第310話 師匠に凄いペットを紹介
王城に行く前に俺はみんなを港に連れて行こうと思い立った。
モーリス先生に会わせたい仲間がいるからだ。
町は港に歩いて行くにつれてどんどんにぎやかになっていく。以前はこれほどの活気はなかったが、漁師のような姿が多くみられることから漁業が発達したのかもしれない。
俺と前世組、モーリス先生、ケイナ、オンジが歩いて行くと、こちらに気が付いた魔人や人間たちが挨拶をしてきた。
「ラウル様ー!」
「おう!頑張ってるようだな。」
俺も返事をする。
どうやら魔人と人間の共存はうまく出来ているようだ。人間が虐げられているようなことは無いようで、理想的な環境と言えるかもしれない。
人々に気軽に手を振りながら歩いて行くと大きな建物が数軒見えてきた。これも以前は無かったものだ。その建物をぐるりと回って海側に出てみると、どうやらそれは魚市場になっているようだった。すでに漁から帰った船から魚が運び込まれて所狭しと並んでいる。
市場は魔人や人間でごった返していた。
「おおこれは凄いのう。見た事の無い魚がたくさん並んでいるようじゃぞ。」
「海で獲れた魚ですね。」
「海で漁ができるとはのう。」
モーリス先生が言うように、この世界の海には恐ろしい魔獣がたくさんいるため、人間は漁などできないのだった。そもそも大陸内部の東西は広大な山脈に挟まれており、海まで行くには北に出るしかないため海自体が珍しいというのもある。
「おいラウル。あれ…マグロだぞ。」
「本当だ。」
「でもマグロにしては…。」
「ああデカイ。」
「魔獣か?」
「どうなんだろうな。」
オージェが言う方向を見るとマグロのような魚がいたが、その大きさが前世のマグロの倍くらいありそうだった。
「えっとあっちのは秋刀魚じゃないですか?」
「本当だ。」
「でも秋刀魚にしては…。」
「ああすこし長いか?」
「ええ。でもサンマににてますね。」
「でも春だぞ。」
「春に秋刀魚が獲れるんですかね。」
グレースが言う方向を見ると秋刀魚のような魚が置いてあった。秋刀魚より少し胴体が長いように見えるが秋刀魚にそっくりな魚だ。異世界だからと言ってグロテスクな魚がいると決まった訳ではないが、逆に普通の魚がいる事に驚く。
《前に来た時は魚が並ぶ市場なんて出来てなかったからな。魚がたくさん並んでいるさまは壮観だ。》
「こんなデカイ魚市場が出来たって事は漁船もたくさんあるって事か。」
エミルと以前来た時はこんな市場は無かった。これだけの魚を並べるとなると漁船は1隻ではないだろう。
「そうだな。恐らく俺達が出ている間にかなり発展を遂げたらしい。」
「魔人て本当に凄いよな。」
「ああ。」
市場を出て港に出てみる事にした。エミルが言うように港には船がたくさん浮いていて、漁が終わり掃除をしているらしかった。船もだいぶ増えたようだが、そこに魔人国の専用船は無いようだ。魔人国の船の半分くらいの大きさの船がたくさん浮いていた。
すると船の方角から見た事のある人物が歩いてくる。
「ラウル様。」
「おおニスラか。」
ニスラとはスプリガンの隊長を務める魔人だった。グラドラムの防衛のために置いて行ったのだがなぜか船の方向から来た。
「よくぞ戻られました。」
「ああ、ニスラはここで何を?」
「はい。魔人国から魔人が全て移民してきたのと更に西側からの人間の流入も増え、森の猟だけでは台所事情が賄えなくなってきたのです。そこで我ら魔人達が漁を手伝う事で魚の取れ高を増やしました。その仕事を仕切っております。」
「なるほどなるほど!スプリガンが巨人化すれば網も引き上げやすいか。」
「それもありますし警戒網をすり抜けた魔獣の対策もございます。」
「俺がいない間にいろいろ考えてくれてたんだな!ありがとう!」
「いえそんなお褒めにあずかる事などしておりません。」
「いやうれしいんだ。」
「それならよかったです。」
魔人達が自分たちの食いぶちだけでなく、人間の事も考えて食料の調達に動いてくれている。俺が頼んでいないような事を自主的に行っている事がうれしかった。
「それでヤツに?」
ニスラが言う。
「ああ。」
「ではごゆっくり。」
ニスラが挨拶をしてまた船の方に向かっていく。
「では先生も皆もついてきてください。」
「ふむ。」
「おう。」
俺はみんなを連れて岸壁の方に歩いて行く。岸壁の縁について俺は海をじっと見つめる。天気も良く海は凪いでいてとても静かだった。以前の海の風景とは少し違って見えた。春の冷たい風がそよぎ俺達の頬を撫でていく。
「おーい!ペンタァァァァ!」
俺が大声で叫ぶ。
「ん?」
「何をしているんです?」
オージェとグレースが聞いてくる。エミルは知っているので特に何も言わない。俺がサプライズをしようとしているのをしっているのだった。
「ペンタ―!」
《キタ》
ザザザザザ
ザッパーン!
