第331話 龍神の試練だと思った
この部屋は床がタイル状になっていてすべすべの石が敷き詰めてあった。火を焚くところだけが土間になっていて、魚を焼く場所になっているようだ。そのスケールがとにかくデカい。周りの壁がなぜか光り輝いているので、海底の下にあるというのに明るかった。
その部屋で俺達は一心不乱に魚を食っていたが、そのうち俺とエミルとグレースが食べるのをやめた。ずっと食べ続けていたのだがさすがにもう限界だった。
「げぷっ。」
後ろを見ると早々に食べるのをやめていたカトリーヌが座っている。
「ラウル様も良くお食べになりましたね。」
カトリーヌが食べ終わった俺に声をかけて来た。
俺はカトリーヌの隣に座る。
「カティは小食だからあんまり食べれなかったろ。」
「すみません。」
「謝る事でもないさ。」
「皆さん凄いですね。」
「俺達なんて凄くもないよ。あれを見ろよ。」
俺達の目の前では龍族が食べていた。
「まだ食べる速さが落ちませんね。」
「だよね。」
龍神とメリュージュとオージェがまだガツガツと食っている。
「いやあ、見ているだけでもお腹が膨れそうだな。」
「はい。」
俺達は龍族の3人が食ってるのをただただ呆然と見ていた。
「メリュージュさんはデカいからまだいけそうだけど、龍神もオージェもいったいどこに入っていくんだろうな?」
「本当に。お腹が膨れた様子もありませんね。」
するとグレースが言う。
「実は僕は物は収納できるのに、食べ物を食べるとお腹は膨れるんですよ。別なところに入ってるんですかね?」
「だけど排泄はしないんだよな?」
「はい。僕もいったいどこに消えるのか分かっていません。」
まったくもって不思議だ。
だがその不思議なグレースも、もういっぱいいっぱいだという。
「私も既にお腹がいっぱいです。」
カララが言う。
「カララもよく食べたけどな。」
「美味しいお魚ではありました。」
「確かに。そのせいでついつい食べすぎたけど、あの人たちはまだやめないんだよね。」
「凄まじいですね。」
俺達の前で魚を焼いては食べ焼いて食べしているが、いっこうに止まる気配がない。
「てかさ、どのくらい食ってるんだ?」
「確かに。」
龍族が食ってる脇を見ると巨大な魚の骨が散乱していた。
《あんな巨大な魚をこんなに消費したのか?俺達が食べたのなんて一匹のほんの一部だと思うぞ。》
とにかく食い続ける2人と1匹に呆れていた。
と思っていたのだが、唐突に意外な人が脱落する。
「もういっぱいだわ。ごちそうさま。」
何と巨大な黒龍のメリュージュが言う。1匹丸々食べたらしいがあの巨体でも十分すぎるほどらしい。それはそうだ1匹がジンベイザメのどの大きさがあるのだ、メリュージュとは言え1匹で十分だろう。
「やはり凄いわね。」
メリュージュが龍神とオージェを見て感心している。
《なにが、やはりなんだ?》
巨体のメリュージュがすでにお腹がいっぱいだというのに、龍神もオージェも食べるのを止めない。
「てかさ。」
エミルが言う。
「なんだ?」
「なんか龍神もオージェも必死な顔してない?」
「そうか?」
「もういっぱいなんじゃないのかな?」
「たしかに変な汗かいてるみたいだな。」
俺達が食べている二人の表情を見ると、どう見ても辛そうに見えた。すでに腹いっぱいになっているんじゃないのか?と思える。
すると龍神がオージェを見て話す。
「我はまだまだ食えそうだがお前はどうだ?」
「え、ええ。まだまだ食べれそうですね。」
「そ、そうかそうか。」
バクバクバクバク
龍神も滅茶苦茶食っているがなんとなく表情が苦しそうに見える。
「龍神様。私はまだまだいけそうですが、龍神様はさすがにいっぱいでは?」
「馬鹿を言え。今食べ始めた感じだ。」
「えっ!そうなんですか?」
「なんだ!お前はもう腹がいっぱいか?」
「まさか!前菜みたいなもんです。」
「はは…そうかそうか。」
俺はそれを見ていてなんだか辛くなってきた。というか二人とも自分の体の5倍くらいの魚を2匹も食べている。普通に考えて腹が膨らまないのがおかしい。
