第337話 巨大龍が人の世界を歩く
グラドラムに向かい1日がたった。
今は海上をメリュージュに引かれ航行している。天気が良かったので皆が甲板に出てきていた。
ザザー
波の音が心地いい。気温はそれほど高くはないが、艦内に籠っているより外にいる方が気分が良かった。魔人はこのくらいの揺れではびくともしないが、カトリーヌは落ちるといけないのでルフラをまとったまま外にいた。
「まもなくグラドラムだな。」
「陸地が見えてきましたね。」
カトリーヌは海底神殿の散策で衰弱していたのだが、ルフラからの栄養と睡眠により魔力も回復し元気になった。
俺とカトリーヌが話をしていると、そこにオージェがやって来た。
「俺さ。グラドラムについたらやりたいことがあるんだが。」
「ん?何がしたいんだ?オージェ。」
「髪を切って髭を剃ってさっぱりしたい。」
「ああ、むっさいもんな。」
「むっさい言うな。」
「それはそれで達人みたいでカッコいいんだけどな。」
「いやあラウル、身だしなみは大事だろ?」
「あいかわらず几帳面だな。」
「性格ってのはそう変わらんだろ。」
俺とオージェが普通の会話をしている。まるで前世での俺と皆川の会話の様だ。
そして海底神殿から、たったの1日でグラドラムにたどり着いたのは、メリュージュの泳ぐ速度が速いからだった。とりあえず陸地が見えてきたので念話でタピにつなげてみる。
《タピ。》
《ラウル様!お戻りですか?》
すぐ繋がった。
《ああ》
《お早いお戻りでしたね?》
《なぜか早々に目的達成してしまったよ。》
《そうでしたか。》
《まもなく到着する。》
《わかりました。》
《イオナ母さんたちに伝えておいてくれ。》
《はい。》
俺は念話を切った。
「それにしてもペンタのお出迎えが無いな。」
俺がこの海域にいると分かればペンタが近づいて来るはずだが、現れる気配はなかった。
「恐らく、メリュージュがいるからだろう。」
「なるほどね。黒龍が泳いでたら魔獣は絶対に寄り着かないよな。」
「だと思う。」
潜水艦をけん引しているのは黒龍のメリュージュだ、ペンタが怖がって寄り付かないのも無理はない。ペンタ以外に魚も逃げてしまうかもしれないし、なるべく早く陸に上がってもらう必要がありそうだ。
「メリュージュさん!」
「なんです?」
俺がメリュージュを呼ぶと、潜水艦を引っ張っているメリュージュが首をこっちに向けた。
「グラドラム港には漁師たちの船が停泊していますので、漁師の船を壊さないようにお願いしたいです。」
「わかりました。船のいない場所から上陸する事に致しましょう。」
「すみません。では東の端から登っていただければ問題は無いと思います。」
「はい。」
今の時間帯は漁師は海に出ていないようで船とすれ違う事はなかった。メリュージュの首から上だけが水面から出ているが見つかったら大騒ぎになりかねない。
港の外の東側の岸壁に到着した。
「では綱を切り放します。」
「はい。」
メリュージュが止まってくれたので、カララがメリュージュと潜水艦を繋いでいる糸の綱をほどく。そのままカララが近くの岩に糸のロープを絡め潜水艦を停泊させた。
「よし上陸するか。シャーミリア!グレースを連れて行ってくれ。」
「かしこまりました。」
「シャーミリアさん。すみません。」
「ご主人様のご友人です。遠慮なさらずに。」
「他は…。」
「俺はシルフの力で滞空できるから問題ないぞ。」
エミルが言う。
「俺は普通に跳躍できる。」
オージェが言う。
「トライトンさんはどうです?」
「問題ございません。」
《なるほどあとの魔人達は問題ないしな。じゃあ俺は楽をしてマキーナに頼もうっと。》
「マキーナ。俺を連れてってくれ!」
「はい。」
俺はマキーナに抱かれ飛びあがった。
《やっぱ楽だわ。》
「ではメリュージュさん!後からついてきてもらえますか?育ての母に紹介いたします。」
「あら、光栄ですわ。それではお邪魔いたします。」
ザッバァー
メリュージュが水中から出て大空に舞い上がった。
《やっべ!めっちゃ迫力あるしカッコイイ!》
俺達を通り越してあっというまに大空高くに飛んでいく。
俺達はそれぞれに高い岸壁を飛び越えてグラドラムに降りる。
するとそこにはすでにギレザムとゴーグがいた。
「おかえりなさいませ!ラウル様。」
「おう、ギル。変わりなかった?」
「想定よりもかなりお早いお帰りでしたので、特に変わった事はございません。それぞれがそれぞれの事をやっております。」
「わかった。」
俺達全員が地に降り立った後ギレザムとゴーグの顔に緊張が走る。俺達の後ろにいるメリュージュを目にしたからだった。
ブワァー!
