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第312話 新たなる戦後の布石

人々の前に立っていたポール王が俺達のそばに来て座る。


俺達がいるテーブルに座っている人は、ポール王の他にサイナス枢機卿一行とカゲヨシ将軍、ラシュタル王国一行、など錚々たる顔ぶれだった。


目の前には温かいスープが湯気を立てて置いてある。どうやら一品ずつ持ってくるコース料理らしい。


俺が壇上であまりにもの緊張だったために、なにも喉が通りそうもないと思い料理に手を付けないでいた。するとなぜか誰も料理に手を付けない。皆が歓談をしていて誰もスープに口をつけないのだ。イオナですらスプーンを持つことはなかった。


《まさかみんなも緊張していた?》


俺が仲間達を見ると、オージェやエミルとグレースが周りをきょろきょろ見て料理に手を付けられずにいる。だれも料理に手を付けないので食べていいのか迷っているようだ。


「どうした?お前ら、料理が冷めちまうぞ。」


俺が声をかけると、反対側からイオナが俺に耳打ちしてくる。


「功勲をあげたあなたが手を付けないと誰も食べられないのよ。」


《え!嘘!そんなルールあんの?》


「あ、それは気遣いが出来ていませんでした。」


俺はおもむろにスープ用のスプーンを手に取って一口スープを飲んだ。


「美味い!」


俺が言うと皆がスプーンを取りスープを口にした。


「これは見事な味ですな。」


カゲヨシ将軍が言う。


《そうか…俺は今までこんなしきたりとは無縁に生きて来た。この世界は武勲を上げた英雄を祝うのに何かルールがあるらしい。よくわからないがとにかく俺が食わないと皆が食えないらしい。》


「ラウル様がこのグラドラムを出立されてから、勝利の知らせを聞くたびに胸が打ち震えましたぞ。私達の無念を次々と晴らしてくださったこと感謝に堪えません。ラウル様の御尽力のおかげで北の大陸の人間は本来の暮らしを取り戻しつつあります。すべてはラウル様のお力によるものだと皆が知っております。それにも関わらず先の謙虚なお言葉に皆が感動したのです。」


