第318話 出立の前に
ポール王城の会議室に主要メンバーが集まっていた。
俺達のこれからの行動予定をポール王やカゲヨシ将軍たちに説明する。しばらくはカゲヨシ将軍やサイナス枢機卿、モーリス先生もグラドラムに滞在してもらう事になりそうだった。
その話を受け主要メンバーが集まってどうするかを話しているのだ。
「それでラウル様は魔人国経由で龍国へと行かれるのですね。」
「はいポール王。そうなると思います。」
「魔人国へは船で?」
「いえ。ヘリで向かう予定です。」
「なるほど。念のため申し上げますと、海上の上空には知らない魔物がいる可能性もございます。」
「何かを見かけた事があるという事ですかね?」
「漁師たちがはるか遠くに見かけたが、何かは分からなかったそうです。」
《ふむ。いったい何がいるんだろう、でも魔人国に船で行き来した時も襲われた事は無いし大丈夫だろう。》
「大丈夫です。シャーミリアとマキーナという最強の航空戦力がいます。」
「ああ、なるほど。」
するとモーリス先生が言う。
「ラウルよ。わしだけでもついて行ってはイカンかのう?」
「すみません先生。魔人国にはルゼミア王と実の父ガルドジン、そしてお付きの人達しかいませんので、ろくなおもてなしが出来ないと思いますし。魔人国はそれほど快適ではありません。」
「ああ、そう言う事ならもてなしなどいらん。わしなど放っておいてくれれば良いのじゃ。」
「と、先生ならおっしゃると思いました。ただ魔人国までならそれでも良いかと思ったのですが、それより以北には物凄く険しく厳しい山々がそびえておりまして、その最果てに龍国があるらしいのです。さすがにそこは私達4人と魔人だけで行こうと考えておりました。」
「それほどまでに厳しい自然が?」
「はい、私も死にかけましたので。」
「諦めろモーリス。ラウルが死にそうになるのでは、わしらは生きて帰れんのじゃないか?」
サイナス枢機卿が言う。
「そうかぁ…。」
モーリスが残念そうだ。
「先生。恐らくラウルの言うとおりです。私は軽装で渡ってきてしまいましたが、今のラウルにも楽な土地ではありません。ラウルの事は心配でしょうが私達にお任せください。ヘリに万が一が無いとも限らないのです。」
オージェがモーリスに言い聞かせるように言う。
「ふむ。それではラウルよ気を付けて行って来るのじゃ。またおかしな罠などにひっかかって、どこに行ったか分からなくなったのでは、わしもイオナもそしてみんなも悲しむのじゃぞ。」
「分かっています。」
「確かにこれまでの出来事を考えるとな、デモンの出現により人間の世界が壊された。それと時を同じにして虹蛇の出現と受体、さらに精霊神の受体がなされた。」
「その通りですね。」
「この世界を創造したのがアトム神、虹蛇、精霊神、魔神、龍神という五神であることと、ラウルの仲間であるグレースとエミルが虹蛇と精霊神を受体したことを考えれば、魔人のラウルと龍人のオージェが関係しているのは間違いのない事実じゃ。」
「はい先生。ですから私は魔人国と龍の国へと行くのです。」
「うむ。それはそうなのじゃが、今やすでに敵国はファートリア神聖国のみとなったのじゃ。」
「はい。」
「すでに無理をして謎を解き明かす事など必要ないのではないかの?」
「先生。私もそのように考える部分はありました。しかし受体する前の虹蛇が言っていたのです。何事も必要があるからそうなっているのだと、流れに任せて進むべきだというのです。」
「ふむ。これが自然な流れだという事だな。」
「はい。必然であると思ったのです。」
「ならわしらがここで待つのも必然なのじゃな?」
「そうかもしれません。まあ私も実はよくわかっていないのです。」
「ただ、ラウルがそう思うという事なんじゃろ?」
「そう言う事です。私もオージェもエミルもグレースも同意しています。」
「わかった。おぬしらが言うのならそうなのじゃろ。」
「すみません。」
俺が言うとモーリス先生は大きくうなずいた。
するとその隣から声がかかる。
「ラウル殿よ。わしらはしばらくグラドラムに滞在させてもらい、魔人に稽古をつけてもらう事になった。」
カゲヨシ将軍が言う。
「えっ?そうなんですか?いつのまに?」
「皆が兵器の実験とやらに出かけておったのでな、わしが魔人に直談判したのだ。」
「そうだったんですね。」
「実は私とバナースさんも。」
カーライルがボソッと言う。
「えっとカーライルさんとバナースさん?」
《バナースってだっけ?》
「あ、ええ!オンジさんです。」
「あ!すみません!オンジさんですよね。」
