第341話 正体不明の謎の集団
ファートリア神聖国とバルギウス帝国そしてユークリット公国の3国が隣接する国境沿いに、ファートリアが拠点を築き始めた。
ファートリアとの国境沿いには河川がながれており、その川が国と国の境目になっているらしい。こちらには森林があり、対岸には遮蔽物もなく平らな草原になっていた。俺達は森に隠れて川向こうの様子を観察しているのだった。
敵の目的はここを足掛かりに、バルギウス及びユークリットを奪還することだと推測される。本来ならば敵の兵力が整う前に叩くべきなのだろうが、俺達は敵の拠点が築きあがっていくのをバルギウス側からただ見ていた。
それには理由がある。何かがおかしいのだ。
ここまで何もしなかったわけではない。ファートリア側にドローン偵察機を2度送った。人的被害を出さないためにドローンを使っているのだが、2機とも消息を絶ってしまった。恐らく電波障害的な何かが仕掛けられているようだが、そんなものがこの世界にあるのかどうかわからない。
そしてもう一つおかしなことがある。
「動きはあったか?」
「いえ。人はどんどん増えているように見えますが。」
「ガザム。あれ兵士じゃないよな…。」
「はい、一般市民に見えます。」
「何をするつもりなんだろう?」
「斥候を出しますか?」
「いやダメだ。障壁か何かの妨害の仕掛けがあると見ていい。俺の兵器の応答がない。」
ガザムの連絡を受けて急ぎ部隊を率いて国境沿いに来てみたのだが、集まった人が国境を越えてくる事は無さそうだった。そしてその集まっている人たちがどう見ても兵士ではなかった。一般の民で女子供も老人もいるようだった。
「まさか首都から避難してきた人じゃないですよね?」
グレースが言う。
「こんな事ならサイナス枢機卿一行を連れてくるんだった。もしかしたらファートリアの人に知り合いがいるかもしれない。」
「ですがラウル様。相手にデモンがいた場合、人間の彼らではひとたまりもなくやられてしまいます。」
ガザムが言う。
「だよなあ。」
川向こうには後から後から人々がやってきて、魔獣かなんかの皮で作ったテントのようなものを、こしらえているのだった。
俺達は森で双眼鏡を覗きながら話をしている。
「とにかくこちらには気が付いてないようだけど。」
「森林の奥から車両を降りて侵入して来たからな。」
オージェが言う。
「後続部隊もそろそろ到着する頃だ。」
「相手が攻めてくるわけじゃないから十分に準備をして待ち構えられるな。」
「それが…かえって不気味だよ。」
「ああ、あれが兵士ならな目的も分かりそうなもんだが。」
「どういう事かな。」
俺達が双眼鏡で眺める先では後続の人が、続々到着してテントを作るのを手伝い始めたり、子供達の世話をしたりしているように見える。
「下級精霊を飛ばしてみてはどうだろうか?」
唐突にエミルが言う。
「それは危険じゃないのか?」
「川のそばだし下級精霊がいたとしても怪しまれにくいと思う。」
「なるほど。」
「また敵に精霊が攻撃を受けたりしたとしても、霧散して大地に戻るだけだ。」
「わかった。それならやってみてくれ。」
するとエミルが手のひらを顔の前に持ってきて、ふぅーっと息を吹きかけるようなしぐさをする。すると手の上に現れた透明な何かがフワフワと飛んでいく。森を出てそれはフワフワと飛んでいきスッと川面に消えた。
どうやら川を泳いで向こう岸に行くようだ。
「どうだ?」
「少し待て。」
エミルが遠い視線を向けている。俺たちはただ黙ってエミルが話すのを待っていた。
この地に一緒に来たのは異世界組と俺の直属の配下達でファントム、シャーミリア、マキーナ、カララ、ルフラ、ギレザム、ガザム、ゴーグの8人。そしてマリア、カトリーヌ、オンジ、ケイナ、トライトンのお付きの5人。そしてユークリットにいた20名の魔人達だった。さらに陸自の74式特大型トラック6台に分乗して200名が駆けつける予定だ。
「ラウル。話を聞いたところあれはファートリア神聖国の民ではなさそうだ。」
エミルが精霊越しに聞いた話を言う。
