第328話 魔王と手合わせ
俺とガルドジンは地底基地を出て謁見の間に渡る廊下を歩いていた。
謁見の間に着いてもいないうちにガルドジンが言う。
「ん?中には誰もいないぞ。」
部屋は見えないが既にわかるらしい。
「誰もですか?」
「ああ。」
俺は早くみんなに鎧を見せたくてウズウズしているというのに、部屋には誰もいないらしい。
《シャーミリア、どこだ?》
《闘技場にございます。》
《何してるんだ?》
《オージェ様とルゼミア王が手合わせを。》
《え?まじ?》
《はい、オージェ様からのたってのお願いで。》
《わかった!》
念話でシャーミリアに聞いてみれば、どうやら皆は闘技場にいるらしい。
「父さん。皆は闘技場にいるらしいですよ。どうやらオージェが母さんに手合わせをお願いしたようです。」
「そうか、行ってみよう。」
「大丈夫でしょうか?」
「オージェ君がか?」
「はい。」
「まったく問題ない。ただ彼の気持ちが折れない事を祈る。」
「あいつならまったく問題ありません。」
ガルドジンと歩いて行くと闘技場の方から音が聞こえてくる。シャーミリアが言った通りどうやら中で模擬戦をやっている様だ。
入口を潜って中をみると、周りでエミルとグレースとカトリーヌが見ている。魔人がさらにその周りに無造作に立っていた。その前で二人が組手をしているようなのだが…
「父さん、あの2人が手合わせして危険じゃないんでしょうか?」
「まあ見ての通りさ。」
俺たちが近づいていくと、ルゼミアを中心にしてオージェがめちゃくちゃ動き回っているのが分かる。それなのにルゼミアは一歩も動かないでいるようだ。
《オージェは本気のようだな。まるで暴風のようで俺の目では負えない。》
「帰ってきたようじゃな。」
なんとルゼミアはその場所から1歩も動かず、よそ見をして俺達を見ている。オージェの苛烈な攻撃をよそ見して、すべていなしながら俺達に話しかけてきたのだ。
「母さん!危ないですよ!」
「大丈夫だ怪我はさせん。」
《いや…俺が言ったのは、よそ見しているルゼミア母さんの方なんだけど。》
「シャーミリア。これはいったいどうなっているんだ?」
「はいご主人様。オージェ様が手合わせをしてほしいと願いまして、ルゼミア王が…ならば私を1歩でも動かしてみろとオージェ様におっしゃいました。」
「それでこんな組手の形に。」
《えっと…これは組手とは言わないような気がする。》
目を凝らせばオージェが全力のパンチを出したり、目に見えないほどのかかとを落としたり、みえない角度から裏拳を繰り出したり、フェイントをかけたりしている。
《だがどういうことだ?1発も当たらないどころか打たされているようにすら見える。手で押しスウェイしたり頭をかがめたりしながらかわしている。》
「それでルゼミア母さんは動いたのか?」
「いえ1歩も。」
「うそだろ。」
「私奴がご主人様に嘘など。」
「そうだな。」
オージェがせわしなく攻撃を仕掛け続けているが、ルゼミアには当たる気配がない。
《こんな事が可能なのだろうか?あのオージェの攻撃をこういう風にさばけるものなのか?》
「どうじゃ?アルガルド?鎧は気に言ったか?」
「ええ、凄くカッコよくて私にはもったいないです。」
またよそ見して喋ってるし…
「アルは元始の魔人であり魔神を受体しておるのじゃ、それを着るにふさわしいであろう。」
「あの、私と悠長に話していて大丈夫なのですか?」
「ああ、オージェ君はなかなか頑張っておるぞ。力とキレと技どれをとっても魔人に劣らぬわ。」
「そんなに冷静に話してて本当に危なくはないのですか?」
「ああ我の心配か?それなら問題ない。」
バシッ
次の瞬間ルゼミアはオージェの拳を握りしめてオージェの動きを止めた。しかし顔はオージェの方を見ずに俺の方を見ている。
すると…
オージェの顔に明らかに苦しい表情が浮かんでいる。するとゆっくりとオージェが頭を下げていき、最後には膝をついてしまった。小さい魔女の女の子に対して、筋肉隆々の190センチの偉丈夫が跪いている。
オージェが脂汗をどっとかきはじめた。
「ま…まいりました。」
するとルゼミアが手を離す。
オージェが手をぶらぶら振っているので、俺が近づいて声をかける。
「怪我は大丈夫か?」
「大丈夫だ。怪我はしていない。」
「それならよかった。」
「一歩も…一歩も動かせなかった。」
「でも母さんが言うには、オージェは魔人の中でもトップクラスらしいぞ。」
