第350話 ユークリット防衛戦 ~ラーズ視点~
ファートリアの西に発生したデモンがこちら側に向かっているらしい。
ラウル様より迎撃の指令が下った。
ユークリット王都はスラガに任せ魔人1000人すべてを連れて出発してきた。ユークリット王都には魔人以外に、ラウル様の御師様であるモーリスと、付き従う冒険者百数十名、サイナス枢機卿一行、シン国の将軍とその従者がいる。
どうあってもデモンがユークリットの王都を襲撃する前に討伐せねばならない。
「さすがに人間にはデモンは荷が重い。そしてラウル様の師様は絶対に守らねばならない!」
「ええラーズ隊長そのとおりです。せっかく修復した都市を壊させるわけにはいきませんから。」
一般魔人兵のオークが答える。
「騎士のカーライルや将軍のお付きの者達が人外の強さを持つとはいえ、彼らにデモンを討伐する事は出来ない。」
「彼らは我ら魔人軍一般兵よりも強いと思うのですが。」
「まあそれはそうだ。だがデモンはな、進化した魔人や我らラウル様の直属でも苦戦する相手だ。さらには人間である彼らはラウル様の大切な方々なのだ。ラウル様の命に背くかもしれないが我らの命をかけて守るぞ。」
「は!!」
すでにラーズは何度も魔人と相まみえていたおかげで、歴戦のベテラン兵の風格が漂っていた。進化前はオークの鼻と牙が目立ち、体つきも一回り以上大きかったが、何度も進化をしているうちにいぶし銀の傭兵のような中肉中背の風貌になってしまった。額には血を表すような赤いバンダナをまいている。
《ラーズ。》
《おおガザム。》
ガザムからの念話が入る。
《この方角なら、デモンの行き先は恐らくユークリット王都だ。》
《ふはは我の勘がそう伝えてたおったわ!》
《ふむ、ならばやる事は分かっているな。》
《うむ。ギレザムとドラグ隊や北からのウルド隊が来るまでの間、ここでデモンの群れを足止めする。》
《そのとおりだ。健闘を祈る。》
《ふふ、ラウル様のような事を言う。》
念話を切って魔人達の方を振り向き大声で言う。
「みんな!ガザムからの連絡だ!デモンがこちらに向かっているらしい。恐らく目標はユークリット王都だ!この地で他の部隊が来るまで敵の足止めをすることになる!危険だと思ったらラウル様から頂戴した竜化薬を飲め!」
「「「「「は!」」」」」
この隊はユークリット王都を復興するための部隊の為、大型の魔人が多い部隊だった。オーク300オーガ100スプリガン200を主力とし、ライカン40ゴブリン200ダークエルフ100サキュバス30ハルピュイア30の編成だ。
兵器は大型魔人にはM134ミニガン、中型魔人にはM240中機関銃、小型魔人にはAK47自動小銃が全員に配られている。ダークエルフにはBarrett M82スナイパーライフル、すべての魔人はホルスターにそれぞれハンドガンが収まっている。19式装輪155㎜自走榴弾砲が50台、16式機動戦闘車105mm砲 50台、武器輸送用3 1/2tトラック50台、荷台には120㎜迫撃砲や110mm個人携帯対戦車弾LAMが大量に積み込んであった。
ラウルが趣味に走らず、魔人達が訓練で使い慣れている兵器を召喚して置いて行ったのだった。
「うむ。かなりの数がいるな。」
「分かるのですか?」
「ああ、何度も感じた気配だ。」
魔人達に緊張が走る。
「よし!ラウル様にいただいた、この腕時計の時間を合わせる!」
ラーズが配下達に号令をかける。この世界に似つかわしくないデジタルの腕時計を、魔人達が調節しているさまはシュールだった。しかしラウルが言う事はとても合理的で、この作業がとても大事なことをラーズは知っている。
「「「「「は!」」」」」
1000人の魔人達は立ち止まって時計を合わせる。
「1100(ひとひとまるまる)丁度に合わせるぞ!5,4,3,2,1!」
ピッ
全員が時計合わせをした。大型の魔人は衣服の留め具に引っ掛け、中型と小型の魔人は腕にかけて見ている。
「よし!まもなく敵と接触するぞ!出来るだけ隊を進めて王都から離れる。」
「「「「「は!」」」」」
進んでいるのは平野だった為、横に広がって進むことができた。車両も人も横に広がっている。
《ラーズ。》
《どうしたガザム。》
《まもなくそちらでもデモンが見えて来るだろう、俺が先に合流するとしよう。》
《了解だ。》
ガザムが合流してくれるらしい。いつも涼しい顔をして無表情のつかみどころのないヤツだが、戦闘になればこれ以上頼もしい奴はいない。ラウル様の直属の魔人がひとり増えるのは心強かった。
しばらく隊を進めているといきなりラーズの横にガザムが出現した。しかし気配で察知していたため驚く事はない。
