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第346話 召喚魔法陣

俺達は山岳地帯の一角から麓に発生した巨大な魔法陣を見ていた。魔法陣の高さは既にこの山頂付近を超えて天にも届くほどになっている。幾重にも重なり回転している魔法陣は幻想的ですらあるが、その直下に大量のリュート人がいる事が不気味さに拍車をかけている。


「あ、あれはなんでしょう!」


ゼダと名乗るリュート人が聞いて来る。


「わからん!お前たちは何も聞かされていないのか?」


俺がゼダとゼダの妹リズに尋ねるが二人はただ首を横に振るだけだった。彼らは後ろ手に手を縛られて俺達のそばにいながら、ただ茫然とその魔法陣を見つめていた。


するとその光輝く巨大魔法陣の周りに、何か黒い霞のような物が浮き出て来た。


「なんだあの影みたいなものは…。」


その黒い霧のような物は龍がその周りを泳ぐように、禍々しく魔法陣の周りを回り始める。先ほどまでは天気も良く明かるかったのだが、徐々に暗雲が立ち込めて、おそろしく禍々しい気が俺達に吹き付けて来た。


「あの!申し訳ございません!私達を逃がしては下さいませんか!」


唐突にゼダが叫ぶ。俺はハッとしてゼダの顔を見ると物凄く悲壮な表情で俺に訴えかけていた。


「逃げてどうするつもりだ?」


「あそこに行って民を救います。」


「あれは…危険だと思うぞ。」


「承知の上です!あそこにはたくさんの仲間たちが居る!お願いします!」


ゼダは後ろ手に縛られながらも膝をつき、おでこを地面にこすりつけて俺に乞う。俺はタングステンのコンバットナイフを召喚して二人の手首を縛った縄を切った。


「行け。」


「あ、ありがとうございます!」

「必ず皆様には恩返しをいたします!」


ゼダとリズが俺達に深々と頭を下げて峠道を駆けおりて行った。


「ご主人様。よろしかったので?」


「ああ、俺もサナリアの民を皆殺しにされているしな、グラドラムでも人をたくさん死なせてしまった。だから彼らの気持ちは痛いほど分かる。」


「はい。」


シャーミリアが静かに俺に返事をする。ここにいる魔人達はその時の俺の心を知っているだけに、それ以上の事は何も言わなかった。


「しかし、彼らは無事には済まないだろうな…。」


俺がポツリと言う。


さらに俺は飛ばしたドローンからの映像をディスプレイで見ていた。妨害電波のような物は出ていないらしく、機体はスムーズに巨大魔法陣に向かって峠を降りていく。


「ここから見てもどんどん禍々しくなっていってますね。」


ギレザムが言う。


「そうだな。」


「ラウル様に戻していただかなければ、私は巻き込まれていたかも。」


ルピアが言う。


「いったい何が起きるのでしょうか?」


セイラが言う。


しかし俺には皆目見当がつかずに、何も答える事が出来なかった。


「見えてきた。」


ドローンからの映像がディスプレイに映り込んだ。巨大魔法陣の下部は円形のドーム状になっているようだった。リュート国の人々がその中から出ようとしている様子が映る。


「出れないみたいだぞ。」


「結界のようになっているのでしょうか?」


マリアが言う。


「そうかもしれないな。どうやらあの人たちは閉じ込められてしまったみたいだ。」


「数千の民が…。」


「そうだな。」


《どうするか?さっきの二人には転移魔法の罠は仕掛けられていなかった。魔法陣が発動している以上、下で捕まっている民にも恐らく転移魔法罠は仕掛けられていないはずだが。》


ディスプレイに映った恐怖に歪む民たちの顔が俺の心を揺さぶる。そこには老人も子供たちもたくさんいて、彼らはなすすべもなく真ん中に身を寄せ合って座り込み始めた。


「シャーミリア、俺を抱いてあの上空に飛べ。マリア、ギレザム、セイラ、ルピア、お前たちは拠点の仲間達と合流して基地まで下がるんだ。」


「ラウル様!私はここより援護を。」


「ダメだマリア。あれはそれでどうにかできるような代物じゃないはずだ。」


「そうだぞマリア。ラウル様の言うとおりだ。お任せして一旦体制を整えた方が良い。」


ギレザムがマリアを諭す。


「では私がついて行きます。」


ルピアが言う。


「ルピアも一度ひいてくれ。」


「そうですルピア、あれは恐らくどうにもなりません。とにかくラウル様を信じて戻りましょう。」


セイラがルピアに言う。


「すまない!みんな。とりあえず試してみる、危険ならすぐに戻るから俺の言う事を聞いてくれ。」


「かしこまりました。」

「はい。」


マリアもルピアも聞き分けてくれた。


「ミリア行こう。」


「はい。」


俺はシャーミリアに抱かれて空に舞い上がる。


《こんなことなら魔導鎧を着ておくべきだった。いきなりすぎて準備が出来なかった。グレースの元に戻っていたら間に合わない気がする。俺のミスだ。》


ファートリア国内に上空から侵入し巨大魔法陣に近寄って見る。魔法陣は美しく輝いていて、どうやら数種類の色に彩られているようだった。近くで見ると禍々しい瘴気のような物がうねっているのが分かった。


