第31話 バルギウス兵士 ~ジークレスト視点~
サイレンサー付きの銃で人知れず4人の兵士を殺した俺たちはそのまま北東に向かっていた。
とにかくできるだけ町から離れるために急いだ。
・・そのころ。ラウルたちが脱出した後のルタン町。
バルギウス帝国から派遣されたジークレスト・ヘイモンは焦っていた。
「どうだ?お前ら!ユークリットの女神はいたか!?」
「いえ、いまだ見つかっておりません!」
「引き続き探せ!」
このジークレスト・ヘイモンという男、きちんと仕事を勤めてきたバルギウスの兵士だが、上官に媚びを売り周りに気を使ってなんとか小隊長の座を守っている男だった。気が小さく命令に逆らった事などなかった。
今回の命令ではこんな辺境のルタンなどという町に送られる事になっても、文句も言わずに自分の部下を連れてやってきていた。
ジークレストは考える・・
《こんな辺境の町にユークリットの女神がいるわけないじゃないか。そもそもなんで皇帝陛下はそんな女にこだわるんだよ。サナリアから逃げるなら絶対属国のラシュタルかシュラーデンに違いない。しかもだ!急に軍部に魔獣が入ってきた。最初は食われるんじゃないかと思ったが、従順にあの気持ち悪いアヴドゥル・ユーデルとか言うファートリア神聖国から来た大神官の言う事をきいている。何で教会の人間が魔獣を操るんだよ!おかしいだろ!》
「ヘイモン様!どこにもそんな形跡はなさそうですが・・いかがなさいましょう。」
「仕方ないだろ!とにかく町内全員に聞き込みするまで帰れないと思え。」
「はっ!」
部下は去っていった。
《やっぱりな!こんな町にいるわきゃねーんだよ!しかもよりによってこの町の近くまであんなにおっかねえ魔獣に乗せられて飛んできたんだ。帰りもあんなのに乗らなきゃいけないんだぞ!》
そうだ、10名の自分の小隊をのせてきた魔獣とは、グリフォンという鳥の顔をした四つ足の巨大な怪物だった。1匹に3人をのせて飛べるため4匹のグリフォンに乗ってここまでやってきたのだった。しかも小隊を降ろしたあとすぐに飛び去って行ってしまった。
《そもそも、あの魔獣・・迎えに来てくれるんだろうな・・もし来なければ馬を調達してもバルギウスまでは200日以上かかるだろう・・》
1刻ほど探し回ったが、全くと言っていいほど情報は聞き出せなかった。
「ヘイモン様!もしやここには女は来ていないのでは?」
《そうかもしれない俺もそう思う。こんな辺境の地に逃げているわけがない。しかし・・》
「もしかしたら逃亡したかもしれない。西門や東門からの報告は来ているか?」
「はい、西門からはラシュタルからの商人が出入りしているそうで、貴族風の女は通過していないそうです。我々が入ってきた南門からはひっきりなしに、ファートリア方面からの冒険者や難民が来ているとの事ですが、こちらも貴族らしき女が来た形跡はないとの事でした。町内の貴族風の女性をすべて当たりましたが、とてもユークリットの女神などと呼ばれるような女はいませんでした!」
「さきほど4人向かわせた東門はどうした?」
「それが・・まだ連絡が入っていません。」
「なに?そちらに2人ほど兵を向かわせろ!」
「は!」
《きっとこんな辺境の地に送られてやる気がないだけだろ。しかし職務怠慢となれば処罰してやる!》
「おい!お前ら!もうおまえらに用はない帰っていいぞ。」
広場に集めていた町人をすべて解放して、兵士をすべて集めた。ここには自分と3名の部下だけが残った。しばらく待っていると東門に向かわせていた部下が戻ってくる。
「ヘイモン様!東門に向けていた兵士たちがいません!」
「なに!あいつら・・街中で油を売っているんじゃないのか?すぐに探し出せ!帰ったら上層部に行って全員処罰を受けてもらう!全員で手分けして探せ!」
仕方がないのでジークレスト本人も部下の捜索に向かう事にする。
それから1刻ほど街中を探し回るが部下は見つからなかった・・日は傾き夕刻になってしまった。ジークレストは兵士全員を招集し報告を受ける。
