第320話 魔王の親心
飛んでいるオスプレイの外側にへばりつきながらルゼミアが言う。
「なんか最近この海を変なものが飛んでいる気がするのじゃ。」
何故かオスプレイの外からでもルゼミアの声が良く通る。外側は物凄い風圧だと思うが何事も無いような冷静な口調だ。
「変な物ですか?」
「今度こそやっつけてやろうと思って来てみたら、何やらアルの気配がするではないか。」
「連絡もせず、いきなりすみません。」
「良く帰ってきてくれた。」
「母さん。こんなところで立ち話?飛び話?もなんですから一旦お城に行きませんか?」
「お、おお!そうじゃったな!…というか…」
ルゼミアの視線が俺から隣に移る。
「お前、精霊神ではないか?」
ルゼミアがオスプレイを操縦しているエミルを見ていきなり聞いてくる。
「あ、すみません。ラウル君と仲良くさせてもらってます。精霊神になったばかりのエミルと申します。」
「おお、そうかそうか友達か!ならとにかく来るがよい。」
《あれ?ルゼミア母さんはいきなりエミルを見て精霊神と言ったぞ。見ただけで分かるのか?》
ルゼミアがオスプレイのフロントガラスから消え去る。
「いっちゃった。」
グレースが言う。
「ああ、とにかく俺達も魔王城に向かおう。」
エミルが魔王城前にオスプレイを着陸させる。いつの間にかエミルはオスプレイの着陸が出来るようになっていた。オスプレイを降りて外に出ると俺達の頬を冷たい風が突き刺す。大陸にはすでに春が来ているというのに魔王城の周辺にはまだ雪がたくさんあった。
すると王城の方からこちらに向かって、ルゼミアの従者と思われる魔人が2人ほどやって来た。厳ついオーガとイケメンのダークエルフだった。
「ラウル様。謁見の間にてお父上様がお待ちです。」
「ああ、わざわざ出迎えご苦労。」
「お元気な姿が見れて何よりです。」
厳ついオーガが礼をしながら言う。
「では皆様もこちらへ、シャーミリア達も一緒でいいそうだぞ。」
イケメンのダークエルフが言う。
「ええ、それではご主人様とご一緒させていただきます。」
シャーミリアが俺に一礼する。
「みんな俺の家だからそんな緊張しなくていいよ。」
なぜか後ろでオージェとグレースが緊張していた。
「どうした?」
「いやぁ、お前の母ちゃんはとんでもないな。」
オージェがこわばった顔で言う。
「そうか?」
「ああ。見かけに反して物凄い強さなんだろうな。」
「ああそれね。でも優しい人だよ。」
「それを聞いてホッとするよ。」
するとグレースが言う。
「えっ?オージェさんはそこなんですか?」
どうやらグレースは違うところにひっかかったようだ。
「ん?グレースは違うのか?」
「いや、なんていうか。…彼女はきっと過去に空飛ぶ宅配屋さんとかしてましたよね?」
「あ、グレースもやっぱりそう思った?」
「はい。なんていうか今まで見た魔人達とは絵面が違いません?」
「そうなんだよ。彼女だけあんな感じなんだ。」
「萌えました。」
「グレース。一応言っとくけど俺の母ちゃんな。」
「わ、分かってますよ!」
《本当に分かっているのか微妙だが、こいつは自分の守護者をオンジとか呼ぶ奴だからな。まんまそっち方面のルックスのルゼミアを見たらこうなるのも仕方ないか。》
「こらこら、ラウルの母ちゃんだぞグレースは何を言ってんだ?」
エミルが言う。
《いやお前が言うな、イオナに心奪われてたろ。》
「わかってますって!」
《まったくうちの友達たちは人の家の母ちゃんつかまえて何を言ってるんだ?》
俺達はオーガとダークエルフについて魔王城の門をくぐった。
なんかグラドラムに慣れてからここに来ると、ずいぶん簡素な作りに感じてしまう。
「ああ久しぶりだ。」
「ラウルは、しばらくここで暮らしてたんだっけ?」
「つい最近までな。」
「なんというかグラドラムとはまた雰囲気が違うな。」
「そうなんだよ。」
オージェがあたりを見回して言う。
「あちこちに不思議な石像が置いてあるみたいですが。」
グレースに聞かれる。
「たぶんオブジェだと思うんだが、変な感じするよな。」
「でも躍動感がありますね。芸術家がいたって事ですかね?」
「ドワーフじゃないかと思う。」
「あーなるほどですね。」
魔王城の中は良く知っているので俺は二人の魔人に言う。
「もう大丈夫だよ。場所はわかってる。」
「は!」
「失礼いたします。」
