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第352話 救出した兄妹

カツーンカツーン。


俺達はフラスリア城の地下に続く石の階段を降りていた。


ファートリアに出来た駐屯地からここまでUH-60ブラックホークに乗って飛んできた。エミルとケイナは外のヘリでそのまま待機している。山岳の街道で助けたリュート人の兄妹を地下牢に入れていたので迎えに来たのだ。地下への階段を降りる俺の隣にはトラメル伯と代官のローウェルが、俺の後ろにはシャーミリアとファントムが付き従っていた。


地下牢について鉄格子から中を見ると、薄暗い牢獄の中に二人の兄妹がいた。俺達に気が付いてこちらに近づいて来る。


「火急のことでこのような措置をとってしまい申し訳ない。罠などの心配があったもので…」


二人に話しかけてみるが、転移罠の事などを話してもすぐには信用してはもらえないと思い、俺は次の言葉をつまらせた。


二人は切羽詰まったような顔をして俺を見ている。


「あの!ここから出してください!民の元へ行かねば!」


ゼダが言う。


「それは…とにかくこのような場所に幽閉してしまった事を許してほしい。」


「そんなことはどうでもいい!国の者達はどうなりましたか!」


ゼダは俺の言う事などほとんど聞いていないようだった。悲痛な面持ちで俺に話しかけてくる。


「まずは落ち着いてください。ここを出て客室へ。」


トラメルが静かな声で言う。貴族らしく気品のある声で話しかけられ二人は少し落ち着いたようだった。


ガシャン


ローウェルが牢の鍵を開けると、二人の兄妹はしずしずと出て来る。


「本当に申し訳なかった。」


俺が二人に頭を下げる。


「ではお二人ともこちらへ。」


トラメルが言う。


俺とトラメルが前を歩き、ゼダとリズが青い顔で黙ってついて来る。その後ろをローウェルとシャーミリア、ファントムがついて来た。廊下を歩いて客室に向かう。


「お入りください。」


客室につくとローウェルがドアを開けてくれた。


「失礼します。」


ゼダが一礼をして中に入る。するとリズはカーテシーで品よく礼をし中に入った。客室の中にはメイドが二人待機していて、二人の兄妹を席に連れて椅子に座らせる。


《ゼダもリズも気品があるな。不意にカーテシーでお辞儀をする当たり一般人ではないような気がするが…》


「まずはお茶を。」


トラメルがメイドに言うと一人のメイドが部屋を出て行った。俺とトラメルが二人の正面に座り、俺の後ろにシャーミリアとファントムが、トラメルの後ろにローウェルが立つ。


コンコン


「失礼します。」


メイドが数名部屋に入ってきて、軽い食事とお茶を持ってきてくれた。


「あっ!このお菓子は!」


リズが言う。これは俺達の山岳の駐屯地からリュートの民の為にドローンで届けた焼き菓子だった。


「ええ、フラスリアの伝統のお菓子ですわ。」


「領主様が子供たちに届けてくださったのですね!」


「まあ正確には当屋敷で作ったお菓子を、ラウル殿の配下の方が届けてくださったのです。」


「ありがとうございました。子供たちが喜んでおりました。」


「それは良かったですわ。」


俺達の前には焼き菓子の他に、フラスリア産の高級なお茶が湯気を立てている。


「まずはお召し上がりになってください。」


「は、はい。」


リズが手をつけようとすると、ゼダが口を開いた。


「その前に!リュートの民がどうなったのか教えていただけませんか!」


「まずは落ち着いて喉を潤してくださいまし。」


トラメルが促す。


二人は軽くお茶を流し込んで、ふうっとため息をついた。


「お、美味しいお茶です。」

「本当に。」


ゼダとリズが言う。


「お食べになって。」


二人は焼き菓子を手に取って口に入れた。


「‥‥。」

「本当に美味しいお菓子です。」


リズだけが感想を言う。


「お気に召していただいたようで何よりですわ。」


上品なおもてなしを受けて、二人の気持ちはいささか穏やかになったようだった。


「ゼダさんとリズさん。」


俺が話す。


「はい。」

「はい。」


「あの巨大な魔法陣を?」


「はい。」

「見ました。」


「そうですか…。あれは、とても恐ろしい物だった。」


「と!言いますと!」


ゼダが焦りを隠さず聞いて来る。


「その前に、ちょっとお二人の事情をお聞かせ願えないだろうか?」


俺が言うと、二人は顔を見合わせた。


「私達は恐らくあなた方の味方だと思いますわ。」


トラメルが静かに言う。


「味方?」


「はい。」


ゼダとリズがじっとトラメルを見つめているが、トラメルは優しい微笑を浮かべているだけだった。


「あなた方はリュート国から強制的に連れてこられたのではないか?」


「そのとおりです。」


俺が聞くとゼダが肯定する。


「恐らくあなたたちと一緒に居た民の他にも、西に強制連行された民もいたのでは?」


「いました。」


「やはり。」


「と言う事は西でも同じような事があったのですね?」


ゼダが言う。


「ああ。」


「そうなんですか…。」


「リュート王国は今どのような状態になっているんだい?」


「それは…。」


ゼダが口ごもる。何か言いたくないような事がありそうだった。


「まあ言いたくないのであれば言わなくていい。もしかすると二人は、この北の大陸で起きた出来事は知らないのでは?」


「はい、数年前から情報が入らなくなりまして。」


やはり思った通りだった。リュート王国はファートリア神聖国を通過しなければどこにも出てはいけない。恐らくこちらの情報は全く伝わらなかったはずだ。


「そうか…。」


「何があったのですか?」


ゼダとリズが身を乗り出してくる。


「ファートリアとバルギウスが連合となって北部の国々に宣戦布告したんだ。」


「北部にもですか?」


「というとリュート王国にも?」


「侵略戦争を仕掛けられたんです。友好国のファートリア神聖国に侵略されました。」


「そういえば元は一つの国だったのが分かれて、リュート王国とファートリア神聖国になったのですよね?」


トラメルが言う。


「ええかなり昔の話です。私たちも歴史で学ぶ程度でした。まさかそのファートリア神聖国に侵略されるとは思ってもみませんでした。」


「そうでしたか。」


「北では何があったのですか?」


ゼダが聞いて来る。


「ユークリット公国、ラシュタル王国、シュラーデン王国、グラドラムも全てが制圧されたんだ。」


「そんな…。」


「さらには各国の王族も貴族も皆が殺された。」


「他の国でも…そのような事が。」


「と言う事はリュート王国でも同じ事が?」


「はい、同じことが。」


「そうか。」


「トラメル様は難を逃れたと言う事ですか?」


ゼダがトラメルに聞く。


「いいえ、私達も多分に漏れず皆殺しにあいました。フラスリア領の領主である父そして母、さらに領兵も全てが殺されました。私はローウェルなどの配下と共に、森に逃げ隠れて数年間を過ごしておりました。そこにラウル殿の配下が来て解放してくださったのです。」