「なんだ!?あいつらはどこにいったんだ!何者かに襲われたんじゃないのか?」
「いえ・・争った形跡はどこにもありません。何かを見かけなかったか町人に聞きまわっておりますが、だれも何も見ていないとの事でした。ただ・・」
「ただ・・なんだ!」
「東門を馬車がぬけた跡がありました。」
「馬車が?もしかするとそれであいつら4人は脱走したんじゃないか?」
「兵役中に逃亡すれば死刑になりますが・・まさか・・」
確かにそうだ・・危険を負ってまであいつらが・・でもまてよ。
東門に向かったものはすべて独身のやつらだ、バルギウスが異常な状態になっている事を憂いて逃げてしまったとも考えられる。そもそもいきなりファートリア神聖国と組んだり、訳の分からない西からの魔獣の軍隊と組んだりおかしなことになっている。
《最初は西の山脈の魔獣が活発化した事での軍備増強だったんじゃないのか?》
ジークレストは自国がおかしくなってきた事も感じていた。さらに臆病な自分とは違い強者ぞろいの1〜10までの大隊がいきなり他国を攻め始めた。報告では蹂躙に近い事も行っているという・・バカげた話も入ってきている。
「とにかくだ。仲間を探すのは後だ!我々はここを動くにしても足を探さなければならない。資金は持ってきているのだ!何とか現地で調達できる馬をさがせ!」
かしこまりました。残りの兵士も全員で馬を売る人を探しにでた。
《逃亡か・・わからんでもない。自分らは恐ろしい光景を目撃したのだ・・・自分がユークリットに進撃した際に相手の敵に獅子奮迅の活躍を見せた男爵がいた。しかしその後ユークリット公国の王家が皆殺しにあい勝敗が決まったためユークリットが全軍降伏をした。》
「あれで・・終わりだったんじゃないのか・・」
俺はついつぶやいてしまった・・
・・それなのに・・あの素晴らしい男の首を跳ねさらに兵を皆殺しにしたのだ。
ユークリット王国軍も他の領軍も集まった20万ほどの兵士をすべて殺したのだ。ありえなかった・・あの素晴らしい男の首を跳ねた事によりユークリット兵の抵抗はあったが、バルギウス兵とファートリア神聖国兵、西の魔獣軍に蹂躙され皆あっというまにせん滅されてしまったのだ・・
自分がどうしてそれに逆らう事などできようか。
自分はバルギウスに家族がいる。地味だが尽くしてくれる妻と可愛い二人の子供が・・大切な家族がいる限りは軍を抜けることなど到底不可能だ。・・・自分の部隊も無抵抗の兵の首をいくつも跳ね飛ばした・・
「ヘイモン様、馬車駅のほうへ一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
部下が声をかけてきた。
「よし!全員招集せよ」
ヘイモンは残りの小隊の5名をすべて連れて駅馬車に向かう。
「あなたがこの小隊の隊長様でございましょうか?」
「いかにも!バルギウス辺境調査隊を受け持つジークレストヘイモンと申す」
「私めはファートリア神聖国ラシュタル支部のサイナス・ケルシュ枢機卿です。」
「これは・・ファートリアの枢機卿様でしたか、高い位置から失礼をいたしました。」
ジークレストはサイナス枢機卿に頭を下げる。
「これはいったい何事ですかな?町が騒がしいようですが?」
「はっ、皇帝陛下の任により人探しをしております。」
「人探し・・と?」
「ユークリットの女神を探すようにと。」
「ああ、噂にしか聞いた事はございませんが、あの女神も顔をそむけるというナスタリア家の御息女ですか?たしか・・結婚されておるはずですが、何故その女性を探すのです?」
「わかりません。皇帝陛下やファートリア上層部の考える事は私たち下々の者にはなにも・・」
「なるほどですな。」
思慮深くしわと白いひげを蓄えられた枢機卿はただ黙って何かを考えていた。
「もしかすると心あたりでも?」
「いや、ないですな。」
するとサイナス枢機卿の後ろから女性が声をかけてきた。
「リシェル・ミナスと申します。枢機卿の下で司祭をしております。」
「ジークレスト・ヘイモンと申します。この小隊を任されております。」
