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第32話 バルギウス兵士その2 ~ジークレスト視点~

もう少しで首を跳ねられるところだったジークレストは冷や汗たらたらだった。


そもそもすでに部下が4名もいなくなっているのである。


すぐバルギウスに帰る事もできなくなった。


そこに来て目の前にいるファートリア神聖国の枢機卿だと語るサイナス、と司祭のリシェル後ろに立っている聖騎士のカーライルから話をしようと言われ町長宅まで来た。


こちらは6人数の上では有利だが・・このカーライルと呼ばれた男の気の冴えは尋常じゃない。



「すみませんなあ、人探しのところをお邪魔してしまって。」


サイナス・ケルジュ枢機卿が口火をきった。


「いえ・・こちらも困っておりましたゆえ。」


《私もこんな化物みたいなカーライルという聖騎士を前にしては素直にならざるをえまい。今のファートリアとバルギウスの関係性が分かれば誤解がとけるはずだ・・自分が被害を被る事はないはずだ。》


「じつはラシュタル王国の教会で我々が勤めておったのですが、しばらく前から本国からの連絡が途絶えたのです。」


「それは・・おそらく、ユークリットの属国であるラシュタルにいたからだと思われます。」


ジークレストは緊張の面持ちで話し始める。


「ふむ。どうやらそうらしいが・・我がファートリア神聖国がバルギウス帝国とそれほど交流があるとは思えん。どういうことですかな?」


「それが・・ファートリア神聖国側からバルギウスに歩み寄った形でして・・」


「私たちの国からですかな?」


「はい・・あの・・ファートリア神聖国の方であればアヴドゥル・ユーデルという大神官はご存知ですかな?」


「教皇ではなく大神官ですか?。そして教会の司祭にもアヴドゥルという名は聞き及んでおりませぬな。」


《なんでだよ・・この枢機卿のじいさまはなぜ自分の国の大神官をしらないんだ・・》


「そんなことは・・確かにバルギウスに来て同盟を持ち掛けた方はアヴドゥルという方でした。」


どうやらこの場にいる者たちの知っている情報はすべて違うらしく嚙み合っていない。皆が考えこみ静かになってしまった・・


「もし・・同盟を持ち掛けるならば、ロニー・アピス教皇となるはずですが、教皇はいずこへ?」


サイナス枢機卿が聞いてくる。


《ん?教皇なんて来なかったぞ。バルギウスに来たのはアヴドゥルとそのしもべである司祭たちだった。》


「いいえ、サイナス枢機卿。バルギウスに来て話をしたのはアヴドゥル大神官という方でした。」


「わかりました。どうやらラシュタルの私たちまで話が及ばないのはそのあたりにありそうですな・・・」


ファートリア神聖国のトップはロニー・アピス教皇という人物らしかった。アヴドゥル・ユーデルなる大神官などが存在するという事実はこのファートリアから来た聖職者は知らなかった。



《大神官ではなく教皇がトップ。しかし・・バルギウスに話を持ち込んで来たのはアヴドゥルという人物である事に間違いはない。この者たちは本物だろうか?しかし・・カーライルという聖騎士の気の冴えは尋常ではなかった。只者でない事は確かだが・・どういうことだ?》


