第306話 読めない魔導書
二カルスの基地にはすでに念話で俺達が帰る事を伝えてあった。
「出発する前に、二カルスの主からもらった本を解析できないかな?」
俺は廊下を歩きながら皆に話していた。俺達がいる建物は若干近代建築のような建物だが、魔人達が俺に影響されてこうなったらしい。
「そこに何かが記されているって事ですかね?」
グレースが興味深々に聞いて来た。
すでにギレザムや他の魔人達が到着と同時に俺達を迎えてくれた。そしていま皆で一緒にぞろぞろと会議室に向かっているのだった。
「ラウル様。出立はいつになります?」
ギレザムは俺の少し後ろを歩きながら聞いてくる。
「ああギル、ほぼ休むことなくすぐにトラメルを連れてフラスリアへ飛ぶよ。」
「かしこまりました。」
俺達が会議室につくと部屋にはすでに皆が集まっていた。
「ラウル殿ご無事でなによりです。」
集団の中からトラメルが俺に駆け寄って声をかけてくる。
「ただいま戻りました。トラメルさんどうしました?」
「フラスリアは魔人軍たちに守っていただいていると聞いています。私ならばすぐに帰還しなくても問題ございません。それよりも魔人軍の作戦を進めていただいた方が…」
俺はトラメルの話を遮る。
「いえトラメルさんフラスリアの領民の士気にかかわります。すぐに帰っていただいた方がよろしいかと。それにグラドラムへ向かう途中でカトリーヌを拾いますのでフラスリアには寄るんですよ。」
「それであればわかりました。それではよろしくお願いします。」
トラメルが深く礼をする。
トラメル以外に会議室にいたのは、俺の直属の魔人達にマリアとサイナス枢機卿一行、そしてケイシー神父、シン国のカゲヨシ将軍と影衆も5人いる。他の魔人達はずらりと周りを囲んでいた。
俺は二カルスの主から授かった本をドサっとテーブルの上に置く。
「モーリス先生お願いします。」
「ふむふむ。」
モーリスにはヘリの中でも本を見てもらっていたのだが難しい顔をしていた。
今はテーブルの上にその本を広げている。そして皆がモーリスの言葉を待つのだった。
「なんじゃ?なんぞ分かったのか?」
サイナス枢機卿が急かすように言う。
「これが魔導書の類じゃという事はな。」
「あちこちに魔法陣らしきものが記されておるからのう。それくらいはわしでもわかるわい!」
「じゃが読めんのじゃ。」
「なんと!ぬしが知らん文字があるのか?」
「いやそうではない。恐らくは魔人語なのじゃが…。」
「ならばおぬしなら読めるはずじゃろうが。」
どうやらモーリスにはこの本が読めないらしかった。
《もしかしたら古代に滅びた文字とか、もしくは全く違う次元の物だったりして。》
「それが…。」
「それが?」
「字が滅茶苦茶汚くて、何が書いてあるのかがよくわからんのじゃ!」
俺達は思わずズッコケそうになった。
「字が?字が汚いからですか?」
「そうなんじゃ。恐らく古代魔人語で書かれた魔導書で間違いはない。じゃが達筆を通り越してまるで幼児が書いたような文字でな、ところどころ読めるところがあるのが救いじゃが、まるで殴り書きで書いたような物じゃな。」
「魔導書って何ですか?」
「そのまんまよ。魔法の使い方とかこれを書いたものが作り出した魔法が書いてあったり、またそれに必要な物が書いてあったりと様々じゃが、魔法陣だけはやけにはっきりと記されておる。」
「ではこの魔法陣に直接魔法を通してみては?」
「そりゃいかん。そもそも何の魔法か知らずに発動させて、大惨事になってしまったらどうする。本が消滅してしまうかもしれんしのう。」
「そのとおりでしたすみません。」
するとモーリスが何か気が付いたように言う。
「確かデイジーが魔導書を一つ持っておったな。それを元にエリクサーを作り出したのじゃろうが。」
「であればデイジーさんが読めるかもしれないという事でしょうか?」
「そうとも限らんよ。そもそも同じ人間が書いたものではないだろうからのう。」
