第35話 ラウル大怪我 ~イオナ視点~
ラウルが!息子が、ボロボロになって走ってきたのです!
左の腕が変な方向に曲がっている・・
胸から喉にかけてひっかかれたようにえぐれていました。
それでも懸命に走ってきた我が子。
「ラウル!」
私は叫んでいた。
「僕は大丈夫です。いそいで!母さんは12.7㎜機関銃を構えて!レッドベアーがきます!」
ボロボロになったラウルはそういいました。まったく大丈夫そうには見えないけど、ここまでは彼の言うとおり戦って生きてこれたのは間違いないのです。私は息子の言うとおりに馬車に乗せてある鉄の機関銃と呼ぶものを握ったのです。
大丈夫・・さっき聞いた通りにすれば。
マリアとミーシャ、ラウルが目の前に立ちはだかりロケットランチャーという武器を構えている。
「てーーーっ!」
ラウルの合図と同時に血煙を上げてレッドベアーが吹き飛んだ!上半身が飛び散ったようだ。相変わらずすさまじい威力だった。賢者様の高位魔法でもあの速さでは飛ばない。
「もう一匹来ます!構えてください!」
息子が叫んでいる。
マリアとミーシャは次の筒を拾いあげ担いでいました。
マリアのほうは冷静にできているようでした。息子のラウルは・・呆然と立っていました…あの怪我ではたっているのがやっとだろうと思い・・慌てて駆け寄りそうになりますが、息子はここで構えてと言いました。動くわけにはいきません、息子には考えがあるはずです。
「てーーーっ!」
発射音と共にマリアのロケットランチャーから煙を上げて飛んでいくが・・外した!レッドベアーは猛然と近づいてきていました。
横の息子の脇腹に武器が呼び出されているのが見えました。
パラララララ
という音とともにレッドベアーを攻撃しても、レッドベアーは止まる気配はなかったのです。しかしレッドベアーと私の間に息子がいる為、武器を撃つことができない!その時でした!息子が横に飛びのいたのが見たのです!
私は武器のボタンを押しました。
ガガガガダダダダダダダダ!!!
レッドベアーに向かって火の柱が飛んでいき肉がはじけ飛んでいるようで、動きが止まりとどめを刺したと思い手を止めてしまいました。
しかし・・レッドベアーはそこに立っていました。
バシュゥ
ズガーン!
ミーシャの準備が終わったようでロケットランチャーがレッドベアーに打ち込まれ頭を吹き飛ばして巨大なレッドベアーが倒れました・・
それと同時に息子も倒れたのです!
「ラウル!」
私は叫びながら息子に駆け寄りました。
腕は砕け右の胸はへこんでいました。左胸から首にかけて大きくえぐれており血が滴っているようです。息子は自分の状態が分からず走ってきたようでした。
「マリア!!ポーションを!すべて持ってきて!」
私は息子を抱きかかえながらマリアにポーションを持ってくるように叫びました。息子はかすかに息をしているようですが、今にも呼吸は止まりそうでした。
「しっかり!しっかりしなさい!!」
すると息子はほんの少しピクリと反応しました。
だが・・それだけでした。マリアがポーションを持ってきたので、一本だけ色の濃いミドルポーションを取り出し、蓋をとって息子の口につけ飲ませようとしました・・が飲む気配がありません。
「飲みなさい!」
しかし息子は喉を鳴らす事はしなかったのです。こんな・・8歳という小さな子供では・・それほど体力がないはず・・一刻を争います。私はポーションを半分自分の口に含み口移しで息子の口の中に噴き出すように入れました。
ゴク!
飲んだ!
息子はミドルポーションを一口飲みほしました。その瞬間に体がほのかに光り体温が上がり、胸から首にかけての傷が消えてきたのです。
「スゥー」
息子が息をはいた!呼吸ができるようになったのかもしれません!そのままミドルポーションの瓶を口に注ぎました。
「飲みなさい!」
ゴクゴク。
自分で飲んだのです!すると胸のへこみが膨らんで左腕が普通の位置に戻りつつありました。それでもまだ呼吸は浅く目を覚ます事はなく、体の形はほぼ元通りになったがまだ辛そうでした。ミドルポーションでも完治しない大怪我・・どんな衝撃を受けたのか分かりませんでした。
もう一本、ローポーションを開け口に注ぎこむ。
ゴクゴクゴク
一気に飲み干しました。
ゲホッゲホッゲホッ!