俺が言うとオンジが笑って言う。
「ふふ。私の事をグレース様がそう呼ぶのですから、カーライル殿も私の事はオンジでいいのですよ。アルム・バナースは昔の名前です。」
「すみません。それほど親しくもないのにそのような。」
「いえ。これから一緒に稽古をつけてもらう身ではないですか。」
すると将軍が笑う。
「そう!わしらは皆魔人の弟子。同時に稽古をつけてもらうのじゃから、兄弟子も弟弟子でもない同期生ということになるのでは?」
「ふふ。そうですか!ではぜひ切磋琢磨してお互い技を磨きましょう。」
カーライルが言う。
「そうそう!それでいいのじゃ!」
どうやら将軍とカーライルとオンジが意気投合しているようだった。
「あの…ラウル様。」
俺の世話をするためについてきていたマリアが俺の袖をくいくいっと引っ張る。
「どうした?」
「私も…。」
「ああ…。」
マリアが俺にお願いのまなざしを向けて来る。
「あのう、将軍様!そしてカーライルさんとオンジさんに実はお願いがあります。」
「ん?なんじゃろう?」
「私のメイドであるマリアをその稽古にまぜてはいただけませんでしょうか?」
「マリアさんを?フォレスト家のメイドではないのですか?」
将軍様が驚いている。
「普段の仕事は。しかし私の武器を扱わせたら右に出る者がいないほど熟練しているんです。」
「なんと…。」
するとモーリス先生も口添えをしてくれる。
「マリアは凄いですぞ。魔人相手に組手をして修練を積んで来たのです。魔力による身体強化も出来るようになってしもた。これがただの人間のメイドというのですから驚きなのです。」
するとカーライルまでもが勧めてくれる。
「将軍様。私はマリアさんと一緒に行動をした事がありますが、かなりの腕前です。ラウル様の武器を使えば私達でも無事には済まないでしょう。一緒に稽古をつけてもらうのは賛成です。」
「カーライルさんまでが言うのであればそうなのでしょうな。それではマリア嬢よ、わしらのようなむさい男と一緒が嫌でなければ、ぜひ一緒に修練をつみましょうぞ。」
「ありがとうございます。」
マリアが深々と頭を下げてお礼をする。
するとオンジが言う。
「一緒に修練を積むからには立場は一緒、練習中は同期として遠慮などせずにお願いしたい。メイドだからと臆することなく積極的にやりましょう。」
「はいありがとうございます。そのお気遣いに感謝し全身全霊をもってあたらせていただきます。」
「マリア。頑張れよ!」
「はいラウル様。お役に立てるように努力いたします。」
「無理はしないように。」
「はい。」
俺達の話はだいたい終わった。
すると珍しく会議の場所に出てきたらしいデイジーが口を開いた。
「モーリスにサイナスと、そして聖女さんよ。」
「なんじゃ?」
「どうしたのじゃ?」
「もしここに滞在するのなら、わしらの研究で使う魔石に魔力を補充してくれぬか?イオナ様とミゼッタの魔力だけでは足りんのじゃ。ミーシャやわたしには魔力がないのでな、おぬしたちの魔力量ならバルムス達ドワーフの研究も進むであろうよ。」
「イオナが楽になるなら喜んで手を貸そう。」
モーリス先生が言う。
「すみません先生。私とミゼッタの魔力では足りなかったのです。先生や枢機卿や聖女様の魔力なら十分に補えると思いますわ。」
イオナが言った。
「ただ飯を喰らうわけにもいかんでな、わしもリシェルも仕事があって助かるわい。」
「はい。私もお手伝い出来てうれしいです。」
サイナス枢機卿とリシェルも言う。
するとばつが悪そうな顔で一人のエルフが言う。
「あのう、私のは精霊術ですので力をお貸しする事が出来ません。」
ケイナだった。
ケイナもグラドラムに残留する事になっているので、役に立たない事を後ろめたく思っているらしい。
「それでしたら!私はエミル様のアイデアでいろんな薬湯や石鹸などを開発したのですが、更にエルフの知恵をお貸しいただけたら嬉しいです。」
ミーシャが言う。彼女も俺のお付きとしてこの会議について来ていた。
「そんな事でしたらいくらでも!協力させてください!」
「うれしいです!」
「ケイナ。それともうひとつ君の土精霊ノームの力が、このグラドラムでは役に立つと思うよ。」
エミルが言う。
「土精霊様の?」
「ここの建築物は確かに凄いが、ケイナの土精霊の加護を与えればより堅牢になる。さらに各城壁に強化の精霊術をかけて防御を固めてあげるといいよ。」
「分かったわエミル。私の力が役に立つなら存分に。」
「ああ。」
エミルはケイナの能力が建築物強化に役立つことを知っていたらしい。