「ご主人様、これ以上は危険かと。」


「そうだな。」


「どうなされます?」


「地上に降りてみてくれ。」


「はい。」


魔法陣から300メートルほどの至近距離まで近づいてみる。俺は双眼鏡を召喚して魔法陣の中がどうなっているのか確認する。


「さっきディスプレイで見たままだな。」


「人々が恐怖しております。」


「そりゃ怖いよな。あそこから出れなくなっているんだ、自分たちがどうなってしまうのか不安で仕方ないだろう。」


「はい。」


俺は悩んでいた。


ロケットランチャーであの結界を破壊できるのか?無理に衝撃を与えてしまったら逆に皆を殺してしまうんじゃないのか?車両を呼び出して突撃させてもいいが、突破できるとは限らない。無人で車両を突っ込ませたりしたら中にいる民を轢いてしまう。


「ご主人様!あの領域は少しずつ広がってきています。」


「本当だな。」


どうする?


俺にはなすすべがなかった。結界に包まれた子供たちの表情だけが俺の目に焼く。


「くそ。」


俺が悪態をつく。シャーミリアはただただ俺の指示を待っていた。彼女は俺が何を選んで信じて遂行してくれるだろうが、俺には良い案が何も浮かばなかった。


ゴゴゴゴゴゴ


地鳴りがしてきた。


「とにかく何かしなくては。」


俺は地雷撤去用のドローンを召喚してコントローラーを握る。地雷撤去ドローンはまっすぐにその巨大魔法陣の結界に突き進んでいった。しかし結界の端にたどり着いたらスッとドローンが消えてしまった。


「消えた…。」


どんどん揺れが大きくなってくる。


「人々が…。」


シャーミリアが言うので俺が双眼鏡を目に当てて結界の中を見る。


「なんだ?」


中の人間たちが苦悶の表情を浮かべ始めたのだった。


「苦しんでいるようだ。」


「はい、恐ろしい恐怖が伝わってきます。」


どうする!?とにかく打開策が思いつかない。


「一か八か!」


俺はAT4ロケットランチャーを召喚して魔力連結LV1にする。


バシュー


魔法陣の結界の上を狙ってロケットランチャーを打ち込んでみる。弾頭が結界にぶつかり爆発するかと思った瞬間だった。


スッ


ロケットランチャーの弾頭が消えたのだった。


「これもか!」


「転移でしょうか?」


「その可能性がある。あれは転移魔法かもしれない。」


「以前見た時とはだいぶ違うようですが…。」


「彼らを転移させるつもりなのか?」


「それにしては大掛かりに見えます。」


「だな。」


一度中心に固まっていた人々が半狂乱になり、恐怖の表情を浮かべて外側に向かって走って来た。とにかくこの中から出ようと必死になっているらしい。しかし壁に阻まれて外に出る事は出来ないようで、結界を手でたたいている。


老人は真っ青な顔をして、子供達は泣き叫び大人は半狂乱になって外に出ようとしていた。


「くそ!」


俺はまた悪態をついた。どうやらあの中には何らかの精神的な影響を及ぼす障害があるらしかった。


「恐怖が伝わってきます。」


シャーミリアがポツリと言う。


どうする!


切羽詰まった中で俺が試行錯誤するが何も思いつかない!


ボゥ


ドーム状の中心あたりに火が灯った。


「まずいぞ!」


ポツリと中心に小さな火が灯ったのを確認した直後だった。魔法陣の下にあるドーム状の中が一瞬にして炎に包まれてしまったのだった。あっという間に人が炎で見えなくなってしまった。


ゴォォォォォォ


「インフェルノだ!」


「ご主人様、失礼します!」


シャーミリアは咄嗟に俺を抱え込んで後方の上空に急速に飛びあがった。俺の意識が飛びかけるほどに急速上昇して、ぐんぐんと巨大魔法陣のインフェルノから遠ざかっていく。


パリン!


その結界の壁にひびが入りインフェルノの炎が爆発的に広がった。山岳地帯の中ほどまで火が登り木々をあっというまに燃やしてしまう。その炎は円形にどんどん広がっていくのだった。


「シャーミリア!止まれ!」


空中で急停止する。


上空から見る円形のインフェルノの炎はそのまま燃え続けるのではなく、一気に中心に向かって戻っていくのだった。あっという間に火がすべて消えてしまった。


「消えた!」


しかしその直後だった。その中心部分から黒い輪が広がり始める。黒い輪はブラックホールのように漆黒で底が見えない穴の様だった。


「あれは…。」


最初に光り輝いていた魔法陣ぐらいの大きさでその黒い輪の広がりが止まる。


「逃げます!」


バシュゥ!