物凄い風圧がふきつけて来た。
「ああ、大丈夫だよ。オージェのお母さんだ。」
「こ、これは。龍ですか?」
「ああ友達の母さんだから失礼の無いようにな。メリュージュさんだ。」
「あら、失礼します。私は受体前の龍神様の母です。」
「これは、ようこそお越しくださいました。」
「いらっしゃいませ。」
ギレザムとゴーグは深々とメリュージュにお辞儀をしていた。
「ではメリュージュさん!我が家にお連れします。私の後ろをついてきてください。」
「わかりました。」
俺達の後ろをメリュージュがついて来る。
ズシーン!ズシーン!
怪獣の歩く足音だ。
「おお!ラウル様…、うわ!」
メリュージュに気が付いた、第一グラドラム人が腰を抜かしてしりもちをついた。
「ああ、驚かせて済まない。俺の友達のお母さんなんだ。」
「そ、それは失礼をしました。」
第一グラドラム人が立って挨拶をする。
「ええ、驚かせてすみません。こんな大きな図体ですもの仕方ありませんわね。」
「い、いえ!初めてお見かけするものですから少し驚いただけです。こちらこそ失礼をいたしました。」
ズシーン!ズシーン!
どう考えてもゴ〇ラだよな。特撮じゃなくCGでもなく本物中の本物の怪獣が、イタリア風の綺麗な街を歩いている。
俺達が街中に入って行こうとすると、魔人達が一斉に俺のそばに迎えにやって来た。
「おかえりなさいませ!ラウル様‥わわわ!!」
「うわぁ!」
「龍!?」
「なんで…!? 」
全ての魔人が引き攣った顔で出迎える。それは無理もないだろう、こんな大きな龍を見るのは初めてだろうからな。
それでも俺の友達のお母さんだ。俺がきちんと紹介をする必要がある。
「みんなただいま。こちらは俺の親友のお母さんだ!丁重に出迎えを頼む。」
「は、はい!ご親友の母君とあれば民を総出でお出迎えしましたのに!」
「いや、まず先に俺の母さんに合わせようと思うんだ。」
「そうでしたか。」
これは困った。いちいちこんな反応をされていてはメリュージュに失礼に当たる。
《タピ!来い!》
《は!》
暫くするとタピが俺のそばにやって来た。
「ギルとゴーグとタピでグラドラム内の全魔人に通達してくれ。俺の友達のお母さんは龍で丁重におもてなしをしてくれと。」
「はい!」
「わかった!」
「かしこまりました!」
3人の魔人はばらけて集まった魔人に説明を始めた。俺はそのまま街中を歩いて行く。
「おかしいですね。魔人達ならメリュージュさんの気配に気が付くはずなんですが、誰一人として見るまで気が付かないようです。」
俺が言う。
「すみません。皆様の迷惑かと思い、わたくしが気配を消す隠密の能力を使っているからでしょう。」
「そんな能力をお持ちなんですか?」
「ええ。それなのにルゼミア王は遠距離からでも気づいたのですから、本当に物凄い力の持ち主です。」
「そういう事だったのですね。私の腹心のギレザムというオーガが、メリュージュさんが来るまで全く気が付かなかったみたいで、相当な隠密の能力ですね。」
「ふふ。私は龍族でも得意なほうなのですよ。」
するとオージェがなんとなく居心地の悪そうな顔をしている。
「この子は。おっと、龍神様になるまえの息子はその気配を消す事が出来ずに駄々洩れでしたでしょ?教えてもなかなか身につけず大変だったのですよ。龍神様になってようやく出来るようになったようです。」
たしかにそうだ。シュラーデンにいた時のオージェはその大きな気配を駄々洩れさせていた。おかげで俺の配下達からは、ただならぬ気配を感知されていたっけ。
「すみません。マ‥メリュージュ。私はまだまだ未熟だったと悟りました。」
「いえ。いずれは龍神様を受体されると知っていましたから、特に問題視はしてませんでしたよ。」
「そうだったのですね…。」
ズシーン!ズシーン!