「それはありがたい。私の街をさらに強化していただけるなどと、それでは私の方から報酬を出さねばなりませんな。」
「いえ!いただけません。」
「そういうわけにはまいりません。やっていただいた事にきちんと返す必要があるのです。」
そう言うのはポール王だった。
「ケイナさん!ポール王の言うとおりだよ。この町の人のために行う事だ、報酬をもらうのは当然のことだと思う。」
俺が言う。
「でも…」
「ケイナ。それがポール王の気持ちなのだからありがたく受け取りなって。」
「わ、わかりました。それではポール王お願いいたします。」
「よかった!ただでいろんなことをしていただくなんて心苦しいですからな!」
ポール王も納得したようだった。
「では皆さん、グラドラム滞在中はぜひフォレスト邸にて寝泊まりをしてください。」
イオナが言う。
「すまんのう。」
モーリスが言う。
「それでは私の配下のギレザムとゴーグを残します。二人が皆様の護衛としておりますので安心して生活してください。」
「ふふ。この町には物凄い数の魔人がいるのよ、過剰すぎるくらい安全な土地だわ。」
「母さん。」
俺はチラリと部屋の角にいるミゼッタを見て言う。
「ミゼッタが喜ぶわね。」
イオナがゴーグをちらりと見て言う。ゴーグは何を言われているのか分からない表情をしていた。
当のミゼッタ本人はといえば、この会議室の端っこのほうでアウロラをあやしてあげていた。自分の事を話しているとは気づいていないようだった。
「それではラウル様、私たちはこれにて一度ラシュタルに帰ります。旅のご無事をお祈り申し上げております。」
「ティファラ陛下。駆けつけていただいて本当にうれしかったです。」
「いえ当然の事です。私の国の恩人ですもの、いついかなる時でも私はラウル様の元へ駆けつけますわ。」
「お気遣いありがとうございます。それではルブレストさんとクルス神父、いえクルス宰相もありがとうございました。」
「お久しぶりにお会いできてうれしかったです。」
クルス宰相が俺に礼をする。
「ふふふ。カーライルもオンジさんも、魔人達との稽古頑張ってください。」
ルブレストが思わせぶりに言う。
「そういえばルブレストさんはラシュタルの魔人と訓練しているのでしたね。」
俺が気づいて言う。
「そうですな。私も良く生きていられるものと、自分で自分を褒めてやりたいくらいですよ。」
「ルブレスト様が?」
「ああ、カール。死ぬ気で頑張れ。」
「わ、わかりました。」
ルブレストがカーライルに言っている意味が分かる。それは俺も魔人との訓練の経験者だからだ。ルブレストもカーライルもいくら気を練り上げられると言っても人間、瞬発力はあるかもしれないが持久戦となれば必ず限界が来る。魔人との稽古はそこからが勝負なのだ。
だが俺達が敵の本体と戦う前に、自分たちも出来るだけ戦闘力をアップさせたいという気持ちはよくわかる。
すると最後にカトリーヌが言う。
「私はラウル様に助けられ、そしてこんなに大切にされてきました。おかげで親友のティファラとも再び出会い、新しいお友達のリシェルとも巡り会う事が出来ました。いくらお礼をしても足りません。」
「いやカトリーヌそれは当然のことだよ。」
「当然などではございません。私はずっと考えていたのです。」
「それは?」
「私の回復魔法でお父様の目を治す事が出来ないかと。」
《ガルドジンの?》
「‥‥それは、確かにそうだが‥‥。」
「私がついて行けば足手まといになるかもしれません。ですがそれでも魔人国に行って、お父様を治して差し上げたいのです。」
「うーん。」
するとマリアが言う。
「ラウル様。ルフラがいるではありませんか。」
《なるほど!》
「カトリーヌ。常にルフラと一緒になると思うが問題ないかい?」
それは行動中は常にルフラアーマーを着てろという意味だ。
「はい!よろこんで!」
どうやらカトリーヌはルフラアーマーを着る事に抵抗はなさそうだった。
魔人国と龍の国に行くメンバーに一人追加された。
「いいよ、父さんを頼む。」
「ありがとうございます!」
カトリーヌは俺に恩を返せることに喜びを感じていた。
「ラウル。カトリーヌをよろしくお願いしますね。」
イオナが言う。
「はい、母さん。」
俺が言うとオージェもイオナに答える。
「俺達が傷ひとつ付けさせませんよ。」
「オージェさん。よろしくお願いいたします。」
「はい。」
イオナがオージェの手を取ってお礼を言うのだった。
「では母さん。皆をよろしくお願いします。」
「ええ。」
俺達は早速その午後に、皆に見送られてグラドラムの地を飛び立ったのだった。