それこそ・・女神も真っ青というような美しい僧侶が話しかけてくる。
「あなた方は馬を探されていると聞きました。どうやってここまでいらしたのですか?」
「いえ・・それは・・」
ジークレストは迷っていた・・どうやらこの二人は自国とバルギウスで起こっている事を知らなそうだ・・なんと説明をしていいのやら困っていた。
「バルギウスのヘイモン殿、わたくしはカーライル・ギルバートと申します。ファートリアの聖騎士をしております。」
「これは聖騎士殿、わたくしはこの小隊長のヘイモンです。」
「女神のような女性をお探しとか?」
「ええ、皇帝陛下の命により探しております。」
「そのような見目麗しい女性でしたら私が見逃しません。そのような方がいたらぜひお会いいたしたく思いますが、ユークリットの女神ですか・・きっとお美しいのでしょうね。」
「という事はあなた方も見かけたことは無いという事でしょうかな?」
「そうですね。まあ私には他人の物を取るような下賤な真似は出来ませんが・・」
カーライルはヘイモンを挑発した。女性を追いかけるという行為に対して不快に思っているらしい。
「・・・はい・・そのような下賤な真似を私共も好んでしているわけではございません。皇帝陛下の命は絶対なのです・・」
「そうでしたね。バルギウスの忠誠はすべて皇帝陛下に向けられている。私共聖騎士は神へ忠誠を誓っておりますゆえそのような真似はとてもとても。」
《この色男・・何が言いたい!俺たちが下手にでているから図に乗っているのか?これ以上無礼をいうのであれば・・》
「陛下を侮辱されるのであれば私どももただではすまされませんが・・」
「侮辱ととりますか・・。それならばどうなさいます?」
現場にピリピリとした空気が流れる。ヘイモン含め6人が全員剣を抜く瞬間だった。
こちらは誰も鞘から剣を抜いていないにもかかわらず、すでに自分の首元に剣がチクリとつき立っている事をヘイモンは知った。
「油断が過ぎますね。今の瞬間であなたがたの首は飛んでいましたよ。いますぐ斬れますが・・」
「ま・・まて!同盟国の兵士を手にかけたらタダではすまんぞ!」
「同盟国?いつからファートリア神聖国とバルギウス帝国が同盟国になった?」
「あなた方は知らんのでしょう。ラシュタルにいたのですからそこまで話が届いていないのかもしれない!!」
・・・・・・・
場に沈黙が流れた。どうやらラシュタルから来たというファートリアの3人組は事の真相がわかっていないらしい。
「カールやめなさい。」
リシェルがカールをいさめた。
「この者どもが刀をひくのならば私もすぐに・・」
「か・・刀をひけ。」
ジークレストが部下に指示を出すと全員が途中まで出ていた刀をしまった。それを見てカーライルも刀をしまう。
「失礼しました。このものは正義感が強く曲がったことがあまり好きではないものですから、あなた方の事情も知らずにとんだご無礼をいたしました。」
リシェルが場を収めて陳謝する。
「い・・いえ・・私たちも望んで人探しをしているわけではございません。カーライル殿のお気持ちも分かっております。しかし同盟の話は本当なのです。」
「あの・・そのへん詳しく聞かせてもらってもよろしいかの?」
サイナス枢機卿が一旦話し合う事を提案したのだった。
「カーライルおぬしもおぬしじゃ、リシェルが止めねば全員の首を跳ねるところであったじゃろう!状況も掌握せずに軽率であるぞ!」
「はっ、申し訳ございません。」
カーライルが頭を下げる。この男イケメンな上に動作が一つ一つ優雅で本当に憎たらしい。
ジークレストは心底震え上がった。このカーライルという男・・こちらの6人を相手取ってもひけを取らない強さと言う事だ。上手く事が収まって急に冷や汗が吹き出してきた。
「そ、それではぜひ私の屋敷へ!」
これ以上騒ぎを大きくしたくなかったルタン町の町長が声をかけてきた。
ジークレストは馬を探すのを止め場所を変えて話をすることとなった
次話:第32話 バルギウス兵士その2 ~ジークレスト視点~