そんな他愛もない話をしながら巨大龍はイタリア風の街を闊歩し続ける。
魔人達はあっというまに通達が広がったようで、メリュージュを見ると深々とお辞儀をする。念話での通達が済んでいる証拠だ。聞くのが遅れたグラドラムの人間たちが腰をぬかしたりはするが、魔人が抱き起して説明をしてくれているようだ。
《これで俺が説明する事も無い。》
《あとはご主人様の母君ですね。》
シャーミリアが言う。
《だな。》
街の大通りをデカい龍が闊歩する様は異様だった。港から俺の家まではずっと大通りに面しているが、魔人達が交通整理をしてくれたようで道には人は出てこなくなった。メリュージュが通った後に人たちが道に出てくるようだ。
「戒厳令って感じだな。」
エミルが言う。
「はは、オージェのお母さんなのにな、なんか恐竜が出て来る映画にもこんなシーンがあったみたいな気がする。」
「あー観ました!それ!」
「俺も。」
俺達は前世の映画に思いをはせる。俺達の後ろにはその映画に出ていた怪獣より更に迫力のある龍がいるのだった。
「あそこが私の家です。」
フォレスト邸が見えてきた。すでにタピから連絡がいっていたのでフォレスト邸の前にはイオナとミーシャ、マリア、ミゼッタ、アウロラが出てきている。
「あれが母さんです。」
「あらあら。これはこれは。」
そして俺達が近づくとイオナから声がかけられる。
「あら!オージェ君のお母様ですか?」
「はいそうです。ラウル君のお母様?」
「ええ。ラウルがいつもお世話になっております。」
イオナとミーシャ、マリア、ミゼッタが深々と礼をする。
「いえいえこちらこそ、いつも良くしていただいているようで。」
「オージェ君がいて助かった事の方が多いようですわ。」
「あらあら。うちの子がそんなにお役に立てたなんて信じられないですわ。」
「ラウルが信頼のおける友達のお一人です。これからも末永くお付き合いをお願いしたいです。」
「いえいえ!こちらこそ!どうぞよろしくお願いいたします。」
俺達の目の前で滅茶苦茶美人の金髪碧眼の女神のような女性と、巨大な黒龍がペコペコとあいさつをしあっている。
「おっきい!」
アウロラがメリュージュに近寄ってぺちぺちと叩いた。
「こら?いけませんよ!お客様です!」
イオナがアウロラを諫める。
「かまいませんわ。きっとこのような龍が珍しいのでしょう。」
「メリュージュさん、これは俺の妹のアウロラです。」
「あら、アウロラちゃん。お母さんに似て可愛いのね。」
「えへへへ。」
イオナがスッとアウロラを抱いてメリュージュに見せるようにする。
「しゅごーい!」
「あらあら。」
親戚のおばちゃんに自分の子を見せるようにするイオナが、実に普通で気負った気配も感じない。
「なんていうか…。」
「なあラウル。お前のお母ちゃんは一切動じないのな。」
「そうなんだよ。貴族だからと言うには、収まりきらない何かがあの人にはあるんだ。」
「俺の母もなんか普通に話しているし、案外馬が合うのかもしれんな。」
「まったくだな。」
俺達が美人と黒龍が世間話をしているのに気を取られていると、いつの間にか俺達の周りにはグラドラム中の魔人や人間が集まってきていた。
「おお…イオナ様があんな巨大な黒龍とお話をなさっている。」
「どういう事なのでしょう?昔からの知り合いのようにお話をなさっているようだ。」
どうやらイオナと巨大な黒龍が話をしている光景に衝撃を受けているようだ。
「えっと!みなさん!こちらは俺の友達のお母さんでメリュージュさんと言います。これからよろしくお願いいたします!」
「ラウル様がお連れになってくださったのですね!」
「すばらしい!まさかこのような神々しい龍様をお連れになってくるとは。」
「なんという凛々しいお姿でございましょう。」
いつの間にか物凄い歓声が上がっていた。
ワーワー!