「なんかうれしいような悲しいような複雑な気持ちだよ。」
そしてオージェがまじまじと俺を見る。俺の鎧姿に気が付いて見て上から下まで舐めるように。
「おい…かっこいいな。」
「だろ?」
「鎧と言うかサイバーっちっくな感じがする。」
「魔道具なんだって。」
「触っていいか?」
「いいぞ。」
オージェが俺の鎧をサワサワとさわる。
「思ったよりガチガチじゃない。」
「魔力を通してない。」
「魔力を通すと防御力が上がるのか?」
「そうらしい。」
「ロマンだな。」
「ロマンだ。」
そんな会話を俺と交わした後、オージェは立ち上がりルゼミアに深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「ふふ、いつでも相手になってやるわ。」
「おそらくですが、1000年は早いかと。」
「わかっとるのぅ。」
「自分と相手の実力差くらいはなんとか。」
「ならばオージェ君は生き残るだろうな。」
「そういうものですか?」
「そうじゃ。」
するとエミルやグレースやカトリーヌが俺達の側に近寄ってくる。
「凄かった。オージェが全く歯が立たないなんて。」
エミルが声をかける。
「はは、蟻と象が戦っているような感覚に襲われたよ。」
「アリとゾウ…。」
オージェを蟻扱いする母親ってなんだろう。
「すばらしいです!お母様!お母様は本当にすばらしい!」
グレースが興奮気味に言う。
「お、おう。虹蛇は体術は身に着けてはおらないようじゃな。」
「はい。僕にはとてもとても。」
「ふむ。まあ…無理じゃろうな。元より虹蛇が戦うなど聞いた事もない。」
「それがこの度、戦う事になっちゃって。」
「まあアルを頼む。」
「はい!アルさん!頑張りましょうね!」
「そ、そうだな。」
《グレースはルゼミアの方しか見てない。大好きなアニメの主人公にそっくりだもんな。》
「ラウル。その鎧…すんんげえかっこいいな!」
エミルも言う。
「やっぱそう思う?」
「中世の感じっていうより近未来?」
「だよなあ。魔道具なんだよこれ。」
「魔道具かあ。」
《いやあ…やっぱかっこいいよなあ。》
「アルガルド、お前もルゼと仕合ってみたらどうだ?」
ガルドジンが言う。
「えっ?私が通用するわけがないじゃないですか!」
「アルよ。受体しておる奴が、まだ神子のままのオージェ君に負けてもよいのか?」
ルゼミアも俺に言う。
「オージェは強いですから。」
「そのための魔導鎧じゃ。」
「わかりました。」
するとオージェが俺に近づいてきてこっそり言う。
「ラウル。押してもフェイントも効かない、後ろにも目があると思っていい。ただ俺は魔法が使えないからな、アドバンテージがあるとすれば魔法。」
「いや俺武器召喚しかできねえし。」
「何か考えろ!」
「まあやってみっか。」
俺がルゼミアの前に立つ。
「じゃあ母さんお願いします。」
「魔法も使って良いぞ。」
「えっ聞こえてました?」
「我を誰だと思っておる。」
一瞬でアドバンテージが消え去った気がした。
「ではルールは?」
「我を一歩でも動かしてみろ。」
「わかりました。」
俺はルゼミアに対して構えを取り、魔導鎧に魔力を流し込んでいく。
スッ
俺は無造作にルゼミアの顔にパンチを叩きこむが、簡単に手でそらされてしまった。しかしさっきオージェがやったように、くるりと体を回転させて反対の腕の肘を叩きこむ。だがそれもスウェイで躱されてしまった。
一度距離を置く。
ルゼミアをじっと見るが、特に何も無いようにそこに立っていた。
クイックイッ
ルゼミアが手でおいでおいでをする。
俺が直線的にルゼミアに突っ込むと見せかけて横に飛ぶ、そしてすぐにルゼミアにタックルをかます。だがやはりそれもトンっと背中を叩かれ俺は転びそうになった。床に両手をついて下からルゼミアの顎に向けかかとをぶち上げる。
ブン
かかとは空振りしたが、もう反対の足も続いてルゼミアの顎に叩き込む、がそれもかわされる。しかしそのまま前転をするようには転がらず、手で踏ん張り逆再生のように俺の両足でルゼミアを蟹ばさみしようとする。だがルゼミアは俺の足首を持ってブンッと投げ捨てた。
ドフッ
俺は闘技場の床にたたきつけられるが、すぐさま低空で足を刈にいく。しかしかがんだルゼミアは俺の胴体を薙いだ。
バフッ
ドンドンドン
床を思いっきり転がる。しかし俺はあきらめずにまたルゼミアにダッシュをしてぶちかましを決めようとするが、あっさり手でいなされ俺はルゼミアを通り越して転がった。
