第305話 二カルスの主より
俺達は朝食を食べてすぐにエルフの里を出発する事にした。
長老たちが集まって光のゲートを広げ、それぞれがエルフの長老たちに挨拶をして光のゲートをくぐっていく。
「それではお世話になりました。」
俺がエルフの長老たちに頭を下げる。
「またいらしてください。」
「はい。ぜひまたお伺いしたいです。」
「おまちしております。」
長老たちも頭を下げてくれた。
俺に続いてエミルが挨拶をする。
「では行ってまいります。」
「精霊神様。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「エミルでいいですよ。」
「はは、ではエミルよ!くれぐれも気を付けるのですよ。」
「はいありがとうございます。エルフや獣人の未来のために身を粉にして働いてきます。」
「無理せず無事に帰ってきておくれ。」
「もちろんです。」
長老が慈しむようにエミルの手を両手で握る。
そのまま挨拶をして行こうとすると、後ろからルカルがまた出て来た。
《またケイナの件で難癖を付けに来たかな?》
「エミル。」
「なんでしょう?」
エミルが言うとケイナが前に出る。
「ルカル。まだなにかあるの?」
「はは、そう目くじらを立てるな。さすがに精霊神様となった方に何も言う事は無いよ。」
「ケイナ先に行ってて。」
エミルがケイナを下がらせる。
「うんわかったわ。」
そしてケイナが後ろに下がる。
「いろいろすまなかった。」
ルカルがエミルに頭を下げる。
《おお頭を下げた!いきなり大人になりやがった!》
「いいんです。」
エミルも大人の対応で返す。
「さすがに精霊神様を受体したエミルがエルフの光だとはっきりわかったよ。」
「はい。」
「エミルがいない間は俺が里を守る。こちらは任せてくれ。」
「わかりました。」
「エミルにエルフと獣人の未来を託す。」
「最善を尽くします。」
「何卒お願いします。精霊神様の為に祈ります。」
最後は丁寧な言葉でルカルが深々と頭を下げた。
「はいエルフの未来のために尽くします。」
「エミル。じゃあ行こうか?」
「ああ。」
エミルが長老たちとルカルに挨拶をして光のゲートを出てきた。
《やはり感覚的に虹蛇本体の中から出てくる時と似ているな。》
と俺は直感で思う。
光のゲートを出ると、扉は二カルスの主の巨大トレントの足元に開いていた。
バシーンバシーン
《あっ!いっけねえ!》
「痛いわい!!」
「こら!セルマ!叩いちゃダメだって言ってるだろ!」
俺がセルマを呼び寄せると、巨大トレントをぶったたくのをやめてこっちに戻ってくる。そう俺がエルフの長老とあいさつをして目を離している隙に、セルマが二カルスの主を強打していた。
「おぬし!その熊はいっこうに学んでおらぬではないか?」
「主様!申し訳ございません。」
「痛いと言っとるじゃろう!」
「ちょっと挨拶して目を離したもんで…。」
「もんで…。じゃないわい。しつけの問題じゃ!しつけの!」
「そうですよねー。わかります。」
「な、なんでお前はそんな他人事みたいに言うんじゃ!」
「いやあ、他人事だとは思っておりません。セルマダメじゃないか!め!」
くるぅるうる
《えっと…だって邪魔なんだもん。じゃないって…。》
「なるほどー!主様!熊に聞いたところ、どうやら愛情表現のようでした!」
「愛情表現?そんないきなりブッ叩くのが。」
「どうなんだ!セルマ!」
ぐがぁるぐあぁる!
《いやいや、顔見てると叩かざるを得ない!じゃなくて…。》
「なるほどー!このぐらい強く叩かないと、主様に気持ちが伝わらないんじゃないかと申しております。」
「えっ?わしが憎くてやってるんじゃないの?」
「どうなんだ!セルマ!」
がれうがらるう
《木のやつ良くわかってんじゃないのじゃないよ。じゃないって!》
「熊は愛が伝わらないなんて辛いと申しております。」
「そうか…。わかったまあ痛いだけじゃしそう言う事なら許すしかないであろう。」
「セルマ!許してくださるそうだ!」
がるぅうらるらう
《いや…最初からつべこべぬかすな。じゃなくて…。》
「ありがとうございますと言っています!」
「そうなのか…なんとなく違う事を言っているように感じるが、その熊の愛情表現なのであろうな。それならばわしも大きな心で答えるしかあるまいな。もう少し加減してくれるように伝えてほしいのじゃが。」
「セルマ!愛情表現もほどほどにな!」
ぐるるうるるるるる
《それは…覚えてたらそうします。じゃないって。》
「わかったっと言っています!」
とりあえず二カルスの主を言いくるめた。
俺は落ち着いて周りを見る。
「ここは…。」
俺の目の前に広がったのはシン国の人たちと一緒に、森の住人たちの屍人を埋めた場所だった。
「わしの可愛い子らが丁重に弔われておった。」
「はい」
すると少しの沈黙があって二カルスの主が言う。
「ぬしじゃろ?」
「えっ?いやぁ…。」
「ともかく、ぬしのおかげで彷徨うていた魂が落ち着いたのじゃ。」
「いえ。当然の事をしたまでです。」
二カルスの主は少し黙ってまた口を開く。
「それで今度は何をするつもりじゃ?」
「ええ、五神について調べたいと思っています。」
「なんと…五神とな。」
「はい、ここに虹蛇様を受体したものと精霊神様を受体した者がおります。」
俺がグレースとエミルを指さす。
「なんと!虹蛇様!精霊神様!このような高い位置から大変申し訳ございません。」