「さすがに鍛えていらっしゃるんですね。腹が出る様子が無い。」
「ははは。たかだかこのぐらいで腹が出るものか。お前もきっちり鍛えておるようだな腹が出る気配がない。」
「いやあ、まだ食べ始めたばかりですからね。問題ありません。」
二人はいっぱいいっぱいの顔で微笑み合っている。
俺とエミルとグレース、そしてカトリーヌにカララの5人で1匹も食べられなかったし、メリュージュの巨体でも丸1匹食べれば腹いっぱいだという。それなのに2匹づつが彼らの胃袋に消えたことになる。
「もう一匹行くか?」
「もちろんです。」
「そ、そうか。」
そして龍神がまた2匹を串に差し込んで焼き始める。
「嘘だろ…。」
エミルがつぶやく。
「マジですか。」
グレースも呆然としている。
するとメリュージュが俺達に話し出す。
「龍国の民はね、より多く食べ強くて優しいものが偉いのよ。」
メリュージュが言う。
《なんだその小学生が考えるカッコイイみたいな基準は。》
「オージェは今、龍神様にその資格があるか試されているわ。」
「え!いまオージェは試されているんですか?」
「良くは分からないけど、きっとそうじゃないかなと思うわ。」
《そうだったんだ…じゃあ負けられないな。なにが勝ち負けか分からないけど。》
その話を聞いた俺とエミルとグレース、そしてカトリーヌはオージェを心ながらに応援し始める。きっとオージェならその試練をクリアしてくれるに違いない。
「焼けたぞ!」
「本当に美味そうですね。これはまた違う魚ですね。」
「そうじゃな。丸々としてうまそうじゃろ。」
次に焼いているのはジンベイザメくらいのカジキマグロのような魔獣だった。さっきの細身の魚よりさらに食べ応えがありそうだ。
「さて、では遠慮なくいただきます。」
「食え食え。」
「さすがは龍神様ですね。こんなのペロリなのでしょうね。」
「ははは、当たり前じゃないか。」
また食い始まった。さすがにもう苦しい表情を隠せないでいるようで、二人とも顔を真っ赤にして目を白黒させている。どう考えても目が回っているように見える。
「うわぁ…。」
「やっべ。」
「嘘でしょ…。」
ガツガツと食っているように見えるが、明らかにさっきとペースが違う。だいぶスローリーになってきているようだ。
「なんだ?オージェは食うのが遅くなったんじゃないのか?」
「いえ龍神様。おいしい魚ですので味わって食べているのですよ。」
「そうかそうか。」
「龍神様こそ、だいぶ配分が遅くなったのでは?」
「馬鹿を言うな。今食べ始めたのと変わらんわ。」
究極のやせ我慢を言いながら二人は魚を食い続けている。さっきまで赤かった顔がだんだん青くなってきたように見える。
「ふう。」
「ん?龍神様?どうなされました?」
「な、なんでもない。とにかくうまくて仕方がないのだ。」
「なあんだ。もう腹がいっぱいなのかと思ってビックリしましたよ。」
「そんなわけなかろう。」
そしてまた二人は魚を食い続ける。
「はあ。」
「ん?どうした?オージェよ。」
「いえ、美味しすぎてため息が出ましたよ。」
「なーんだ。もう限界なのかと思ったぞ。」
「ははは。そんなわけないでしょう。」
そんなやり取りをしながら3匹目をクリアーしたのだった。ジンベイザメ3匹分の魚が胃袋に詰まっていると思うのだが、その体積が腹のどこにも無い。もしかしたら超強靭な胃袋で究極に圧縮されているのかもしれない。
「凄い二人だ。」
「ああ、感動すら覚える。」
「僕は泣けてきましたよ。」
「私もです。」
グレースとカトリーヌは本当に涙していた。
パチパチパチ
メリュージュが手を叩いた。それにつられて俺達も魔人達もパチパチと手を叩く。
「素晴らしい勝負を見せてもらいました。」
「本当です。龍神様もオージェもすばらしい!」
「僕は感動しました。」
俺達が感動の渦に巻き込まれ、ジーンとしながら二人を見ている。二人はそこに微動だにせずに立っていた。まるでお互いの健闘をたたえ合うかのように見つめ合いながら。
ズデン!
ドデン!