息子はむせかえりながら目を開けました。
そして・・
「母さん・・ポーションって不味いですね。」
息子が息を吹き返しました。
「ラウル!よかった・・」
「ラウル様!」
「坊ちゃま!」
「ラウル!」
みんなで息子の生還を喜びました。
「あなた・・死にそうだったのよ!ニクルスさんがくれたポーションのおかげで命を取りとめたのよ!もう無茶しないで!」
「すみません・・」
私は泣きながら彼を叱りました。しかし薪を採りに行くといった時、私は彼を止めなかった。私の責任でもあるのです。
「ラウル様一人で森に行くのはダメです!危険すぎます!」
「すみません・・」
マリアも真剣に怒っているようでした。
「坊ちゃま本当に・・よかった・・」
「はい・・」
「ラウルーよかったよー。」
「はい・・」
ミーシャもミゼッタも泣きながら息子に声をかけてくれていました。
「あのー。」
息子が私に声をかけてくる。
「なに?」
「レッドベアーって食べれるんですか?」
息子が変なことを聞いてくる・・
「今はそんな場合じゃないわよ!とにかくあなたは安静になさい。」
「いえ・・もう立てます。」
「えっ?」
息子は今の今まで瀕死の重傷を負っていたはずなのに、ぴんぴんして立ち上がった。そして私にこんな事を言った。
「あの・・血が無くなってしまったようです。とにかく血が足りません。腹がペコペコで死にそうです。」
「レッドベアーは・・」
私はレッドベアーが食べれるのか知らなかった・・すると。
「レッドベアーは食べれるよ!」
ミゼッタが答えました。
「焼いてステーキにしてもいいし、コトコト煮込んでも食べれるよ!」
「それなら・・食いたいです。」
息子がとにかく腹ペコだというので、息子が命がけで集めてくれた薪をくみ上げ火をつけてもらいました。
「そういえば・・刃物が無いわね。準備するのを忘れていたわ。」
自分で旅の準備をしたことのない私は、村で刃物を買うのを忘れていたのです。
「私とミーシャなら魔獣をさばくことができますが・・刃物が無ければ・・」
「刃物なら出せます。」
息子が刃物を出してくれると言い出しました。
イオナとマリアが見ている目のまえで、ラウルの前にナイフが2本出されました。全長60センチ刃長が46センチの大型の鉈のようなナイフです。刃の背側がギザギザに鋸のようになっていました。
「これで・・何とかなりますかね?」
息子が訪ねるとミーシャが答えました。
「大きさはこれでいいんですが・・細かい作業になるとちょっと使いづらいかもしれません。」
「それでは・・」
そしてラウルの前には再びナイフがでてきました。今度は小さいナイフでこれも刃のうらがギザギザでした。
「ちょっと体がぼろぼろらしくて・・これが限界です・・」
《しかし・・息子は・・なんでこんなにも魔力があり余っているのか・・魔人の血が目覚めてきたのでしょうか?モーリス先生からも魔力量が凄まじいと聞いていたが無尽蔵に見えます。》
マリアとミーシャはもともとキッチンメイドでしたので、動物をさばくのは手慣れていました。私は生き物をさばいた事がない為二人に任せることとなりました。剝ぎ取った皮はミゼッタが集めて広げていました。
あっという間に食用肉になっていくレッドベアーを私はただただ見ているだけでした。
「すみません・・皆さんばかりにさせてしまって・・」
私はいてもたってもいられず皆に声をかけて手伝おうとしたのですが・・
「いえ、イオナ様いいのですよ。イオナ様のお体には新しい命が宿っているのです。とにかく無理を強いてこの旅を続けているのですから休んでいてくださればいいのです。」
「任せてください。普段あまりお役に立っていませんからこのぐらいはさせてください!」
マリアとミーシャに気を遣わせてしまった。とりあえず私はミゼッタのほうに行って見ることにしました。