「まあ、そのあたりは帰国後真相を確かめることにしましょう。」


「はい。」


「して、そのバルギウスの兵士の皆様はなぜそのユークリットの女神さまを探す事になったのでしょうな?」


「なにもご存じないようですな。我がバルギウスとファートリア神聖国が同盟を組みユークリットを滅ぼしたのですよ。」


「なんですと!?滅ぼした!?嘘もたいがいにしておきませんとカールを抑えられませんぞ!」


《ひいい、まずいぞ!なんかいきなり怒り出した。でも事実は事実なのだそのまま伝えねばならない。》


「落ち着いてください!きちんと説明しますゆえ。」


「サイナス様、ちょっとこの者の話を冷静に聞きましょう。」


隣に座っていた、透き通るような美しい僧侶のミナス司祭がその場を落ち着かせる。


「ありがとうございます。ミナス司祭。」


「ええ、続けてくださってかまいませんわ。」


「はい、それでは・・我々バルギウス帝国は西の山脈の魔物たちの脅威に備え、軍備を強化していたのです。」


ジークレストが話し出すとサイナス枢機卿は冷静を取り戻し話し始める。


「それは聞き及んでおります。ユークリットでもシュラーデンでも西の山脈の魔獣を抑え込むため軍備を増強していましたからな。バルギウス帝国も多分に漏れず行っていた、という事ですな。」


「はいその通りでございます。」


「して、何故ファートリアがバルギウスと同盟を組むことになるのですかな?」


「はい、それが・・西の魔獣たちを抑えることができるのだとアヴドゥル大神官が我が国にいらしたのです。ファートリアからの使者として・・」


「なるほど・・そのアヴドゥルというものが何かの鍵を握っておると言う事ですな。」


《サイナス・ケルジュ枢機卿とやらは本当に現状を知らないようだな・・ユークリットより北へは全く情報が伝わっていないのかもしれない。》


ジークレストからの情報で少しずつ現状が整理できたようだが、まだ正確なところは何もわかっていない状況だった。確実になにかおかしい事が起こっているのは間違いない。それがサイナスにもリシェルにも全く分からなかった。


「して、そのアヴドゥル大神官が奇跡を見せたのです。」


「奇跡とな?」


「はい、誠に奇跡であったと思います。」


「それは・・」


「私も聞き及んだだけでございますので実際は見ていないのですが・・、いやそれでも信じられないのですが・・、アヴドゥル大神官はなんと魔獣をすべて支配下に置いたのでございます。」


「そんな馬鹿な!聖職者が魔獣を従えるなど聞いた事もないわ!!」


《サイナス枢機卿は顔を真っ赤にして怒っているではないか!!まずいぞ!!しかし無理もない自分も信じられない、教会で神に仕えるものがなぜ魔獣を従えることができるのだと・・聞いた時は耳を疑った。》


「サイナス枢機卿が怒るのも無理はございません。私も初めて耳にした時は信じることができませんでした。この目で見るまでは・・」


怒るサイナス枢機卿を制止してミナス司祭が話に入ってくる。


「あなたは見たのですか?その奇跡を。」


「はい・・私たちがなぜここにいるのかと申しますと、その魔獣にまたがって空を飛んでまいったからです。」


「空を・・ですか・・」


「私たちもにわかに信じられませんが、実際自分たちがグリフォンに乗ってここまで来ましたので間違いのない事実かと思います。」


「グリフォンに・・グリフォンが人の言う事などを聞くとは・・」


「ヘイモン殿もしかすると、我々を誑かしているのではありませんよね?」


カーライルがジークレストに詰め寄る。


「まさか・・カーライル殿の前で嘘など、命がいくつあっても足りませぬ。」


《このカールを怒らせるわけにはいかない・・どうすれば信じてもらえるのだろう。グリフォンもここにはいないので誠心誠意伝えるしかない。》


「本当なのです、なあ!お前たち!我々はグリフォンに乗ってここまで来たんだよなあ。」


慌てて部下に聞くと皆おびえるように返事をした。全員肯定していた。


「間違いないようですね・・サイナス枢機卿。私たちの知らない間に祖国で何かが行われたようです。」


「そのようだな・・」


バルギウス兵も含めここにいるもの全員の認識として、自国でおかしなことが起こっている事は確認できた。しかしその真相を知るものはここには誰一人いなかった。


「悪いが、ヘイモン殿、物分かりの悪い私たちにもう一度説明してもらえぬだろうか?その連合軍がユークリットを滅ぼしたというのはどういうことですかな?」


「はい・・怒らぬように聞いていただきたい!私も不本意な話なのです。我がバルギウス帝国とファートリア神聖国はアヴドゥル様のお力をかりて数十万の魔獣を従えユークリットへ攻め入ったのです。私も戦の最後に従軍いたしました。」


「戦争に勝った。という事であれば王家の者の命で贖われれば戦は終わりであろう。滅ぼしたという表現がわからない!どういうことだ?」


カーライルの口調が少し荒っぽくなってきた。怒っているらしい。


「はい・・それが・・バルギウスの上層部がユークリットの軍人をすべて殺害すると決め、すべての兵士が処刑されたのです。」


ドン!