ポール王が俺に言う。


「いやポール王、本当に助けられたのは私ですよ。ここに居るみんなの力が無ければこれほど順調に事は運びませんでした。」


「ラウル様はお変わりなく謙虚でいらっしゃる。」


ポール王は感動した面持ちで俺を見ている。


《いやぁ。謙虚とか言われても、俺の個人的な復讐や望みのままに行動してるだけで、何も偉い事してないんだよなあ…。》


「ラウル殿が皆に愛される理由が分かりますな。それほどの武勲を上げれば人はそれを鼻にかけ増長したりするものです。」


カゲヨシ将軍が言う。


「いえいえ将軍様!将軍様こそ、その地位にもかかわらず民と同じ目線で物を語り、慕われておいでではございませんか?」


「わしの功績などたかが知れておるからの。それでもわしについてきてくれる民に感謝こそすれ、驕った態度になる事など無いですわ。」


「はは。まるでポール王とそっくりですね。」


俺が言う。


「いやいや!ラウル様!それこそ私など何の武勲も上げたことなどございません。私などと将軍様をお比べになったら将軍様に失礼に当たります。」


「なにを。この町を見ればポール王のお人柄が分かりますぞ。みな屈託のない笑みを浮かべ幸せに生きておる。この国は本当に素晴らしい!」


《なんとなく外交上の会話ぽくて、きっとこの場ではつっこんだ話はしない方が良さそうだな。》


会話していると次の料理が運び込まれてくる。どうやらエビのようだが、野菜が添えてあり緑色のクリームがかかっている。


《きっとこれも俺が手をつけないと食えないんだろうな。》


俺は魚介用のフォークを使いそれを口にいれた。


《周りのみんなは?》


話をしながらもチラチラと俺を見てくる。


《ん?どうしたんだ?食っちゃいけなかったのか?》


するとイオナが扇子で口元を隠して俺に囁く。


「料理の感想を。」


《なるほど。》


「美味いですね!ポール王!これはグラドラム湾で獲れたエビですか?」


「そうです!春になってエビが獲れるようになったのですよ。」


「歯ごたえがあって甘味もありました。このソースがエビを引き立ててますよね。」


「グラドラムの森で獲れる木の実で濃厚な味わいの物があるのですが、それをソースにしてみたとの事です。 」


「それでコクを感じるんですね。」


「そういうわけです。」


「ぜひ皆さんも食べてみてくださいよ!」


俺が言うと皆がフォークを取ってエビを口に入れる。


「こりゃたまらんですな!これは海で獲れたものですか?シン国にはありません。」


「本当ですな。内陸のファートリア神聖国あたりでも食べたことが無い。」


「おお、サイナス様もですか。」


「ええ。」


皆がエビの料理に舌鼓をうつ。そんな話をしながらも、俺が気になるのはわざわざラシュタル王国から来てくれたティファラの事だった。


「しかしまさかティファラ陛下までいらっしゃっているなんて驚きました。このポール王の突然の贈り物に私もカトリーヌも感動しきりです。」


「ポール王直々のお願いとあっては参上せずにはいられませんわ。」


ティファラが言う。


「本当にうれしいですよ。」


「きっとお会いしたいと思いましてね、すでに魔人さんから聞いていたものですから、早馬を出して魔人さんに連れてきていただいた次第です。」


ポール王が言う。


「おみそれしました。」


するとカトリーヌがティファラに声をかける。


「陛下。お元気そうで何よりでございます。」


「カトリーヌ!陛下じゃなくてティファラとお呼びになって。」


「こういった場ですから…。」


するとカゲヨシ将軍が言う。


「他国の将軍がいるからと気を使う事は無いですぞ。ご友人であればお名前で呼ぶのもよろしいのではないでしょうか?」


カゲヨシ将軍がちらりと俺を見る。


《えっ?俺が決めるの?》


「カトリーヌ。シン国の将軍がそうおっしゃっているのだからいいと思うぞ。」


「ティファラ!元気そうな顔が見れてうれしいわ。」


「カトリーヌ、私もあなたの元気な顔を見れて安心した。」


するとそれを見ていたサイナスがリシェルに言った。二人の関係に何かを思ったらしい。


「リシェルよ。もしかしたら友達がうらやましいのか?」


どうやら二人の関係を聖女リシェルがうらやましそうに見ていたらしかった。


「えっ?ま、まあこれまで友達を作る機会もありませんでしたので、羨ましくないと言えば嘘になりますが、私は聖職者としての立場もございますゆえ。」


「それでは聖女リシェル様、私と友達になっていただけます?」


ティファラが優雅に立ち上がってリシェルの席に歩み寄り微笑みかける。周りも微笑ましくその光景を見ているのだった。


「陛下のような高貴な身分の方とお友達などと、私はただの聖職者ですので…ラシュタルでは遠くから眺めるだけで恐れ多く…。」


「あら?嫌ですの?」


ティファラが少し意地悪っぽく聞く。


「いえ!嫌などという事がございましょうか!しかしながら、お友達などと言って良いのでしょうか?」


「友達に身分なんて関係あるのかしら?」


ティファラが俺に向いて言う。もちろん俺に何か言えってことなんだろう。


「聖女リシェル。私の友人には虹蛇や精霊神という神様がいるんです。身分などという次元を超えているんですよ。友達に身分なんて関係が無いんじゃないかなと思います。」


「ぷっ!」


「あーはっはっはっはっ!」


「わはははは!」


「くすくすくす。」


サイナスとカゲヨシ、オージェにティファラが笑っている。


「本当にその通りですな。ラウル様には神様の友達がおられるのです、貴族だ聖職者だと言っているのが馬鹿らしくなってきますわ。」


カゲヨシ将軍が言う。


「将軍の言うとおりです。リシェルよラウル様の事を考えたらとてもちっぽけな問題じゃな。」


サイナス枢機卿が言う。


「俺なんかおかしな事いいましたかね?」


「いやラウルよ、おぬしは何もおかしなことは言うとらん。ただ生きざまがあまりにも大きくて、誰しもがおぬしから考えるとちっぽけな事じゃということだよ。」


モーリス先生が言った。


《なんかオージェやエミル、グレースがヒーヒー言うほど笑ってる。なんかこんな光景を前世でも良く見た気がするな。俺がこんなこと言うと皆が笑うんだ。自分に起きた出来事をただ喋っているだけなんだがな。》