「皆殺しに…。」


リズが青い顔でうつむく。


「リズさん。私はサナリアの領主の息子で、サナリア領兵も私の父も殺されたんだ。しかし私と母は逃げ延びる事が出来たんだよ。」


「ラウル様もそうだったのですね?」


「ああ。」


するとゼダが意を決したような顔をした。


《よし!ここが聞きどころだ!話す気になったみたいだ。》


「ゼダさんとリズさんは平民ではないね?貴族かい?」


「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」


二人は押し黙ってしまった。


《あれ?ダメだったかな?》


「立ち振る舞いを見る限りそう思ったのですが、言いたくなければ言わなくてもいいです。」


「ラウル様。」


「はい。」


「私は…私たちはリュート王国の王族です。」


「王族!」


いきなりビッグな感じの素性が出てきた。


「そうなのですね…。」


俺が仰天して、トラメルが気づいてたかのような反応になる。


「よくぞ生き延びられて!」


「私達は平民に身を紛れさせて逃がされました。」


リズが言う。


「私はリュート王国第一王子のゼドスウェン ヴィルヘルム フォン リューテウスです。」


ゼダが言う。


「私は第二王女のリザベル ヴィクトリア リューテウスです。」


なんと二人はリュート王国の王子とお姫様だった。


「これは高い所から失礼いたしました。」


トラメルが急いで椅子を降りて膝をつく。


「いえいえ!トラメル様!良いのです。私たちは平民に扮し逃げてきた身です。そのような応対はかえって困ります。」


ゼダが言う


「それはいけません。」


「本当に!トラメル様!おかけになってください!」


リズも言う。


それでもトラメルは椅子に腰かける事はなかった。


「トラメルさん。こうおっしゃってくださってます、椅子に座っていいと思いますよ。」


「ラウル殿は魔人国王子ですからよろしいかと。ですが私は…。」


「やめましょうよ。とにかく私たちは同じ運命を背負った仲間ではないですか?」


リズが言う。


「仲間…。」


「そうですよトラメルさん。」


ゼダに言われてトラメルはそっと席に戻った。


「あの、トラメル様が…。」


「いえ、ゼドスウェン ヴィルヘルム フォン リューテウス殿下。私の事は呼び捨てになさってください。」


《えー!トラメルよく名前を覚えられたな!俺なんかすぐに忘れちゃってたよ!》


「いやいや、トラメル様。いやトラメルさん!私の事はゼダとお呼び下さい!」


「そうです。私の事もリズとお呼びになってくださいませ。」


兄妹が慌ててトラメルに呼びかける。


「トラメルさん。お二人もそうおっしゃるんですからそうしましょう。」


俺が促す。


《長い名前で呼ぶ自信が無い。》


「わかりました。それではゼダ様リズ様と呼ばせていただきますわ。」


「それならそれでいいです。」


ゼダが言う。


「それで…トラメルさんが先ほど言っていた事なのですが。」


ゼダが逆に聞き返して来た。


「ええ。」


「ラウルさんが魔王国の王子様だと。」


「その通りでございますわ。」


「魔人国が本当にあるのですか?」


ゼダが俺に聞いて来る。


「ええ、私の第二の故郷ですから。」


「凄い!御伽噺の世界でしか見たことがないですよ!あなたがその魔人国の王子様だと?」


「まあそうですね。母が魔王です。」


「変な事をお尋ねしますが、あの我々の元にお菓子を届けてくれた虫は使役しているものなのですか?」


どうやらドローンの事を言っているらしい。


「ああ、あれは虫ではなくてドローンと言う機械なんですよ。」


「機械?」


「まあ魔人国の機密なので詳しい事は言えませんが、あれは使役した物ではなく生きてもおりません。」


