第313話 洞窟の研究所へ
次の日フォレスト邸のエントランスには人が集まっていた。
前世組とモーリス先生そしてサイナス枢機卿一行だった。お付きのケイナやオンジもいる。イオナとマリアそしてミゼッタが俺達の周りに立っていて、イオナの腕の中にはアウロラがいる。
「ミゼッタ!今日、俺が戻ったら昨日ゴーグと一緒に見つけた菓子屋に連れてってくれよ。」
「もう知ってるんですか?」
「ゴーグがめっちゃ楽しそうに話してたから。俺も行ってみたいんだ。」
「はい!喜んで。」
ミゼッタが嬉しそうに言う。どうやら昨日はゴーグにいろんなところを見せて回っていたようで、充実した一日になったようだった。ミゼッタは屈托のない笑みで俺に答えた。
「楽しみだ。」
《ミゼッタの親ってどういう人だったんだろうか?光矢のガトリング魔法を見せられた時はびびったが、こうしていると普通の可愛らしい女の子だ。真っ直ぐに育っている。俺と同い年だけど俺と違って年相応だし。》
「にいちゃん。」
「おおアウロラぁ!どうしたんですかぁー?」
かわいい妹に声をかけられ、俺は思わず目尻をさげる。
「遊んでー」
「わかりましたよー。帰ったら遊びましょうね。」
「うん!」
アウロラがニコニコと笑っている。
「あら!よかったわねアウロラ、お兄ちゃんに遊んでもらえて。」
「うん!」
《かわいいなあ。俺の妹だもんな!かわいいに決まっている。》
「それでは皆様行ってらっしゃいまし。」
イオナが手を振る。
「ああ、母さん。行って来るよ。」
「それではみなさんまいりましょう。」
声をかけて来たのはミーシャだ。
ミーシャ研究所にいるであろう薬師のデイジーに会いに行くのだ。洞窟にある研究所に籠りっきりで出てこないらしいので、こちらから会いに行く事になった。
「ファントム来い。」
俺達の後ろをファントムが黙ってついてくる。
イオナたちに見送られて俺達はフォレスト邸を出た。
グラドラムは今日も天気が良く街中は人でごった返していた。商店なども立ち並ぶようになったようで、買い物をする人や魔人があちこちに歩いている。すでに露店なども並び俺たちの鼻に食べ物の匂いが漂ってきた。
《なんかさっき朝食をとったのにもう腹減ってきたな。》
昨日の祝勝パーティーではあまり物が食えなかった事もあり、朝ごはんだけでは足りていないようだ。すでに腹の虫が鳴っている。緊張しすぎるパーティーは料理を食べた気がしない。
《そういえば昨日の夜フォレスト邸に帰った後で、前世組の話題がパーティーの話になったっけな。》
その話では、どうやらテーブルマナーについてみんな苦労していたようだ。前世で多少の知識はあったにせよ、ナイフやフォークなどの使い方で困ったのだとか。辛うじて俺は幼少期に、イオナから貴族のテーブルマナーを教わっていたためなんとかなったが、みんなは俺の見様見真似で食っていたらしい。
《まったく田舎者が!って俺も田舎もんか…》
そんな事を俺が考えながら歩いている時、サイナスが聖女リシェルに声をかける。
「昨晩はどうじゃった?」
「3人でいろんなお話をして、楽しい一夜を過ごさせていただきましたわ。」
「そりゃよかったのう。」
「高貴なお方の幼少のころの話を聞けて、とても楽しかったですわ。私の話などつまらないでしょうに、楽しいと言って聞いてくださいました。」
「良き友人が出来たようじゃな。」
「はい。」
その聖女リシェルの目が冷ややかにサイナスとモーリスを見る。
「それよりも、枢機卿も司令も昨日は飲みすぎなのでは?」
「うっ!すまぬ。」
今朝はモーリス先生もサイナス枢機卿も二日酔いだった。それを聖女リシェルの治癒魔法で治してもらったのだ。サイナスが一気にシュンとする。
「わしも不甲斐ない。昔はもっと強かったんじゃよ。」
モーリス先生も申し訳なさそうだ。
「その話を聞きつけたカトリーヌさんが、今ポール王の城へ行ってます。」
「ポール王もかなり、きとったからのう。」
「まったくポール王まで。」
「それがの!将軍様が酒に強いと言うのでな、結局3対1で飲み比べになったのじゃ。ところが将軍様と来たら全く酔わんのじゃよ。」
「そうそう。わしらが束になってかかっても顔色一つ変えなんだ。」
「そんな事を聞いているのではありません。大の大人が何を競い合っているのですか!」
「はいすみません。」
「もうしません。」
賢者と枢機卿が飲み過ぎの件で聖女に怒られている。なんともシュールな絵がそこにあった。
「とにかく、御二方はお若くないのですからご自愛くださいませ!」
「はい。」
「はい。」