「龍神様!」
「オージェ!」
なんと二人がいきなり仰向けに倒れたのだった。俺達が二人に駆け寄ると…なんと二人は白目をむいて気絶していた。
「うっそ。」
「神様が気絶するのか?」
「オージェ!大丈夫か?」
「大丈夫だ、かろうじて息はしているようだ。」
「オージェ!」
メリュージュがオージェを手で抱きかかえている。
「カティ。消化を促進するような魔法はあるか?」
「ありません。」
「そりゃそうだよな。」
とりあえず俺達は龍神を土間から綺麗な床に寝せる。
「逆流して窒息しないかな?」
「マキーナ!」
マキーナは龍神の頭を高くして支える。しばらくそのままにしておくことにしたのだった。
時間にして30分くらいした時だった。
「む。」
「お。」
龍神とオージェが同時に目覚める。
「大丈夫ですか?」
俺が龍神に聞く。
「ふむ。我は寝ておったか?」
「はい。」
「オージェはどうした。」
「同じく寝ておりましたが同時に目覚めました。」
「そうか。」
オージェはメリュージュの手から降りて龍神の所に来た。
「龍神様。私はどうやら気絶してしまったらしいです。」
「ははは、我も寝てしまったようだぞ。」
「えっ?そうなのですか?」
「ああ。」
どうやら二人の大食い対決は引き分けの様だった。龍神もメリュージュも何やら満足げな顔でオージェを見つめている。
「よく頑張ったわね。」
メリュージュが労いの言葉をかける。
「合格だ。」
龍神が言う。
「えっ?」
「まだ幼いのに龍として申し分ない力を持っているようじゃな。」
190センチもある偉丈夫を幼いというのも違和感があるが、龍神がオージェを認めたらしかった。
《よしよし!という事はとうとうオージェも龍神を受体する時が来たという事かな。》
「オージェが試練に挑戦するにふさわしい龍の子と認めようではないか!」
《え!試練終わったんじゃないの!?さっきのは、これから試練に挑戦するためのテストだったの?》
あまりの事にショックを隠せない。
「ありがとうございます。」
だがオージェが丁寧に龍神に頭を下げていた。
「よかったわね。」
メリュージュが喜んでいるので良しとしよう。
「龍神様。試練とは何なのですか?」
「組手だ。」
《ああやっぱりね。》
「組手でございますか?しかし私は魔王の足元にも及ばぬほど未熟です。」
「受体もせずにあんなバケモンと渡り合えるわけなかろう。」
「やはり彼女はバケモノなのですか?」
「お前も受体して2000年も修行すれば少しは追いつくやもしれんな。」
「そうなのですね。」
そして龍神の空気が変わった。
「お前は我に膝をつかせれば勝ちだ。しかし我は逃げるだけではない、お前を倒し転がしそして吹き飛ばす。殺すつもりはないが死んでしまったらお前の負けだ。何度でも何度でも立ち上がり最終的に我に膝をつかせてみよ。」
「分かりました。最善を尽くします。」
「うむ。それでは我が神殿の道場へと向かうとするか。」
「はい。」
「他のものはここで待て。決して助けようなどと思うなよ。」
龍神から物凄い圧がかかる。
「はい。我が息子をよろしくお願いいたします。」
「うむ。」
俺達はあまりにもの龍神の圧に声も出せないでいた。
そのまま龍神はオージェを連れて部屋を出て行ってしまった。
「行っちゃいましたね。」
「とにかく見ちゃダメとか鶴の恩返しみたいなこといわれたし、ここで何してようかね?」
エミルが言う。
「あそこにデカい魚の骨があるから、並べて射撃大会とかいいんじゃね?」
「さんせーい!」
グレースが俺の提案にノリノリで答える。
「お前たちも参加しろ。」
俺はシャーミリア、マキーナ、カララ、に言う。
「かしこまりましたご主人様。」
「仰せに従います。」
「ぜひやってみたいです。」
3人が答えた。
するとスススとカトリーヌからルフラがにじみ出てきて言う。
「あの、私も!」
「いいよ。」
ルフラがカトリーヌから抜け出たことで、カトリーヌは赤い顔をしていた。
《その気持ちはわかる、穴と言う穴からスライムが抜け出ていく感じ…何とも言えないんだよな。》
オージェの試練を待つ間、俺達はみんなで実弾の銃で射的ごっこをすることにした。
この魔人達に個人レッスンするいい機会だ。ここには俺だけじゃなくエミルもグレースもいる。俺達ミリタリーオタクがみっちりと射撃を仕込んでやろうと思うのだった。
次話:第332話 兵器と魔人の最適化
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