すると王城の方から馬が走ってきたようだった。
「あ、ポール王だ。」
ポール王とお付きの人たちがやって来た。
「う、うわぁぁぁ」
「と、止まれぇ!」
馬を急停止して少し距離を取ったところに止まった。巨大な黒龍に驚いてしまったらしい。
「あら?ポール王。」
「イオナ様!こちらは?」
「ラウルの友達のお母様ですわ。」
「おかあさま・・・」
「ええ。」
「王様。わたくしは龍国のメリュージュと申します。」
ブワッ
物凄い迫力で頭を下げる。
ポール王は馬を降りてイオナとメリュージュのそばに来て膝をつく。
「あらあら。王様ともあろうお方がわたくしなどに膝をついてはいけませんわ。」
メリュージュが言う。
「そ、そうですか…。」
ポールが膝をはたいて立ち上がる。
「とにかく何かおもてなしをしたいのですが!」
「いえいえ。王よ!私は息子の友達のお母様にご挨拶に来ただけですわ。」
「そういうわけには。」
「大丈夫ですよ。ポール王、当家でおもてなしをいたしますわ。」
「イオナ様がそうおっしゃるのであれば…。」
そんな話をしていると遅れてモーリス先生とサイナス枢機卿一行、オンジとカゲヨシ将軍と影衆がやってくる。皆が一様にメリュージュの迫力に圧倒されているようだった。
「素晴らしい黒龍様じゃのう!わしはモーリスと申します!」
「あら、オージェの母のメリュージュです。」
「メリュージュさん。こちらはラウルの御師様ですのよ。」
イオナがモーリスを紹介する。
「これはこれは御師様、急な訪問をお許しください。」
「なんの!せっかく来なすったんじゃ!ゆっくりされていかれるんでしょうな!」
「もしご迷惑でなければ。」
「ご迷惑などあるものですか!ぜひご滞在下され。」
「ありがとうございます。」
「わしはファートリア神聖国のサイナスと申します。よくぞまいられました!ぜひいろいろとお話をお聞かせ願えないだろうか!」
「ええ、ぜひお話をさせてください。」
「わしはシン国で将軍をしておりますカゲヨシと申します。黒龍様にお会いできたこと嬉しく思います。」
「こちらこそ。オージェがいつもお世話になっておりまして、龍神になったこれからも何卒よろしくお願いします。」
「何と龍神様になられたのですかな!」
「ええ。」
おじいさんとおじちゃん達は、メリュージュに会ってめっちゃテンションが上がっているようだった。それは無理もない。伝説の龍が目の前にいて、俺の母と親し気にしているのだ。誰だってテンションが上がってしまうだろう。
メリュージュが腰低く挨拶をする。ただ体がものすごく大きいので腰が低くは見えない。
グラドラムはペンタや魔人達で人外の存在に慣れているため、龍に対してもそれほど抵抗は無いようだった。おかげで受け入れはスムーズにいきそうだ。
メリュージュもどことなく嬉しそうで、俺もオージェも一安心していた。
俺達の前ではまたイオナとメリュージュが話をしていた。
そのわきではオンジがグレースと話をし、ケイナがエミルと話をしている。
グラドラムでの龍の受け入れは無事に終わったのだった。
次話:第338話 魔導鎧バーニア
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