らく私ではこのお方をここに留めておくことは出来ないでしょう。」
《えー!トラメルが無理って言ったら無理じゃん。》
「それはどういう?」
「ラウル殿、まさか隣国の王候補を牢に閉じ込めろと?鎖につなげと?」
「あっ‥‥。」
「いち辺境伯にはいささか荷が重いですわ。」
「確かに‥‥。」
ゼダを見るといまだに必死に俺を睨みつけていた。リズもその兄の袖を握りしめて必死に瞳で訴えかけている。
「そして、彼らにここから勝手に出て行かれるよりは、ラウル殿以下の魔人軍に護衛していただいた方が安全ですわ。」
《おっしゃるとおりではありますけど。》
「まあそうですが…それでも。」
俺が言葉を濁らせる。
「そして自ら無念を晴らしたいと言うお気持ちは、ラウル殿が一番お分かりになるのでは?」
トラメルの言うとおりだった。俺は無念に散って行った、父グラムやサナリアの兵達の恨みを俺の手で晴らしたいのだ。ゼダにもその気持ちが溢れているのは分かる。トラメルにもその気持ちが痛いほどわかるのだろう。
「はい。」
「ならばもうゼダ様のご提案を受けるよりほかないのでは?」
「‥‥。」
「お願いします!ラウル様!」
「お願いします!」
ゼダとリズから懇願される。
「‥‥‥わかりました。それでは出来る限りの手を尽くしてお二人の御身をお守りしましょう。」
「いえ!私は守っていただくだけではなく戦いたいのです!」
「戦う?」
「はい!願わくばトラメルさん!私とリズに剣を一本ずつ与えては下さいませんか!必ずお返しいたしますので!」
「かまいませんわ。」
《剣で戦うのは無理があるだろ。》
《ご主人様。当面はマキーナに面倒を見させては?》
《うーん。マキーナは知らない人間に優しくできるかなあ?あの氷のような目で見られたら心まで冷えそうだ。》
《それは保証いたしかねます。》
《だよなあ、じゃあドランとかいいんじゃないか?》
《名案でございます。彼なら見た目が恐ろしくて素直に言う事を聞いてくれると思われます。》
派手なスーツに白いマフラーが似合ってしまいそうな、スキンヘッドの反〇の幹部的おじさんに二人を任せる事に決めた。ドランは見た目に反して優しいけど、彼のあの恐ろしい見た目は有効だろう。二人が無茶な動きをしないように監視してもらおう。
「それでは準備が整い次第出発いたします。」
「はい!」
「ありがとうございます!」
二人に感謝された。
「それではお二人に合う剣をお選び差し上げてください。」
トラメルがローウェルに言う。
「はい。それではお二方こちらへ。」
二人が俺とトラメルに一礼をしてローウェルについて部屋を出ていく。
「すみませんトラメルさん。彼らをお任せするのは荷が重かったですね。」
「いえ。でもさすがに王族の方を牢獄に入れてしまった事を後悔していますわ。」
「あれは俺が頼んだのでトラメルさんのせいじゃないです。」
「もっとお話を聞いておくべきでした。」
「ファートリアを制圧した暁には、また彼らとゆっくり話をする機会もあるでしょう。」
「そうですわね。」
俺達が話しているとメイドが新しいお茶を持ってきてくれた。いい香りがたちこめて俺達の前に差し出される。
「リュート国の名産も聞いておかないとですね?」
「あそこにはダンジョンがございますわ。」
「そう言えばリュート王国の奥のマナウ大渓谷の奥にある‥‥確か‥‥。」
「アグラニ迷宮。または東方ダンジョンですわね。」
「その東方ダンジョンには何があるんですかね?」
「存じ上げません。ギルドがあった時に少し話を聞いた事があるくらいで、お父様ならよく知っていたと思うのですが。」
「おそらく私の父も冒険者時代に行った事あるはずなのですが、なにせ私が幼少の頃でしたので詳しい話は聞けませんでした。」
「宝や武器などを手に入れる事が出来るとか?出来ないとか?そんな話をしていたような気がします。」
《うっそ!ダンジョンで武器入手とかRPGじゃん。それすっごくロマンあるわー。俺の新しい魔導鎧とか無いかな?》
《ご主人様。行きたい場合は私奴がお供いたしますが。》
《いやいや、今は戦争中だからそんなん言ってる場合じゃない。でも少し落ち着いたら行こうよ。》
《かしこまりました。》
念話でシャーミリアと約束する。
「私が召喚する兵器より使える物があるなら潜りたいですね。」
「ふふっ、ラウル殿はお好きですね。武器の話になると夢中になってしまわれて。」
トラメルがいたずらっぽい顔ではにかむ。
か、かわいいかも…
「いやあ、戦闘で有利になる物なら必要かなと。ですが東方ダンジョンがファートリアに占領されている可能性もありますね。」
「東方ダンジョンまではかなり険しいらしいですし、ダンジョンがどのくらいの深さなのかもわかっておりません。魔獣の湧き出るようなダンジョンに無駄な戦力を割くでしょうか?」
「戦争に有利になるものがあるなら。でにダンジョンに何があるか分かっていなければ行く事は無いでしょうけど。」
「確かにそうですわね。」
するとゼダとリズが帯刀して戻って来た。更に鎧も出してもらったらしい。
「トラメル様!ありがとうございます!」
「私にまで。」
「お二人の御武運をお祈りいたしますわ。」
「はい!」
ゼダとリズはトラメルに深く一礼をする。トラメルも二人に対して礼をする。
「では行きますか。」
「はい!」
「はい!」
「ファントム!前線基地につくまでお前が責任をもって二人を護衛しろ。」
「………」
もちろん答えはない。
「よろしくお願いいたします。」
「お手数をおかけいたします。」
ゼダが胸に手を当てて頭を下げ、リズが見事なカーテシーをしてファントムに一礼する。
「…」
もちろんファントムは答えない。
「あの、彼はなぜこんなに深くフードをかぶっているのですか?」
ゼダがファントムをまじまじと見て言う。
「お顔を見せてください。」
リズがニッコリ笑って言う。
「いえ!リズさん!彼は顔に酷い怪我をしています!見ない方が良いです。」
「怪我など気にしませんわ。」
「あの、ゼダ様リズ様!ここはラウル殿の言う事を聞いてくださいませんか?」
トラメルはファントムの正体を知っているため、二人を気遣い顔を見るのをやめさせようとする。
「そうですか…まあ人に見せたくない事もございますわね。大変失礼な事を申し上げました。何卒お気になさらぬようにお願いします。」
《おい!ファントム!頭を軽く下げろ!》
俺が念話で伝えると、ファントムが二人に軽く頭を下げた。
せっかく話がまとまって穏やかな空気になったのに、わざわざ凍り付かせる必要はない。
俺はトラメルと目を合わせてこっそり頷くのだった。
次話:第354話 前線基地の軍事訓練
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