「とにかく陛下と聖女リシェルとカトリーヌは友達という事で良いですよね?」


俺が言う。


「はい。私は光栄でございます。」


聖女リシェルが言う。


「では決まりですね!」


「リシェル様よろしくお願いします。」


カトリーヌが言うと今度は聖女リシェルがツッコむ。


「友達という事ですよね?カトリーヌさん私の事はリシェルとお呼びになって。」


「はっはい。それではリシェルよろしくね。」


「こちらこそ。」


どうやらここに新しい友達関係が出来上がったようだ。


《虹蛇風に言うとこれも必然なのだろう。》


「良かったです。実は二カルスの森にいた時も、聖女リシェルとどう話しかけていいのか分からなかったんです。聖職者の偉い人と何を話すべきかわからなくて。」


カトリーヌが言う。


「いえ、私は偉い人などではありません。アトム神に仕えるただの聖職者です。」


「リシェルよ。おぬしは堅いんじゃよ。信仰心は大事ではあるが、おぬしも一人の女性として生きる道もあるという事を覚えておいた方が良いぞ。」


「はい。」


するとイオナが口を開いた。


「それでは皆様!見目麗しい乙女3人、本日はフォレスト邸へお泊りになっていただくというのはいかがでしょう?今宵の当家であれば最高に強力な護衛がウロウロしています。周りに気兼ねなく楽しんでいただけると思いますが?」


「なるほど!今宵のフォレスト邸はこの世界で一番安全な場所でしょうな。お三方ともイオナ様の御提案に乗られるとよろしい!」


ポール王が太鼓判を押した。


「枢機卿?」


リシェルが枢機卿にたずねる。


「せっかくのお申し出じゃ行ってまいれ。」


「かしこまりました。」


すると次に


「ルブレスト?」


ティファラがルブレストに聞いている。


「よろしいのではないですか?私などより腕の立つ魔人がたくさんいます。」


「わかったわ。それではお言葉に甘えまして。」


「それに私も久々にカーライルと話をしてみたいですなあ。そしてそちらの虹蛇様のお付きの方もいかがですかな?」


ルブレストがカーライルとオンジに語り掛けている。そういえばカーライルはサイナス枢機卿と共にラシュタルに駐留していたんだった。二人が顔見知りなのも不思議ではない。


「面白そうですが…。」


「カーライルよ!わしなら心配いらんぞ。ポール王と将軍様とモーリスがわしの相手をしてくれるじゃろうて。ルブレストとしばらくぶりに酒を酌み交わすのも良かろう。」


「は!それではお言葉に甘えまして。」


するとポール王もカゲヨシ将軍もモーリスもニヤリとする。きっとおじいちゃんたちも酒を飲もうという魂胆なのだろう。


「オンジ。僕は問題ないよ、ラウルさんとオージェさん、エミルさんと話をしたい事いっぱいあるしさ。」


「かしこまりました。」


《今日の夜はそれぞれに楽しい時間をすごせそうな雰囲気だな。ファートリア侵攻の話の前にこんな時間がある事は逆に良い事なのかもしれない。親交を深めた後に会議をすればさらにいいアイデアが出る可能性もある。》