カーライルが机をいきなりたたきつけた。なんと重厚な机にビキっとひびが入った。


「そんな戦があるか!それでは虐殺ではないか!騎士道精神にもとる行いだ!」


《ひいいいいい。まずい・・不味いぞ。殺されるんじゃないのか!!》


「カールの言う通りじゃ!人のしていい事ではないわ!ヘイモン殿それは真実か!!」


《枢機卿も滅茶苦茶怒っているではないか・・まずいぞ!》


「も、、申し訳ありません。真実でございます。し・・しかし私どもも本意ではありませんでした。軍部の大部分や将軍が決定した事ゆえ従わねばこちらが殺されます。よってバルギウスもファートリア神聖国の兵士も皆従いました。」


ギリギリギリ。


カーライルの握る手が音を立てた。ものすごいオーラのようなものが部屋中を満たしていく。少しでも動いたら全員斬られるだろう。


《う、動けない・・殺される。こんな気を発するものはバルギウスにも1人か2人いるかどうかだ・・どうすれば・・》


「あの・・カ・・カール落ち着いてください。話が進みませんしここで争っても何も解決しません!!」


鈴のような綺麗な通る声が凛と大きな叫びとなって部屋に響き渡った。


リシェル・ミナスの声だった。すごく焦っているような声で誰もがハッとさせられた。


「リシェル様・・すみません。」


カーライルは少し気を緩ませた。それでもすぐに斬られそうな気がはり詰められている。



「むしろこの方たちも軍部に逆らえば殺されてしまったでしょうから、致し方なかったのかもしれません。どんな事情であれやった罪は消えませんが、何も解決する事は出来ません。」


リシェルが淡々と場を鎮静化するために話し続ける。


「しかし・・サイナス様、もしこの者の話が真実であれば我々はどうすれば・・」


「うむ・・おめおめと本国に帰るのも考え物じゃな。しかし真実が分からねば手を打つこともできぬ。ファートリア迄の帰路で情報を集めていくしかなかろう。ユークリットにも連合軍がいるのじゃろう。ユークリットのモーリス殿は生きておられるのだろうか?お会いできれば打開策も見えるかもしれぬが・・」


「サイナス様!ユークリットへ向かいましょう。もしかするとモーリス様にお会いできるかもしれません。彼のお方は軍部の人間ではありませんし、今は1教師だったと思います。まずは合流できるかどうかそちらに向かうのがよろしいかと。」


「それで、貴様らはどうするつもりだ・・」


カーライルの口調が変わっている。ものすごい形相でジークレストをにらんだ。


「はい・・ユークリットの女神を追うのを中断し、一度ファートリア経由で本国へ帰ろうと思います。」


《これ以上深追いするとなると、この男に殺されそうな気がする。とにかく馬と馬車を調達して本国へ帰るとしよう・・居なくなった者たちは逃亡と言う事で報告するしかない。残った家族は不憫だが自分らの命には代えられん。》



「それがいい。そして命令とはいえ美しい女性に手を出す事は俺が許さん。必ず見つけ出し首を跳ねてやると思え。」


「は・・はいいいいい」



カーライルの口調が戻る事はなかった。



私の仕事はここまでだ。あとはバルギウスの他の兵がやるだろう。


私の部下も皆震え上がっている。


急ぎ馬と馬車を調達しなければ・・



ジークレストの命は先延ばしにされたのだった。

次話:第33話 ラウル出生の秘密

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