「そうですか…。他にこれを見てわかる人はいませんか?」
俺は周りを見る。
俺が期待したのはサイナス枢機卿とオンジさんかシン国将軍のカゲヨシだったが、3人を見ても首を横に振るだけだった。
「わしの国の言葉ではないので、もともと読むことが出来ん。力になれず申し訳ない。」
「いえ将軍様がお謝りになる事ではないです。」
「そうですじゃ!そもそも賢者ともあろうものが字が汚いからって、読めないこやつが悪いのじゃ。」
サイナス枢機卿がモーリス先生を指さして言う。
「ぬかせ!ぬしもファートリア神聖国の次期教皇候補ともあろうものが、全く分からんではないか!」
「わしは賢者じゃないもーん。」
「こんのクソじじいが!」
「クソじじいにクソじじいと言われたくないわい!」
すると聖女リシェルが諫める。
「司令も枢機卿もなんです!他国の将軍様の御前ですよ!」
「は、はあ。お見苦しい所をお見せした。」
「わしもついつい。」
「はーはっはっは!うちの老中たちも似たようなものです。わしは慣れっこですからお気になさらず!」
年寄り二人が貫禄のある中年のおっさんにペコペコしている。なんか定年後の再雇用で社長にペコペコしている人みたいだ。
「オンジさんはどうです?」
「魔人語はもともと読めません。」
「そうですか。ケイシー神父や聖女リシェルは?」
「聞かないでください…。」
「すみません私にもさっぱり。」
「わかりました。
その後も皆で本のあちこちを見てみたが、モーリス先生がところどころ読めるところがあるくらいだった。魔導書はとても分厚く大きな魔法陣は2つしか書いてなかった。それ以外は本当に無茶苦茶な文字とへたくそな絵がたくさん描いてある。
「とにかくここではこれを解析する事は難しいのう。とはいえユークリットには書物庫など全て無くなってしもうたからのう、わしの知識とこの絵の前後を繋ぎ合わせ時間を掛けて調べるしかないわい。」
「わかりました。それではこれを先生にお預けしても?」
「そりゃイカン。これは気軽に持ち運ぶような代物ではない、万が一この魔法陣を発動させるに必要な魔力が流れたら、暴発しないとも限らんぞい。」
「いきなりインフェルノとか洒落にならないですからね。」
「そう言う事じゃ。」
すると俺のそばにシャーミリアがやってきて耳打ちする。
「うんうん。なるほどな。」
「どうしたんじゃ?」
「先生!大丈夫です!これを安全に持ち歩く方法があります。」
「そんな方法が?」
「はい。」
そして俺はファントムにおいでおいでする。
「とにかくすぐ出立しようと考えておりました。あまり時間もありませんのでこうします。」
皆に背を向けるようにファントムを立たせる。
《こいつの吸収シーンを見ると普通の人の精神はやられそうだからな。》
俺の方に向かってファントムの口が胸元まで裂ける。俺はおもむろにその魔導書を持ち上げてファントムの口の奥深くへと突っ込んだ。
ずるり
《閉じろ。》
バグン
閉じた。
何事もなかったようにみんなに言う。
「えっとこれで大丈夫です。」
「あ、ああ。」
モーリス先生の額に縦線が入っていた。そしてそれはここに居る魔人以外の全員の額にも入っていた。ただ一人だけ人間でそれに慣れっこなのはマリアだけだった。
「とりあえずこれで何か起きる事は無いはずです。」
「そうなのかの?」
「たぶんですが。」
「ふむ。」
《大丈夫か大丈夫じゃないか聞かれると、もしかしたら大丈夫じゃないかも!と答えそうになるがそれよりも今は時間が大事だ。》
「デイジーさんにも見てもらってはいかがでしょう?」
マリアが言う。
「そうじゃな。とにかく分かりそうなやつは、今の所あやつしか思いつかんからのう。」
「ではモーリス先生。そのように致しましょう。」
そして俺は次に魔人国に戻るメンツを選ぶ話をすることにした。
「では魔導書の話はグラドラムに持ち越す事にします。」
「わかったのじゃ。」