いきなり腰が低くなった。物凄く腰の位置は高いけど。
「いえいえ。私もいまひとつ実感がありません。」
エミルが言う。
「僕もです。」
グレースが言う。
「いえ!すみません。このように図体ばかりが大きくなってしまい、気が付く事も出来ずにおりました。」
「そんなたいしたもんじゃないですから。」
エミルが言う。
「まさか5神のうちのお二方がお揃いになる姿をまた見る事になろうとは。」
「えっ?見た事あるんですか?」
「もちろんです。5神様よりこの森を守るように言われましたから。それからずっと守護してまいりました。しかし大変な事が起こり森はこのありさまに。私の力が及ばず申し訳ございません。」
でっかい巨木が、小さい虹色の髪の女の子とイケメンとエルフに謝っている。
「5神の指示で森を守っていたのですか?」
エミルが言う。
「はい。数万年前に指示をいただき守ってまいりました。しかし恐ろしき者が現れ森を焼き民を焼き、私達の手に負えないようになってしまったのです。」
「それは知っている。」
「はい。それでそこにいる者の手を借りてこの森を守護する事にしたわけです。」
俺を指さす。
「なるほど、この者は仲間です。あなたの選択は正解だったという事です。」
「ありがとうございます。」
木がお礼を言っている。
「そのほかの事を覚えておりますか?」
すると二カルスの主は考え込む。
………
………
………
………
《あー相変わらずだな。これは…寝てるんだ。》
「セルマ!愛情表現を!」
「あ、まてまて!考えておったのじゃ!」
「あーそうなんですね。」
そしてエミルが再び聞く。
「何か知っている事は?」
「我が知らない間に世界は人間であふれていたようです。魔人もいなくなり獣人もエルフも減り、均衡が崩れてしまったのだと森の住人たちから聞いておりました。」
「それから?」
「実はそのくらいしか知る事はありません。なにせ我はこの森より外に出た事が無いのですから。」
「そうですか。」
《うーん。大した情報はなさそうだな。》
「世界の森には我の眷属がおるようですが、光の門も一方通行になってしまいました。力のあるトレントが少なくなってしまったように思います。」
「そうなんですね。」
「はい。」
トレントが残念そうな顔をしていた。自分の非力を悔やんでいるのかもしれない。
「まあ気を落とす事は無いと思いますよ。」
「精霊神様にはなにかお考えが?」
「ああ、ここに居る仲間たちと安全に暮らせる世界を取り戻そうと思っているんだ。」
「それでは我も眷属の力も十分にお使いください。」
「その時が来たらお願いします。」
グーンと何百メートルもあるトレントが頭を下げる。
バサササササ
木の葉が大量に落ちて来た。
「それでは行くよ。この森を基地の魔人達と力を合わせて守ってほしい!」
「分かっております。」
そしてエミルが俺の方を振り向く。俺から何かあるか?という事だろう。
「えっと俺からも良いですかね?」
「なんじゃ?」
《あれ?俺とエミル、グレースじゃ言葉遣いが違うぞ。まあいいけど。》
「虹蛇の本体の呼び出し方を知っていたりしますか?」
「しらんぞ。神々の事をわしが知っているわけなかろう。」
《なんだろう。この手のひら返し。》
「そうですか。それじゃあアトム神、魔神、龍神の事は知っていますか?」
「もちろんじゃ。わしがこの森を守るように命ぜられたのじゃからの。」
「どこにいるか知っていますか?」
「しらんがな。」
《あーそう。なんとなくセルマ熊が嫌いなのがわかるわぁー。偉い人には腰が低く身分が低い人にはそんな扱いなのね。》
「わかりました。じゃあお願いがあります!この森の住人の墓地を維持していただければ嬉しいです。」
「それはもちろんじゃ。おぬしの気持ちはとてもありがたく思う。森を代表してお礼を言うぞ。」
「いえいえ。それじゃあ俺たちは行きますね。」
すると二カルスの主が俺を引き留めた。
「ちょっとまて。おぬしにはこの墓を作ってくれた恩がある。これを持って行け!」
空中からスゥっと何かが落ちて来た。
ドサッ
「えっ?これは?」
「魔神様よりお預かりした物じゃ。」
俺の前に落ちてきたのは古い本だった。
「本?」
「これは魔神様から預かっただけのものじゃ。もしかしたら魔人のお前に役に立つのではないか?」
「なぜ今これを?」
「墓を作り虹蛇様と精霊神様を連れてきてくれた。きっと意味があるのだと思うぞ。」
「ありがとう。」
俺が本を開いて中を見てみると…
全く読めなかった。
「なんて書いてあるか分かりません。」
「しらんがな。とりあえず授けたぞ。」
「もらっておきます。」
とにかく二カルス大森林基地に戻るため、俺はCH-47Jチヌークヘリを召喚する。
「それじゃあ行きます。」
エミルが言う。
「はい!精霊神様も無事に旅を終えられますようにお祈り申し上げます。」
二カルスの主が言う。
「ありがとう。」
皆がチヌークに乗り込んでいく。
セルマ熊がまた二カルスの主をキッと睨んで後部ハッチから乗り込んでいく。
「愛情表現がきついのう。」
二カルスの主が言う。
「それではまた。」
俺が挨拶をする。
シュンシュンシュンシュン
ローターが回り機体が空中に浮かぶ。丁度二カルスの主の顔位置まで上がった時。
「では!森を頼む!」
エミルが操縦しながら二カルスの主に伝える。
「お任せください!」
俺達は二カルスの主に見送られながら基地に向かって飛んでいくのだった。