以前より大きくなったペンタ(海竜)が大きな鎌首を上げて出てきた。
キュゥィィィィィ
「ペンタ!元気にしてたか!」
カリュゥィィィィィ
「そうかそうか。」
「これは…。」
モーリス先生が目をキラキラさせている。オージェもグレースも滅茶苦茶驚いていた。
「シーサーペントのペンタだ。俺のペットだよ。」
「ペット?」
「はい先生。ひょんなことから仲良くなりましてね、こいつのおかげで漁が出来るようになったんですよ。魔獣から港を守ってくれているらしいんです。」
「凄いのう。」
「海の魔獣に対応できる魔人は少ないですからね、本当に助かっています。」
そして俺はペンタにおいでおいでする。するとペンタは首を下げて俺の隣に頭を置いた。
ズゥゥゥン
「ありがとうな。お前のおかげでこの町は助かっているよ。」
俺はペンタの頬をさすりさすり撫でながら話しかける。
クィィ
ペンタが目を細めて喜んでいるようだった。俺は久しぶりにペンタに乗ってみる事にした。
シュ
頭に飛び乗ってみる。するとペンタはチロっと俺の仲間達を見た。
《みんなも乗せてと言っている。》
「みんなも乗っていいそうですよ。オージェ!モーリス先生を頼む。」
オージェが先生を抱き上げてひょいっとデカイペンタの頭の上に乗ってくる。
「他の人は…」
と言いかけたら、エミルが何やら手を振り上げる仕草をした。すると全員がフワリと浮かび上がりペンタの頭の上に下りてきたのだった。
「えっ?エミルそれって…。」
「ああシルフの力さ。」
「凄い!もしかしたら空中浮遊ができるのか?」
「どうやらそうらしい。精霊神を受体したら精霊たちの制御が完璧にできるようになったようだな。」
「エミルさん!カッコいいですね!僕は物の出し入れくらいしかできないみたいですが…。」
「グレースは本体が出せるようになったら案外最強だと思うんだけど。」
俺が言う。
「それが良く分からないんですよねぇ。」
グレースは虹蛇を受体しても能力を使いこなせないでいるようだった。
そして一人残ったファントムに声をかけた。
「よし!ファントム!お前はここで待て!」
「・・・・・。」
《いや、お前はこっちみろ。》
そんな話をしているとペンタが鎌首をもたげていく。どんどん高さが上がり港が一望できるほどの高さとなった。
「おお!何と素晴らしい眺めじゃ。」
「本当だ。港からのグラドラムって凄い綺麗ですね。」
「じゃあペンタ港を遊覧してくれ。」
クゥゥゥゥイ
するすると海上を進んでいくペンタ。人間を落とさないようにぐるりと回っていくのだった。
「最高!」
グレースが言う。
「本当じゃのう!こりゃええわい。こんな観光はこの世界どこを探してもないじゃろな!」
モーリス先生が言う。
「ねえエミル素敵だわ。」
ケイナがエミルに腕を絡ませながら言う。
「あ、ちょっと皆もいるし、近いんじゃないか?」
「いいじゃない。」
「ラウル。これは恋人たちが喜びそうだな。」
エミルとケイナを見たオージェが言う。
「ああ、オージェさん!それはいいですね!綺麗な添乗員をつけてカップルで港の遊覧なんて利用者が増えそうですよ。」
「グレース。それいい!港にレストランを作っても良いな。」
「ラウルさん。戦いが終わったら私をコンサルで雇いませんか?」
「グレースが来てくれるんならうれしいけど。」
「オンジ、僕は自由なんだよね?」
「ええ、自由でございます。なんでもお好きにしていただいて構わないのですよ。」
「ということで決定ですね。」
「わかった!」
ペンタの港遊覧が終わって元の場所に戻って来た。俺を下ろしてペンタがまた俺に撫でてほしそうにするので、いっぱい撫でてやる事にする。凄く喜んでまた海に戻っていった。
「さて、とりあえず魔人以外の私の仲間は全て先生に紹介しました。」
「ふむ。面白い仲間がたくさんいて本当に飽きぬわ。」
「先生も分かります?ラウルと居ると本当に飽きないんですよ。」
オージェが言う。
「ホントホント、昔っから面白い事どんどん引っ張ってきて俺達を巻き込むんです。」
エミルが言う。
「巻き込まれるからって嫌ってわけじゃないんですよね。それが楽しくて楽しくて。」
グレースが言う。
「ふぉふぉふぉふぉ、ラウルよ似たり寄ったりの友達ばかりで幸せじゃのう。」
「はい。私もそう思います。」
「ではそろそろ面倒な事を済ませようかのう。」
「はい。格式ばった事はどうも苦手ですよ。そういうのはイオナ母さんの方が得意なのに。」
「ぬしは魔人の王子じゃし、他国のお偉いさんからしたら未来の王。カゲヨシ将軍やサイナスとはすでに知己の仲となっているのじゃが、親しき仲にも礼儀ありじゃ。」
「はい。では着替えて王城に向かう事にします。」
モーリスに諭されて家に帰る事にする。
「ふぉふぉふぉ。わしはあくまでもラウルの付き添いじゃから気が楽じゃがのう。」