「どうした?アルよ?オージェ君より手ごたえがないぞ。」
「母さん。これからですよ!」
俺は言いざまバク転をして脳天から足を振り下ろす。ルゼミアはそれを頭の上でつかみ取りピタッと止める。
ブン
俺の視界がぶれる。
次の瞬間俺は闘技場の壁にめり込んでいた。だが魔導鎧のおかげで痛くもかゆくもなかった。
ボゴ
俺は闘技場の壁から出てきて次の手段を考える。
今度は無造作にルゼミアに近づく。もちろんルゼミアは攻撃をしなければ仕掛けてこない。
また俺に手を向けてクイックイッとする。
「フッ!」
俺は軽く息を吐きとにかくパンチを乱打してみる事にした。魔力を最大限に利用した力押しだ。
ブオオオオオオオオ
魔導鎧の効果もあり、俺の拳は残像を残して見えなくなっている。
《えっ!これを全部避けるの?いや手でいなしているのもあるか。》
俺の拳は速度を増しているがそれも全部そらされる。
《当たらない!》
とにかく一発も当たらない。
《だけど!》
俺は拳の先にバタリングラム(破城槌)”特殊部隊がドアを破壊するために使うデカいハンマー”を召喚した。
ボッ
ボッ
ボッ
ルゼミアはいきなり拳の前に出現する破城槌も全てよけきった。
挙句の果てに、そのうちの一本を片手でつかむ。
「これがアルの切り札じゃな?」
俺は打ち込むのをやめた。
「はは、やっぱり通用しませんでした。」
「いや通用したぞ。」
「えっ?」
「右足を半歩下げてしもうた。」
「本当ですか?」
「ああ。」
どうやら少しだけ足を下げて踏ん張ったらしい。
「す、すげえなラウル!ルゼミア王を半歩下がらせたぞ!」
オージェが言う。
するといつの間にか魔人達が俺のそばに集まって来ていた。
「ご主人様!すばらしいです!ここまでご成長なされたのですね!」
「本当に!ラウル様はやはり元始の魔人様なのです。」
シャーミリアもカララも喜んでくれている。
《でも…たかが半歩後ろに下がらせただけだ。そんなんでこんなに喜ばれても…》
「よくやった。じゃがの、その鎧と類まれな魔法のおかげだという事を忘れるな。術に溺れて精進を忘れる事の無いようにな。」
ルゼミアが言う。
「はい、ありがとうございます!」
《うーむ。俺としてはズルをした感じ満載なのだが…とりあえず認められたようなのでオッケーという事にしとこう。》
「それとなアルガルド、その鎧ずっと来てない方が良いぞ。」
ガルドジンが言う。
「どうしてです?」
「魔力が枯渇するまで消費し続けるからな。戦いの時以外は脱いどけ。」
「わかりました。」
《えっと。脱ぎ方はっと?》
「父さん鎧を外すのはどうするんですか?」
「ああ簡単だ。自分の声で鎧脱着解除!と叫べ。」
「ええ!」
「簡単だろう?」
《そりゃそうだけど…なんとなく恥ずかしい。》
「やってみろ。」
「鎧脱着解除!」
ガシャンガシャンガシャン
鎧の後方が開いた。
俺がそのまま後ろ向きに歩くと鎧はそこに立っていた。
「じゃあとりあえずこれはどうやって運びましょう。」
「そこなんだよ!」
勢いよくガルドジンが言う。
「えっ?」
「これは魔人しか着れない鎧だし、カッコいい事この上ないんだが。」
「はい。」
「重すぎて運ぶのが大変なんだ。」
「え?父さんでも?」
「ああ。」
俺が鎧を持ち上げようとするとピクリとも言わない。
「えっとじゃあ着て魔力を通しながら移動するしかない?」
「おそらく。」
《えー、これを普段も着て歩くのはちょっと・・・》
「おぬしらは何を言っておるのじゃ?」
「はい?」
「虹蛇がおるではないか。」
「虹蛇?そうか!」
俺はグレースをチラリと見る。
グレースは、えっ?僕?みたいな顔をして自分を指さしていた。
「そうじゃ。何のためにここに来たのか。」
「お母さん!もちろんです!アル君の為に持っていきますよ。」
グレースがシュッと鎧を撫でるとスッと消える。
「ラウルさん!使う時はいつでも行ってください!出します!」
「ああ、よろしく頼むよ。」
グレースは自分が役に立つ事が嬉しいようだった。
「じゃあもらっていきます。」
「遠慮なく持っていけ!」
本当に旧虹蛇の言う通りなんだな。
全ての事には意味があるらしい。
次話:第329話 異世界の海をさまよう
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