「そうなのか?どういうことだ?なら一体あの一団は何なんだ?」
「どうやらリュート王国の民らしい。しかも何も分からず強制的に来させられたようだ。」
「あんなところにテントを張っている理由はなにかな?」
「国境沿いに拠点を築けと言われただけらしい。」
「彼らは無理やりあれをさせられているって事か。」
「まあそう言う事になるんだろうな。詳しくは分からないところもある。」
「いやエミル十分だ。」
そして俺はガザムに言う。
「ガザムはここに残って監視していてくれ。」
「は!」
俺達はガザムを残して森の奥へ戻る。
「恐らくはサナリアの時と同じだろうな。」
「俺達が強制的に連行されたのと同じという事か?」
エミルやバルギウスの反抗的な人たちが、サナリアに送られて強制労働させれらていた事を言っている。
「おそらくな。だがその目的までは聞かされていないという事は、何種類かの理由があると思う。」
「何種類か?それはどういう?」
オージェが聞いてくる。
「ああ、まず普通に考えたら兵を送り込む前に、他国の人間を狩りだして危険な場所に拠点をつくらせ、様子を見つつ準備が整ったら兵を送り込む。」
「それ以外の理由は?」
「あの人たちが知らずに罠になっている可能性だ。」
「知らずに罠になっている可能性?」
「フラスリアに行ったときケイシー神父自体が罠になっていただろ?そのおかげで俺が砂漠に飛ばされてしまった。あそこの人全員にあの転移罠が仕込まれている可能性だ。」
「それじゃあ、あの人たちは巻き込まれて死んでしまう。」
「まあ敵の大神官様とやらが人の命など微塵も大切に思っていないだろうからな。恐らくリュート王国の人たちを道具と考えている可能性がある。」
「ではあの人達は。」
「下手に手出しは出来ないだろう。」
「そうなるよな。」
「あともう一つの可能性。」
「それは?」
「おとりだ。ここはおとりで別動隊がいる可能性だ。」
「ああ確かにな。それも考えられるか、という事は本体は他にいる?」
「どこにいるだろうな…フラスリア方面か?」
《さて困った。どれをとっても迂闊に動くことが出来ない。また違う理由があるかもしれないしな。》
「ラウルが攻める側だとしたらどうする?」
エミルが聞く。
「やはりバルギウスを取り戻す事を考えるだろうな。」
「だよな。行方不明のバルギウス兵の所在も分からないけど、その行方不明の兵達が帰る場所を奪還しようとするのは当然だよな。」
「ああ。」
「しかし、曲者なら罠の可能性がもっとも高いと思うのですが。」
グレースが言う。
「そうだな。今までの行動から推察しても敵の大将はとにかく曲者と言うイメージが大きい。そう考えれば、いやらしく転移罠を人々に仕掛けて送ってくる可能性は高い。」
「ですよね。そしてケイシー神父の転移魔法が作動したことを何らかの方法で知っていたら、この作戦が有効だと思いますよね。」
「そうだよな。」
「ここはおとりでメインの隊が襲うとすればどこだと思う?」
オージェが言う。
「やはり敵の戦力を削ぐつもりで叩くならフラスリアかな。」
「だよな。まずは近い場所に領土を拡大する事を考えそうだし。」
「確かに。」
3人が言う事はどれも可能性が高い。
とにかくどう判断したらいいのか分からなかったので、フラスリアにいるセイラに念話を繋ぐ。
《セイラ。》
《はいラウル様。》
《近隣に何か変わった様子が無いか注意してくれ。警戒態勢を取った方が良いだろう。ファートリア方面に斥候を出してくれ。国境はまたぐなよ。》
《かしこまりました。》
《敵の本体がフラスリアに行く可能性がある。》
《はい。動きがありましたらお伝えいたします。》
《頼む。十分注意しろ。》
《はい。》
セイラとの念話を切る。
次に俺は二カルス魔人軍基地に念話を繋ぐ。
《ティラ》
《ラウル様!》
《こちらはバルギウスとファートリアとユークリットが交わる国境あたりにいる。》
《はい。》
《しかしここに集まって来て居るのは敵国の普通の民だ。もしかするとそちらに本体が向かう可能性がある。》