「まあ先生には面倒を掛けさせられませんから。」
「良い弟子をもったわ。」
そして俺達は一度イオナ邸に戻り正装の燕尾服に着替えさせられる。相変わらず窮屈で動きずらい服装だった。オージェとエミルそしてグレースにも正装が用意されていた。オージェとエミルがタキシードでなぜかグレースだけがドレスだった。
「えっと僕はなぜにこんな可愛いドレスを?」
グレースがイオナに聞く。
「ええ、それはミゼッタがドワーフに言って作らせた特別なドレスよ。」
たぶんグレースはそう言う事を聞いているんじゃない。
「はいそうですね。女の子扱いですよね、見た目が女の子ですもんねわかります。」
グレースが開き直っている。
「ラウルは見違えるのう。」
「本当だ。ラウル意外に似合っているぞ。」
「オージェの言うとおりだ。案外迷彩戦闘服よりこっちの方があってるみたいだ。」
「なんというか、一国の太子ってオーラがありますね。」
いつもは茶化すみんなが真面目に褒めているのがまた照れくさい。というかそんなに似合っているんだろうか?自分では似合っているように感じないが。
すると俺の後ろからタキシードを着たデカいバケモノが来た。
ファントムだ。
「うう…。」
モーリス先生が弱っていく。
「辛いな。」
オージェが言う。
「さすがに無理があるね。」
エミルが言う。
「これと一緒に歩くの?」
グレースが言う。
「そう。歩くの。」
俺が青くなりながら言う。
みんなの精神力がガンガン削られているようだった。それだけにファントムのタキシード姿は厳しい。護衛など必要ないのだが俺の護衛と言えばコイツなのでとりあえず連れて行く。
ファントムの後ろからメイドが2人現れた。マリアとミーシャだった。もともとフォレスト家専属のメイドだった彼女たちは身のこなしも完璧で、俺の身の回りの世話をするためについてくる。
「さて!では夜の来賓者歓迎パーティーに向かいますか。」
「そうじゃな。」
俺達が建物の外に出ると馬車が3台用意されていた。
「それではこれで参りましょう。」
イオナが言う。
皆が馬車に乗り込むとお王城に向かって走っていくのだった。
久しぶりのポール王との面会にシン国の将軍カゲヨシ、また現敵国とはいえ将来国を奪還したら教皇の地位が間違いないサイナス枢機卿、そんなメンツとグラドラムの要職に就いた連中との会食。
ざっくばらんに行きたいところだが、他の国のトップを迎え入れて適当に済ませるわけにはいかない。とにかくさっさと事を終わらせて戦争の話をしないといけない。現地ではいつ敵国が動くか分からない状況だが、ユークリットやラシュタル、シュラーデン、バルギウスを制圧した後の祝勝会もしていないのだ。こればかりは仕方のない事だった。
王城までの街並みはごく普通の小さな家がたちならび、王城に続く道にはすでに市場なども出来ていた。ユークリット公国の王都とは雰囲気がまるで違う。日が暮れ始めて明かりが灯る食事処などがあり、屋台など酒場は活気づいているようだ。戦時という感じはしないアットホームな風景がそこにあり俺の気持ちは安らぐのだった。
《んー!いろんなところからいい匂いがたちこめていて、うまい飲食店もたくさんあるようだ!明日はぜひ買い食いをしたいなあ。》
「みてくださいよ。オープンテラスとかおしゃれですよ!」
グレースが言う。
「本当だな。イタリアの観光地って感じで絶対、旅行者は喜ぶよな。」
俺も賛同する。
しばらく走っているとオージェが言う。
「あれが王城だよな?」
「ん?そうかな?たぶん。」
「ええあれがポール王の城よ。」
イオナが言う。
「えーっと母さん。王城の方が小さくないか?」
「なぜかそうなっちゃったのよ。」
俺達が訪れたグラドラムの王城はイオナの家より小さかった。
「本当だ。」
グレースが言う。
「という事はラウルはグラドラムにとって相当の地位という事なんだな。」
オージェが言うとおりだ。王城よりデカイ屋敷なんてありえない。
「ふむ。この地の王様はどうやら庶民的な方らしいのう。」
「はは。先生その通りです。むしろ今日のように他国の王位をお持ちの方を招待する事は無かったと思います。」
「ラウル。きっとグラドラムの王は胃をキリキリとさせておるぞ。」
「はい、それも含め私がうまく取り次ぎたいと思います。」
そんな俺を見て前世組が言う。
「頑張れー。」
「負けるな―。」
「ファイトですー。」
まったく他人事だと思って。
しかしこれから敵の本丸を攻め入る前にみんなの意志をまとめる大事な会食だ。シン国のカゲヨシ将軍もこれまでの状況からファートリア神聖国が敵国と認識しているが、自国が戦争をしているわけではない。どちらかというと巻き込まれる形となるのだからじっくり話す必要があった。
俺も少し気が重くなってきた。