「ミゼッタ何か手伝う事はあるかしら?」
「いいえ奥様もうすべて終わってしまいました。座って待っていてください。」
ミゼッタにも断られてしまったので、離れたところで座ってみている息子の隣に座ることにしました。
「母さんは本当に気遣いばかりしていますよね。任せればいいと思います。」
「そうね・・あなたにもかなり苦労をかけています。ごめんなさいね。」
「いえ、僕は父さんと母さんから大事に育てられてきました。本当の息子ではないのに真剣にそだててくださいました。今度は僕がお返しをする番ですから。」
「あなたは・・すごく大人になったわね。あっという間に育ってしまったわ・・少し・・寂しいわね。」
息子は本当に急激に成長し大人びて、いろんなことに興味を持ちなんでも学ぶようになったのです。いまも8歳とは思えないほど頼もしい。時には年上かと思うほどしっかりしているようにも思えました。
「準備ができました。焚火のほうまでどうぞ」
ミーシャが声をかけてきてくれました。
串にささったレッドベアーの肉から油が滴って、焦げた肉が食欲をかき立てる匂いでした。
「村で塩を買いましたので塩をふって味をつけてあります。」
「え?塩ですか?高かったでしょう?」
「いえ、この山では岩塩がとれるそうで、塩はふんだんにあるとの事でした。」
ミーシャはやはりキッチンメイドですね。食事の事を考えて準備をしていたようでした。とりあえず焚火の周りにみんな集まったので神に祈りを捧げいただくことにしました。
「レッドベアーの肉は初めてです。」
「いえ・・奥様、はじめてではございませんよ。高級なのでそうそう手に入れられませんでしたが、サナリアのフォレスト邸でも何度が食卓に並んだことがございます。」
「あら・・そうだったのね。ごめんなさいね。」
「いえいえ、謝らないでください。フォレスト邸では誰も素材をお聞きになる事はなかったので、私たちも特に伝えることはありませんでしたから。」
そうだったのか・・そういわれてみると私は王都でも、マリアとキッチンに立っても肉の種類なんて聞いたことがなかった・・。貴族って本当に生きる為の事は何も覚えないでいたのね。はずかしいわ。
「さあ、どうぞ!」
息子と私に肉が刺さった串を渡された。こんな食べ方をするのも初めてでどうすればいいのか迷っていた時に、息子を見るとそのまま肉にかぶりついていたのでした。
「う、うまいです!!なんですか!?これ・・レッドベアーってこんなうまいんですか?」
息子がビックリして叫んでいたので私もかぶりついてみることにする。
!!!おいしい。何というのでしょう脂がしたたり落ちてさっぱりしていて臭みもない。そしてやわらかい・・
「おいしいですわね。」
「はい、さばきたてで新鮮ですから、肉も柔らかいし臭みも無いと思います。あと肉にナイフで切り込みをたくさん入れましたので嚙み切れるようになっていると思います。」
ミーシャが答えてくれました。ミーシャもキッチンでずーっと料理をしてきたものね。やはり料理に関しては詳しいのね。
我が子の食欲は驚くほどでした。とにかく食べる食べる。いつもはこんなに食べないのに欠損したものを取り返すかのごとく食べていました。
私とマリア、ミーシャとミゼッタが唖然とそれを見守っていました。
2キロ以上は食べたと思います。8歳が食べる量ではありませんでした。
息子は食べるだけ食べてその場に・・パタンッっと寝てしまいました。マリアがそっと馬車の中に運んでくれました。私はかわいい息子の額に絡んだ髪の毛を整えながら、ずっと我が子の顔を見続けるのでした。
「ほんとうに・・本当に生きていてくれてありがとう・・おやすみなさい・・」
いつまでも寝顔を見つめていたい。と心からそう思うのでした。
次話:第36話 身体強化のはじまりと魔人