「そうなんですね!機械ですか!凄い!」


「いやゼダ様そんなに驚くような物でもないのです。飛んでものを運ぶしか出来ないものです。」


「いえ、凄いです!」


そりゃあんな機械を見たら驚くか。とにかく俺達と境遇が同じという事を知って少しは気を許してくれたようだ。


《とても言いづらい事だが本題に入るとするか。》


「それでゼダ様。」


俺は声のトーンを落として空気を変える。


「はい。」


「あの魔法陣の事です。」


「は、はい!あれはいったい!」


「あれはファートリア神聖国の大神官といわれるものが使ったと思われる、究極の魔法陣と推測してます。」


「究極の?」


「私も原理は分かりませんが、魔法陣を複合する事で恐ろしい現象を生み出すものです。」


ゼダとリズが暗い表情で俺の話を聞いている。すでにこれから話される内容を予測しているのかもしれない。


「あの魔法陣の下に数千か数万のリュート人が居ましたよね?」


「はい。」


「彼らは生贄いけにえです。」


「生贄…。」


「はい。」


「ということはあそこにいた民は…。」


「すみません。助ける事が出来ませんでした。」


「一人も?」


「申し訳ありません。すでにどうする事も出来ませんでした。」


しくしくとリズが下を向いて顔を覆い泣き出した。すっとトラメルが立ち上がりリズの背中をさすってあげた。


「う、うううう。」


リズが嗚咽を漏らす。


「そんな!一人も生きていないのですか?」


「申し訳ありません。」


「くっ!」


ゼダが唇を噛むと、唇から血がしたたり落ちた。


「ゼダ王子。そしてその魔法陣がある物を生み出しました。」


「ある物?」


「デモンというのをご存知ですか?」


「いえ、聞いた事はありません。」


「この世のものではないバケモノです。それをどこかの世界から呼び出したようなのです。」


「バケモノ?」


「はい。恐ろしい力を持つバケモノで、人の世界を滅ぼしてしまうほどの力を持つものです。」


「そんなバケモノがいるのですか?」


「はい。」


「それでは2ヵ所から、2体の世界を滅ぼすバケモノが世に放たれたと言う事ですか?」


「そうです。」


「そんな…。それでは!この世界はどうなるのです!」


ゼダの声が大きくなる。


「わが軍が2体とも討伐しました。」


「討伐…?」


「はい。完全に消滅させました。」


「‥‥‥。」


ゼダは沈黙した。俺が話している内容が自分の想像を超えているのだろう。こんな事を聞いては無理もないと思う。


するとゼダは席から崩れ落ちるように床に下りて俺に土下座をした。


「ありがとうございます!」


「えっ!」


「我が国の民の無念を晴らしていただきありがとうございます!」


ゼダは涙を流していた。


「うおおおおおおお!」


物凄い形相で床に拳をたたきつけて叫んでいた。


妹のリズがゼダに駆け寄り背中を抱く。


同じだ。


あのサナリアの時と。


俺は数千のサナリア兵とグラムを失った時の気持ちがよみがえるのだった。

次話:第353話 次期リュート王との制約


お読みいただきありがとうございます!


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引き続きこの作品にお楽しみ下さい。

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[一言] 兄妹への対応 「火急のことでこのような措置をとってしまい申し訳ない。罠などの心配があったもので…」 …確かに…ラウル君、面識はないとはいえ『相手は悪だくみにかけては、かなり頭が回る』…とい…
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