「ガザム!今度のデモンはどんなやつだ?」
「羽のついたビッグホーンディアのようなヤツだが二本足だな。尾が大蛇になっていて上半身はオーガのように頑丈そうなやつだ。そいつは飛んでくるぞ!」
「なるほどな。他には?」
「四つ足のトカゲの体に人型の上半身が生えたような奴がうじゃうじゃと。数万…いや十数万は居る。」
「それほどか。」
「ああ、かなりの数だ。」
東に進軍していると荒野の向こうに砂ぼこりが舞うのが見えた。どうやらデモンの群れが現れたようだった。
「全体止まれ!皆!デモンが見えた!武器を構えろ!」
全隊が止まって、はるか前方に出現したデモンの群れに照準を合わせた。
ラーズの脳裏には、以前ユークリット王都で3体のデモンと膨大な数の屍人や進化グールによって、魔人軍が危機に陥ってしまった事がよみがえっていた。しかもあの時は自分の他にミノス、ドラン、セイラ、ティラ、マカ、ナタというラウル様の直属と20名の一般兵が居たにもかかわらずだ。しかし今回はその時に進化した20名がいるものの、ラウル様の直属は自分とガザムだけで980名は一般兵だった。
「全軍!気合い入れろ!友軍が合流するまで足止めをするだけでいい!」
「「「「「「は!」」」」」」
《はたして我らだけでこの場にデモンを留めておけるのだろうか?敵はデモンだ。ここにいるのはほとんどが一般兵、とどめておくどころかかなりの死傷者が出てしまうのでないか?》
ラーズは頭を振った。自分はラウル様に信頼され大将の任を受けたのだ。指揮官の士気は全軍の士気にかかわる。
「ふっ。我とした事が。」
「臆したか?」
ガザムが冷たい表情で言う。
「馬鹿を言え!久々のデモン戦に腕が鳴るわ!」
「それでこそラーズだ。」
「おぬしこそ久しぶりで腕がなまっておるのではないか!?」
「心配するな。俺はいつもと同じだ。」
「まったくお前は頼もしいな。」
ラーズが人を安心させるような笑顔でにまりと笑った。
この時ラーズは気が付いていなかった。あの時と違う事を。元始魔人の系譜に影響する範囲が、北大陸全土に及んでいる事を。そして自分たちの兵器がラウルの連結LV2によって、全魔人の魔力に連結されている事を。
「射程に入りました!」
双眼鏡で確認をしていたゴブリンが叫ぶ。
「全軍!攻撃開始。」
ズドン
ズドン
ズドン
ズドン
バズゥ
バスゥ
バスゥ
バズゥ
19式の155㎜榴弾砲と16式機動戦闘車105mm、簡易迫撃砲での120mm砲撃が始まった。
ヒュルルルルル
大量の火柱がデモンの群れに向かって飛んでいく。
ドゴーン
バグゥーン
バガーン
ドガーン
四つ足のトカゲの体に人型の上半身がついたバケモノが着弾と共に四散していく。矢継ぎ早に砲撃された大量の砲弾に吹き飛ばされ、デモンの配下達は跡形もなく飛び散っていくのだった。
「よし!ひとまずこれで足止めできそうだ。」
ラーズは敵の状態を確認して言う。
敵に向かってどんどん火柱が飛んでいく様は圧巻だった。
《皆よく聞け!相手はデモンだ!すぐに復活して牙をむくぞ!この作戦は足止めが目的だ徹底的に打ち込むんだ!ラウル様から頂戴した弾を使い切るつもりで休まず撃つんだ!》
《《《《《《は!》》》》》》
砲撃の音で伝わらない為、念話で全軍に指示を飛ばす。
ラーズは必死だった。
とにかくここで出来るだけ引き留めねば、ユークリットにいるラウル様の大切な人たちに敵の牙が届いてしまう。さらにあのユークリット奪還の時の二の舞になっては、さすがに一般の魔人達は無傷ではいられないだろう。大量に死ぬ可能性があった。
「ん?ラーズ!ダークエルフ隊の狙撃で飛んでいた鹿が落ちたようだぞ?」
ふいにガザムが言う。
「鹿とはデモンか?」
「そうだ。」
「デモンなら一旦落ちてもすぐに再生するであろう!徹底的に足止めを行う必要があるな!」
《全軍!休むな!とにかく撃て!徹底的に押さえ込むんだ!》
《《《《《《は!》》》》》》
「ラーズ!ウルド隊が到着まであと800(秒)だ。」
ガザムが言う。
「よし!それならばなんとか間に合いそうだ!ドラグ隊はあとどのくらいだ?」
「到着までは1刻(3時間)以上かかる。」
「わかった!」
《あと800でウルド隊が到着する!徹底的に撃て!とにかく相手に再生の暇を与えるな!》
《《《《《《は!》》》》》》
「ラーズよ。敵が沈黙したように見えるのだが。」
「ガザムよ!何を甘い事を言っておるのだ!あ奴らはあっというまに再生してしまう。ここで手を抜けばあっというまにユークリット王都が襲われてしまうぞ!」
「あ、ああ、そうだな。」
《あと400(秒)でウルド隊が来る!死ぬ気で打ち込むんだ!》