オーガとダークエルフがそのまま廊下に止まって頭を下げる。
「では私が付き添いを。」
マキーナが俺達の先に立って歩いて行く。しばらく歩いて行くと大きな扉の前についた。
「この扉さあ凄く重かった記憶がある。」
「凄く頑丈そうだもんな。」
「ちょっと押してみたら?」
俺がグレースに言う。
「ふっ!んー!おっ!重!」
力いっぱい押すと、ドアは少し開いたもののそれ以上は開かなかった。
「グレース様、私が。」
マキーナが手をかけると軽く扉が開く。
「えっ?なんかコツが?」
「違うよグレース、力が違うだけさ。」
「マキーナさんもやっぱり魔人なんですね。」
「そうだよ。」
確かに細くてクールビューティーのマキーナが、片手で重厚なドアを軽々と開けているのは違和感がある。グレースは不思議そうにマキーナを見ていた。
「よう!やっと戻って来たかアルよ!」
部屋に入ると同時にガルドジンが声をかけて来た。
「はい。父さんいろいろあって遅くなりましたが。」
「いろいろ話を聞かせてくれ。」
ガルドジンの怪我をした目は、俺が出発する前と変わらず見えてはいないようだ。しかしガルドジンは俺の魔力を感じ取って声をかけてきたのだった。
「皆そこらに座るがよい。」
ルゼミア母さんが言う。
この部屋は特別な人しか入れない部屋だった。広めの部屋中にでっかいクッションが点在して置いてあって、中央のひときわデカイクッションにガルドジンが座り、ルゼミアが寄り添うようにしている。
異世界組や魔人達とカトリーヌがそれぞれ、そのあたりのクッションに座る。
「ん?これは…誰がいる?」
ガルドジンが聞く。
「ああ懐かしい顔ぶれじゃ。精霊神と虹蛇だ。」
ルゼミアが答えた。
どうやらガルドジンは精霊神と虹蛇の気配を感じ取っていたようだ。
「おお!それは!すみません!私は目が見えぬ為、気が付きませんでした。」
ガルドジンが身なりを正す。
「ん?ガルよ、どうやら今はラウルの友達らしいぞ。そしてもとよりそのように畏まるような相手でもないわ。」
ルゼミアが言うとエミルとグレースがうんうんと頷いている。
「父さん。元は俺の友達だったんだけど、虹蛇と精霊神を受体したらしいんだ。まあ今も友達だけど。」
「そういう事だったのか。」
するとエミル達がガルドジンに挨拶を始めた。
「あの、お父さん。私はエミルと申します。精霊神と言われていますが、自分ではそういう自覚はありません。」
「そうですか。」
「ラウルとは楽しくさせていただいています。」
「いろいろとよろしく頼む。」
「ええ、こちらこそ。」
「私はグレースです。最近虹蛇になりまして、ラウルさんとは仲良くさせていただいてます。」
「そうかそうか。ラウルをよろしく頼むよ。」
「もちろんです。こちらがいろいろ世話をされているような感じです。」
「ラウルがか?それは良かった。」
「私はオージェと申します。龍国から来まして、ラウルとは本当に親しくさせていただいております。」
「ふはは。ラウルのおもりは大変だろう?」
「と、父さん!おもりって!」
「ん?違うのか?」
「いや違わないけど。いろいろ迷惑かけちゃってるけど。」
「じゃあおもりでいいんじゃないのか?」
「ええ!お父さん。ラウルのやつはとても手がかかるんです。」
「ふっはははははは!だろうなあ。」
「オージェ!父さん!」
《この二人はなにか似たところがあるようで共感しているみたいだ。》
「とにかく友達がいっぱい出来たみたいで何よりだよ。」
「まあみんな、こんな俺でも友達でいてくれてるよ。」
「そうかそうか。」
ガルドジンは凄く嬉しそうにしている。とにかく父さんに喜んでもらえたようで良かった。ルゼミアもニコニコして俺達を見ている。
「陛下。」
俺はルゼミアに向かって言う。
「な、なんじゃかしこまって?いつも通りで良いのだぞ。」
「いえ、大陸にすべての魔人を差し向けていただきありがとうございます。」
俺が深々とルゼミアに頭を下げる。
「ああ、そんなことか。むしろみんながアルガルドについて行きたがっていてな、自由にしろと言ったまで。」
「それでも私の目的は、母さんのご厚意によって凄まじい早さで達成されています。」
「それなら良いのじゃ。」
「ありがとうございます。」
「うむ。」
俺が感謝の言葉をのべるとルゼミアは嬉しそうにしている。そしてその目線はカトリーヌに向かった。
「してその娘はなんじゃ?許嫁かなにかか?」