シャーミリアが俺の指示を待たずに自分の意志で飛んでいく。その瞬間に俺は見たのだった…

その黒い輪の中から、二つ頭のドラゴンにまたがり羽を生やした禍々しい瘴気を放ったものが出てくるのを。


「デモンだ。」


「左様でございます。」


シャーミリアにつかまれて飛びながらも、俺は小型ドローンブラックホーネットを召喚してそのブラックホールに向けて飛ばしてやる。


「見えた!」


コントローラーのディスプレイには、二つ頭のドラゴンにまたがったヤツ以外にも、筋肉隆々のガイコツの頭をした猿がわさわさと大量に出てきているのが映っていた。


「ご主人様。下にあの逃がした二人が街道を駆けおりているのが見えます。」


「二人のそばに降ろせ!」


「危険では?」


「彼らを助けろ!」


「御意。」


シャーミリアは言われるままに、その二人の元へと降り立った。


「うわ!」


ゼダが俺達に気が付き驚いて足を止める。


「だめだ!これ以上は行くな!」


俺が言う。


「なぜですか!?」


「全滅だ!更に恐ろしいものがどんどん湧き出ている!死ぬぞ!」


「それでも!」


俺は瞬間的にゼダに接近して手刀で意識を刈り取った。俺に合わせて、その少し後ろにいたリズをシャーミリアが気絶させていた。


「ご主人様!」


俺たち二人に上空から声がかかった。


「マキーナ!」


マキーナが俺たち二人を迎えに来てくれたのだった。


「シャーミリア!この二人を連れて飛べ!マキーナは俺を連れていけ。」


「「かしこまりました!」」


気絶したリュート人の二人と俺達は急いでフラスリア基地へと帰投するために飛ぶ。


《ギレザム!カララ!ルフラ!ゴーグ!セイラ!ルピア!ドラグ!》


俺は直ぐに基地に念話を繋いだ。


《《《《《はい!》》》》》


《緊急事態だ!すぐに基地に帰投し臨戦態勢を取り周囲を警戒しろ!》


《《《《《はい!》》》》》


そして俺は向こうの拠点にいたであろうウルドに念話を繋いだ。


《ウルド!どこだ?》


《魔人軍を連れてサナリアに移動中です!》


《あの魔法陣はデモン召喚をするものだ!急いでサナリア基地に帰投して臨戦態勢を取れ!》


《は!》


そして俺はユークリットの魔人にも念話を繋げる。


《ラーズ!スラガ!》


《ラウル様!いかがなされました!》


俺の切羽詰まった声に、ただならぬ気配を感じラーズの声がこわばった。


《こちらの国境付近にデモンが出た!そちらにも向かうかもしれない!臨戦態勢を取り警戒を怠るな!》


《《は!》》


《冒険者たちには?》


ラーズが聞いて来る。


《魔人軍1000人で守備を固めて、後方に待機するように指示してくれ!》


《かしこまりました。》


《ガザム!》


さらに警戒の為、哨戒行動をとらせていたガザムに念話を繋ぐ。


《は!》


《国境にデモンが出た。》


《はい。》


《お前はバルギウスに向かいそれをタロスに伝えろ!》


《は!》


《戦闘準備をし警戒を怠るな!》


《かしこまりました!》


全ての拠点に警戒態勢を取らせた。デモンがそこからどこに動くのかすらも分からないが、いつどこに攻めて来るかもわからない。全軍がすぐに戦闘に入っても良いように臨戦態勢に移る。


俺は初めてデモンが出現するのを見た。


《おそらく…あの人間たちは供物だ。そしてインフェルノと転移魔法が混ざったようなあの魔法陣。あれはデモン召喚用の魔法陣らしい…。》


敵がすぐに攻めてこない理由が分かった。あれだけ大量の供物を用意しなければデモンは召喚出来ないのだ。今まで大きな町などにデモンがいたのは、その国の兵士や民を供物にしていたからだ。


おそらくグラドラムではまだその魔法陣は完成していなかったに違いない。グラドラムにデモンが出現しなかったのはまだ使いこなせていなかったからだと推測した。


フラスリア基地とフラスリアの街が見えてきた。何としてもデモンを食い止めなければまた大量の人が死ぬ。


俺はデモンの召喚を食い止められなかったことを悔いて、敵の二重三重の罠に陥ったような感覚になるのだった。

次話:第347話 魔人軍進軍開始


いつもお読みいただきありがとうございます。


小説を気に入った!と言う人は是非、

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引き続きこの小説をお楽しみ下さい!

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりそう来るよなぁ もう、最短ルートで神聖国に攻め込んでシリアルキラーを始末するのが最適解なのかも?
[一言] 気持ちは痛いほど理解できる ゼダさん曰く 「あの!申し訳ございません!私達を逃がしては下さいませんか!」 ラウル君曰く 「ああ、俺もサナリアの民を皆殺しにされているしな、グラドラムでも人をた…
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