《《《《《《は!》》》》》》
ズドドドドドドド
ドガガガガガガガ
バガガガガガガガ
ズドーン
ガガーン
バズーン
一般の魔人達はラーズの気迫に押されて死ぬ気で砲撃をくりかえした。
バシュ
バシュ
バシュ
バシュ
100のダークエルフが寝そべり敵に向けてスナイパーライフルを撃ち続けていた。するとそのうちの一人のダークエルフが念話でラーズに言う。
《隊長!起きあがってくるものがおらず、ねらう対象がおりません!》
デモン達の再生が追い付いていないらしい。ラーズはそう思った。
《立ち上がったら撃て!狙撃隊は無駄弾を撃たないようよく狙え。》
《《《《《《は!》》》》》》
狙撃は止まったが砲撃は続いた。次々と飛んでいく火柱に大気が焼けもうもうと煙が立ち込めた。デモンがいるあたりは既に草木もなく岩も無い焼けた更地となっているようだった。
《あと200!》
砲撃は熾烈を極めた。
《あと100!》
魔人は皆最後の力を振り絞るかのように砲撃に専念した。
《どうしたことだ?いつも訓練している時より砲撃の爆発が強烈だ。》
そう、ラーズがそう思うのは無理もない。すべての攻撃はラウルの連結LV2によって全魔力に繋がっているのだ。その1発はサーモバリック弾並みの爆発力と、徹甲弾並みの貫通力を併せ持つような強さを持っている。
《あと10!ウルド隊に当たる可能性がある!撃ち方やめい!》
ラーズの号令と共に一瞬で砲撃が止んだ。
《ラーズ!》
《おおウルドよ!到着したか!》
《ああ、こちらから物凄い爆炎が見えたがどうなっている?》
《何とか食い止めておる!側面からの攻撃を頼む!》
《こちらの山脈側から見るに敵が動いているように見えない。》
《再生が追い付かぬだけだろう!そちらの方が射線が通るだろう!動きが見えたらすぐに砲撃を開始してくれ!》
《了解だ。》
しかし…一向に砲撃は始まらなかった。
《ラーズよ。動きが見えない、砲撃ではなく近接戦闘が必要と考えられる。》
《分かったウルド!》
「皆!聞け!友軍が側面より襲撃をかける!こちらの方が近い!我々も銃を持ち接近戦だ!全隊前進せよ!」
「「「「「「は!」」」」」
ラーズ隊が前進する。
魔人軍が敵が居た場所に到着するが、ほとんど敵の残骸が残っていなかった。時折ぴくぴくと動く者がいるが、飛行部隊のハルピュイアやサキュバスが空中よりとどめを刺していく。
「デモンだ!」
魔人のひとりが叫ぶ。
バサッア
ボロボロの羽を広げて地面でじたばたしている羽の生えた鹿が居た。
「あれだけの攻撃を受けてまだ生きているのか!再生するぞ!」
ラーズが叫ぶと大型の魔人達がM134ミニガンを掃射する。更に3人一人のゴブリン隊が無反動砲を構えて打ち込んでいく。
キュィィィィィィ
バラララララララ
ドガーン
ドガーン
あっというまに黒煙に包まれていくデモン。
「撃ち方やめい!」
全員が射撃を止めるとデモンが居た場所にはほとんど何も残っていなかった。蛇の尻尾とわずかに残った頭蓋骨がちりちりと燃えている。
するとユークリット王都から来た一般の魔人兵達がパタパタと倒れて眠り始めた。
デモンを討ち取り進化に入ったのだった。
「た、倒したのか?」
ガクン!
ラーズも片膝をつくが眠りには落ちなかったようだ。ガザムは少しふらついたようだが膝をつくことはなかった。彼らは何度も進化をしているため膨大な魔力を持っていたのだった。
そこにウルド隊が到着した。
「敵の隊はどこだ?」
ウルドが聞いて来る。
「気配はない。」
ガザムが答えた。
「ん?」
「俺が確認した数はここに居たので全部だ。恐らく全滅したのだろう。」
ガザム以外の頭にはてなマークが浮かんでいる。
「ガザムよ!デモンはなぜ再生しない?」
「どういうことだ?」
ラーズとウルドがガザムに質問する。
するとその時。
《ラウル様の魔力に繋がっている。》
ギレザムが念話で話して来た。先行して近くまで来ていたらしい。
《ギレザム!どういうことだ?》
《我々は全てラウル様の系譜の庇護下にある。ラウル様の魔力が付与された召喚兵器で攻撃すればデモンの復活はない。》
「そういう事だったのか…。」
ラーズはホッと胸をなでおろした。以前のユークリット王都戦のような惨事を引き起こさなかった事、部下に一人の被害も出さなかったことに安堵するのだった。
ラウルの読み通り即席召喚のデモン掃討は容易かった。
そこにはまた進化が始まった眠る1000人の魔人達がいるのだった。
次話:第351話 魔人と魔力の恩恵
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