俺は配下の方に向かって話す。
「今回はグラドラムに行く予定だ。マリアとギレザムとゴーグそれとカララとルフラが参加するように。シャーミリアとマキーナそしてファントムは俺達の護衛に、サイナス枢機卿ご一行とケイシー神父も同行願います。」
「かしこまりました。」
「わかった。」
「はい!」
皆に異議は無いようで頷いてくれた。
「フラスリアに立ち寄った後で、すぐにグラドラムに向かう予定だ。」
「は!」
魔人達が返事をする。
「ミノスとアナミスはここに残り、魔人軍と共に二カルス基地の拡充と戦争の準備に従事してくれ。」
「は!」
「かしこまりました。」
これだけの魔人がいてミノスがいれば二カルス基地は問題ないだろう。人間対策としてアナミスを置いていく事にする。敵の斥候などを捕えたらアナミスが誤情報を植え付けて帰すように指示した。
「ラウル殿。」
今度はカゲヨシ将軍から声をかけられる。
「なんでしょうか将軍様。」
「出来ればわしらもグラドラムを見てみたいのじゃが。」
「ああ、いいですよ。それでは影衆の方々も一緒にグラドラムへ飛びましょう。」
「おお!そうですか!わしはグラドラムへは初めてとなります!」
「それは何よりです。それではグラドラムをご案内いたしますよ。」
「ありがたい。」
カゲヨシ将軍一行も行く事になった。
総勢25人と1熊の部隊となる。フラスリアでトラメルを置いたのちカトリーヌをピックアップしていく予定だ。
「では1刻(3時間)の後に出立するから準備してください!」
皆が部屋を出ていく。
するとカララが俺に言う。
「あの、私とマリアで旅路で食するお弁当を作ったのですが。」
「おお!本当か?」
「マリアに聞きながら私も作ったんです。」
「カララが!それは楽しみだなあ。」
「ではラウル様がヘリを召喚しましたら積み込みます。」
「頼む!きっとみんなも喜ぶぞ!」
「だとうれしいのですが。」
カララのヴァイオレットのセミロングヘア―からのぞく美貌がきらりと微笑んだ。自分が作った料理を食べてもらうのがうれしいらしい。こんな少女のような表情で笑顔を見せるカララを見ていると、ひとりで1国を滅ぼしてしまえるほどの力があるとは思えなかった。
それから1刻の後俺達はヘリの発着場にいた。
「それではお気お付けて!」
「ああミノスもよろしくたのむ。」
「最善を尽くします。」
「ああ。」
俺が召喚したのはMi-26ヘイロー ヘリコプターだ。ロシアの巨大ヘリは中も広くかなりの兵員を輸送できる。そして今回はカゲヨシ将軍と言う国賓を乗せるため、ゆったりした機体を選んだのだった。
「おおお!凄いものじゃなあ。」
カゲヨシ将軍が感動している。
「はい。ゆったり座っていただくために大きい物をご用意いたしました。」
「まさに神の力よ。」
「そんなに大それた者ではないです。神ならここに二人いますし。」
グレースとエミルを指さす。
「わしも何が何やらわからんのです。このお二人が神様と言われてもどうしたらよいものか。」
「はは、将軍もですか!私もです。さっぱり分かりません!仲の良い友達としか思えませんよ。」
「はっはっはっはっ!神を友と言うか!」
「だってそうなんです。」
するとエミルが言う。
「将軍様。私は神などと言われるほど徳をつんでおりませんよ。」
「それでも神を受体をなされたと聞いておりますぞ。」
「触っただけなんです。それ以降はあまり何が変わったのかわかりません。」
「そういうものですか?」
「はい。」
するとグレースが言う。
「ズルいですよね?」
「はっはっはっ!虹蛇様など雷に焼かれましたからなあ。」
「ホントですよ。あれはあれで痛かったんです。」
グレースが愚痴ってる。
「ではみんなで乗り込んで下さい。セルマ!お前は一番最後にな!」
くるぅぅぅ
《セルマソファーは俺のもんだ。セルマ熊を背もたれにしていくと気持ちいいんだよね。》
俺達を乗せたヘイローは一路フラスリアに向かって飛ぶのだった。