《わかりました!》
《ミノスとドランがいるから問題ないと思うが、二カルス大森林は兵の数が他より少ない。ファートリア方面に斥候を出して警戒するように、くれぐれも国境をまたぐな。動きがあればすぐに教えてくれ。》
《はい。すぐに全員に伝えます。》
《よろしく頼む。》
ティラとの念話を切る。
異世界組と付き人チームにも基地の魔人達に伝えたことを教えた。他の魔人達は既に繋がっているのでセイラやティラと俺が何を話したかは分かっていた。
「現状は敵に動きはないが、どこの敵が動いてもすぐに俺のところに伝わるようになっている。」
「という事は一旦ここに滞在という事か?」
「そう言う事になるな。」
「ならば俺が何か獲ってきてやろう。」
オージェが言う。
「ダメだオージェ。火を使えば煙が上がるから何か獲ってきても焼けないぞ。」
「木を焼かなきゃいいだろ?」
「どういうことだ?」
「俺が火を吐いて焼く。」
「え!火吐けんの?」
「どうやらそのようだ。」
《えー!なんかヤダ。》
「いや悪いが戦闘食糧で我慢してくれないか?もしくは量が足りないのであればオージェだけが遠方に行って、焼いて食ってきてもいいぞ。」
「ん?それなら俺が遠方に行って焼いたものをここに持ってきたらいいんだろ。」
「そうだな…そうか、ならお願いするか。」
「了解。」
そう言ってオージェがダッとその場から消えた。
「いやあ…ラウル。オージェが吐いた火で焼いた奴食うの?」
「ラウルさん。僕も嫌です。」
「だったらお前たちがあいつに直接言ってくれよ。」
「親友なんだからラウルから言ってくれよ。」
「そうですよ。ラウルさんが一番仲いいんですから!」
「あんなに皆の為に取りに行って来る!ってハリキッて言ってるやつにか?」
するとギレザムが俺に言う。
「ラウル様!我らはかまいませんよ、特にゴーグは食べたがっております。」
「おお!そうかそうか!ならお前たちに任せよう!」
そしてしばらくするとオージェが二つに分かれたグレートボアを担いできた。内臓は綺麗に無くなっていてしっかりと火が通っているようだ。自分で吐いた火であぶったにしては綺麗に焼けていてびっくりだった。
「お待たせした。」
「おう!悪いな!どうやらゴーグ達がめちゃくちゃ腹減ってんだってさ。」
「おおそうなんだ!食ってくれ!」
「はい!」
ガツガツ
バクバク
ゴーグとギレザムがバクバクとグレートボアの丸焼きを食い始めた。その隣でオージェもバクバクと食っている。そのまた隣ではトライトンがガツガツと食っていた。
「お前たちも遠慮するなよ。」
「いや大丈夫だ。なんか食うと眠くなりそうだ俺はこのままでいい。」
エミルが即答した。
「僕もなんか今は肉って感じじゃないんですよねー。」
グレースもやんわり断る。
「そうかあ…ラウル!」
《えっとどうしよう…でも‥せっかく獲ってきてくれたんだしなあ。》
「じゃあ少し。」
俺は人かけのグレートボアの肉をもらってかじる。うん香ばしくてきっちりと火が通っていて旨い。美味いんだけどなんて言うか…微妙な気持ちだった。
「もっといいんだぞ!」
「マリアやカトリーヌはどう?」
「今は…お腹がいっぱいで。」
「私もですわ。」
「じゃあオンジさん。」
「私は持ってきた干し肉が御座いますのでこれで十分。」
《いつ持ってきた!》
「じゃあ残りはガザムの為に取っておいてくれるか?」
「分かったそれならそうしよう。」
うん、戦時にこんなワガママ言ったらダメなんだろうけど、親友の炎の吐息で焼かれたボアの肉を食うのはこれっきりにしたい。
「隙あり!」
いきなりトライトンが槍でオージェを突いたが、オージェは人差し指と中指でその槍をはさんでいた。
「未熟者めが!」
「はいぃぃぃ!」
《いや…こんなとこでもそれやるんだ!?》
俺の横ではゴーグがめっちゃ嬉しそうにボアの肉を食っているのだった。
次話:第342話 動き出したゴーレム
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