介護施設じゃないんだから、こんな光景は見たくないものだ。
するとサイナス枢機卿がカーライルに向かって言う。
「おいカールよ!何をすましておる!御主も飲んだのであろう。」
「残念ながら卿。私はそんなにやわではございません。」
「うぐぐ。」
「少なくともカールは誰にも迷惑をかけてませんわ!」
サイナス枢機卿はやぶ蛇だったようだ。
「まあまあ!聖女リシェルそれも立派な外交のひとつですよ。結果カゲヨシ将軍には花を持たせたわけですから。むしろ健闘したと言うべきです。」
俺が助け舟を出してみる。
「ら、ラウル様に言われてしまえば私はもう何も言う事はございませんわ。」
《流石に俺の師匠がこれ以上シュンとされてはこまるからな。とりあえず助けておこう。》
グラドラムを囲む岩壁の一箇所に洞窟に続く道がある。その切り立った洞窟の隙間から入りしばらく岩壁の回廊を行くと…
《忘れてた!うぐぐ。》
「なあ。」
《きっ来たっ!》
オージェが口をひらいた。
「あれさあラウルだよなあ。」
洞窟の入り口には4体のラウル像がそびえ立っていた。
「どうかな?違うんじゃないか?」
するとミーシャがきっぱりという。
「何を言うのです。あれはりっぱなラウル様の像ですよ!」
「えっ?あ、ああ。そうだっけ?」
「ええ。手が加えられ更に忠実に再現されていると思います。」
「あーそうか?でも俺はあんなにカッコいいかね?」
「何を言っているのです?ラウル様は自分の良さを分かっていらっしゃらない!」
「自分の事は良く分かってるつもりなんだが。」
俺の後ろを見ると…
オージェとエミル、グレースが堪えきれずに今にも笑いそうになっている。
《てか…笑ってる。》
「いいなあれ。」
「オージェ本当に思ってるか?」
「もちろんもちろん!」
「ふーん。」
「そうだぞラウル。作ってもらえるだけありがたいと思わないと。」
エミルが言う。
するとミーシャが何を言っているの?みたいな顔をする。
「え?エミル様!後ろをご覧ください。」
ミーシャが言うので俺達は岩の回廊の逆側の壁を見た。そこにはもう一体の巨大像があった。
「えっ…。」
巨大なエミルがいた。
「そういえば俺そんなこと言ったっけな。」
《指示した事も忘れてたけど。》
「そんな…俺まで…。」
「いやあ!よかったな!エミルも作って欲しがってたもんな!」
「う、そんな事は…。」
「いやあ、ラウルもエミルもいいなあ。あんなに立派でカッコイイ像を作ってもらえるなんて。」
オージェが言う。
「……。」
「……。」
俺とエミルは言い返す言葉もなく黙り込んでしまった。なんかグレースが自分は関わらないぞみたいな顔をしている。とばっちりをもらっては仕方がないといった様子だ。
「そういえば!」
ミーシャが言う。
「エミルさんは精霊神になられたという事ですね!」
「ええまあ、実感は無いですが。」
「では精霊神になられた記念に、エミルさんの像がもう一体必要ですね。」
「いえ!そんな皆さん大変でしょうから!」
「いえいえ。魔人にかかればあっというまです。」
「そんな…。」
ミーシャが作る気満々のようだ。オージェもグレースもすでに他人のような顔でそこに立っていた。
「虹蛇様の像もぜひ作らねばなりません。」
ミーシャが言う。
「ん?僕の像?い、いりません!」
「虹蛇様!神の存在を像として作らねば、他に何の像を作ればいいのでしょう!?」
《なんかミーシャは、なんでも像を作らなきゃいけない前提でしゃべってるけどなんで?》
「いやでも。」
「そんなこと言わないでグレースも作ってもらえよ。俺なんかただの一般人だから像を作ってもらうなんて夢のまた夢さ。」
オージェが言う。
俺とエミルとグレースがジト目でオージェを見る。オージェは自分に飛び火する事が絶対に無いと思っているらしい。
「ミーシャ。」
「はい。」
「オージェはな!龍の子供なんだぞ!」
「え!?龍の?」
「凄いだろ!」
「はい。凄いです!」
「伝説のような話だよな。」
「伝説…ですね!」
「像はいらないだろうか?」
するとオージェが話に割って入る。
「いや!俺は伝説なんかじゃないですよ!」
「でも龍の子供なんですよね!」
「それは間違いじゃないが、でもそんな大した者じゃない。」
「ラウル様の御友人であれば…わかりました。」
《よし!何かスイッチが入ったな。》
「いえミーシャさん私は本当にただの龍人ですから。」
もうミーシャはオージェの話を聞いていなかった。いろいろと頭の中で構想を練っているらしい。天才ミーシャは既に俺達との会話を終えたのだった。