《許嫁て!!!!》
「い、いえ!違います。この子はイオナ母さんの姪っ子ですよ。」
「なーんじゃ。美しい子じゃったから、イオナに似ておるのを選んだのかと思ったぞ。」
「私はカトリーヌと申します。」
許嫁といわれたカトリーヌが真っ赤な顔をして自己紹介をする。
「カトリーヌか。お主はラウルをどう思うておる?」
ルゼミアが思いっきり単刀直入に聞いてくる。
「か、母さん!カティが困ってるから。」
「おや?別にいいではないか。」
「ラウル様は素晴らしい人です。私などはお傍に居れるだけで光栄でございます。」
「ういやつじゃのう。」
「ちょ、ちょっと。」
そんなルゼミアと俺のやり取りを、オージェとエミルとグレースはにやけながら見ている。
《くっそー。》
「あの!それで!私はラウル様のお父様の目を治癒いたしたく無理を言ってついてまいりました!」
カトリーヌがルゼミアに詰め寄る。
「ん?おぬしは治癒魔法を?我でもここまでしか戻せなんだぞ。」
ルゼミアが言う。
「父さんの今の状態はどうなのですか?」
「うっすらと光が入る程度かな。ようやくここまで戻してもらったんだ。」
「そうですか‥‥。」
《どうやら時間をかけてルゼミアがここまで戻して来たらしい。この膨大な魔力の怪物が治せないなら絶望的じゃないのかな?》
「あの、私に診させてもらってもよろしいでしょうか?」
「ガルよ、未来の嫁候補が診てくれるそうじゃぞ。」
ルゼミアが冷やかす。
「母さん!」
カトリーヌが滅茶苦茶真っ赤になってしまった。
「面白いのう。じゃが診てくれるというのであればありがたい。よろしく頼む。」
ルゼミアが頭を下げる。
「へ、陛下!頭をお上げください!」
カトリーヌがめっちゃ焦ってる。
「思い人の病を診てくれるというのじゃ、お願いするのに頭を下げんでどうする。」
「あの、それでは診させていただきます!」
するとカトリーヌがガルドジンに近づいて目に手を当てる、そっと瞼のあたりを上にあげてみるが出てきた目は白く濁り見えているようには思えない。
暫くガルドジンの目を見ていたカトリーヌが言う。
「陛下。石をお貸しいただけますでしょうか?」
「ふむ。」
ルゼミアがふと意識をそらす。恐らく念話で部下に命じているのだった。
コンコン
直ぐに魔人が現れる。
ドアを開けて入って来たのはサキュバスだった。
「お持ちしました。」
「すまぬな。」
石を置いてサキュバスは出て行った。
「そして魔法陣をかけるお部屋などはありますでしょうか?」
「ここで良い。」
「このような綺麗なお部屋にでございますか?」
「かまわぬ。そのあたりに書くが良い。」
「かしこまりました。」
そしてカトリーヌが床に魔法陣をかき出した。俺達異世界組は魔法陣を書くのをはじめて見る為、興味津々にカトリーヌの周りを囲んでいる。
「おいおい、みんながそんなに見つめたらカトリーヌがやりづらいじゃろ!」
「あ、そうでした。」
「みんな邪魔しない!」
オージェの言葉でみんながまたクッションに座り直す。
「アルガルドよ。とにかくおぬしらの来た理由はなんとなくわかる。」
「見ていただきたいものなどもあり、聞きたい話もありまして。」
「ふむ。虹蛇と精霊神がおるからのう、察しがつくわ。」
「はい。」
「まあ焦る事は無かろう。まずはカトリーヌのやる事を見てからでも良かろうて。」
するとカトリーヌが言う。
「あ!すみません!いきなり書き始めてしまいましたが、かなり時間がかかります。」
「そうかそうか。なら皆風呂にでも入ればよかろう。」
「ああそれはうれしいですね。」
「準備は出来ておる。」
コンコン!
サキュバスとハルピュイア達が俺達を迎えに来た。
「こやつらを風呂に入れてやれ。」
「は!」
「かしこまりました!」
俺達はサキュバスとハルピュイア達に連れられて部屋を出るのだった。
俺が外に移動する間もカトリーヌは集中している。
「じゃあカティ!俺達風呂行って来るよ。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
カトリーヌは俺達を見もせずに一心不乱に書き続けるのだった。
絶対に治すという意志がひしひしと伝わってくる。
ガルドジンとルゼミア、魔人達はただ静かにカトリーヌの作業を見ていた。
《カティ頼むぞ。》
俺は心でカトリーヌを応援するのだった。