そんな話をしていると次の料理が運ばれて来た。俺達の目の前に置かれたのはどうやら氷菓子のようだった。この世界に来て初めて見るタイプの菓子だ。


「お口直しにどうぞ。」


メイドが言いながら置いて行った。


デザート用のスプーンですくい口に入れてみる。


《えっ?シャーベット?》


「冷たくておいしい!さっぱりしてますね。何というか柑橘系の香りがして。」


皆が口に入れ始める。


「口の中が爽やかになりますな。」


「本当じゃ。氷魔法で凍らせた物かな?」


するとポール王がパチンと指を鳴らす。


カラカラカラカラ


ドアを開け使用人が数人で、台車に乗せられた四角い石っぽい箱を持ってきた。大きさは女の子の背丈ほどで1.2メートルくらいの奥行きがあった。


「これはなんですかな?」


カゲヨシ将軍が言うとポール王がその箱に近づいて手をかけた。すると一面がドアになっていたようで開いたのだった。すると中にはなんと氷が入っていた。


「これは!」


「どうなっとるんじゃ?」


カゲヨシ将軍とモーリス先生が言う。


「これはミーシャさんとデイジーさんそしてドワーフ達が共同で作った、魔石を使った魔道具です。なんと氷を確保していたり食材を冷やして腐らぬようにできるのです!」


「おおおお!氷室という事か!」


「魔石でのう!」


ポール王が持ってきたのは俺や前世組ならよく知っているもの。”冷蔵庫”だった。電気の代わりに魔石を使うらしいが彼女らは何というものを作ってしまったのだろう。


俺がミーシャを見るとニコっと微笑み返す。


「凄いなミーシャ。」


「いえ。デイジー様がとてもいいアイデアをたくさんお持ちで、私とドワーフが試行錯誤して出来た物の一つです。」


「デイジーさんの所には明日行く予定だが、ここには来てないんだな。」


「えっと…。」


ミーシャが言いづらそうにしている。


「いいよ。言ってみて。」


「こういう催しは苦手だそうです。」


「ふぉふぉふぉ。まったくあの婆様は相変わらずのようじゃのう。」


モーリスが言う。


「少しくらい顔を出したらよいものを。」


サイナスが言う。


「仕方ないのです。あの方はああいう方なので誰がどうする事も出来ません。」


「しっとるわい。」


「嬢ちゃんには苦労を掛けているようじゃのう。」


ミーシャはみんなに頭を下げて後ろに下がってしまった。こういう奥ゆかしい所も以前から変わっていないな。


「してポール王よ!この魔石を利用した氷室は売る予定はあるのですかな?」


「もちろんでございますとも。ただ今はまだ試作段階でございます。売り出せるようになるためにはもうしばらくかかりそうですな。そう戦争が終わるころには出来上がっている事でしょう。」


「その時はぜひお声をかけてくだされ。」


どうやら冷蔵庫の商談は成立したようだった。シン国であれば冷蔵庫はさぞ重宝するだろう。ポール王はこの場を借りてグラドラムの技術力をアピールしたようだった。


そしてすぐに次の料理が運び込まれて来た。


目の前に並んだのは肉料理で、更にそこに来たのはシェフだった。


「こちらはティファラ陛下のおひざ元である、ラシュタルで獲れたタラム鳥のソテーにございます。肉の上に乗っているのは香りのよいシュラーデン産のきのこです。グラドラムのソースにてお召し上がりください。」


そして俺は肉用のフォークとナイフでそれを食べる。


「これは香ばしいですね。肉が柔らかくて脂も甘味がある。現地で食べた料理より美味しく感じます。」


俺が答える。


「どれもこれもシン国には無い料理で驚いております。いやはや誠に美味しい料理ばかりで大変感銘をうけました。次の機会には、ぜひともシン国の料理を味わっていただきたく思います。このような戦争は早く終わらせ文化の交流を行うべきですな。」


カゲヨシ将軍が言う


「将軍様!まことにその通りでございます。グラドラムにもたくさんの特産が御座いますので、それを各地で楽しんでいただければ尚うれしいですね。」


ポール王が言う。


「それでしたら、我がラシュタルの名産もぜひ皆様にご披露したいですわ。戦争が終わりましたら是非ラシュタルへも足をお運び下さい。」


ティファラが言う。そこで俺はサイナス枢機卿に声をかけた。


「それではサイナス枢機卿。そこにファートリア神聖国が加わっていただくためにも、必ず卿の祖国を奪還いたしましょう!魔人国はそのための助力は最大限やらせていただきます。」


《もちろん俺の親父やサナリアの仲間を殺した奴をぶっ殺すためだけど。》


「ラウル殿。ご尽力いただき誠にありがとうございます。必ずや祖国を取り戻しぜひファートリア神聖国との国交をお願いしたいです。」


「こちらこそ。魔人国が出来る事は惜しみなく協力させていただきます。」


俺がポール王を見ると俺を力強く見つめ、にまっ。っと笑った。どうやらポール王が目指す最終的なゴールへとたどり着いたらしい。俺も協力できてよかったよ。


俺が主役の祝賀パーティーという名目のグラドラムの売り込みは終わった。


なんとなく終始ポール王の思惑通り動いたような気もするが気にしない。


戦後の為の協定のようなものがここに出来たのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 反則じみた魅了チートを精神力でナチュラルに無効化する胆力も持ち合わせてるし、根っからの善人で人徳者な上に今回は政治面での有能さも見せた…… ポール王って軍事面抜きにすれば民衆が思い描く理想の…
[一言] 暗黙上の了解 ラウル君の見事な演説が終わって会食が開始…と、思いきや誰も料理に手をつけない イオナ曰く 「功勲をあげたあなたが手を付けないと誰も食べられないのよ。」 言われてみれば納得の…
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