「皆は本当に伝説にしかならない存在じゃからのう。こんな像を作ってもらえる事なんて光栄な事じゃと思うんじゃが。」
「そうじゃな。遠慮する事ないじゃろうに。」
モーリス先生とサイナス枢機卿が素で言っている。どうやら像を作ってもらうというのは光栄な事らしい。俺達は決して遠慮しているわけじゃない。
「と、とにかく。デイジーさんの元へ。」
「そうじゃな。」
そして俺達が洞窟内に入るとすぐに驚くことがあった。
「なんじゃ?ずいぶん明るいんじゃが!」
モーリス先生が驚く。
以前の洞窟は小さい光が離れた場所にポツリポツリあるだけで薄暗かったが、まるでLEDが灯されるように中が明るいのだった。
「魔道具です。」
「あんなに明るいのがか!?」
「はい。海で獲れた魔獣に光る石のような物が付いているのがいたんですが、それを改良し魔道具に込めて光らせているんです。」
《もしかしてチョウチンアンコウみたいなヤツ?》
「でも光続けるには相当な魔力がいるのでは?」
「いえ。1回魔石を満タンにすれば30日は光り続けます。魔力もそれほど必要がありません。」
「あんなもの良く作れたな。」
「あれは私が海洋魔獣の光る石を見てどうにかできないか?とデイジーさんとドワーフのバルムスさんに相談したら出来た物なんです。」
「そうか…。」
《相談すればできるんだ。》
モーリス先生もサイナス枢機卿一行も皆が驚いていた。俺達からすると電気の代わりに魔力を使った明るい有機ELと言ったところだ。
《しかしそんなものを作ってしまうとは…デイジーさんとミーシャ、ドワーフのトリオはこの世界に革命を起こすだろうな。》
「まるでLEDのような明るさだな。」
「本当ですね。」
オージェとグレースが感心している。するとそこでエミルが言う。
「もしかしたら光の精霊のかけらを使えば半永久的に光るかも。」
「えっ!?なんです?詳しく聞かせてください!」
ミーシャが食らいついてくる。
「いやいやミーシャ!とにかく俺達はデイジーさんに用事があるんだ。できたらそういう事は俺の用事が終わってからお願いしたい。」
「あ!失礼しました!ラウル様の御用事があるというのに!新しい技術の事を聞いてしまうとついつい。」
「いいんだ!いいんだよミーシャ!いつもはそれでいいんだ!でも今は少し急ぎたいんだ。」
「かしこまりました!こちらです!」
俺達はさらに奥に続く洞窟をミーシャについて行く。奥に進むにつれてゴブリンやダークエルフ、そしてドワーフが増えてきた。みんなどことなく薄汚れており髪はぼさぼさ、俺達が来た事に気づいてはいるが特に意識する事もなくまた作業に没頭している。
「すみませんラウル様。みな仕事に熱中すると見境が無くなって。」
「前はこんなんじゃなかったよな?」
「デイジーさんに感化されて、今ではここの魔人はみんな似たり寄ったりです。」
「影響を受けてるって事か。」
「はい。」
そしてさらに奥に進むと、以前ガルドジン父さんが捕えられていた広場に出た。
「大研究室はもっと奥なんです。」
「そんなに奥なんだ。」
「いろいろありまして。」
すると一番奥の場所にひときわ大きな部屋が見えてきた。きちんと扉もついており、いかにも特殊な研究をしているといった感じだ。
「あそこです。」
「そうか。」
俺達がもうすぐその部屋にたどり着こうかという時だった。
ドーーン!!!
バゴーン
ゴロゴロゴロゴロ
大きな爆発音とともにその部屋の扉を突き破って、全身甲冑の騎士の格好をしたやつが転がり出てきた。
「わ!」
「うわ!」
「なんじゃ!」
「なんと!!」
それぞれが驚いていた。
目の前に大の字になって寝転んでいる全身甲冑の騎士は、生きているのだろうか?全く動かない。
「あれは…。」
と俺が近づこうと思った時、その全身甲冑がむっくりと起き出した。
「あ、生きてた。」
「けほけほけほ。」
どうやら今の咳き込む声を聞いたところ性別は女だ。
「ミーシャかい?」
甲冑がしゃべった。
「はい!先生!」
ガパッ
フルフェイスの騎士のマスクを上げるとそこに出てきたのはデイジーの顔だった。
「お!モーリスじゃないか!サイナスも!元気そうでなによりじゃの!」
いきなり声をかけて来た。
「おぬしは…むしろ大丈夫なのか?」
「怪我はないのかの?」
「あーこんなこと日常茶飯事よ。とにかくいい所に来てくれた研究を見てっておくれ!」
モーリスとサイナスはやれやれだぜ、みたいな顔をして顔を見合わせる。
今の爆発が日常茶飯事?
いったい何を作っているんだ?
全員の頭の中に浮かんだ言葉だった。